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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
23/84

剛力と知性

「志願奴隷、テュロンと申します。どうぞ皆様、よしなにお願いいたしますわ」



 ぽかーん、という擬音が部屋の中に浮かんでいる光景を幻視する。

 私とアンジェも、牛人も、優男も。ぽかーん、だ。

 それほどに、眼前の少女の纏う雰囲気は、その場にそぐわなかった。


 くるんくるんの縦ロールは艶やかな栗色に輝き、やや吊り目がちの大きな瞳は自信と希望に満ち溢れて輝いている。ぺったんこな胸をぐいと逸らしたその威風堂々とした態度は、奴隷という言葉から想像されるものとは最も程遠い。


 っていうか、ほんとに奴隷? 奴隷なの?

 以前に出会った時、確かにテュロンと名乗ったこの少女は、奴隷商の場所を私に尋ねてきた。しかし、それはきっと奴隷を買うためだろうと考えていたのだが、……逆? 彼女のほうが奴隷? どういうことなの。


 唖然と彼女の姿を見つめている私に気付いたのか、少女はちらとこちらに視線を投げた。その瞳が驚いたようにやや広がり、唇が微かに笑みを形作る。が、特に彼女は私に対して何らかの言葉を発することはなかった。


「おいおい、メガックのおやっさんよぉ」


 最初に口火を切ったのは牛人のマッチョだった。


「俺は随伴奴隷を紹介してくれるって話だから来たんだぜ。それも前衛職だ。まさかその細っこい嬢ちゃんがそうだなんて言い出すんじゃねえよな? 笑えねえぞ」

「家柄を振り回す気はないが、まさか子爵家の跡継ぎであるこの僕をバカにしているわけではないだろうね。まあしかし、なかなか美しいお嬢さんだ。肉付きは少々残念だが、愛玩奴隷としてなら購入を考慮してもいいけれど」


 優男のほうは別の観点からの検討に入ったらしい。

 それぞれに不満や不信の表情を浮かべた二人に、メガックさんが口を開いて説明をしようとするより早く。

 テュロンと名乗った少女は自ら椅子を引き、悪びれたふうもなく、とん、と小さな腰を下ろして座った。牛人の男の目の前の席に。

 おもむろに右肘をついて、彼女は牛人の男に向かい、手を差し出す。

そう、まるで、腕相撲でもしよう、とでもいうかのように。


「あん?」


 ぎょろりと目を剥く牛人男に、テュロンは余裕溢れる微笑を贈って、言った。


「時としては百千の言辞を弄するよりも無言の一挙に説得力が宿る場合もございますわ。私の輝く知性は、それが効率的と見た場合、必ずしも実力行使を否定いたしませんのよ」

「なんだ? 何が言いてえ……」


 顔をしかめる牛男。牛って顔しかめられるんだね、と妙な感心をしている私をよそに、テュロンは、ちょいちょい、と差し出した右手の人差指で彼を招いた。


「お試しあそばせ。この細腕がお気に召さないかどうか」


 なかなか面白い見物ね。「牛の百面相」というのは。

 彼はまずきょとんとし、次に一瞬憤怒の相となり、最後に呆れたような苦笑を浮かべて肩をすくめた。いやほんと、牛でもいろんな表情があるのねえ。


「よお、おやっさん。さっきから、こいつぁ何の出し物なんだ? 一周回ってそろそろ逆に笑えてきたがよ」


 しかしメガックさんが口を挟む隙をまたも与えず、テュロンはふわっと縦ロールをなびかせてにこやかに言った。


「まあお考えくださいませ、あなたが勝った場合、特にあなたには損はなく、またこの場に興を添える結果となり度量を示せることとなって利がありますわ。

 一方、仮に私が多少善戦したとしましょう、その場合は私に幾らかの商品価値があるということがわかるのですから、この商談の場が無駄ではないということになり、やはり利がございますわね。

 以上、私の輝ける知性の導きにより、この勝負ではあなたにとって利益しかないのですから、実施しても支障はないということが証明されましたわ。では、どうぞ」

「え?」

「どうぞ」

「え? え?」

「ど・う・ぞ」


 立て板に水というか油紙に火というか。滔々とまくし立てるテュロンに牛男はすっかり煙に巻かれたようで、何がなんだかよくわからない表情のまま、結局いつの間にか、自らも肘をついて彼女の手を握っていた。

