安寧と暗雲
「どおおりゃあああ! ですわーっ!」
ですわーっ。ですわーっ。ですわーっ……。
硬い石壁と石床に「ですわ」がぐわんぐわん反響しまくって、四方八方からですわってる状態になっている。
その語尾の「ですわ」は絶対必要なんだろうか。とか思いつつ、私はテュロンの戦闘を眺めていた。
掛け声こそちょっと気が抜けるが、彼女の戦いぶりはそれに反して、暴風が枯葉を舞い散らすがごとき凄まじさだ。巨大な戦斧を風車のように振り回しつつ、テュロンは続けざまに守護獣を斬り伏せていく。
仔馬ほどの大きさの、狼のような守護獣を。
ここは塔の第五階層。
私とアンジェにとっては、一度死にかけたという意味で、ちょっと心理的に苦手意識がある場所だ。だがもちろんテュロンには関係がないので、平然と彼女の大暴れ劇場が展開されている。
しかも、まだテュロンは通常態。彼女にとっては、地龍族としての本性である『真態』を出すほどの相手ではないらしい。それでこの猛攻なんだからなあ。私は半分呆れ、半分見惚れていた。
……塔への登攀はテュロンがすべてを捨てて賭けた夢。
それだけに、初めて彼女を塔へと連れてきたときは、きっといつもの調子で大騒ぎするだろうなと思っていた。
だが、そうではなかった。
彼女はしばし無言で塔を見つめ、そして、静謐のまま、莞爾と笑った。
真夏の太陽のように眩く熱く輝いて、笑った。
そうだ。私はその時、気づいた。
この太陽は、正に今これから昇るのだと。
彼女の夢はここから始まるのであり、それゆえに……彼女は止まりもせず、感傷に浸りもしないのだ。
「さあ、まいりましょう」
テュロンは、びしっと塔を指差して、凛然と断じる。
「塔が呼んでおりますわ。早く私たちに征服されたいと!」
なんか、すっかりこの子にペースを握られてる気がする。でもそれは、不思議に心地いい感覚だった。私とアンジェは小さく笑いを漏らし、テュロンの背を追って塔に歩み入ったのだった。
で、塔の五階。
これまで通り私は陽動と牽制と援護に徹し、アンジェとテュロンの育成を重点的に行っている。
テュロンが加わったことで、私たちの戦力は飛躍的に向上していた。たった一人加わるくだけでこうも違うのか、と思うくらい。「チームとして機能する」ということの重要性ね。
これまでは、私がアンジェを守りながら守護獣を制圧し、アンジェがその私をサポートしつつとどめも刺していた、という、せわしない戦いだった。
だが今は、テュロンが前線で暴れ、アンジェが補助魔法に徹し、私が遊撃、という役割分担がはっきりとし、それぞれが迷うことなく戦えている。
もちろん、テュロン個人の戦闘能力が非常に高いということもあるのだろうけど。
実際、テュロンの戦い方はやはり豪快で、そのパワープレイには清々しいほどの爽快感さえある。
彼女の剛力を、実は私自身もちょっと体験していた。テュロンを購入した時に腕相撲の相手になったのは牛人の男一人だけだったが、昨夜、私も少し相手になってもらったのだ。
テュロンの力を試すということもあるが、もう一つ。
私自身の力試しの意味もあった。
せっかく身に付けているスキルなのに、私はほとんど全力を出したことがない。彼女相手ならそれが出せるだろうと考えたわけだ。自分の力の限界がどの程度のものなのか、実体験として知っておくことは必要だろうから。
さすがにあの時の牛男のように舐めてかかることはしなかった。私は最初から両腕を使わせてもらい、さらに立ち上がって全身の力を込めさせてもらう。その上でスキル全開。
で、もちろんテュロンの方は片腕で、座したまま、そして『真態』ではなく通常態。
「ご準備よろしいでしょうか、ご主人さま、テュロン? じゃあ行きますね、……せーの、始めっ!」
