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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
30/84

第七の書と意外な邂逅

 結局のところ、いずれを選んだにしてもそれぞれの道で悔いるのだ。

 それはわかっているのだから、承知の上で、すべて飲み込んで進むしかない。




「まあまあ、わざわざご丁寧に、ありがとうございますねえ、聖務官さま」

「いえいえ。聖殿としましても、将来有望な聖務官候補さんが現れてくれるのはありがたいことですから。まあ規約がありますので聖務官自らがお教えはできないんですけど、お手伝いならいくらでもさせていただきますよ」


 ラフィーネさんが答える、その眼前で穏やかな笑みを湛えているのは、イェンデ伯爵夫人。

 伯爵夫人の後ろには、青白い顔色のリアンディートが侍立していた。


 私たちは今、伯爵夫人の邸宅にお邪魔している。

 何らかの不穏な事態が伯爵夫人の周囲で起きているのではないか……。そんな疑念を抱いたからと言って、いきなり乗り込んで引っ掻き回すなどというわけには、さすがにいかない。

 現状はただの推測にすぎない話なのだから。

 

 そこで出番を買って出てくれたのがラフィーネさん。

 彼女は、自分が昔聖務官試験を受けた時の資料をまとめ、それをウィジィくんの勉強のために進呈するという名目で、夫人の邸宅を訪れる口実を作ってくれたわけだ。

 これなら真正面から堂々と夫人に会いに行ける。

 私、そして後ろに控えているアンジェとテュロンはラフィーネさんの付き添いだ。私たちも一応、ウィジィくんと夫人の出会いの仲介だったわけだし、不自然ではないだろう。


 しかし、うーん。

 ラフィーネさんと話している伯爵夫人をまじまじと見つめてみる。

 物柔らかな風貌と、優しい口調。おっとりした微笑と、慈しむようなまなざし。

 この気品ある老婦人が、何かを……それが何なのかはわからないけれど、何かを隠したり、企てたりしているのだろうか。やっぱり信じがたいなあ。


 でも、夫人の後ろで浮かない顔をしているリアンディートがいるのも事実だ。 時折彼女が私に向ける視線は、ピンと張りつめた緊張感を漂わせて、必死に何かを訴えているようにも思える。


 もちろん、私にはEXスキル『パーソナル・リサーチ』がある。理屈だけで言えば、人の心を覗くことだってできるスキルだ。

 しかし、人の心を読むことの罪悪感をひとまず度外視するとしても、それには起動条件が必要だ。つまり、相手の明示もしくは黙示の承諾、あるいは自己防衛意識の低下。

 だからといっていきなり夫人をぶん殴って意識を失わせ、心を覗いたりするわけにもいかないわけで、なかなか使いどころの見極めが難しいのよね。


 ならば、これをリアンディートに対して使う、ということも考えられるが、それにもやっぱり問題がある。

 彼女は奴隷であり、誓刻で縛られている以上、主の秘密を口外することに対して強い抵抗を抱くことが考えられるわけだ。防衛意識が強ければそれだけ成功確率は低くなる。聞き方次第なのかもしれないけどさ。


 ……そうなると、私が採るべき手段は限定されてくることになる。

 それは私にも一定の覚悟を強いる手段ではあるのだけど。


 ふぅ、と周囲に気づかれないように小さく息を漏らし、私は改めて伯爵夫人の様子を眺めた。

 ラフィーネさんとの話は弾んでいるようだ。

 伯爵夫人自身は魔法の力を使えないはずだけど、魔法理論や魔法史の随分突っ込んだところにまで、本職のラフィーネさんを相手に語り合っているみたい。私には到底届かない領域だから、何言ってるのかさえ分かんないけど。