 なんでこうなった、という感じで首を捻りながら。

 ……うん、私も頭悪いからよくわかんないけど、多分なんか騙されてると思う。


 しかし何というか、テュロンというこの子の、良くも悪くも押しの強さというか図々しさは、ちょっと面白い。初めて会った時も思ったけど、見ていて飽きない子ではある。


 ともあれ、なんとなくの流れで、テュロンと牛男は腕相撲をするような形になった。ルール的には多分こっちの世界でも同じようなものだろう。手の甲をつけられたら負け。

 牛男の身長は2mを超えているだろう。肩幅や胸の厚みもそれに見合っただけの広さ、分厚さだ。

 彼が軽く手を曲げただけで、二の腕には小山のような力瘤が隆起する。


 一方それに比し、テュロンの体躯は薄く細い。本来なら女性として隆起すべきところまで細い。……いやそれは、今の姿になる前の私のコンプレックスでもあるから、人のことは言えないが。

 まあ客観的に見れば、牛人の男とテュロンの組み合わせは、まるで巨大な岩塊に細枝を打ち付けるようなもの。牛人ならずとも、冗談にさえなりはしない、と思えるだろう。しかし。


「両手をお使いになっても結構ですわよ」


 涼しい顔で、テュロンは言うのである。

 牛人はさすがにそろそろ本気でむっとしてきたらしく、その太い腕に血管を浮き上がらせ、胸板をパンプさせた。鼻息を荒く吹き出し、いきなり彼女をねじ伏せんと、勢いよく豪腕を叩きつけ……。


 ――叩きつけ、ようとして。

 しかし、テュロンの腕はピクリとも動かなかった。

 ぎょっとした顔になる牛人と対照的に、テュロンは表情も変えず、爽やかに言う。


「さあ、いつでも始めてよろしいですわよ。……まだ始めていませんわよね?」

「なっ、なんだ……!?」


 顔を真っ赤にし、歯軋りをしながら、牛人は幾度となくその巨体に満身の力を込める。だが動かない。テュロンの細い小さな腕は微動だにしない。

 頭から湯気を立てながら、とうとう牛人はなりふり構わず、両腕を使ってテュロンの腕を強引に押し倒そうとして。しかしそれでさえ、彼女に薄い汗ですら滲ませるほどにも及ばなかった。

 血管がブチ切れそうなほどの猛りをすげなく無為なものとされている牛人。その姿を、私たちは皆、茫然とした思いで見つめている。


「ああ、いつの間にか始められていたのですね。では、そろそろ私の方も開始させていただきますわ」


 軽やかな声で言うと同時に、テュロンの纏う空気が変わった。その密度が、圧力が、凄まじく膨れがる。思わず体を乗り出した私の目に、その光景が映った。

 彼女の栗色の髪、その前髪に覆われて見えなかった額の両端から、天を刺すように伸び行く二本の角が。そして、縦に長く変容する瞳孔が。あたかも蛇のように……いや、龍のように。


 一瞬凍りついた牛人の男に対し、テュロンは微かに手を動かした。そう、僅かに、微風がそよいだかのように。

 ――そしてその微風は暴風となり嵐となって、牛人の巨躯を根こそぎなぎ倒したのである。


「どわああああ!?」


 どんがらがっしゃん。

 野太い悲鳴と、椅子もろともひっくり返された巨体が床に転倒する盛大な騒音が、部屋中に響き渡った。

 テュロンの一見嫋やかな繊手は、自らに数倍するであろう巨大な牛人男を軽々と宙に舞わせたのだ。

 この目で見ても信じがたい、それは驚嘆すべき光景だった。


 間をおかず、ふわりとテュロンは自らも椅子を飛び下りると、卓を回り、ぶっ倒れた牛人に手を差し伸べていた。


「ご無礼を致しましたわ」

「ず、ずりぃよ。地龍族だって最初から知ってりゃあ、こんなことしなかったぜ。……いや、知ってても信じなかったかもな」


 牛人は気まり悪げに彼女の手を取る。彼の巨体を、テュロンは片手で軽々とひっぱり起こして、微笑んだ。


「いえ、剛力をもって知られる我が地龍族に真態を使わせたのですから、あなたさまも見事なお手並みでしたわ。ご立派な語り草になりましょう」

「そ、そうかね。そう言われると悪ぃ気はしねえが」


 ふうん、と、私はちょっと意外な驚き。この子、ただの暴走娘ってわけじゃなく、結構気配りをするんだ。

 私が見ていた限り、テュロンは、先程のような変形へんぎょうをしなくても、通常状態のままで十分牛人を圧倒できていたはず。だが、彼女はあえて真態とやらに姿を変えた。

 それは自分の商品価値のアピールということもあるだろう。そしてもう一つ、今彼女が口にしたように、真態を使わなければいけなかった相手なのだ、という形にして、牛人の自負心と体面も守ったのだ。


