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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
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抱擁と対決

「あれが聖王の樹……!」

「うわあ、すごいね、ご主人さま……このあたりの、ううん、この階層の力の「波」が、全部あの樹に集まっているみたいだよ」



 私とメイアは感慨を込めてその巨大な樹を見つめた。

 幹の太さだけで、前の世界の感覚で言えば20mから30mほどもあるのではないだろうか。

 そしてその樹高ともなると100mにも迫りそうだ。

 ここはあくまで塔の中の第10階層で、つまり天井もあるわけだけど、多分その天井ぎりぎりまで伸びてるんじゃないかな。

 メイアの言う通り、この階層に満ちる超常の力そのものを吸い取って、自らの滋養にしているかのようだ。


 言い伝えでは、1000年前の聖王アンジェリカが10階層に到達した時に植えた樹が成長したもの。それゆえに聖王の樹、という呼ばれ方をしているのだそうだ。

 でも、この木の偉大な大きさや勇壮な枝ぶりを見ると、聖王が植えたから聖王の樹、というだけでなく、この樹そのものに「王」の尊称が贈られることも、また自然であるようにも思える。


 そして、その巨大な樹の頂に、一輪だけ咲く花。それが聖花。

 聖花を摘むことができれば、あれやこれやで大変だったこの競争も目的が達成できるわけだ。メイアの名誉も、メガックさんの取引も、私自身の財産の問題も。


 私は守護獣を走らせながら、素早く周囲を見渡す。

 もちろん、真っ先に探したのはアンジェとテュロンの姿だった。

 が、彼女たちが先に到達している様子はなかった。いや、アンジェたちだけではなく、今のところ、周囲に私たち以外の他の登攀者たちも近づいている様子は見えない。

 危険を犯して砂漠越えの最短ルートを取った甲斐はあったようだった。アンジェやテュロンのことも気にはなるけど、彼女ならきっと大丈夫。駆けつけてくれるはずよね。



「ふっふっふ。よくぞここまでたどり着いたわね、ラツキ。でもあなたの旅路もここまでよ。ここから先はこの私がいる限り! ……って、ちょっと待ってよー!」


 なんかよくわかんないこと言ってたキュリエナの横をさっさと走り抜けて、私は一目散に聖王の樹を目指す。あなたとの漫才に付き合ってる暇はないのよ。

 だが後ろからキュリエナの声がしつこく追いすがる。


「ラツキ、ひどいわ、私が一生懸命気分出してるのに! ねえラツキ、ちょっと置いてかないでよ、ラツキ、ラツキラツキラツキ―!」

「あーもう、人の名前を行商みたいに連呼するな!」


 ……結局反応してしまった。うう、私も流されやすすぎる……。


「えっ、ラツキって、行商で売ってるの? だったら買うわ、10人くらいまとめて」

「わけわかんないこと言ってんじゃないわよ!」


 突っ込んだら今度は別の方向から追撃が来た。


「えっ、キュリエナばっかりズルいよ! 僕だって、ご主人さま売ってたら欲しいもん!」

「まあ、ごめんなさい、気が回らなかったわね。じゃあ、10人のラツキのうち3人くらいメイアにあげるわ」


 ……ええい、メイアまで巻き込むんじゃない!

 守護獣から蹴り落としてやろうかと思った時。

 すいと前に出たキュリエナが、おもむろに私の方へ向き直って、守護獣を立ち止まらせた。

 やや低いトーンの声が、彼女の艶めく唇から漏れる。



「ねえラツキ。実際、あなたにここまで来られちゃったことには、結構困ってるのよ、私」

「あらそう。……それで、ここでケリを付けるとでもいうつもりなのかしら? 競争相手に直接手を出すのは禁じられているはずだけれど」

「私は別に失格になったってかまわないもの。あなたを失敗させればいいだけだから」



 ぴしりと空気が音を立てたかのような錯覚。キュリエナの銀の視線は、その色のゆえにか、なお一層、刃のような鋭さをもって私に斬りかかってきた。

 さすがというべきか、普段は掴みどころなく冗談と本気の狭間を自由に舞い踊っているような彼女の、真の恐ろしさが垣間見えるような、それは殺気だった。

 メイアが、微かに震えたのを感じる。


 ――私と戦う気なの、キュリエナ?

