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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
38/84

妖艶なる間士とひみつのきょういく

 風に銀色の髪をなぶらせたまま、その美女は笑みを浮かべ続けていた。

 銀色に輝く瞳はまっすぐに私たちを射すくめる。まるで獲物の価値を見極めようとする狩人のように。


「ご主人さま、あの人が……」

「メイアに誘いを掛けてきた人、なのね?」


 メイアの言葉を引き取り、私は今一度確認した。

 こくりと声もなく頷くメイアを、アンジェとテュロンが無言でかばう位置に動く。

 視界の端でそれを認め、私は僅かに笑んだ。

 私は指示を出していない。けれど彼女たちはきちんと自分の為すべきことを理解してくれている。いい子たちだ。


 周囲にはお祭りの雰囲気に酔い、笑いさざめく人々がそぞろ歩く。

 その明るく賑やかな雰囲気の中、私とその美女は真っ向から視線を絡ませ合ったまま、しばし足を止めていた。

 街を彩る軽やかな空気が、私たちの間でだけ音を立てて固まり、軋んでいるように思えた。


 やがて私はゆっくりと歩みだす。

 耳元にどこかからの楽しげな歌が聞こえて後ろへ流れていく。歩行に合わせて緩やかに手を陽炎と不知火の柄に掛ける。

 一足一刀の間合いまで半歩、というところまで踏み込みかけた時、目の前の美女はすっと両手を広げ、優雅に礼をした。



「こんにちは、ラツキ・サホさん」



 ――っ。


 ……くそ。言葉で斬られた。

 私の歩法のぬすみ、動きと動きの間隙を絶妙に突くタイミングで、彼女は声を発したのだ。しかも、その言葉の内容。

 彼女は私の素性を知り、そして知っているということを私に知らせ、ゆえに情報を持たない私が安易な行動に及ぶことを封じたのだ。たった一言の挨拶で。




「――私の名はキュリエナ。妖鬼族の間士。お見知り置きいただけると嬉しいわ」




 キュリエナと名乗った美女は、緩やかに辞儀から身を起こし、細い首を傾げてくすりと笑った。

 認めたくはないが、魅力的な表情であったことは事実だ。

 しかし、その魅力は、相手を破滅に引きずり込みかねない危険な魅力だ――アンジェの優しさやテュロンのバイタリティ、メイアの無垢なそれとは異なるもの。


「うちのメイアがお世話になったそうね。お礼を言わせてもらえるかしら」


 我ながらチンピラめいたセリフだとは思いつつ、私はキュリエナに対する視線だけは外さずに言った。

 彼女は赤い舌をちろりと出して、唇の端に覗く牙を舐めたが、面白そうな顔つきを崩さない。


「ああ、そのことに関してはね。もちろん、胸が痛んだのよ。メイアちゃんのように純真な子が相手ですものね。でも、そうしろって依頼があった以上、仕方なかったの。これが私のお仕事だから」

「依頼……仕事……?」


 私は眉を顰める。

 つまり愉快犯などではなく、明確に何らかの意図と目的をもって、キュリエナは今回の事件を起こしたということなのか。

 メイアを献納奴隷の立場に就かせないのが狙い? それとも、メガックさんを破産させるのが目的? どちらもあり得そうだけど……。

 頭の中で可能性を模索していた私に、キュリエナは蠱惑的に笑いかけた。



「でもまさか、あなたが聖花の摘み手に立候補するとは思わなかったわ、ラツキさん。おかげでまた予定が狂っちゃう。万が一あなたが選ばれたら、破滅するどころか、逆に一躍成功者じゃない」




 その時私の脳裏によぎったのは、驚愕でも衝撃でもなかった。

 むしろ、不思議なくらいに冷え切った、平静な判断だけがそこにあった。


 そうか。

 この事件のターゲットは、メイアではない。メガックさんでもない。

 


