騒々しい一夜と呉越同舟
「キュリエナ……!?」
私たち4人の声が同時に同じ名を呼ぶ。
その名で呼ばれた彼女は、くすくすと笑いながら平然と私たちに向かって歩み寄ってきた。
銀の髪を流しながら、銀の瞳を煌めかせながら。
雲の上を歩むような優雅な足取り、虹の輝きのような魅惑的な美貌。
しかし、彼女の恐るべき実力と、何よりもその素性を知る私たちにとって、それは脅威がにじり寄ってくる以外の何物でもない。
怯えるメイアを庇いつつ、思わず腰の剣に手を掛ける。アンジェとテュロンも咄嗟に身構えた。
だが、キュリエナは、ふわぁ、とのんきそうに伸びをすると、にっこりと私たちに屈託のない笑顔を投げかけたのだった。
「こんばんはー。いい夜ねえ。ほら、私って妖鬼族だから、夜は好きなのよ。でも、一緒に夜を過ごすって、それだけでなんか気分が高まるものじゃない? それは他の種族の人も同じだと思うのよね。ああ、一緒に夜を過ごすって言っても、いやらしい意味ばかりじゃないわよ? うふふ」
好き勝手なことを傍若無人に言いながら、キュリエナはとことこと焚火の傍に近寄り、無造作に無防備に、ぺたんと腰を下ろした。まるでそこに自分の居場所を占めるのが当たり前であるかのように。
思わず呆気に取られて、私たちはそんな彼女の姿をただぽかーんと見つめるだけだ。
え、何、このひと。
なんでそんな、友達かなんかに対して世間話してるような調子で話しかけてくるの。
自分の中の認識を再確認したくなるけど……キュリエナは敵、なのよね? レグダー男爵に雇われて、私の邪魔をするために行動している人のはず……なんだけど。
「な……何しに来たのよ、あなた」
一応陽炎の鯉口は切ったまま、私はキュリエナに尖った視線をぶつけた。だが、彼女は軽く小首を傾げ、平然と答えたのだった。
「んー。……遊びに?」
「なっ……!?」
絶句する私に、彼女は続けた。
「あー、あとね、ちょっと小腹も空いたから、何かお食事分けてもらえないかしら? と思って。ああ安心して、私、少食だから。ほんのちょっとしたものがあればいいのよ。まあ夜更けに食事をとるって美容のためにはあまり良くないけど、おなか空いたままなのも精神的に良くないし、それも結局は美容に関わると思うのよね。そういうわけで、何かないかしら?」
どんどんとまくし立てるキュリエナに、私たちは毒気を抜かれたようになり、反応の仕方がわからない。
「は、はい。えっと。干し肉とお豆くらいならありますが……」
「アンジェ!? 素直に対応しなくていいから!」
なんかペースに巻き込まれて荷物をごそごそ開き始めたアンジェを慌てて私が止める。アンジェはこういうところ、真面目というか馬鹿正直すぎる……。
「えー、いいじゃない。登攀者は困った時、お互いに助け合うものよ、ラツキ?」
「どの口が言うのよ! あなた、私の邪魔をしに来てるんでしょうが!」
「まあ、そんな些細な問題は置いといて。せっかくの良い夜なんですもの、仲良くしましょうよ」
「些細じゃないっ!」
ぜえぜえ。息を荒げている私を、キュリエナは面白そうに眺めている。こ、この女、扱いがめんどくさすぎる……。
でも。とても怖いことなのだけど。
アンジェだけではなく、自分の中でも、この短い時間でキュリエナに関する感情が動いているのを、私は自覚していた。
認めたくはないし、認めてはいけないが、それは好感に近いものだった。
そして……それこそが恐ろしいのだ。頭でははっきりと敵だと理解しているのに、認識しているのに。それにもかかわらず、心理的な距離を一気に詰めてこられた。
キュリエナの一番の武器は、これなのかもしれない。相手の警戒心を薄めてしまう雰囲気とコミュニケーション能力こそが。騙されてるぞとわかっているのに、つい話を聞いてしまう人の接し方が。
メガックさんのお店で、メイアがあっさりと丸め込まれてしまったのもうなずける。キュリエナは、人の懐に入り込むという意味では、ある種、天才的な能力を有しているのかもしれない。
私は何とかペースを取り戻そうと、キュリエナを睨みつけた。なるべく鋭い眼光で、と思うのだけど、なんか彼女に対しては暖簾に腕押しっぽい気もする。