 キュリエナの方から仕掛けてくれば、正当防衛として私も戦える。

 彼女の腕前が尋常のものではないのはもちろん知っている。相当の手練れであり、特にその軽捷な身のこなしは侮れない。

 だが、それとても、真正面から戦えば私は負ける気はしない。そして、それはキュリエナ自身もわきまえているはずだが。



 だが、僅か一瞬で、キュリエナは表情を変えた。くすりと、いつものような妖艶な笑みが浮かぶ。


「だから、ラツキ。教えてくれないかしら。何をすれば、あなたは一番困るの? 教えてくれたらそれをするから」

「……はぁ!? それを私自身に聞くの、キュリエナ!?」

「だって、あなたが何をされたら嫌か、一番よく知ってるのはあなたでしょ?」


 ほんとに、どこまで本気で言ってるんだこの子は。何だこの質問。私は饅頭が怖いとか、濃いお茶が一杯怖いとでもいえばいいのか。

 もちろん、そうやって自分のペースに相手を巻き込む話術自体が、キュリエナの一番の武器であることはわかっているけどさ!


 私は頭痛を抑えながら、最後の捨て台詞のつもりで、彼女に言った。


「あなたにここでさよならされるのが一番嫌だわ、って言ったらどうするの? 私の嫌なことをするんでしょう? だったらここでお別れねキュリエナ、残念だわ」


 まあ、どうせそんなこと言ったって、なんだかんだ屁理屈をつけてキュリエナはついてくるんだろう。もう相手しないで、さっさと先に行っちゃうだけだ。この子と話をするのは本当にこれが最後の最後。



 ……と思ったら。

 キュリエナは意外にも、しゅんと下を向いて、悲しげに言ったのだ。



「そうなの……じゃあ、私が一緒に行けるのはここまでなのね、ラツキ。寂しいわ。でも、私自身が言い出したことだから、守らないといけないわね」

「……え?」


 耳を疑う。え、本気でここで脱落する気なの、キュリエナ? 明らかにただの嫌味でしかない私の言葉を真に受けて?

 そりゃまあ、そのほうが私にとってはありがたいんだけど。


 けれど、彼女はそれに続いて言いだした。最高に頭が悪くなりそうな言葉を。



「だからラツキ。最後の記念に、一度でいいから、あなたに抱きしめてほしいな。それだけでいいから」



「……何度そう思ったかわかんないけど、あなたほんとに何言ってるのよ」


 棒を飲み込んだような絶句がしばらく続いた後、私はやっとのことで、そんな凡庸な言葉を絞り出した。

 いやだって。そりゃそういう反応にもなるでしょうよ。

 最後の土壇場でいよいよ最後の決着かと思えば、「抱きしめてほしい」って? 本気で彼女の脳味噌はピンク色なんじゃないだろうか。


「いいじゃない、最後のお願いなのよ? だた抱きしめてもらうだけでのいいの。それ以上のことは望まないわ。……とっても望みたいけど、ね」

「あのねえ、私はそんな馬鹿なことしてる暇は……」


 だが、私の言葉をメイアが無邪気に遮った。


「ご主人さま、ぎゅっとしてあげるだけなんでしょ? してあげたらいいのに。ご主人さまにぎゅってしてもらうの、気持ちいいよ。僕も、何度かしてもらったからわかるんだ。だから、キュリエナにもしてあげようよ」