 でも、ラフィーネさんも感心したようで、しみじみといった感じで言っていた。


「……それにしても伯爵夫人、本当に該博な知識をお持ちで、驚嘆しております」

「いえいえ、ただ一生懸命本を読んだだけですよ。色々な本をね。――とても色々な」


 伯爵夫人は相変わらずにこにこと笑っている。しかし、一瞬陽光の中に翳りが落ちたかのように、その声音がくすんだように思えたのは、気のせいだったろうか。


「よほど真摯に御精読なされたのでしょう。聖王七書に関してなど、私よりお詳しいところもおありですよ。聖務官としましては汗顔の至りです」

「詳しい……そうね、詳しいかもしれませんねえ」


 ラフィーネさんの賛辞に、伯爵夫人の唇が少し形を変えた。今までの優しい微笑ではなく、どこか危険な形に。思わずはっとして身を乗り出しかけ、不審を買わないように身を慎む。

 幸い伯爵夫人は私には注意を払わなかったようだった。よほど話題が興に乗っていたらしく、軽やかに言葉を継ぐ。



「たとえば、七書の失われた七番目の書に何が書かれているか……などを、知っているかもしれませんねえ。特にあの……」



「……えっ?」


 ラフィーネさんは一瞬絶句し、茫然と言った様子で伯爵夫人の顔を打ち眺めた。私の背後のアンジェやテュロンも思わず身じろぎした気配が伝わってくる。

 聖王七書のうち、失われた七番目の書。悠久の年月の間に歴史の表舞台から消えてしまったはずの一書。付け焼刃程度の知識しかない私にさえ、伯爵夫人の言葉の重大さはわかる。ましてや、ラフィーネさんたちのように学問に打ち込んできた人にとっての衝撃は察するに余りある。


 そして誰よりも。ちょうど私の目の前に立っていた、リアンディートが、一瞬顔を歪めたのを、私の目は捉えていた。まるで戦慄に満ちたような、そんな表情で。


 だが、伯爵夫人は途中で言葉を切り、慌てたように目を泳がせた。

 取り繕うような笑い声を上げる。つい口が滑ってしまった、とでもいうように。


「あ、あらまあ。私の冗談も、結構若い人に通じるのねえ。娘からは、お母様はお堅すぎるから冗談の一つくらい言えるようにならないと、なんて言われていたのですよ」

「……そ、そうでしたか。いやあ、しっかり驚かされてしまいましたよ、あはは」


 力なくラフィーネさんが笑い、伯爵夫人も和して笑う。だが、夫人の眼にはどこか警戒したような光が宿り、その態度は急によそよそしくなっていた。


「――では、お忙しいところ、わざわざお越しいただいて、本当にありがとうございました、聖務官さま。きっと娘も喜ぶでしょう。ではリアンディート、お客様をお送りしてちょうだい」

「はい、奥様」


 面会を打ち切ると宣言した伯爵夫人にこれ以上食い下がることもできず、私たちは席を立って辞去せざるを得ない。

 礼もそこそこに伯爵夫人は屋敷の奥に姿を消し、私たちはどことなく釈然としない思いを胸中に抱いたままで、リアンディートに戸口まで送られていった。


「……ラツキさま。本日はいらしていただいて、ありがとうございました……」


 長い廊下を重い足取りで歩みながら、押し殺すような声でリアンディートが言う。その目は伏せられていたが、睫毛が震えていたのは事実だった。

 彼女の心中には、何が隠されているのだろうか。


「ねえ、リアンディート。あなたが言っていた、『聖門世説』ね。参考になったわよ」


 さりげない調子で私が向けた一言。それに、リアンディートははっとして顔を上げる。


「だから、これからも、あなたにいろいろ教えてほしいな。もちろん、難しいことは私にはわからないでしょうから、簡単なことでいいわ。それに、今すぐでなくてもいい。今後、何か私に教えてくれる気になったらでいいの」

「は……はい……」


 不得要領な顔つきで、リアンディートは視線をさまよわせた。うう、ごめんね口下手で。

 しかし、アンジェ、そしてラフィーネさんがそのまなざしを受け止め、微かに、けれどしっかりと頷く。

 彼女の思いは伝わっていると、そう示すために。

 リアンディートは少しだけ顔を明るくし、こくんと頷き返した。

 