 しかし、地龍族か。姿を変えられる種族なのね。アンジェも魔法を行使するときには光輪と光翅を現出させるけれど。

 ちょっとEXスキルで軽く情報検索してみると、地龍族というのはこの世界で、岩人族という人々と並んで、その膂力の強大さで知られる種族だということだった。つまり世界一力持ちの種族。なるほど、確かにね。


「いやあ、見事なものだよ。地龍族の随伴奴隷とはね。これは確かに値打ち物、いや掘り出し物だ。金貨50枚では安すぎるくらいだよ。ぜひ僕の隊に加わってくれたまえ」


 優男が感に堪えぬような口ぶりで言う。それに対し、牛人もむきになって言い返す。


「待てよ、ここに来たのは俺が先だ。抜け駆けはさせねえぜ」

「先後の問題かい。彼女ほどの逸材はそれにふさわしい場所に収まるべきだと思うがね。つまり子爵家の跡継ぎである僕の隊にだ」


 なんか私を置いてきぼりにして不毛な争いが始まりかけている。私だってこの子を買いに来たのに。……と、そこまで考えて、首を捻る。

 うん、私がテュロンを買いに来たはずなのよね。でも、話の流れ的には、牛人も優男もこの子を買うつもりでいるらしい。

 どういうことだろう。アンジェの時のように、オークションの形になるのだろうか。

 だったら困るな。私、金貨50枚って言われたから、50枚しか持ってきてないよ。


 と、メガックさんがその時ようやく口を開いた。つるつるの頭に光る汗を手巾でふきふきしながら。


「え、ええ、皆様、多少お騒がせいたしまして申し訳ございませんでした。では只今より、志願奴隷テュロンの購入権選抜面談を取り行わせていただきます」


 ……購入権選抜面談? なにそれ。


「えー、皆様に置かれましては、もちろん志願奴隷に関してはご存知のことと思われますが、」


 いやごめん、私それ知らない。急いでEXスキルで検索しようとしたが、メガックさんは言葉を続けてくれた。


「聖殿法に事前の説明を定められておりますため、一応志願奴隷についての規定をご説明させていただきます……」


 よかった。ちゃんと説明してくれるんだ。私はほっと胸をなでおろす。普通の人なら知ってるはずのことも、形式的にいちいち説明しないといけない、というのはなんかお役所仕事的だけどさ。でも、まあたまには私のようにガチで知らない人もいるわけで。


 

 で、そのメガックさんの説明によると。

 志願奴隷とは、文字通り、自ら志願して奴隷になった人のことだという。何らかの罪を犯して身分を落とされたり、あるいは借金のカタに売られたりというわけではなく、完全に自由意思で奴隷になったものだ。

 そんな人がいるということ自体私にとっては驚きなのだが、実際、この世界においても、自ら志願して奴隷になるようなことは珍しいらしい。


「志願奴隷は、自らの身分を自ら落とす代わりに、特典が認められております。すなわち、自らの主人を自分で選ぶことができるということ。そして主に仕える際に何らかの条件付与ができること、でございますな。その代りに価格は安めに抑えられておりますので、買い手の方にとってもお得ということになります」



 自分の好きな条件を付けて自分の好きな主人に仕えることができる……いや、それを差し引いても、やっぱり奴隷になるのはきつそうだけどなあ。自由民時代の境遇が厳しければ、むしろいい条件付けて奴隷になる方が暮らしやすかったりする場合もあるのかなあ。


 もっとも、いくら価格が安いと言っても、条件を厳しく設定しすぎれば結局は売れない。そのままいつまでも売れ残っても問題なので、一定の期間を経ても売れなければ普通の奴隷扱いにされるのだという。だから、条件を付けるのもバランス感覚が必要ね。そこそこにハードルを下げておく必要はあるわけだ。



 そのほか、告知期間や知人売買の禁止などの説明もあった。


 奴隷になること自体が一種の刑罰的側面を含む。また奴隷の犯した罪は主人が負う。その辺を逆に利用すると、志願奴隷となることで、それまでに犯した罪の刑罰から逃れられてしまう可能性がある。そうさせないための制度が、この間メガックさんがちょっと言っていた、告知期間。

 志願奴隷となることを求めたものを告知し、聖殿その他からの訴追がないことを一定期間の間確認した上でないと志願奴隷にはなれないというわけだ。


 もうひとつ、わざと志願奴隷となって家族や知人に自分を買わせる、いわば自作自演をすることで、労務雑役などから逃れようとする場合もありうる。それを防ぐために、志願奴隷の知人はその者を買うことはできない決まりがある。

