雪だるまと豪速球
「まさか、このお店を教えていただいたラツキ様にこのお店で私を買っていただけるとは、不思議な気持ちですわ。これは私の輝く知性の判断によると、塔のお導きですわね!」
相変わらず輝いているんだかいないんだかよくわからない知性を振り回しつつ、テュロンは心底嬉しそうに笑う。私とアンジェも、思わず釣られて笑顔になる。まあ、半分は苦笑だけど。
今この部屋には、私とアンジェ、そしてテュロンの三人だけ。牛人と優男はやや不承不承ながらも、さほど文句は言わずに退室した。そしてメガックさんも、これから内輪の話があるので、というと素直に一時下がってくれている。
アンジェを買った時もそうだったけど、奴隷を購入する際は最終的にはプライベートの話になることも多い。なので、第三者を交えない場を作ってもらうことも一般的なようだ。
先程お店が出してくれたお茶を飲みながら、私は考える。単純に、買ってほしい、買いたい、じゃあ話は決まり、というわけにはいかないのだ。色々と確認しなければならないことがある。
ちなみにこのお茶はウィジィくんが運んできてくれたもの。立て込んでいるし、話はしなかったけど、私の顔を見て、彼は輝く顔で大きくうなずいてくれた。伯爵夫人との話はうまくまとまったのだろう。
「……その前にね、テュロン。私は確かにあなたが欲しいけれど、少し、あなたに確認しておきたいことがあるの。正式に買うかどうかはそのあとにさせてちょうだい」
「なるほど、それもまた道理ですわ。ささ、なんなりとご質問をどうぞ!」
ぽん、と薄い胸を叩いて頷くテュロン。その瞳は、きらきら……というよりもむしろギラギラと輝いており、なんというか、釣り針にかかった獲物を逃がさない! と言ってるような顔つきだ。
ちょっとたじたじとなりながら、私はそれでも重要ないくつかの案件について口に出していく。
「え、えっと。まず、あなたの身体能力についてはさっき見せてもらったわ。それ以外にあなたが身につけているスキ……いえ、技能とか特技とかはある?」
「よくぞお聞きくださいましたわ。両手斧、片手斧、両手槌、大楯については研鑽を積みましたのよ。また植物学と薬学、毒物についても多少修めましたわ。ただ、そちらのお方……アンジェリカさんでしたかしら、聖魔法を習得していらっしゃるということでしたわね。ならば医療技術は不要でしたでしょうか」
「ううん、いつもアンジェが魔法を使える状態とも限らないし、治療ができる人が多いに越したことはないわ」
若干うわぁと思いながら私は話を続ける。こんな話題を出したのは、もちろん、テュロンにスキルブランクが残っているかどうかを知るためだ。
だから軽く話を振ってみたのだが、予想以上にこの子、いろんなことに手を出してる。まさか全部スキルが埋まってるなんてことないでしょうね。
「それにしても、随分いろいろなことをご存知なんですね」
アンジェも同じことを思ったようで、感心したように言う。いや、アンジェも十分深い知識と技術を身につけているけどね。
「ええ、私、幼いころから塔に登ることを目標にしてまいりましたの。そのために必要な知識技能は何か、と考え、この輝ける知性が導くままに習得してきたのですわ」
「なるほどね。でも、実際に塔に登ってみれば、まだまだ身につけなければいけないことは多いと思うわ。大変よ?」
私が水を向けると、テュロンは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「問題ございませんわ。学び得る知識があるのでしたら私は学ぶでしょう。そして学び得るかどうかはひとえに自己の意思によるものですわ」
なかなかすごいことをさらりと言ってくれる。この堂々とした自負は、ある意味、私からするととても眩しく見えるな。
それはさておいて、今のテュロンの言葉でEXスキル『スキルコピー』の起動条件、すなわち『明示の承諾』は満たしたはず。
さっそく彼女のスキルを開いてみる……と、思わず声が出そうになった。うわ、危ない危ない。テュロンの空きスキルはあと一か所だけだった。
慌てて『リミットレス・キャパシティ』をコピーしてスキル取得上限を解除し、次いで『ラーニング・エンハンス』を付与して学習能力を向上させる。
その間にも、怪しまれないように会話を続けなければならない。私は当り障りなく話を継いだ。
「意欲が高いのね。いいことだと思うわ」
「無論ですわ。私の目指す高みは、はるけき彼方。倦むことなく休むことなく、ただまっしぐらに駆け登るのみ、なのですわ!」
縦ロールをぶわっと振り回し、頭を擡げて、ぴんと腕を差し伸べるテュロン。細い指先までもが美しいラインを描き、まるで一幅の絵画のように、あるいは彫像のように映える。
……んだけど、その見事な所作が見事すぎるがゆえに、なんとも強烈な違和感が。
いやだって、普通に会話してる中でいきなり目の前で宝塚が始まったりしたら、それがどんなに上手でもナニコレって思うじゃない。
ぷくふっ。
――とかいう不思議な音が聞こえたので、横を見ると、アンジェがうつむき、小さな肩を小刻みに震わせていた。よく見てみると、顔を真っ赤にさせ、太腿を自分で思いっきりつねっている。
あー。吹き出しそうになるのを必死でこらえてたのね。なんか、アンジェのツボだったらしい。割とアンジェは笑い上戸なのかもしれない。元の世界に連れて行ったらお笑いとかにハマりそう。
まあ幸いにというか、テュロンは自分の世界の中にどっぷり入り込んでいたので、そんな様子には気づかないようだった。
「そ、そう。えーと、他にも一応言っておきたいことがあるのだけど」
呼びかけるとテュロンはようやくこっちの世界に帰ってくる。
「はい、伺いますわ」
「えっとね。私たち、今ちょっと鬱陶しいクズに絡まれてて」
レグダー男爵のことだ。最近は特に目立った動きはしていないが、もちろんあのジジイが諦めたはずはない。今この場も、もしかしたら聖遺物の力で監視されてるかもしれない。まあ見られててもいいけどさ。
「まともじゃないクソボケのカスなんだけど、実力行使も含めて何をしでかしてくるかわからないイカレ野郎でもあるわ。私たちと一緒に来るということは、そいつとも、場合によったら事を構える必要があるかもしれないということ。それも知っておいてほしいの」
「まあ、面白そうですわ!」
……えー。
……そういう反応なの?