 きらきら。純粋無垢な輝く瞳が私をじっと見つめてくる。

 メイアのその目に私は弱い、というか、多分この視線に勝てる者は、世界中探してもそうはいないだろう。キュリエナでさえたじろぐほどだし。

 キュリエナはメイアを罠に嵌めてこの窮地に追いやった張本人なのだけれど、そんなキュリエナに対してさえこう言える。それがメイアの一種の強さでもあるのだろうか。


 まあ。なんだかんだいっても、私もキュリエナを完全には敵視しきれてはいない、のかも。

 それは彼女の、相手を取り込む能力が卓越しているということなのかもしれないし、それに丸め込まれてしまったのかな、とも思うんだけど。


 いや、ちゃんと、頭ではわかってるのよ? 敵だってことは。

 でも同時に、彼女が私にある種の好意を抱いてくれていることも、一応、伝わっては来るし。

 ちょっと抱きしめてあげるくらいのことで、彼女の気が済み、そしてこれ以上私の邪魔をしなくなるというなら。

 ……まあ、うん。しょうがないか。



 私は、ふうとため息を一つつくと、メイアを残して守護獣を降りた。

 しゃり、と、足元で熱砂が弾ける音がする。

 何とも言えない気恥ずかしさのようなものが体を駆け巡り、ちょっと顔が赤くなっているのが自分でわかる。

 べ、別に告白するとかされるとかそういうことじゃなくて、ただ単に作業というか機械的にちょっと抱きしめてあげるだけなんだから、変に意識しなくてもいいんだけどね!


 一方、キュリエナも自分の騎乗していた守護獣を降り、こちらは軽やかな足取りで私の方へ近づいてくる。その美貌は輝いて生き生きとしており、本当に私に抱きしめてもらうことが楽しみで仕方がないように見える。

 ……ほんとに、変な人。


 私はこほんと意味もなく咳払いをしてから、砂を踏みしめ、彼女の方へと歩み寄った。

 もちろん、一応警戒はしている。隠し持った暗器でいきなりグサリ、とかやられたらたまんないしね。彼女はあくまでも敵なのだということを忘れ去るほど、私もボケているわけではない。


 だが、キュリエナの服装は、初めてであった時と同じような、薄手の布を申し訳程度に体に張り付かせ、それを無造作に飾り紐でまとめているだけだ。武器類のようなものは認められない。

 まあ、彼女ほどの人なら、どこにだって武器くらい隠せるだろうけど。



 キュリエナ自身も、私の警戒を察しているのだろう。少し苦笑しながら、両腕を大きく広げた。害意はないというアピールなのだろうし、また同時に、私を迎え入れる仕草でもあった。

 すらりと艶めかしい腕が伸び、腋が露わになる。指先の張り方、首の傾け方、足の踏み出し方までが一幅の絵画か、彫刻のよう。

 キュリエナは、自分のセクシーな美貌を、いかに最も効果的に見せられるかよく知っている。……なんかこう、一々仕草がエロいのよね、彼女。同じ女性として、ちょっと嫉妬するなあ。


 ええい、負けるか。私もまた腕を広げながら、キュリエナに近づいた。

 くすり、と、挑むようなキュリエナの視線が私に絡む。

 その視線からまるで逃れるように、私はやや強引に、そのまま彼女の体を抱きしめた。


 あっ、と、小さな声が私の腕の中から聞こえた。


 アンジェのように、柔らかく優しいぬくもりを感じるような抱き心地でもない。

 テュロンのように、細く華奢な体躯でありながらまっすぐに私を求めてくるような感覚でもない。

 メイアのように一途にひたむきに縋り付いてくるような純真さでもない。


 キュリエナの体は、まるで芯がないかのようにまとわりつき、その体の重みが私の肉体の奥深いところまで、直にねっとりと絡みついてくる。

 抱いているのは私、抱かれているのがキュリエナ。それなのに、キュリエナは、抱かれるという行為そのものをもって私を挑発していた。

 とろりと切ないようなキュリエナの香りが、私の鼻腔に届いてくすぐり、甘える。

 相手の五感に訴える全てが彼女の武器なわけか。


 ええい。こっちだって負けるもんか。

 私はキュリエナの背に回した腕に力を込める。きゅっと締めるだけでも、そのまま腕が沈んで行ってしまいそうな妖しい感覚に溺れないようにしながら。

 指先に神経を集中し、キュリエナの背筋と肩甲骨をなぞり、もう片腕は後頭部から首筋へと流していく。指だけではない、手のひら、二の腕、そして体幹自体も使って、キュリエナの肉体に同時に刺激を加えていく。