 先程、テュロンが私を見ても反応を抑えていたのは、そこを配慮してくれたわけね。まあ、私はただ道を教えただけだから大丈夫だとは思うけど、李下に冠を正さないのは大事なことだ。



 ……とまあ、色々と複雑なことはあるようだが、私としては気にかかるのはただ一つ。

 テュロンを買えるのかどうか、という一点だ。

 うん。

 正直に言えば、欲しい。

 能力の高さも期待以上だし、何より、――何より、多分きっと、この子がいると、楽しい。毎日がにぎやかで、毎日が面白くて。……ちょっぴりやかましそうではあるけどね。



「では僭越ながら、聖殿法に基づき、志願奴隷としての購入権選抜面談を開始させていただきますわ」


 テュロンは椅子に座りなおし、牛人、優男、そして私の顔を順々に眺めた。

 あー……面接なのか、これ。

 就職活動のときを思い出す。思い出したくないけど。いやほんと何社落ちたことか。

 まさか異世界に来てまでも、また面接受けるとは思ってなかったよ。ちょっと胃が痛くなってきた。


「まず最初に、私が志願奴隷として提示した条件は、『登攀者の随伴奴隷となること』ですわ。それ以外の職種の方、及びそれ以外の用途でのご購入はできませんことを改めてお断りいたします。この条件に反した場合は、聖殿法によって裁かれますので、ご注意くださいませね」


 へえ。この子、登攀者の随伴奴隷になりたかったのか。でもなんで自分で登攀者にならなかったんだろ。

 私はテュロンの顔をまじまじと見つめる。彼女の顔には微かに緊張の色が掃かれており、そしてその緊張さえも楽しんでいるような微笑が共にあった。


 テュロンは、登攀者の身分確認のため、私たち全員に聖殿紋のついた魂魄板を提示させ、それを確認した後、頷いて話を続ける。


「ではいくつか質問をさせていただきますわ。まず、みなさまが塔に入ってからの年数と、現在何階層におられるかをお聞かせくださいませ」

「俺は塔に入ってもう6年だ。今は16階層で稼いでるぜ」

「僕は5年目だね。今は18階層だよ」


 むー。二人ともそこそこのキャリア持ってるな。なんか私だけ、年数も階数も少なくて、ちょっと気後れしてしまう。


「……私は今2か月目。5階層に挑んでいるところよ」


 うう。牛人と優男が値踏みするように私たちを見てくる。なんだよう、誰だって新人の頃ってあるでしょ!


「なるほど、承りましたわ。……では二つ目。みなさまは3年後、ご自分は何をなさっているとお考えでしょう?」


 また唐突な。私だけではなく牛人も優男もちょっと毒気を抜かれたような表情になる。少し考えてから、各々は口を開いた。


「特に今と変わらねえと思うがなあ。自由気ままに飲んで食って戦って、だ。楽しい生活だぜ。俺についてきて損はしねえぞ」

「そうだねえ、まあそのころには20階層に到達する名誉は得ているだろうから、あとは僕の実家つまり子爵家を継ぐと思うよ。もちろん君が来てくれるなら一緒だ。貴族社会の華麗で優雅な生活が君を待っているよ」


 一々頷いて彼らの言葉を聞いていたテュロンは、最後に物問いたげに私を見る。私はちょっと息をつき、さらりと一言、答えた。



「――塔の頂上にいるわ」



 ただそれだけを。

 

 一瞬、場の空気が止まる。

 牛人も優男も、珍しい動物でも見るような目で私を見つめている。笑い出しそうに顔を歪め、あるいは呆れ返ったように肩をすくめて。

 まあいいけどね。登攀者としては珍しい部類なのはわかってるし。

 むしろ、もっと明確に馬鹿にされるかとさえ思ってたけど。でも、牛人も優男も、言葉にしては何も言ってこなかった。

 ……気のせいかもしれないが、彼らの視線の中には、どこか遠い日の憧憬を見つめているような、そんな温度もあった、ようにも思う。


 テュロンはややうつむき、私たちの言葉を反芻しているようだった。栗色の縦ロールが、彼女が幾度か口中で何事かを呟き、頷くたびに、ふわふわと揺れる。

 ややあって、テュロンは顔を上げ、にっこりと笑った。


「十分承りましたわ。判断がつきました」


 私たちは驚きに言葉を奪われる。え、これだけでいいの? もっとこう、本社を志望した動機は? とか、学生時代にどんなサークル活動をしてきましたか? とか、そういうの聞かないの?