 ――私、だったか。



 そう。メガックさんに巨額の投資をしている私は、彼が沈めば共に沈む。

 いわば、私を経済的に破滅させること。それが、狙いだったのだ。

 もちろん、そんなことを目論む相手は一人しかいない。

 私は、ある男の面影を思い浮かべていた。骸骨に薄い皮を張り付けたような容姿と、貪欲にぎらつく狂気じみた眼差しを持つ者を。



「レグダー男爵の差し金、というわけね」


 低い声音で言った私に、キュリエナは銀の髪を優雅に揺らして笑った。


「だめだめ、私の口から依頼人の名前は言えないわ。たとえそれがバレバレでもね、ふふふ。請けた依頼には忠実なのよ、私。こう見えてもね」

「――そう」


 言い終わるより早く、風が起こっていた。私の腰から鞘走った陽炎の起こした金色の風。その刃は、キュリエナの整った鼻先ぎりぎりに突きつけられて煌めいていた。

 小さく鋭く息を吸う音が、キュリエナの艶めいた唇から漏れる。


「以前にも、男爵の関与についてしらばっくれて言い逃れようとした男がいたわ。でも、そいつはすぐに泣き喚いて自供した」

「……あらまあ、怖い。でも、私の場合はどうかしらね」


 キュリエナの顔色はやや青ざめ、頬に一筋の冷や汗が伝っていた。

 だがそれでも、彼女は薄笑みを崩さぬままに言う。その視線は依然として力を持ったまま私を貫いている。

 私は悟った。

 この女性は、確かに一流なのだ。

 もしこのまま私が力に物を言わせても、キュリエナはおそらく口を割らないだろう。かつてアンジェを襲ったあのネズミ男とは格が違う。


 それに、もしこのままキュリエナを強引に聖殿に連行したとしても、告発することはできない。キュリエナが今回の事件に関わったと言っているのはメイアだけだからだ。そしてメイアは奴隷だから、その証言の証拠価値が低い。


 加えて。

 私は今、陽炎を、キュリエナの首筋に擬するつもりで抜刀していた。

 だが、実際に陽炎の刃が届いたのは、キュリエナの鼻先。

 つまり、彼女は、私の剣速に合わせて僅かに身を引いていたのだ。十分に避けきるというほどではなかったが、それでもキュリエナの身のこなしがいかに優れているかを雄弁に物語る証ではある。


 間士と、先程キュリエナは名乗った。あのユーゼルクたちの仲間、バートリーと同じ職業。情報収集や隠密行動を行って世の裏側を渡るものか。キュリエナのこの身のこなしは、そういった彼女の手練のほどを示すものだと考えて良い。


「ちなみに私は、今、見ての通り丸腰。登攀者は自力救済が許されているけれど、何もしてない相手に暴行を加えてはまずいわよね」


 キュリエナはアピールするように緩やかに手を広げた。

 確かに彼女は現在武器を携えていない。身に付けているものは、申し訳程度にまとわりついた薄布と、それを腰のあたりでまとめている飾り紐だけだ。

 そして、キュリエナがしたことと言えば、言葉で、しかも明言はせずに関与をほのめかしただけ。私が実力行使を為しうる要件は満たしていない。

 