「そ、そもそも。さっき、何か言ってたわよね。自分たちで気づいて残念だとかなんとか。何のことよ」
「ああ、あれ。ほら、あなたが奴隷の子たちの主人としてどう振る舞えばいいか迷ってたって話よ。私としてはそのまま迷っておいてほしかったんだけどね」
「……あなた、それがわかってたの」
私は微かに目を細めた。自分の中の感情が僅かに冷えたのがわかる。キュリエナもそんな私の雰囲気を察してはいるのだろうけれど、いまだに悠然たる態度を崩さない。
「そりゃね。今回のお仕事の対象であるあなたのことは、ずっと観察させてもらってたし。職業柄、これでも多少は人を見る目はあるつもりなのよ。だからね、あなたの迷いをうまく利用できれば私の仕事も楽かなあって思ってたのよね」
キュリエナはもそもそと自分の分の荷物を背から降ろしながら、何気なく言う。
「あなたが奴隷の子たちの身を案じて過保護に扱えば、自然と道程は遅れて競争には勝てないわね。
逆にあなたが無理に仲間たちを急き立てて道を急いだとしても、奴隷の子たちを手荒く扱った自責の念は、あなたの中で無意識に膨らんで、冷静な判断力を失わせ、それがあなたの躓きの石になる。
どっちにしても私は仕事が楽になる、はずだったんだけどなあ」
キュリエナは白い牙を艶めかしく見せて、笑った。
炎の光が彼女の面に影を落としながら揺らめき、揺らめきながら照らしあげて、その妖しい美しさに一種の凄みさえも与えていた。
「――だから、あなたたちがその問題をもう解決しちゃったのは残念。でも、良い奴隷たちを持ってるのね。お互いに強く想い合ってる、それは素直に羨ましいわ」
一瞬、静寂が場を満たした。
キュリエナは、そこまで私を、――私たちの関係を読んでいたのか。
そして、今改めて、彼女に説かれて、わかる。自分が、いかに危うい綱の上につま先立ちをしていたのかを。
だが、そうだとしても、ちょっと迂遠ではないだろうか。
何もせずに放置して私が自滅するのを待つつもりだったの? 競争自体は二日か三日くらいしかないのだから、巡り合わせによっては、私がその決定的な破局を迎えることなく乗り切ることだってあり得たかもしれないのに。
そう思った時、私の隣にいたテュロンが、低く唸るような声を上げた。
「なるほど。確かに、あまりにも間が合いすぎているとは思いましたわ。あなたの仕業でしたか。我が輝く知性にも千慮の一失がございましたわね。もっと早く気付くべきでした」
えっ? とよく意味が分からずにテュロンの方を振り返る。彼女はいつものように栗色の縦ロールをふぁさっと後ろに捌き、しかしいつものような得意顔はせずに、むしろ膨れっ面で話してくれた。
「先程の岩場での、あのことですわ。私たちが走っている、ちょうどその瞬間、まさにその場に、守護獣が乱入して参りましたわね……まるで図ったように、絶妙に」
「……それじゃ、まさか」
ようやく事態を飲み込む。
あの岩場の、守護獣の乱入。
確かに、驚くほどぴったりのタイミングで、私たちがまさにその岩場に掛かったその時に起きたことだった。
それを仕組んだのが、キュリエナだったということなのか。
結果だけを見れば、私はその守護獣たちを利用して集団を抜けることができた。
けれど、それはかなりの僥倖だっただろう。もしメイアの、「波」を見る瞳の力がなければ、私たちもまたあの守護獣たちの暴走に巻き込まれて、タイムを大きくロスするか、あるいはもっと悪い事態に……。
――いや、もしかしたら、そのメイアの力を借りたことさえも。
あの守護獣たちの暴走を察知するために、そしてそれを回避するために、メイアは頑張ってくれた。その結果彼女は疲弊し、そして私はそんなメイアを気遣えなかった自分を責めた。
……先ほどキュリエナが指摘したとおり、その事実は私の内心を蝕むところだったのだ。
そこまで、キュリエナの掌中だったのか。
「……登攀者の直接妨害をするのは違反行為のはずよね」
「そうねー。そんな悪いことをする人はいけないわよね。私もそういう人は許せないわ、ほんとよ?