「またおいでくださいませ、ラツキさま。お待ちしております……お早いうちに、また」


 屋敷の外へ私たちを送り出しながら、リアンディートは深々と頭を下げた。

 祈るように。





「で、どうだったのかしら、アンジェ?」


 聖殿に帰りついてから、私はアンジェに尋ねた。ラフィーネさんも私の部屋に招き入れている。


「はい。お金持ちのお屋敷はどこもそうですが、やはり敷地を囲う塀と門扉、そしてお屋敷の壁と天井には簡易ながら対魔法結界が張ってありました」


 その言葉にラフィーネさんも言葉を添える。


「魔法の行使そのものを阻害するような大規模なものじゃないですけど、魔力を感知すると、ものっ凄い音量で警報が鳴り響くやつですねえ」


 なるほど。犯罪に魔法が使われないようにするための結界なら、何も魔法の使用そのものを不可にするまでのことはしなくてもいい。まあ、お城とか宝物庫とか軍事基地なんかなら、そこまでやる必要もあるんだろうけど。でも民家なら、単に、魔法を使われたらそれを周囲に知らせる、という程度でも、十分防犯の意味はあるわけだ。


 そしてそれは、予期していたとはいえ、私たちにとってはちょっと困ったことでもある。


「その警報音そのものをアンジェの魔法で消せない?」

「……申し訳ありません、ご主人さま。それほど広範囲になると、今の私の力では……」

「いいのよ。でも、そうするとやっぱり、アンジェの魔法を使うのは無理ね。御別宅の方にも同様の措置はされているんでしょうし」

「はい……一度お屋敷の中に入ってしまえば魔法は使えると思うのですが」


 ふーむ。

 つまり、アンジェの光魔法で姿を隠し、風魔法で音を消してお屋敷に侵入するという手段は無理、ということだ。まあ駄目だろうとは思ってたけどね。


「気になる点はまだございますわね。伯爵夫人がぽろっと仰ったあのお言葉……『第七の書』のことですわ」


 むむー、と唸りつつ、難しい顔のテュロンが言う。

 確かに、聞き捨てならない言葉だった。だが、その言葉と、今回のことに、何かのつながりがあるのだろうか。


「で、でも、あれはご冗談だと仰っておいででしたけど……」


 アンジェが小さな声で恐る恐る言う。その声に、テュロンはくすりと優しく笑った。


「アンジェは本当に素直ですのね。そういうところ、大好きですわ。確かに、確証はございません。でも」


 テュロンは言葉を切り、すっと表情を消す。瞬時にいくつもの顔を切り替えられる、この子はあたかも万華鏡のように。


「長い年月にわたって誰の目にも触れることのなかった遺失物、それも聖宝級のそれが見いだされたとした場合、普通はその『在り場所』について言及するものではないでしょうか。けれど、夫人はその『内容』についてお話をなさりかけましたわ。それも、ある特定の内容について。

 そこには一定以上の具体性が存在すると見てもよろしいかと思われますわ。夫人は第七の書……少なくとも『夫人が第七の書であると考えているもの』について、直接の見聞がある可能性が高い。これが私の輝ける知性が導き出した結論ですわ」



「で、でも、それは」


 テュロンが述べた言葉に、ラフィーネさんが身を乗り出す。


「もし本当に、失われた第七の書が発見されたりしたのなら、それは今テュロンさんが言ったように、聖殿の聖宝とされるべき価値のあるものです。それを私蔵するなど……」

「もちろん、夫人もそれはわかっているんでしょうね。悪くすると聖殿法に触れたりもするんでしょう?」


 私の問いに、ラフィーネさんは無言でうなずく。


「でも、法に触れてでもなお、夫人はそれを自分のものにしておきたいということなのではないかしら……それも、単に収集癖だから、とか、そういう愚かな理由ではないと思うわ」


 そういう「愚かな理由」にこだわる男を私は一人知っているけれどね。

 それはともかく、テュロンもその私の言葉に同意してくれた。


「私もそう思いますわ、ご主人さま。なぜなら、先ほど申し上げたように、夫人はその第七の書の『内容』にこだわっておいでだったからです。つまり、その書そのものの価値というより、『そこに記されている何事か』が、夫人にとって重要だということを示している。そのように我が知性は導きますわ」