「ね、だから、こういうの、危ないから、しまっちゃいましょ? 私臆病なのよ、ほんとよ?」


 小指の先を立てて、キュリエナは陽炎の刃に触れ、静かに降ろさせた。

 そのまま白い腕を伸ばし、キュリエナは私にしなだれかかる。


「なっ……!?」


 驚いて身を引こうとした私の耳元で、彼女は囁いた。


「周り、周り。あんまり大騒ぎになりたくないでしょ、お互いにね」


 私はその時気づき、周囲に視線をさまよわせた。街行く人々が、遠巻きに私たちを見つめている、慄いた表情で。

 ……往来でいきなり剣を振り回したのはまずかったか。

 だが、キュリエナは馴れ馴れしく私の肩を抱き、親しげにぽんぽんと頭を叩いた。

 その所作で、人々は、何だ、という顔に戻り、再び歩み去っていく。おそらく酔っ払い同士の絡みか、それとも友人同士のただの悪ふざけかとでも解釈したのだろう。


「これは一つ貸しかな? なーんてね、うふふ」


 楽しげに笑うキュリエナを、私は苛立たしく払いのけた。

 だが、さすがにもう剣を彼女に突き付けることはできない。私は陽炎を鞘に納めながらも、忌々しくキュリエナを睨みつけた。


「……それで? 何のために、あなたは私の前に名乗り出たのかしら」

「言ったじゃない、あなたが聖花の摘み手に立候補するとは思わなかったからよ。だからこういう手を取ることになっちゃった」


 キュリエナはわざとらしく大袈裟に溜息をつくと、胸元に手を伸ばし、何物かを取り出した。

 傾き始めた陽射しに煌めく、それは魂魄版だった。聖殿の刻印も押されており、登攀者としての身分を証す正式なものだ。


「私も一応登攀者の資格は持っててね。10階層にも到達してるから、聖花の摘み手に立候補はできるのよ」


 キュリエナはいったん言葉を切って、私に向ってその繊手を差し伸べた。


「だから、競争の中で、あなたの邪魔をする。私の依頼はまだ終わってないんですもの」

「……なんですって?」


 声を尖らせた私に、彼女はくすりと笑った。


「まともに剣を合わせたのでは、もちろん私はあなたに敵わないわ。これでも多少腕に覚えはあったのだけどね。

 ――でも、何も真正面からあなたを倒すことだけが手段じゃない。あなたを聖花の摘み手に選ばせなければ、それであなたは破滅するわけですもの。もちろん、姿を隠し、正体を隠してあなたの邪魔をするという手も取れたわ。でも、こうしてちゃんと姿を現して、邪魔するよーって言ったほうが、あなたには効くでしょう。あなた、繊細そうですものね」


 見透かすような銀色の瞳が私を絡めとる。嗜虐的な好奇の光。


「あなたは、いつどこでどうやって私があなたの邪魔をするかわからない。わからないまま、他の競争者とも競いつつ、守護獣を退け、10階層の荒野を踏破しないといけない。大変ね。胃が痛くなりそう。美容には気を付けてね、せっかくそんなに綺麗なんだし」


 すっと顔を寄せて、キュリエナは言う。その口調がまるで本気で私を案じているようなトーンに聞こえるのがなおさら性質が悪い。

 私は喉の奥で低く唸った。

 確かに、いつどこで何が起こるかわからないけれど、何かが起こることだけは確実。それをずっと気に留めながら競争しなければならないというのは、精神的に相当堪えるだろう。嫌らしく、そして的確な狙いだ。



「それからもうひとつ、個人的な興味もあったわ。あなたにね」



 微かに彼女の声がしっとりと濡れた。長い睫毛が僅かに揺れて、キュリエナの瞳に一瞬影を落とす。


「興味ですって?」

「ええ。わかるのよ。あなた。――私と同じ側の人、よね?」


 問いかけた私に、キュリエナは吐息に交えた声で返す。切なさと淫靡な香りの籠ったその甘い吐息が、私の顔のすぐ近くに漂った。

 何のこと、と彼女の言葉の意味を判断する間もなく。

 



 ――キュリエナの唇が、そっと私の頬に触れていた。



 

「なっ――!?」

「え、ええっ!?」

「な、なんですの!?」



 私とアンジェとテュロンの声が同時に上がる。きょとんしているのはメイアだけだ。

 え、ちょっと待って。私、今、何をされたの?

 ぬくもりの残る頬を抑えながら、思わず私は大きく飛び退いてしまった。目を白黒させている私の姿を見つめながら、キュリエナは愛しそうに自らの唇を愛撫する。


「そういう意味でも、お近づきになりたかったのよ、ラツキさん。うふふ」


 切れ長の瞳がきらきらと輝く。その眼は、熱く扇情的に潤いながら燃えていた。


「あ、あなた、何考えてるの!?」

「何って、そうね。あなたを殺せという依頼を受けているわけじゃないから、あなたを破滅させたら、そのあとは私があなたを飼ってもいいかなって。可愛い仔猫ちゃんとして、ね」


 

 何をくだらない冗談――

 ……というわけでもなさそうだった。

 キュリエナの口許には相変わらず掴みどころのない笑みが湛えられ、真意を押し隠している。けれど、そのねっとりと纏わりつくような淫靡な気配は、彼女の本心を吐露していた。



 えーと。

 そっか。まあ、この世界にも、いるわけだ。私みたいな人が。

 なんとなく、「同じ側」にいる人が感覚でわかる、というのは、まあある意味事実かもしれないが。

 しかし、対象が同性だというだけであって、本質的にはあくまで、人を恋し、愛する、その気持ちを根底に置きたいと私個人は思っている。……年の割に初心すぎるかもしれないけど。