 だがテュロンはそんな私たちの反応にも構わず、瞳を煌めかせて、手を差し伸べたのだった。


 ――私に、向かって。まっすぐに。



「私は、こちらのお方を主として選び、お仕えしたいと思いますわ」



 ――牛人と優男が私を見、そして二度見する。

 ……いやそんな顎外れるような顔してこっち見ないでよ。私だって多分今似たような顔してるんだし。

 実際、その場にいるほとんどのものの脳裏になかった結果だっただろう、私を指名するという彼女の選択は。



「……お、おいおい! こんなお嬢ちゃんに、あんたはもったいねえぜ!」

「な、納得できないな! どう考えても子爵家の跡継ぎである僕のほうが……!」


 牛人と優男がそろって抗議の声を上げる。だがテュロンはおもむろに席を立ち、片手を背に回し、もう片手の指を一本立てて、つんと顎を上げた。

 なんか、名探偵が謎解きする場面のような。

 『名探偵、皆を集めてさてと言い』なんてえ川柳がございますが。まあこの世界に推理小説ミステリがあるのかは知らないけどね。そういえば、魔法が実在する世界での推理小説ってどういう形になるんだろうな。いやどうでもいいんだけど。


「ではこの輝く知性の導いた結論をご説明いたしますわ。私が求めておりました仕えるべき主は、より高い志を抱いて塔に登る方でした。その点から判断いたしますと、――まず、そちらの方」


 と、彼女は牛人に目を向ける。


「あなたは6年も塔に登っておられるのに、まだ16階層にとどまっていらっしゃる。先ほど腕試しさせていただきましたが、やる気になればあなたはもっと上まで到達できているはずの方です。にもかかわらず16階層でいつまでも止まっているのは、そこが安定した稼ぎ場所になっており、それ以上の危険を犯す気がないからと推定されますわ。

 もちろん、その生き方を否定は致しませんのよ。けれど私の求めている登攀者の姿とは、それは大きく異なるものですわ」


 うぐっ、と言葉に詰まる牛男を尻目に、次にテュロンは優男に向かう。


「あなたは幾度となくご実家の家柄を誇られてその執着を明らかにされ、またいずれ20階層に到達したという栄誉をもってご実家に帰還されるとのことでした。無論それもよろしゅうございましょう、けれど私が求めるのは登攀者として生き、塔に登ることであり、貴族社会で栄耀栄華を楽しむことではございませんの」


 テュロンはくるんと身を翻して栗色の縦ロールをなびかせた(意味なく)。

 優雅に両手を広げ、ポーズを決める(意味なく)。

 彼女の背後には今再び「ドヤァ!」の擬音が浮かんでいる気がする(意味なく)。


「以上、私の輝ける知性の導きにより、我が主とこいねがうお方はただ一人と結論付けられたのですわ!」

「……いやその、ちょっと待ってくれたまえよ」


 なんか疲れた感じで優男が口を開く。うん、私は以前一回会っているから、ある程度免疫出来てるけど、初対面でこの子のこのテンションはきついよね……。


「それは『僕たちが君の条件に合わない理由』であって『そのお嬢さんが主人となる理由』ではないんじゃないだろうか……大事な問題を、ただの消去法で選ぶのはどうかと思うのだが……」

「いいところにお気づきですわ!」


 ビシィ。と指が立つ。うんきっとね、この子にそういう話の持って行き方は、燃料くべるだけだと思うんだ。


「まずこちらのお嬢様は塔の最上部へ挑む気概をお持ちです。しかしそれだけではただの夢物語。相応の力量を備えなければなりません。

 ですがその点に関し、重要な手掛かりがございました。先ほど、私が牛人族のお方と腕比べをした時のことですわ。私が真態を現すその一瞬前に、ただ一人その気配を察知なさった方がいらっしゃいました。それが、こちらのお嬢様ですわ。それはこちらのお方の並々ならぬ手腕を示すもの。私にとって、主と望むにはこれ以上のお方はございません」


 え? ああ、まあ気づいたと言えば気づいたけど。

 そっか。真態になったのはもう一つの理由があったわけか。そのことで、牛人だけではなく、他の人たちの腕前も試していたんだ。

 切れ者かと思えば珍獣みたいで、かと思うとやっぱり意外と頭が回って。

 この子、不思議な……そう、不思議な魅力のある子だな、と、私は改めて思う。



「では、いかがでしょうか。私の望みはお伝えいたしましたわ。私を、買っていただけますか?」



 強い意志の光を宿したテュロンの瞳が私を射抜く。私はちらりと傍らのアンジェの顔を見つめ、そして二人で頷いた。いくつか確認しなければならないことはあるけど、でも。

 私の答えは、もちろん決まっていた。



「――そうね。あなたが欲しいわ、テュロン。私の名はラツキ。ラツキ・サホよ」


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