……まあ、登攀者同士じゃなく、守護獣と登攀者が戦うことはごく普通のことだし、そして戦った結果として、守護獣がどこかへ一斉に逃げ出しちゃったりする場合もあるだろうけど。たまたま、偶然、ね」
「……あらそう。偶然っていうのは怖いわね。例えば私が体操をしていたら、たまたま手元が滑って誰かをぶん殴っちゃう偶然、とかもあるかもね」
仮の話ではない。場合によっては実際に、そんな「偶然」の行使だってためらうつもりはない。
そう、言外に私ははっきりと告げたのだが。
しかし、キュリエナは両手の掌を口に当て、大袈裟に可愛らしく肩をすくめて見せた。「まあ、こわーい」と。
それだけで、この問答がただの茶番になってしまう。まったくのらりくらりと、掴みどころのない女だ。
「まあ、でも、いいじゃない、ラツキ。そんな偶然のおかげで、あなたは今、このあたりの地域ではかなり先頭に近い位置に付けているわよ。ここに来る前に、ざっと付近を回ってきたんだけど、あなたたちの前にいる隊は数組しかいないわ。それも、ちょっと頑張れば抜ける位置ね。もちろん、他の地域のことまではさすがにわからないけど」
キュリエナは櫛を取り出して自分の美しい銀髪を梳かしながら、のんびりと言い放つ。まあぬけぬけと。
しかし、まあ。彼女の情報にどこまで信が置けるのかはわからないけれど、仮にそれが事実なら、明日のペース配分について考える要素の一つにはできる。
実際、こういう競争の何が嫌かって、他の隊がどこまで進んでいるかがわからないまま疑心暗鬼になってしまうことだし。
「……お礼を言えとでもいうのかしら?」
「うふふ。どうせお礼なら、言葉じゃなく体と行為で示してほしい・か・も」
艶めかしく言うキュリエナが片膝を立てる。さらりと薄布が零れ落ちて、褐色の太腿の奥が露わになりそうになり、私は慌てて目を逸らした。
……うう、我ながら、なんだこの思春期中学生みたいな行動は。っていうか忘れてたけど、キュリエナは私と同じ、そういう指向の女性なんだった。
目を逸らした先にアンジェの顔がある。なんか、心なしか、すごいジト目で見られているような気がする……。
「ととと、とにかく! 私たちにはあなたとじゃれあうつもりもないし、そんな余裕もないのよ。休養だって取らないといけないし。それとも、私たちを疲れさせるのがあなたの狙いかしら?」
「やん、冷たいのねラツキ。でも、そんなところも素敵よ。……なんて冗談は置いといて」
「冗談かい!」
いかん、素で突っ込んだ。女言葉を捨てちゃったのって、こっちの世界に来てから初めてかも。
……って、そう考えて、思い当たった。キュリエナって、あの電飾野郎に性格似てるのかも……。道理で苦手なはずだ。
「単純に、あなたたちを見てると楽しいの。疲れてるっていうなら、ラツキ。いいものあるわよ。ほら」
キュリエナは自分の荷物を漁り、小さな袋を取り出した。その袋の口を開けて掌の上にぽろっとこぼしたのは、何粒かの丸薬だった。
「間士は仕事柄こういう薬も常備しててね。一粒飲むだけで疲労がぽんと取れるわよ。今ならなんと銅貨一枚」
「お金取るの!? っていうかその表現はやめなさい!」
「冗談だってば。今夜お世話になる代わりのほんの気持ちよ」
「世話するなんて言ってないわよ!」
だから疲れるんだってば、このタイプとやりあうのは!