 快楽や悦楽だけのつながりも、頭から否定はしないけど。でも私には何となくそれは合わない。

 そういう意味では、同じ指向を持っていると言っても、私とキュリエナの抱える感覚は異なっているようだった。



「あら、何か、怖い目ね。うふふ。まあいいわ。とりあえず今日はここまでね。またお会いしましょう」


 優雅に妖艶に深々と頭を下げ、キュリエナは身を翻して去っていった。胸騒がせられる感覚を私たちの中に残して。








「……ごめんね、メイア」


 キュリエナの言葉と行為をそれぞれ胸中に抱えながら、私たちは屋敷へ戻った。空き室のうち一室をメイアの部屋として整え終わったのは、もう夜が間近い時刻。

 そこで、私は改めてメイアに詫びた。


「え? 何がごめんなの、ご主人さま?」


 きょとんとしているメイアは、本当に不思議そうな表情。それは彼女の無垢な心根を現す姿で、だからこそ私は胸が苦しい。


「あの人……キュリエナの言ったことは、多分本当。つまり、私があなたを巻き込んだんだわ。あなたが私を、ではなく。私の存在があなたとメガックさんに迷惑をかけてしまった。メガックさんにもお詫びに行かなければいけないけど、あなたの希望も台無しにしてしまって……」

「ご、ご主人さま! それは!」


 傍らから小さく叫んだのはアンジェだった。悲痛な顔つきで、アンジェは私の手を握りしめた。


「そもそも、ご主人さまが私を助けてくださったところから問題が始まっているんです。あの方が執着しているのは私です。ですから、原因はすべて私なんです」

「それは……違うわよ。最初にあなたを助けたのは私が勝手にやったことだし、そのあとあいつにケンカ売ったのも私が決めたことだわ」


 見つめ合う私とアンジェ。メイアはその私たちの姿を見ながらしばし黙っていたが、やがて口を開いた。


「その、何とか男爵って人のことなんだね。さっき教えてもらったけど」


 メイアには、屋敷に戻ってから、これまでの私たちの身に起こったことをかいつまんで教えている。


「正直、僕も、まだ戸惑ってはいるよ。だって、生まれてからずっと、僕は献納奴隷になるって決められて、僕自身もそのつもりでずっと過ごしてきたんだもの。それがいきなり駄目になったと言われても、やっぱりどうすればいいんだろうって気持ちはあるんだよ。……でも」


 ぽつりぽつりと、メイアは独白のように呟いた。その右目を隠した前髪がさらりと、窓から吹き込んできた夜風に揺れる。

 ふう、と息を吸って、メイアは外を見た。遠いまなざしは、どこか追憶に浸っているようだった。

 やがてメイアは瞬き始めた星を見上げて、再び口を開く。


「あのね。僕、友達はいなかったけど、気になる子はいたんだ。……と言っても、人間じゃなかったけどね、えへへ。鳥。小鳥だったんだ」


 メイアは少し恥ずかしそうにしながら続けた。


「その子はね、僕の部屋から見えるところに巣があって。そこで卵から大きくなっていってね。僕、その子のことをずっと見てたんだ。もちろん、手を出したり、餌をあげたりしちゃいけないのは知ってたから、ただ見てるだけ。でも、その子を見守っているのが、僕にとっては毎日の楽しみだった」


 メイアは懐かしむようにそっと手を窓から伸ばした。まるで、すぐそこにその鳥がいるように。


「その子は少しずつ大きくなっていって、そのうち巣立つ時が来た。最初のうちはさ、全然羽を動かすのも下手でね。僕はその子を見守りながら、すごくはらはらしてたんだ。でも、不器用でも一生懸命羽ばたく練習をしていって。そしてあるとき、その子は、始めて飛んだんだ。よたよたしながらだけど、飛んだんだ」