 そこまで言って、テュロンは顔をしかめた。


「……ですが、結局わかるのはそこまでですわね。もう一歩……もう一手、何かが足りませんわ」


 次いで、ラフィーネさんも大息をつく。


「本当に第七の書をわたくししているのなら、聖殿として調査に入ることもできるのですけど。何の証拠も情報もないですしねえ」


 彼女たちは黙り込んだ。それぞれに、手詰まり感がその身を苛立たせているのだろう。

 だが、私は違った。


 私にだけは、まだ、一手、ある。



 先程、夫人邸を辞する時、リアンディートと私は会話をした。

 これからも色々なことを教えてほしい。簡単なことでいい。今でなくていい。――と。

 それは、「今この場で彼女の内心を詳しく見せてほしい」などという突拍子もない頼みをするよりは受け入れやすいものだったと思う。事実、リアンディートは、戸惑いながらもそれに同意してくれた。

 そして――その「同意」により、私のスキルは起動条件を満たしたのだ。

 EXスキル『ディレイ・サイト』と『ディレイ・ヴォイス』は。


 その二つのスキルは、対象となった相手の言動を追尾し、その記録を私に転送するものだ。

 ――「色々なことを」、「今でなく」。

 『パーソナル・リサーチ』のように、相手の考えていることを知悉できるわけではない。あくまで外見的なもの、表面的な行動だけを知ることができるに過ぎない。

 ――「簡単なことを」。

 だがそれだけに、防衛意識の抵抗は低く、承諾されやすいのではないか、と私は考え、試みてみたのだ。

 成功。それが結果だった。


 今、私のスキルは、リアンディートを対象として起動している。

 彼女の言動を見聞きし、その情報を集めることができる。私が今日伯爵夫人邸を訪れたのは、これを意図していたのだった。真正面から夫人に話を聞いて、それで簡単に問題が解決するとは思えなかったから。



 だが。

 リアンディートを対象にしてスキルを起動するためには、それ以前に働いているスキルを解除して対象を指定しなおさなければならない。

 ――つまり、レグダー男爵を監視対象から外すということだ。



 すぐに決断できるような問題ではなかった。

 レグダー男爵は私の明確な敵であり、何をしでかしてくるかわからない相手だ。

 その男爵にスキルを付けて監視することができたのは僥倖であり、一度解除してしまったらおそらく同じ機会が巡ってくることはほとんど望めないだろう。

 彼を放置することは、私たちに対して直接的な脅威を生み出しかねない。


 しかし、リアンディートと伯爵夫人に関しての何らかの事象につき、情報を得ることができるのもおそらくこのスキルだけだ。

 伯爵夫人の問題は、私たちに直接影響を与える話ではないのかもしれない。

 だが、おそらく緊急性を要する事態ではある。


 私に直接関わるが、眼前の危険性は今のところ薄いと思われる男爵を監視対象にするか。

 私と関わりはないが、今まさに何かが起きているのではないかと推測される伯爵夫人たちを監視対象にするか。


 悩んだのは事実だ。だが、いくら考えたとしても、答えの出るような話ではなかった。正答などはないのだから。


 そう。

 結局のところ、いずれを選んだにしてもそれぞれの道で悔いるのだ。

 それはわかっているのだから、承知の上で、すべて飲み込んで進むしかない。



 ――私は、伯爵夫人の問題を選んだ。

 元々保身だけを大事に考えているなら、最初から男爵と敵対などしてない。

 男爵の脅威度を低く評価しているわけではないが、アンジェの能力も上がっているし、今はテュロンも新たに加わっている。戦闘能力というだけではなく、この二人の存在そのものが私に力を添えてくれる。


 ……そして、きっと。

 目の前の、救えるかもしれない人に、逃げず背けず、手を差し伸べるということは。

 アンジェと、テュロン。この二人の愛する少女にふさわしい自分になるための一歩なのだと、そう思ったから。






 だが、それからの数日は、私たちにとって、鉄鍋の上でじりじりと炒られるような焦燥感と閉塞感を味わうものとなった。

 アンジェもテュロンもラフィーネさんも、「伯爵夫人に関して何かが起きているらしい」という以上の確たる証拠を掴めず、それゆえに行動に移せない。


 いや、私にしてもそうだ。

 もちろんスキルは起動中で、定期的にその記録をチェックしてはいる。

 だが、このスキルはあくまでもリアンディートの言動を知ることができるというだけの、いわば受身(パッシヴ)の情報収集だ。実際に彼女の周りで何かが発生した時点で、ようやく私は「何かがあった」と知ることができるに過ぎない。