 全身を使った愛撫。砂漠の中、明るい日差しの下という環境で繰り広げられるにはあまりにそぐわない、それは淫らな舞踊。


 んっく、と、キュリエナの唇から切なげな吐息が漏れる。


「ん……上手なのね……抱き方……」


 感じ入るようなキュリエナの言葉は、だが、こっちだって同じだ。

 彼女は、「抱かれ方」が巧い。抱き方にも抱かれ方にも、それぞれ技巧があり、巧拙がある。

 私とキュリエナは、それが不思議なくらいにしっくりかみ合っているようだった。


「……ラツキ……」


 物欲しげな、誘うようなキュリエナの声が明確に私を求める。

 細い顎を上げ、潤んだ瞳と、微かに開けた唇が私の顔に近づいて、……




「も、もう、十分よね!」



 あ、危ない危ない。流されそうになるところだった。

 私はぎりぎりで自制心を取り戻し、半ば突き放すようにキュリエナの体を引きはがす。



「あん、もう……意地悪なのね、ラツキ」

「どこがよ! ちゃんとあなたの要望に応えてあげたでしょ! これで満足ね? じゃあもうついてこないでちょうだい」

「満足はしてないわよ? むしろいろんなところが昂ぶっちゃったままで大変。うふふ、すっかり濡れちゃった」


 ちろり、と赤い舌を出して白い牙を舐める、いつものキュリエナの蠱惑的な笑み。

 そんなキュリエナの言葉に、メイアがきょとんと首を傾げる。


「濡れちゃったって、こんなに晴れてるのに、雨でも降ってきたの?」

「メ、メイア! キュリエナの言葉に一々反応することはないのよ? 全部聞き流しておいた方がいいの。どうせ、みーんな適当なこと言ってるんだから、ね?」

「そうなの……?」


 真っ赤になりつつ慌ててフォローした私に、メイアは不思議そうにしながらも頷いてくれた。その様子を見て、おかしそうにキュリエナが忍び笑いを漏らしている。

 ええい、最後まで面倒を引き起こしてくれる人!



「と、とにかく! 約束よ、キュリエナ。あなたはもう私たちに手出しはしないのよね?」

「そうねえ。残念だけど、仕方ないわね。もうあなたたちに対して、いけないことはしないわ。……私は、ね」

「……なんですって?」


 最後の一言を意味ありげに強調したキュリエナの言い方を、私は聞きとがめた。

 ――『私は』ですって?

 どういう……

 考えようとした私の目に、キュリエナの笑顔が映る。

 とても嬉しそうな、そして、何事かをうまく成功させたような、楽しげな笑顔が。



「キュリエナ!? あなた、なにかやったわね!?」


 思わず声を荒げ、腰の剣を引き抜こうとした時。

 メイアが後ろから鋭い声を飛ばした。



「ご主人さま! 下だよ! 何か来るよ、下から!」


 同時に、大地を揺るがせるような振動と音響。噴水のように、砂漠の砂が天高く吹き上がる。

 砂嵐ではない。メイアが言ったように、それは下から垂直に突き上げられた何かだった。

 身を翻してあやうく「それ」の直撃を避けた私は、唖然として目の前の空間を見つめる。


 そこに屹立していたのは、巨大な触手。

 ごつごつと節くれだち、ぎらつく陽射しを硬質な鱗甲に跳ね返しながら蠢く、10mほどもありそうな触手だった。

 それが、砂漠の地下を掘り進み、私たちめがけて襲い掛かってきたのだ。

 白い外見からすると守護獣だろうか。だが、いきなり何故、私を狙ってきたというのか。


 いや、私だけではない。

 その触手型の守護獣は、地表に顔を出したのち、何かを探し求めるかのようにその巨体をゆすった。そして、今度はキュリエナめがけて自らの体躯を叩きつけたのである。


 だが、さすがに身軽なキュリエナは、舞うようにそれを回避する。彼女の纏う薄衣がひらひらと風に靡いて妖しく踊った。

 一瞬前までキュリエナの立っていた場所に、もうもうと砂煙が上がる。守護獣がその巨大な体から繰り出した一撃は、特段工夫のない原始的なものではあったが、それだけに侮れない威力があった。



「仕方ないわ、ラツキ、ここは協力しましょう。力を合わせてこの守護獣を倒すのよ。二人の共同作業ね、素敵だわ」


 ニヤニヤと笑いながら言うキュリエナを私は睨みつける。言うまでもない、彼女がこの守護獣を私にけしかけたのだ。

 だが、どうやって?