アンジェの号令と同時に、私は渾身の力を叩きつける。
――が、なんだ、これ。
テュロンのこんな小さな、風にも靡きそうな細い腕が、まるで世界を支える柱でもあるかのようにずっしりと重く大きく感じられる。
うわ、これ、想像以上だ。そう実感しながら、私は歯をぎりりと食い縛って力を振り絞る。
少しずつ、少しずつテュロンの腕がずれ始め、彼女の顔に驚きの色が浮かぶ。 いやこっちはもう必死なんだけど。
「せええええええいっ!」
額にぶち切れそうなほど血管が浮かび上がるのを感じつつ、私は体ごと思いっきり倒れこんだ。
バキン。がしゃん。
高く激しい音。それは、テュロンが肘を置いていた机の天板が割れた音。
同時に、テュロンの手の甲は、ことんと倒れて机に接していた。
――か、勝った。思いっきりハンデ付けて貰った上でだけど、でも勝った。
私自身の力試しでもあるから手は抜かないでね、とあらかじめ言っておいたから、多分実力で勝てたはず。
……まあ、勝った私のほうが大汗をかいて顔を真っ赤にし、息を荒げた状態になっているのに対し、負けたテュロンは縦ロールを崩すこともなく、むしろ嬉しそうだったが。
「『秘法』の力、我が輝ける知性をもってしても、これほどまでとは思いませんでしたわ。まさかそれを目の当たりにできるなんて! やはりご主人さまに買っていただいて僥倖でしたわ! 今まで知らなかったことと、どんどん出会えます! なんてすばらしいのでしょう!」
と、テュロンは無邪気に喜んでくれた。ちょっと罪の意識。
そう、もちろん、怪しまれてはいけないから、テュロンにも『秘法』関連の、私の「設定」を伝えてある。私の能力が高いのは秘法を使ったためだ、ってやつね。テュロンを買った場で、私が彼女に伝えなければいけないと思っていたもう一つのこと、というのはこれだった。
あの場では男爵に聞かれている可能性があるので、この『秘法』のことについて口にするわけにはいかなかったのだ。……といっても、その「設定」自体、嘘なんだけどさ。
しかし、改めて思うのは、種族差って大きいんだな、ってことだ。
スキルを使ってさえ、めちゃくちゃハンデを貰って、やっとテュロンに勝てる程度だと考えるべきか、それとも、スキルを使いハンデを貰えば、世界最強の地龍族にさえ勝てると考えるべきなのか。まあ後者なんだろうけどね。
「もう一撃! ですわーっ!」
雷霆の轟くような気勢と共に、大気を切り裂いて戦斧が唸る。小さな旋風すら巻き起こしているのではないかと思えるほどの苛烈さで。
僅か一閃、守護獣は両断され光に帰る。同時に、滑らかにテュロンは手の内で斧の柄を滑らせ、背後に回ったもう一匹の守護獣を石突で打ち抜いていた。
うん。テュロンの特徴は確かにその怪力。しかし、それだけではない。さっきから感心していたのだけど、彼女は、単に力に任せて得物をぶん回すだけの猪武者ではなかった。
武器の使い方も巧みだし、何よりも、その身体操作が見事。
……私自身の知識ではなく、私の中のスキルがそう教えてくれていることだけどね。
例えば、彼女は足を踏み込むと同時に斧を相手に叩きつけている。単純な話だが、これが実は相当難しいのだ。
武器に限らず、拳で敵を打つ場合も同じだけど、足で踏み込むのと拳で打つ、その動作が全く同じタイミングの時に、初めて最大の威力が相手に伝わるものだ。
踏み込みが早すぎ、後追いで拳が相手に届いた場合は下半身の力はすべて足に逃げてしまい、拳は上半身だけのいわゆる手打ちになる。
逆に拳のほうが先に相手を打った場合は、腰の入っていない泳ぎ打ちになるわけで、これもまた十分な威力は生み出せない。