 頬を薔薇色に染めて、メイアは嬉しそうに微笑んでいた。本当に何の衒いもなく、素直な喜びをまっすぐ現したその表情を、私は眩しく見つめる。


「飛び立ってしまって、その子を見ることはもうなくなった。もしかしたら、すぐに大きな鳥や獣に捕まってしまったかもしれないし、嵐に遭って落ちてしまったかもしれない。それでも、一生懸命羽ばたいていたあの子の姿が、僕はとっても綺麗だと思ったし、それが羨ましいとも思ったんだ」


 メイアは私たちの方へ振り返り、照れたように微笑んだ。


「それでね。なんだかうまく言えないんだけど、僕、今、あの子になったような気分なんだ。あの、よたよた飛んで行った小鳥のような。……えへへ、よくわかんないよね。でも、僕はご主人さまのことも、アンジェさんのことも、怒ってなんかいないよ。それはほんとなんだ」


 それは確かに、たどたどしく稚拙な話だった。けれどそれだけに、メイアが一生懸命になって、私たちに寄り添おうとしてくれている、その心が伝わってきていた。

 思わず私たちの頬に笑みが零れる。私は静かに歩み寄って、メイアの肩を抱いた。


「ありがとうメイア。優しい子ね。きっとその小鳥も、今も頑張って飛んでいると思うわ。ううん、もしかしたらその小鳥も、今はもう立派なお母さんかお父さんになって、新しい卵を育てているかもしれないわね」


 私の言葉に、メイアはきらきらと目を輝かせ、もう一度夜の空を見上げた。つられて、私たちも星々に視線を送る。


「あ、そうだね! そうなっていたら素敵だな。あの子も、いつかお母さんかお父さんになるんだもんね。……流れ星、流れないかなあ」


 ん? 流れ星?

 なんのことだろう、と私はちょっと首を傾げる。と、目ざとくその気配を察知したのか、メイアが振り返って得意げに言った。



「ご主人さま、僕知ってるよ。赤ちゃんって、空から降ってきた流れ星がお母さんのおなかの中に入って生まれてくるんだよ。だから、流れ星が流れた時、どこかで赤ちゃんが宿ってるんだ」



 ね、僕すごいでしょ? と言わんばかりににっこりと見つめてくるメイア。

 あー、そっかー。この世界では、いわゆるコウノトリとかキャベツ畑のことを、そう教えているのねー。

 ……とか、ぼけーっと言ってる場合じゃなくて。

 え、メイアって、まさか。……知らないの?

 思わず凍り付いた私たち三人を、メイアは不思議そうに見つめた。


「……違うの? ご主人さま」

「ちちち、違わないわよ? もちろんメイアの言う通りよ! メイアは物知りね!」

「そ、その通りです! お星さまが赤ちゃんを連れてくるんですよ! ねえテュロン?」

「もも、もちろんですわ! この私の輝く知性もぴかーっと光を放ってそういっておりますわ!」


 しどろもどろになりながら私たちは一斉にこくこくと頷く。……駄目だこりゃ。不審者極まりない。

 案の定、さすがにメイアも困惑したような顔になって私たちを覗き込んでくる。



「やっぱり違うの? じゃあ、赤ちゃんってどうやって生まれてくるの?」



 や、やめて! そんな純真で真っ直ぐな瞳で、そんなきわどい質問しないで! 汚れてしまったおねーさんの心には眩しすぎるから!


「ねえねえ、ご主人さま?」


 下から見上げてくるメイアに、私たちは逃げ腰になって顔を見合わせた。これは、私たちが遭遇した最大のピンチかもしれない。

 えーと、えーと、とメイアを押し止めながら、私は素早くテュロンの耳元にささやいた。


(テュロン、あなたなんとかして! 荒ぶる知性の出番でしょ!)

(それを言うなら輝く知性ですわ!)

(どっちでも大して変わんないと思う、あなたの場合)

(……ご主人さま。ちょっと私の拳が輝きそうになっているのですが、よろしいでしょうか?)