 だから、ただ、待つ。待つしかない。何かが起こることを。

 ……うー。刑事さんとか探偵さんとかスパイとか、そういう職種の人たちも、基本的にはこうやってずーっと「待つ」だけが仕事の大部分なんだろうなあ。精神も肉体も相当疲労するよこれ。


 いつ何が起こるかわからないから、『塔』に入っているわけにもいかない。

 アンジェは過保護なくらいに甲斐甲斐しく、私の世話を焼いてくれている。きっと、動いていないと不安なのだろう。

 一方テュロンは、冬眠明けのクマみたいにあちこちをうろつきまわって色々と思索に耽っている。時折「がるるー」と小さな唸り声を上げるのは、有効な打開策を思いつかないゆえの苦悩だろうか。


 二人とも、いや私も含めて、相当に精神的な消耗が酷い。

 擦り切れてしまう前に、何か息抜きをしておいた方がいいかな。何かがあった時に万全の状態で動けるように、自分自身をメンテしておくのは大事だろう。



「二人とも。何か美味しいものでも、食べに行きましょう」


 私の誘いに、アンジェもテュロンもちょっと驚いたような表情を浮かべたが、すぐに私の意図を察してくれたらしく、微笑んでくれた。


 

 街へ出る。

 聖殿の私の部屋か、いつもの甘味屋さんか、それとも特定の食事処。

 そのどこかに私はいるようにする、と、ラフィーネさんと取り決めをしてある。すぐに連絡を取れるようにしないといけないしね。


 その食事処に向かって、いつもながら賑やかな大通りを歩いて行く。露店や行商、大道芸などが競うように活気を振りまく街並みは、逼塞していた私の心を少し和ませてくれた。



 ――だが、その時。

 ふらりと、私の前に、二人の人影が立った。

 一人はフード付きのローブを纏い、片手には杖。もう一人は薄紫色のヴェールで顔を覆い、小脇には竪琴。二人はいずれも目深に引き下げたフードとヴェールで、顔を隠しているようだ。

 


 反射的に半歩身を引き、腰の剣に手をやる私に対して、ローブ姿のほうが少し顔を上げ、じろりと視線を送ってくる。

 女性、それも若い女性だ。

 そのローブの女性は、ふん、と鼻を鳴らして、唇を尖らせる。


「……まあ、美人だってのは認めるわ。事実だから仕方ないし。ほんと、良くも悪くも人目を引くのね、あなた。人々の目線の先を追えばすぐに居場所の見当がついちゃう」


 へ? と毒気を抜かれた私。アンジェとテュロンも、何が起きたのかよくわからずにきょとんとしている。

 私の前に立ったもう一人、ヴェールの人が呆れたような声を出してローブの女性に顔を向ける。この人も女性のようだ。鈴の音のような、透き通った美しい声が耳に届く。


「それが訪ねてきた相手に対する態度ですか。まったくあなたは、いつもながら貴族の出などとは到底思えません。気さくなのと無礼なのは全く違います」

「うるっさいわね。わかってるわよ。……えーと、なんだっけ、……そうそう、ラツキさん、よね、あなた?」


 私は無言で、手のひらを上に向けて相手に差し出す。そういうあなたは? という意味。人に名を尋ねる前にまず自分から名乗ろうという礼儀はこの世界でも同じはずだ。

 ローブの女性はこほん、と咳払いし、周囲を少し見まわして、目深にかぶっていたフードを少し押し上げた。もう一人の女性もヴェールをややたくし上げ、顔を少しだけ見えるようにする。


 フードの奥から黄金の髪がさらりとこぼれた。アンジェと同じ天使族だ。年の頃は二十代半ば前くらい、だろうか。きりっとした眉毛と釣り気味の目が印象的な。なかなかの美人。まあアンジェほどじゃないけど。