従って、無駄なく最大の力を伝えるためには、足の踏み込みと拳のインパクト、それを全く同時に行なうことが求められる。
とても単純な理屈。だが、頭でその単純な理屈をわかっていても、体はなかなか思うように動かないものだ。たいてい、足か手のどちらかが先になってしまう。
両者のタイミングを合わせつつ打撃を放つには、もうひたすら同じ型稽古を繰り返して体にしみこませるしかない。何千回、何万回と。
ましてや、テュロンが振るっているのは長柄の斧だ。拳と比べ重量バランスも変わり、リーチも大きく異なるから、さらにそのタイミングを合わせるのは至難となる。しかもそれを、テュロンは状況が千変万化する実戦の中でこなしているのだ。
才能。それもあるだろう。だがそれだけで身につくものでは絶対にない。彼女が、どれほどの刻苦を重ね汗を流してきたのか、その動きが雄弁に物語っていた。彼女の、夢に向かってのたゆまぬ努力の跡を。
そして、私が感心しているのはもう一人。
後ろを振り返り、その姿を見る。光輪と光翅を現して魔法を使っているアンジェの神々しい姿を。
彼女の得意とする二属性同時行使魔法。
今、アンジェは光魔法で私たちの姿を霞ませ、同時に風魔法で私たちの匂いを惑わせている。狼型の守護獣に対しては、目と鼻を封じるのはかなり効果的のようだ。その巨大な牙は虚しく空を切り、鋭利な爪はあらぬところに振り回されるのみ。
実際、今テュロンが好き勝手に暴れていられるのも、相手の攻撃がほとんど見当違いのところに行っているから、という部分もある。
――これ、怖いなあ、って私は少し舌を巻く。
だって、このやり方、別に守護獣に対してだけ有効なわけじゃないもん。
たとえば、仮に私たち三人がお互いに手合せというか試合をしたりすることを考えたとする。その場合、アンジェにこれをやられると、多分、私とテュロンはめっちゃ困るのだ。
その場合、アンジェは匂いじゃなく音を消してくるだろうけど、私もテュロンも完全な戦士タイプだから、魔法を打ち消すすべがない。つまり目と耳をふさがれた状態になって、アンジェに攻撃を当てられないのだ。『気配察知』のスキルでだいたいの場所は分かるかもだけどね。
と言っても、アンジェはアンジェで、こちらを倒し切るほどの威力の魔法はまだ撃てないから、結局ドローになるかなという気もするけど。
しかし、アンジェ以外にもこの手の幻惑系の魔法を使ってくる相手が、本当に敵として現れないとも限らない。その場合に備えることは必要かも。
というか、実は私の剣・陽炎と不知火には特殊効果を付与していて、それで魔法を排斥できるんだけどね。でもそれは隠してるので、そう簡単には使えないし。
「とどめ! ですわーっ!」
――とかいろいろと考えているうち、テュロンの裂帛の気合がまたも迷宮内に響き渡る。その木霊が消え去りもしないうち、叩きつけられた巨大な刃が、最後の守護獣を光に変えていた。
とん、と戦斧を床について、満足げに縦ロールをふわっとなびかせる。そのまま流れるような仕草で片手の甲を口元に添え、つんと顎を上に逸らせたテュロンは、高らかに哄笑した。
「おーっほっほっほ! ご覧いただけましたかしら私の実力を! おーっほっほ……」
そ、それだよ! 縦ロールお嬢様と言ったらその高飛車笑いだよ! 一度リアルで見たかったのよ! と感動していた私に、テュロンはふっと声を切り、眉をしかめて顔を赤らめた。
「……って、あの、ご主人さま、これ本当にやらないといけませんの? 私、なんだか恥ずかしいですわ」
「――えー。駄目かしら。似合うと思うんだけど」
確かに、彼女に、「お嬢様笑いやって!このポーズで角度はこう!」とお願いしていたのは私なんだけどさ。
まあ、テュロンはお嬢と言っても別に高飛車キャラではないし、無理があったか。