割と重大な案件のつもりで口に出したこっちの覚悟は一体。
しかしテュロンは両手を胸の前でぱんと打ち合わせ、浮き浮きしたように縦ロールを振る。
「お任せくださいませ、その相手がいかなる策謀を巡らせようとも、わが輝く知性が打ち破って見せましょう。力押しで来るならばこの鉄拳が唸りますわ!」
「た、頼りにしてるわね」
ちょっとひきつった笑いを浮かべる私。この子の扱い方を覚えるのは時間がかかりそうだ。常に前向きなのはいいことだと思うんだけどね。私自身がどっちかというと後ろ向きやすいのは自覚してるから。
さて、と私はちょっと息を整えた。
テュロンに対して言っておきたいことはあと二つだ。
そのうちの一つは、男爵に見られている可能性のあるこの場では言えないけれど。
もう一つは言えるし、言っておかなければならない。
それは最も些事であると同時に、最も重要なこと。
私にとって――私たちにとって。
「あのね、テュロン」
「はい、なんでしょう?」
「……えっとね」
「はい?」
うー。
言うとは決めておいたが、どう言えばいいかは決めてなかった。
迷う。迷って、結局、言葉ではなく、行動にした。
おもむろに立ち上がり、テュロンではなく、隣のアンジェに近寄る。
きょとんとした顔のアンジェを、ものも言わずにいきなり腕で包む。
「ご主人さまっ……!?」
裏返ったような声で驚くアンジェにかまわず、その額に唇で触れる。
滑らかな肌の感触を唇に残して、私はそっと顔を離し、そして改めてテュロンを見た。
「最後に知ってほしかったのは、私はこういう女だということよ。私みたいな人が嫌なら、はっきり言ってくれていい。そのことであなたを責めたりはしないわ」
掌に汗をかいているのを感じながら、私は着席し、乾いた口中をお茶で潤した。
アンジェは顔を赤くしてうつむいている。アンジェにもあとで謝んなきゃ。手段みたいに使っちゃった。
――そして、テュロンはどう思うだろうか。
この子のことだ、なあなあの適当な社交辞令など口にしないと思う。嫌なら嫌と断言するはずだ。しかし、もしそうなったら、私は彼女を買って仲間にすることができるのだろうか。
……だが。テュロンの口から漏れたのは、とんでもない一言だった。
「――ああ、同性愛者の方なのですね!」
「げほっごほっがほっ!! ぐほっはぁっ!!」
思いっきりお茶でむせる。
そ、その通りなんだけど! まさか、初球からど真ん中ストレートの160キロを投げてくるとは思わなかったよ! 歯に衣着せないっていったって程がある!
髪を振り乱してぜーはーしてる私を、テュロンはきょとんとした顔で見つめる。こ、この子は……!