 キュリエナと守護獣を交互に見比べる私に、キュリエナは楽しそうに微笑みを投げかける。



「抱きしめてくれて嬉しかったわ、ラツキ。それも、とても濃厚に。お互いの香りがしっかりと身に着くくらいに、ね」



 ……あの時か。

 私がキュリエナを抱いた時、確かにその体からはかぐわしい香りが立ち込めていた。

 間士は闇に忍び、影にその身を潜めるものだと聞く。ならば、強い香りを身に纏うことは禁忌のはずだ。それなのになぜ、と、先程確かに私は一瞬不思議に思ったけれど。

 そういうことか。

 キュリエナは私に自分を抱かせ、そして自分の身に付けていた香りを私に移すことで、この守護獣のターゲットに私を巻き込んだのだ。


 よく見ると、その触手型の守護獣には大きな傷がついている。

 おそらく、キュリエナが手傷を負わせ、そしてそのまま逃げてきたのだ。時間的には、先程私たちが砂嵐に遭っていたころだろうか。その時、ちょうどキュリエナは私たちからはぐれていたし。

 キュリエナに傷を負わされた守護獣は怒り狂い、彼女を追った。その強い香りを手掛かりに。

 そして、その香りを纏うものが、ここに二人いたというわけだ。



「キュリエナ! あなたねえ!!」

「私はあなたの邪魔をしてないわよ? でも、この守護獣が襲ってくるなら仕方ないじゃない。だから、二人で一緒にやっつけましょうよ。ゆっくり時間をかけて、ね」


 くっそ。まーたキュリエナに嵌められた。

 だが、確かに言い争っている暇はない。守護獣はのたうち回り、怒りに我を忘れた様子で、私やキュリエナをめがけてその巨体を猛然と叩きつけてくる。地を穿つような響きが唸り、狂乱したように砂塵が舞い上がった。


 騎乗して逃げるべき? 

 いや、私と一緒に行動したらメイアまで巻き込んでしまう。メイアは私と違ってキュリエナの香りはついていないのだから、むしろ私と離れて行動したほうがメイアは安全だ。


 ……と、なると。

 残念だが、キュリエナの言った通り。二人でこいつを倒すしかないわけか。

 せっかく稼いだ時間を無駄に消費させられてしまうことに歯噛みしながらも、私は陽炎と不知火を鞘走らせた。砂漠の熱い日差しに黄金と漆黒の光が跳ねる。


「キュリエナ! あなたもちゃんと戦いなさいよ!」

「はーい。まあ、それなりには、ね?」


 キュリエナはのんびりした口調で応じると、自らの薄衣を纏めていた飾り紐に手を掛けた。

 そのまま、しゅるんと音を立て、彼女は飾り紐を解き放つ。

 えっ、と瞠目した私の前で、キュリエナの褐色の美しい裸身が露わになる。

 ……いや、正しくはごく僅かに、胸と腰だけをかろうじて覆うような、下着のような胸当てと腰当てだけがその身を守っていた。


 そして、キュリエナが今その手に持つものは、もはや単なる飾り紐ではない。

 ぴしり、と彼女はその紐を砂地に打ち付ける。

 紐はまるでそれ自身意思を持った蛇のようにうねり、空気を裂いて甲高く吠えた。

 おそらく、内部に鋼線でも仕込んであるのだろう。

 つまりそれは――鞭。

 そうか、キュリエナは何の武装もしていないように見えていたけれど。

 あの飾り紐を鞭として操るのが、彼女の武器だったのか。


「じゃ、行きましょうか、ラツキ。仲良くね」

「キュリエナ、あなた、あとで絶対泣かせてあげるから覚悟しておきなさい!」

「あら、私、寝台の上で泣かされちゃうのかしら? うふふ、それはとっても楽しみだわ。私、泣かせるのも好きだけど、泣かされるのも嫌いじゃないのよ」


 私とキュリエナはそんな馬鹿みたいな会話で殴り合いながら、互いに剣を振りたて、鞭を舞わせて、巨大な守護獣へ向かい砂煙を蹴立てていった。

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