「……ほら、アンジェだって笑ってるではありませんの」
「わら……わらっひぇ、ない、でひゅ……くっ、くふふふっ」
体をくの字に折り曲げて、がっくんがっくん震えているアンジェ。また太腿を抓って我慢してるけど、そこまで来たらもう普通に爆笑した方が健康にいいんじゃないかな。
って、そんな冷静なこと言えないほど、私も声出して笑ってたんだけど。
うん、ごめんね。ぷーっとむくれて憮然としてるテュロンには、あとでちゃんと謝るよ。
テュロンに何とか機嫌を直してもらって、私たちは先を進むことにする。
ちなみにテュロンは、今、ほんのり頬を赤らめ、愛おしそうに唇に触れている。まあ、そういうことです。
「このような閉ざされた迷宮は」
と、軽やかな声に変わったテュロンは指を一本ピンと立てて、得意げに言う。
「片方の壁に手を当て、それに沿って進むとよいのですわ。さすれば道に迷うことなく必ず目的地にたどり着けましょう。これぞ我が知性の輝きが導き出す迷宮必勝法なのですわ!」
「――えっと、ごめん、地図あるのよ」
「……はい?」
気のせいか、縦ロールがどんよりとずり落ちたような気がするテュロンと、気の毒そうに目を逸らすアンジェ。
塔は、はるか昔からあるわけで、そして数えきれないほどの登攀者が登っているわけで。
なので、低階層くらいまではちゃんと地図ができており、市販品として売られているのだった。
ちなみに、私が以前まさにこの第五階層でやってみたように、塔の壁は異様なまでの強度を有しており、しかも自動修復機能まで備えている。なので、壁に傷をつけて目印にするということはできない。
白墨や墨でマーキングするということも無理。最初に私たちが塔を見たとき、その綺麗さに感嘆したものだったが、汚れも自動的に落ちちゃうのよね。
……なお、尾籠な話になるが、塔に何日も籠っていると、当然、食事の結果として生成される生理的現象が発生する。それに関しても、塔は汚れとみなして、一定時間で自動的に浄化してくれるようだった。
まあねえ、数えきれないほどの登攀者が登ってる塔の中だもん。もし綺麗にならなかったら、いくら広いって言っても、そこらじゅうにそういうものが積もり積もって大変なことになっていただろう。
「……くっ、なんということですの。私ともあろうものが、そのような基本的装備についての知識を欠落させていたとは!」
膝を付いてがっくりとうなだれるテュロン。アンジェがその背中をポンポンと叩いて慰めている。
「で、でもテュロン。そのやり方の考え自体は無駄にはならないと思います。この後もどこかで使えるかもしれませんし」
「その通りですわ!」
アンジェの言葉にテュロンはがばっと立ち上がり、ぶわっと縦ロールを振りたてる。あ、相変わらず立ち直りの早い子だ。
「何もこういった迷宮型の階層はこの第五階層だけと決まったわけではありません。以後もまた同じような環境の階層が現れてくる可能性は否定できないのですわ。その時こそ、我が迷宮探索法が輝くでしょう!」
「そ、そうですね」
「え、ええ。頼りにしてるわテュロン」
どもりながら私とアンジェは頷く。
……実は、迷宮型の階層は、確かにこの上にもあるのだ。それは市販の地図には載っていない情報だから、アンジェは知らないだろうけど。
私はこっそりとEXスキル『ワールド・リサーチ』の世界地図を開いてみる。このスキルでは、戸外の地図だけではなく、実は塔の内部の地図も閲覧することができたりするのだった。ただし、99階層までに限られるが。
もちろん、私がそんな知識を持っていることを他者に知られるわけにはいかないので、堂々と私が道案内をしたりすることはできないんだけどね。