「それにそもそも、あなたは敵なのよ、キュリエナ。敵! その敵が出した怪しげな薬なんて、飲むと思うの? 悪ければ毒、良くても眠り薬とかそんなところでしょう。私たちが眠り込んだところを……」
「眠り込んだところを美味しくいただいちゃうのね。性的に。まあ素敵。その手もあったわね」
舌なめずりして身を乗り出してくるキュリエナ。もう誰か受け付け代わってください……。
「ならばまず、ご自分がお飲みになってみてはいかがですの? 一粒と言わず、五粒くらい」
お、ありがたい。テュロンが助け舟を出してくれた。
当然ながら、テュロンも、ものすごく怪しんだ目つきを隠そうともしていない。
というか、多分私たちの中で一番キュリエナに敵愾心を燃やしているのがテュロンかも。テュロンとキュリエナ、どちらも口の立つ弁巧者だけに、ライバル意識のようなものがあるのかしら。
もっとも、口が立つと言っても、テュロンは理論派でキュリエナは感覚派という点は正反対ね。
それもそりが合わなそうな理由ではあるけど。
「間士というものは手練手管に優れた人たちと聞き及びますわ。飲んだ振りをして飲まずに懐に零すとか、口に入れても舌の裏に隠すとかはたやすいことでしょう。ですから、あなたではなく私たちがあなたの口に入れて、嚥下するところを至近から観察させていただきますわ。それでもよろしいなら」
じろりと下からねめつけるような視線を送るテュロンに、しかしキュリエナはあっさり頷いた。
「ええ、いいわよ。うふふ、それにしても、女にぱっくりお口を開けさせて強引にモノを飲み込ませるなんて、いけない子ね。まあ、無理やりされちゃうのも悪くはないけどね、ふふ。ましてや、それをじっくり見つめられちゃうなんて、ぞくぞくするわ。特殊性癖の持ち主同士、あなたとは気が合いそう」
「だだだ、誰が特殊性癖の持ち主ですの!? いきなり妄想を炸裂させてあなたと一緒にしないでくださいませ!」
しまった、下ネタトークに持ち込まれると、さすがのテュロンと言えども劣勢だ。誰か、この場を切り抜けられるものはいないのか。そんな私たちのピンチを、彼女が救った。
「ねえ、とくしゅせいへき、って、何?」
「えっ」「えっ」
メイアの真っ直ぐで純粋なキラキラ視線攻撃がテュロンとキュリエナを襲う。口の回る二人が同時に舌を止められる。
「僕、難しいことわかんないんだけど、無理やり……何かされるの? それなのに嬉しいの? 見つめられて……ぞくぞくするの?」
ま、眩しい。眩しすぎるわ、メイア。なんて清らかで美しい魂なの。
その澄んだ視線を受けて、キュリエナもテュロンも気まずそうに眼を逸らす。
「あー……まあ、その、何というか、ね……」
「メ、メイアにはまだ早いのですわ! ……と申しますか、キュリエナのせいですわよ!」
「わ、わかってるわよ。悪かったわよ……」
おお、素晴らしい。ついにキュリエナが非を認めた。メイア最強伝説。
というか、さしものキュリエナも、メイアのような子には意外に弱いのね。
「……こほん。ま、まあその話はいいとして。それでその、どうするのよ、これ。いらないの?」
キュリエナは空咳をしてから話題を元に戻し、改めて手の上の丸薬を示した。
――実を言うと、私には『アナライズ』のEXスキルがある。物体の性質を分析する能力が。
だから、試しに飲んで見せてもらったりするまでもなく、分かってはいるのだ。
意外なことに……キュリエナの取り出したその丸薬は、本当にただの栄養剤だったと。
健康にも影響はない。
それをわかっているからこそ、彼女がどういった反応を示すのか見てみたくて、わざと疑って見せたりもしたのだけど。
純粋な善意? ……まさかね。それはない。私たちに好意を示して取り入ろうとしているのだろうか。
しかしとにかく、みんなが疲労しているのは事実だ。本当の栄養剤なら、貰っておいた方がいいのは確かだろう。即効性がどれだけあるかは別としても、少なくともマイナスにはならない。
そのためには、キュリエナに飲んでもらうパフォーマンスも必要か。
「じゃあ、さっきテュロンが言ったとおり、まずあなたに飲んでもらうわ。それで大丈夫なら私たちも飲む」
私の言葉に、キュリエナはにこりと微笑んだ。
「わかったわ。じゃあ、飲ませてね」
いうと、彼女は私の方へ近寄り、目を閉じた。そっと顔を寄せ、悩ましげに朱唇を開ける。ちろりと、赤い舌が独自の意思を持った生き物のように蠢いて、口中から顔をのぞかせた。
……どこからどう見ても誘っているその態度に、思わずどきりとしてしまう。明らかにからかってるとわかっているのに、それでも目を離せなくなる蠱惑的なエロスがそこにあった。
落ちつけ私。セルフコントロール。