――しかし。
しかし、同時に。
背中を慌ててとんとんとアンジェに叩いてもらいながら、感じたのは。
テュロンのその一言に、侮蔑や嘲弄の色はまったく着いていなかった、ということだった。
もし他の人が全く同じ言葉を使ったとして、そこに悪意を含ませようとすれば、いくらでもできただろう。
事実、そういった言われ方をしたことがないとは言わない。
しかし、今のテュロンのその一言は、ただ単に認識した事実を事実として表現したに過ぎず、隔意があるものではなかった。そのカラッとした率直さには、不思議な爽快感さえあった。
「同性愛者の方には初めてお会いいたしましたわ。でも、それが嫌だと仰るのはなぜでしょうか?」
「……嫌じゃないの?」
「なぜ嫌ですの?」
それは、とぼけているのでもなく、誤魔化しているのでもなく、優しい嘘でもなかった。
テュロンの煌めく瞳はまっすぐに私を見つめ、その素直な表情に、偽りの陰は欠片もなかった。
「……そっか。そうね。そうよね」
私の口から力の抜けた笑いが漏れる。肩透かし感と、そして安堵の混じった笑いが。
これまで、私の中には、ちっちゃな雪だるまがいた。
汚れた雪だるま。それはガチガチに凍り付いて、怒ったような表情をしている雪だるまだった。
けれど、その雪だるまは。今、陽射しを受けて、少しだけど、溶けかけていた。怒っていた表情は緩み、笑顔になり始めている。
そんな感覚が、あった。
この世界では、……いや、この世界でも、私のような存在はマジョリティではない。
けれど。
アンジェ。ラフィーネさん。
そして今、テュロン。
いずれも、私のようなありかたを、否定はしなかった。受け入れてくれたとまでは言わない、でも、拒絶しなかった。
それはもちろん、ただの偶然。私がたまたま、そういう人たちにだけ巡り合ってきたというに過ぎない。
しかし、もしかしたら。
もしかしたら、私の方も、少しだけ頑なでありすぎたのではないだろうか。
きっと撥ね付けられる。きっと色眼鏡で見られる。そんな冷えた思いに囚われすぎていたのではないだろうか。
無駄に重い鎧兜で自分の身を固めて。結果、動きが鈍くなるような自縄自縛に自分を追い込んでいたのかも、しれない。
肩を怒らせずに、自然に立っても、いいのかもしれない。
――そんな柔らかな思いを、私は、テュロンに与えられたのだった。
「……あなた、自分を買ってほしいと言ったわね、テュロン」
「はい。いかかでしょうか?」
「やだ」
悪戯っぽく笑う私に、一瞬、虚を突かれたような驚愕がテュロンの顔に広がる。私はこの子に散々驚かされたんだから、ちょっとくらい逆襲してもいいよね。
「――ふふ、あなたからのお願いというよりは、私の方からお願いしたいの。どうか私たちの仲間になってほしい。あなたと共に歩みたい。塔に登っていきたいわ」
テュロンはぽかんとした表情から、ほっとしたような笑顔に。そしてちょっとだけ頬をぷくっと膨らませて、笑いながら怒った。
「んもう、お人が悪いですわ、ラツキ様。――いえ、『ご主人さま』」
くすくす、とお互いに笑いながら、私とテュロンは席を立ち、卓を回って近づいた。
傍に立って、見つめ合う。
今ここに、私は、新しい仲間を得たのだ。無駄に元気でちょっと珍獣入っててやかましいけれど、裏表なくまっすぐで信頼できる、この少女を。
束の間、満ち足りた空気が揺蕩う。
無言の中に、高揚と安心感の入り混じった不思議な空気。
私もアンジェも、そしてテュロンも、同じ感覚でいると、思う。
その雰囲気をもっと味わっていようとして、けれど。
――次の瞬間、その柔らかで温かい静寂は、突如として巻き起こった怒声と騒音によって破られた。
「どこだ! どこにいるんだ! 隠さずにあいつを出してもらおう!」
「お、お客様、お静かに、お静かに願います!」
メガックさんやほかの店員さんたちの、悲鳴のような声が廊下から聞こえる。が、それを掻き消すような喧騒と、乱暴にドアを開けていく音が近づいてきていた。この部屋に向かって。
何事かと思う間もなく、部屋の扉がバンと音を立てて開け放たれる。
「そこか! そこに……うっ」
暴風のように室内に乱入してきた人影は、その勢いのままに声を荒らげようとして、しかしぴたりと動きが止まった。
――その人影の喉元には、陽炎の刃が煌めいている。
何が起こったのか、誰が現れたのか、それを悠長に判断してから対応しよう、などと思うほど私はのんびり屋ではないし、自分の安全を絶対だとも思ってはいない。ましてや今、私には、男爵という明確な敵がいるのだから。
何らかの騒ぎが起こったと感知したその瞬間に、私は陽炎と不知火の鯉口を切り、同時に『気配察知』のスキルをアクティヴに切り替えていた。そして扉の前に現れた人の感覚を捉えた瞬間、入り口に跳んで剣を鞘走らせていたのだ。
「……男爵の手のものかしら? 懲りないわね」
低い声を押し出す。相手は動けない。何が起きたのか把握できていないようだ。人を襲撃しておいて、なんだそのズボラっぷりは。
吐かせるほどの情報持ってるとも思えないし、叩きのめした上で聖殿に引き渡しておこうか。
と考えていた時、泡を食ったような声が傍らから上がった。テュロンの声が。
「お、お待ちくださいませご主人さま、その者は私の知り合いですわ! ご無礼をお許しくださいませ!」
ちょっと長くなったのでまた分割投稿です。次話は明日の21時ころ更新予定です。