さりげなく、「こっちじゃないかなー? なんとなくそんな気がするなー(棒読み)」って誘導するくらいの行動しかできない。
まあ、毎回最短距離で天移門まで到達しても不自然だし、よほど酷い道に迷いこまない限りは基本的に成行きに任せて歩いているんだけど。
しかし、なぜ99階層までしか地図がないのだろう。EXスキルによる超常的な世界知識なのだから、てっぺんまで全部の地図情報を見ることができてもいいんじゃないかな、とか思うんだけど。
そういえば、以前、この塔の高さを検索しようとして、不明と出たこともあったっけ。
私のEXアイテム・陽炎でも破壊できなかった強度と言い、この塔の不思議にはいつまでも慣れないなあ。
ま、いいや。今はとりあえず目の前の道を一歩ずつ進んでいこう。
「じゃあ、改めて、出発しましょう。私が先頭に立つわ。アンジェは真ん中で地図を見て道を指示してくれるかしら。テュロンは殿で後方警戒をお願い」
「はい、ご主人さま」
「承りましたわ」
頷き合い、私たちは石床に靴音を響かせつつ歩き出した。
ふわぁ、と小さなあくびを噛み殺しながら、私は焚火の具合を見た。
静まり返った夜の迷宮というのは結構雰囲気がある。前の世界の廃墟マニアさんとかはすごく喜ぶのかも。
アンジェはすやすやと。テュロンはすぴーと寝息を立てて、それぞれ夢の世界にいる。
ぼけーっと彼女たちの可愛らしくて可憐で微笑ましい寝顔に見惚れていて、はっと我に返り、かぶりを振った。いけないいけない。見張りしなくちゃ。
三交代制が取れるようになったから、夜の見張りもかなり負担が軽減されたことだしね。
加えて、テュロンが持ってくれるぶんの荷物が増えたということも相当ありがたい。彼女が運んでくれている荷物はアンジェの1・5倍くらいの重量があるはずだけど、当然まったく苦にならないようだった。
テュロンの力からすればもっと重いものでも運べるだろうし、彼女本人もそう言ったのだけど、それ以上増えると、重量というよりは嵩の問題になる。いくら軽々と持てると言っても、小山のように大きな荷物を背負ったままでは、本人も私たちにとっても機動性を損なうだろうしね。
――しかし、見張りの件も、荷物の件も。
ほんとに、アンジェとテュロンが私と一緒にいてくれるという現実が、どれほど恵まれていることかと改めて思う。そうじゃない場合を想定すると、全然違ってただろうな、って。
私一人で、どれだけ剣術や拳術に卓越したスキルを得ていても。身体能力が高くても。EXアイテムを装備していても。
多分、それだけじゃ、どこかで無理が来ていたはず。私は確かにこの世界基準では超人だ。しかし、たった一人の超人にできることなど、たかが知れている。
そして何よりも、優しく穏やかな彼女たちの心がそっと傍に寄り添ってくれているという、その温かみと触れ合いは、きっと私を間違いなく救ってくれていた。ささくれだって苛ついていた以前の私から、私の魂を救ってくれていた。そう、強く、思う。
アンジェとの出会いも、テュロンとの出会いも、偶然だけど。
奴隷という存在を自分に侍らせることに戸惑いも感じたりもしたけれど。
でも今、この瞬間、私は素晴らしいこの少女たちと一緒にいられる幸運を噛みしめずにはいられない。
「……愛してるわ、二人とも」
パチパチとはぜる焚火の音に紛れるように、私は小さくつぶやいた。
二人の寝顔が、少しだけ微笑んだような。そんな気がした。
「いやあ、それにしても壮観ですねえ」
砂糖をたっぷりと付けた練り菓子を大口でかぶりつきながら言ったのは聖務官のラフィーネさん。
まあ、いつも通りの甘味屋さんにいるわけだ。