 とか馬鹿なやり取りしている間に、悲壮な表情でアンジェが一歩進み出た。


「こ、ここは私にお任せを、ご主人さま! 必ずや務めを果たしてご覧にいれます!」


 おお、アンジェがやる気だ。顔を真っ赤にし、ぷるぷる震えた拳をぎゅっと握りしめて気合を入れ、彼女はメイアの真正面に立つ。こほんこほん、と何度か咳払いし、いささか裏返ったような声で、アンジェは話し始めた。


「い、いいですか、メイア。まず、花にはおしべとめしべというものがありますね?……」


 あー。

 この世界でもまずそこから入るのね。





 しかしまあ、なんというか。

 私たち――いや少なくとも私は、女性同士でしか愛し合えない女だ。

 そんな私が、子供の作り方について教える、なんていうのは、なんかやっぱり、ちょっとだけ苦笑が漏れる。

 私は別にそんな自分の在り方を羞じてもいないし、卑下してもいないけど、でも、子を為せない愛し方なんだよね、というのは、これまでの人生でずっと向き合ってきた事実でもある。

 もちろん子供を産むことだけが愛の結果のすべてではないし、私は自分の中ではそれに折り合いをつけてきたつもりだけれど。

 ……でも、アンジェとテュロンは、どうなんだろう。

 彼女たちは……赤ちゃん、欲しかったりするの、かな。




 などと現実逃避している間に、激しい戦いは終わっていた。

 ゆでだこのような顔色になり、息を荒げ、肩を弾ませて、アンジェは疲れ切ったようにがっくりと膝を付く。


「わ……わかって、いただけましたか、メイア」

「う……うん……何となく、だけど」


 メイアも透き通った肌を艶やかに紅潮させ、もじもじとした様子でうつむきながら答えた。

 なんだろう。凄くイケないことをしてしまった感。



「そ、それで……その、ご主人さま。ぼ、僕も、……ご主人さまと、そういうこと、するの?」



 ぐふっ。

 上目遣いで恥ずかしそうに聞いてくるメイアに、私は血反吐を吐かされた。


「メ、メイア。それはね。そういうことは、本当に好きな人とするのよ。愛している人と。……い、いえ、必ずしもそういう関係ばかりではないかもしれないけど、でも少なくとも私はそう思ってるわ。つまりその」

「でも、ご主人さまはアンジェさんやテュロンさんとそういうことをしているんでしょう?」


 ぐはっ。

 今度は私とアンジェとテュロンがまとめて悶絶する。そろそろ私たちのMPは削り切られると思う。あるいはSAN値が。


「し、してる……けど……」

「それは、ご主人さまとアンジェさん、テュロンさんが愛し合っているからだよね? ……僕のことは、ご主人さまは好きじゃないの?」

「待って待って! そういう意味じゃないのよ。つまり……」

「じゃあ、してくれるの? 僕はご主人さまのこと、大好きだよ。してくれる?」

「……だれかー!たーすーけーてー!」



 無論、誰も助けになどこなかった。





 結局。

 その夜、私たちは四人そろって、同じベッドで眠ることとなった。

 と言っても、もちろん「そういうこと」はしない。さすがにこんなメイアに手を出すってのは、いくら何でもケダモノ過ぎるでしょ。

 まあ、将来的にはメイアともそういうことになるかもしれないし、ならないかもしれないが。でも、少なくとも今夜のうちにどうしても、なんて急ぐ必要はまったくないんだし。

 だから今夜は、あくまで、みんな揃って寝る、というだけだ。ほんとよ?


 しかしこのお屋敷のベッド、三人まではよかったけど、四人になるとさすがに少々狭く感じるな。

 結果として、みんなくっついて寝ることになる。


「なんだか、こういうの面白いね。僕、どきどきしてるよ」


 枕を並べ、何人もで揃って眠ることが、メイアには初めての経験だったらしい。興奮した様子で、嬉しそうに彼女は笑っていた。

 修学旅行の夜とか、友人同士のパジャマパーティとか、そんな感じの高揚かな。友人のいなかったメイアには、いい経験になったかもしれない。

 それに、やっぱりメイアを、たった一人で眠らせるよりは、みんなで一緒のぬくもりを感じてほしいとも思ったのだ。



「みんなで、おんなじ夢が見られるといいね、ご主人さま」



 そんな可愛いことを言ってきたメイアを、私はもう一度、わしゃわしゃしてあげた。

 おんなじ夢、か。

 うん。見られるといいな。今夜だけじゃなく。これからも。ずっと、みんなで。




 もっとも、次の朝は、私一人が床で寝ていたのだが。

 ……寝相、直そう。

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