丸薬を撮んだ指をそっと伸ばし、舌に近づける。と、それを察知したかのようにキュリエナの舌がついと延び、私の指先ごと丸薬を絡めとった。彼女のぬくもりと潤いが私の肌に触れた、その瞬間に、ぞくりとした官能が私の背筋を這い上る。
やばい。この子の舌、魔物だ。
おのれ。でも私にだって意地がある。負けるものか。
私は丸薬を手放さないまま、中指と薬指でキュリエナの舌の外縁をなぞる。同時に、小指の先でそっと唇を撫で上げると、キュリエナの銀の睫毛が切なげに震えた。
吐息までもが熱く湿り気を帯びて私の指先を愛撫する。物欲しげに形を変える唇に、けれどまだ応えてはあげない。
彼女の細い喉がこくりと動き、小さな声を漏らした。さまよう舌を焦らし、弄ぶ。
ほらほら、欲しいって言ってごらん。くださいって言って……
「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?」
びくうっ。
キュリエナとのなんかよくわからなプレイに没頭しかけていた私を、優しい優しい声が現実に引き戻した。
おそるおそる声の主を振り返ると、そこには。
アンジェのにっこり微笑んだ天使の美貌があった。……めっちゃ怖い笑顔が。
「ずいぶん楽しく遊んでいらっしゃるのですね。ご主人さまの楽しそうな姿を見るのは私にとっても幸せです。ええ、し・あ・わ・せ・です」
「ま、待ってアンジェ。これはその、ついうっかりっていうか、あー、女の意地というか」
私の顔が引きつり、表情が強張る。まずい、アンジェの激怒モード、久々にスイッチ入っちゃった感。
アンジェは自分が認めた他の女の子を私が可愛がるのは許してくれるけど、そうじゃない子には怒るのか。って、そりゃそうよね……しまった……。
「どうなさったのですか、ご主人さま? 続きはなさらないのですか?」
「いやだからねアンジェ、……ごめんなさい……調子乗ってました……」
しどろもどろになった私に、傍らからキュリエナが蕩けそうに甘えた声を掛ける。
「ねえラツキ……まだぁ……? 早くぅ……お願いぃ……」
「事態をややこしくするなーっ!! わざとね!? わざとやってるのね!?」
――っていうか、私たち、何やってるんだろ、ほんとに。
「うふふ。あー楽しかった。やっぱり、あなたたちは面白いわね、ラツキ」
「さんざん引っ掻き回しといて、なに他人事みたいに言ってくれてるのよ」
他の子たちを起こさないように一応小声で、私とキュリエナは会話している。
アンジェたちは眠りにつき、私とキュリエナが今は夜の見張り番だ。
……登攀者同士は手が出せない、という規則を盾にして、追い出そうとしても出ていきそうにないキュリエナは、結局何となくこのままここにいるのだった。
だからと言って安眠を貪らせるのも癪に障るので見張り番をさせているが、もちろん彼女一人に任せられるわけもないので私が一緒に起きている。……つまり貧乏くじ引いてるのは私のような気がするが。
「だからなんで敵のあなたがここにいるのよ、ほんとに……」
「まあ敵だけど。敵が一緒に楽しい時間を過ごしたっていいじゃない。そんな視野を狭くしないで、もっといろいろな可能性に目を向けて人生楽しみましょうよ」
「いい話ふうにまとめようとしても駄目だからね! そういう問題じゃないから!」
「声、大きいわ。他の子が起きちゃうわよ?」
「うっ……」
くそぅ。相変わらずキュリエナが相手だとペース取りにくいなあ、もう!
ぎりりと歯噛みする私を、キュリエナはくすくすと上機嫌な笑い声を忍び漏らしながら眺めている。
「うふふ。でも、安心してね、ラツキ。あなたのご要望通り、ちゃーんと最後には裏切るから。期待して待っててね?」
「安心も期待もできないわよ、そんなの!」
うう、息が上がりそうだ。なんか私、昼間に必死で走ってた時よりも疲れてるんじゃないだろうか。
だがその時、ふっとキュリエナは柔らかいまなざしになった。銀の髪が夜風に乗って微かに揺れ、焚火の光を遠慮がちに跳ねる。惜しむように漏らした声は、静かに深く、夜の闇を抱くような響きを伴っていた。
「……でもね、ラツキ。あなたたちと一緒にいるのが心地いいのは本当よ。私、嘘はつかないわ。自分の都合のいい時にしか」
「結局嘘つくんじゃないの! もう!」
その時、私も、怒りながらも笑っていた。
キュリエナの今言った言葉は、多分本当。そんな思いが、根拠もなく、けれど確かな感覚で、あった。
キュリエナは間違いなく敵だけど。そして彼女自身も言ったとおり、最後には私たちに牙を剥くのだろうけれど。
それでも、私たちと一緒の時間を過ごすことを楽しんでいるのも本当だろう。
とても自由な、それが彼女の生き方なのだ。
なんだか少し、私は彼女のそんな姿が羨ましくも思えた。
やがて、夜が明ける。
競技二日目の朝。
……そして私たちはそこで、『秘法』に続く第二の都市伝説に、巡り合うこととなる。