テュロンを仲間に加えてから、私たちは破竹の勢いで5階層を突破。そのままさらに6階層も踏破し終わっている。今日はそのお祝いに来ているのだった。
ラフィーネさんがなぜかついてきているが、まあ彼女も私の身内みたいなものだしね。
テュロンとラフィーネさんをお互いに紹介し、その後はガールズトークに花が咲いている。
「何が壮観なんです?」
「だって、いずれ劣らぬ絶世の美少女三人で登攀隊を組むとか、滅多にあるものじゃないですよ。実は私たち聖務官の間でも、そろそろ、ラツキさんたちのことは噂に上りはじめてます。すんごい可愛い子たちで揃った隊があるって」
言われて、私は改めてアンジェとテュロンを眺める。もちろん彼女たちの美貌と魅力は、誰よりも私が一番よく知っている。加えて、私もまあ、彼女たちに引けを取らない外見ということなら、確かに人目を思いっきり派手に引きまくるだろうな。
もし元の世界に行ったら、アイドルユニットで大当たりできるかも、とか思ったりもする。……戦うアイドルかあ。意外性はあるよなあ。
なんて馬鹿なことを考えているうち、アンジェがラフィーネさんに尋ねていた。
「そういえばラフィーネ様、最近はあまりお会いできませんでしたね。私たちも最近はずっと塔に籠っていましたけれど、ラフィーネ様もお忙しそうです」
「そうなんですよぉ。もうすぐ聖王祭ですからねー、聖務官としては準備に忙しくって、もう、大変です。上手い具合にラツキさんたちに今日会えたのは、ほんと、ついてました」
聖王祭、という言葉を聞いて、アンジェが少し複雑な顔になる。ラフィーネさんもそれに気づき、若干気まずそうに、ぱくりとお菓子を口に含んだ。
聖王祭。
最近あちらこちらでちらほら耳にする言葉だったので、私もすでに『ソーシャル・リサーチ』のスキルで検索済みだ。
聖王アンジェリカが1000年前に塔の100階層までを踏破した、それを記念して行われるお祭りだという。
どの国でも数日間に渡って盛大に祝われるそうだが、ことに塔のお膝元であるここ聖都では、輪をかけて盛り上がると聞く。聖都中が華やかできらびやかな飾りつけに彩られ、飲めや歌えやの大騒ぎが繰り広げられ、様々なイベントも開催されて、その賑やかさは目を見張るものだそうだ。
しかし、聖王アンジェリカ、というその名は、アンジェにとってはちょっと別の意味も持つ。
真実かどうかはわからないが、聖王アンジェリカはアンジェの御先祖様であり、その宝剣・光芒剣の在り場所をアンジェが知っているのではないか、と考えて、アンジェを狙っている馬鹿がいるためだ。
ラフィーネさんももちろんその事情は知っているし、テュロンにも説明はしてある。
「アンジェ。いろいろ思うところがあるでしょうけど、今は難しいこと考えないで、お祭りを楽しみにしていましょう。お祭りの間は、私たちも塔に登るのを一休みしようと思ってるし」
「はい、ご主人さま」
声をかけた私に、アンジェはにっこりと微笑む。
その時、ラフィーネさんが不意に声を上げた。座していた席の関係で、お店の入り口から入ってきた「彼女」に気付くのは、ラフィーネさんが最初だったのだ。
「あ、あれ、リアンディートさんですよ、リアンディートさー……ん……?」
言われて振り返りながら、私はラフィーネさんの声色が途中で不審げな響きを宿したことに気付いていた。目線を先に飛ばして、理解する。アンジェも同様に首を回し、そして柳眉をひそめていた。
リアンディート。
アンジェと同じオークションで競りにかけられた森霊族の女性。アンジェの友人となり、今はイェンデ伯爵夫人に買われて穏やかな生活を送っている……。
そのはず、だった。
だが、そこにいたのは。
蒼白な顔。乱れた髪。血の気を失った唇。荒い息。
そんな姿の、リアンディートだった。