 そしてヴェールを掛けた美しい声の人は、青銀色の輝く髪の持ち主。知的で怜悧なまなざしの、やはり綺麗な人だった。

 二人の女性は、それぞれ小声で名乗る。



「――私は、ミカエラよ」

「私はエレインと申します」



 何をもったいぶっているんだろう、という感じがする。ちゃんと顔を見せて、名前も堂々と名乗ればいいのに。

 あれ? でも、この人たち、どこかで見たような気がするなあ。どこだったっけ……。

 少し首を捻りながら私は言葉を返した。


「私は確かにラツキよ。それで、どこかでお会いしたかしら? なんとなく見覚えはあるように思うのだけど」


「え?」「え?」「え?」「え?」


 四つの声が同時に驚きの感情を示す。――って、四つの声?

 目の前の二人だけではなく、振り返ると、アンジェとテュロンが目を丸くして私を見つめていた。え、なに、その可哀想な子を見るような目。


「あ、あの、ご主人さま。この方々は……」


 アンジェが恐る恐る囁きかけた時、目の前の二人が苦笑した。


「私たちもまだまだのようです。多少自意識過剰だったでしょうか」

「っていうか、この子が物知らずなだけの気もするけどね。まあいいわ。じゃあこう言えばわかってもらえるかしら」


 ミカエラと名乗った天使族の女性が改めてその身を明かす。



「私たちは『殲煌雷刃せんこうらいじん』。ユーゼルクの仲間よ」



 ……あ。

 あーあーあー。そういえば。

 以前ユーゼルクに会った時、彼と一緒にいた人たちか。

 あの時私はユーゼルクに対して全神経を集中していたから、それ以外の人に対してはほとんど注意を払っていなかった。半分臨戦態勢だったんだよね、あの時の私。

 うん、そういわれれば確かに、ユーゼルクの隣に、こんな感じの女性が二人いたっけ。ようやく思い出した。


「……ああ。ごめんなさい、そういえば、一度お会いしたことがあったわね」

 

 ぽんと掌を打った私に、ミカエラたちはふぅ、とどこか気の抜けた息を漏らし、再びフードを目深に被りなおし、ヴェールで顔を隠した。

 ふと周囲を見ると、なんだか人だかりができつつある気がする。口々に、私たちの方を見、小声で何かささやき合っているようだ。


「わかってくれたところで、ちょっと場所を変えてくれる? ご覧のような有様になるから」


 ミカエラが促し、私たちは早足でその場を離れた。

 なるほど、ユーゼルクの仲間――殲煌雷刃とはこれほどの知名度と注目性があるものなのか。だからこそ、彼女たちはフードやヴェールで素顔を隠していたわけだ。前の世界のアイドルとかアーティストみたいね。




「それで、ご高名な殲煌雷刃の方々が、私に何のご用?」


 わざわざ人気のない小道を出入りして遠回りし、衆人の目を撒いてから、私たちとミカエラ、そしてエレインは目的地だった食事処にたどり着いた。念のために、店内でも奥まった席に着いてから、私は改めて彼女たちに問うた。


「ラツキさん……ラツキでいい? いいわよね。私も呼び捨てていいわ。じゃあラツキ。あなたに少し尋ねたいことがあるのよ。いいかしら?」

「……強引な人ね。ここまできて、今更いいかしらと言われてもだけど。まあ聞くだけは聞くわ」


 ミカエラの声に私は肩をすくめる。

 とはいえ、どんな話なのか知らないけど、一応聞く、というだけだ。

 半ば無理やりに話を聞く流れにされちゃったけど、でもこれ以上面倒なことに関わりあうつもりはない。今の私は、伯爵夫人関連の問題で手いっぱいなんだから。


 だが、ミカエラの口から発せられたのは、意外な言葉だった。



「単刀直入に聞くわ、ラツキ。あなた、イェンデ伯爵夫人とお知り合いなんでしょう? 最近、あのかたに関して、何か変わったことはなかったかしら?」

 


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