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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
22/84

二人だけの夜と志願奴隷

「ご、ご尊顔を拝し恐悦至極です、伯爵夫人」


 片膝をついて拝礼する私は、結構慌てていた。

 だっていきなり伯爵夫人ともあろう人が自分で来てくれるとは思わなかったんだもん。

 寝不足の頭に結構な刺激だ。


「あらあらまあまあ、いいんですよ、そんなことをなさらずとも。お立ちくださいな、私は面倒な儀礼ごとが煩わしくなって、帝都から聖都に逃げてきたんですから」


 伯爵夫人がにこにこと笑う。とても人懐こい笑顔で。

 彼女がイェンデ伯爵夫人。リアンディートの主であるご婦人だ。

 聖務官になりたいというウィジィくんの望みを聞き、ならばリアンディートが学問を教えてあげればいい、との許しを与えてくれた老婦人である。

 夫人の傍らには当のリアンディートも、同じく微笑みながら侍立していた。


 確かに今日、リアンディートとウィジィくんを引き合わせる約束はしていた。もちろん伯爵夫人の御了解を得て。

 なのだけど、まさか夫人ご本人がいらっしゃるとは。いやー、びっくり。

 だって伯爵夫人だよ。伯爵って上から三番目でしょ。もう私なんかからすれば実感わかなくて、とにかくすんごい偉い人、という程度の把握しかできてない。そんな偉い人が、お家で待ってるんじゃなくて、御自分からいらっしゃるなんて思ってなかったよ。


 伯爵夫人の真っ白い髪は綺麗にまとめられ、ふっくらとして福々しい顔は血色がよく、御高齢にしてはしわもあまり目立たない。

 小柄な体を落ち着いた色合いのアンサンブルに包み、ちょこんと頭に傾いて乗せた帽子が似合う、可愛らしい御方。気のいい優しいおばあちゃま、という印象ね。


 だが、単に気安いご婦人というだけではない。さすがにその身分に相応しく、身のこなしは上品だ。

 例えばアンジェも、元貴族だけあって、一緒に暮らしていても時折見惚れてしまうくらい洗練された所作を身につけている。伯爵夫人の場合はそれに加え、さらに重ねた年輪からくるものであろう余裕と風格が加わった感じ。


「今は楽隠居をしている、ただのおばあちゃんですよ」


 柔らかにおっとりと言ってくれた伯爵夫人の御厚意に甘えて、私たちは立ち上がる。

 これから、夫人とリアンディートと一緒にメガックさんのお店に行き、ウィジィくんについての話をすることになっている。

 事前に、私の方からメガックさんのお店に、今日その用件でお訊ねするということは伝えてあるのだけど、まさか伯爵夫人御自らお越しになるとは、メガックさんも思ってないだろうなあ。


「では、ご案内いたします、伯爵夫人」

「ええ、お願いいたしますね。その少年、どんな子なのでしょう。楽しみだわ」


 温容な笑顔を湛えたまま、伯爵夫人は待ちきれないように歩き出す。その姿は、言葉の通り、本当に楽しそうだった。

 ウィジィくんも喜んでくれるといいな、と思うと、私も自然に足が速くなる。

 事前折衝に当たった私の感触としては、夫人の方はもちろん問題なく、メガックさんの側も、ウィジィくんのお店の仕事が終わった後なら勉強に行ってもいい、ということで許してもらえそうな感じだ。

 まあ、メガックさんのお店に行く目的は、もう一つ。私の新しい随伴奴隷を選びたいという用向きもあるんだけどね。





 数日前。

 リアンディートをウィジィくんの先生に、という話を、メガックさんのお店に伝えに行ったときのこと。ついでに私は、新しい随伴奴隷のことをメガックさんに尋ねてみていた。


 なお、予算に関しては、あまり気にしていない。

 さすがにアンジェと同じように金貨250枚とか言われたら困るけど、それはないだろう。あのオークションに出ていた他の一級品の奴隷たちが、大体金貨70枚ちょいから、高くても90枚くらいだったし。

 まあ100枚見ておけば大丈夫なんじゃないかな。その程度なら払うのに支障はない。


「なるほど、ご予算は金貨100枚程度まででございますね。では、どのような奴隷をお望みでしょうか? 種族、職種、性別、年齢、その他のご要望などですが」

「んー、そうですね……」


 事前に、アンジェと一緒にある程度相談をしていたのは、まず前衛か後衛かの問題だ。

 現状は私が前衛でアンジェが後衛。

 後衛が二人になると、私一人で後ろの二人を守ることになるわけだから、ちょっと大変になるかも。

 そう考えると、前衛職を望んだ方がいいのかな、という結論だった。


「前衛職で、種族は問いませんが、やはり同じような体格の人が欲しいですね。年齢はある程度若い人のほうが。性別もそれほどこだわりませんが、ただやはり、女性の方が問題は起きないでしょうか」


 年齢に関しては、若い方がまだスキルが埋まっていない可能性が高いから。

 もちろんそんなことを正直には言えないけどね。私たちは二人とも若いから、同じくらいの年齢層のほうが気が合うだろうし、みたいなことを言っておく。

 いや私の中の人はアラサーなんだけど。


 そういった私の注文に、メガックさんはぱらぱらと手元の資料をめくって調べていたが、ややあって頷いた。


「そういたしますと、一人、御意に沿えそうなものがおりますな。価額は金貨50枚でございます。数日お待ち願えれば告知期間も満たしますが、いかがでしょう」


 あら、50枚? 思っていたより安いなあ。

 いや、金貨一枚で庶民一家が一か月暮らせる、ということを考えると、もちろん一般的には非常に高額なんだけどね。予想していたよりは下だ。

 まあ、メガックさんが薦めてくる人だから、能力的にも確かなものなのだろう。私、お得意さんだしね。適当な人選はしないと思う。


 告知期間とかいうのがなんだかは知らないが、別に数日を待てないわけではない。

 そうだ、ついでに、リアンディートを改めてお店に案内して、ウィジィくんに会わせる日にすればいいかも。どうせそれについても一々連絡をつけなければいけないから、どちらにせよ数日はかかりそうだしね。電話とかメールとかない世の中だと、連絡を取り合うのも結構大変。


 私は了承し、メガックさんのお店をお後にした。

 数日後か。新しい奴隷。どんな人だろう。その場では会わせてもらえなかったんだけど、今はお店にいないということなのかな。

 なんにせよ、ちょっとドキドキするな。もちろん、気が合いそうになければ断るだけだから、不安に思うというわけではないけど。

 でも逆にいうと、気が合えばそこで新しい仲間が誕生するわけだし。期待と緊張とで、なんか高揚しちゃう。新しい学年のクラス替えの時みたいな感じ、かな。





 そして、訪店前夜。

 明日には、新しい奴隷との顔合わせだ。

 もしうまくいけば、私たちの一行に三人目が加わることになる。


 ――同時にそれは、私とアンジェが二人きりで過ごせる時間は、今だけなのかもしれない、ということも意味してもいるわけで。

 新しい仲間が増えるかもしれないということへのワクワク感だって、もちろんある。

 けれど、それとは別に、二人きりの最後の時間を名残惜しむ気持ちが湧いてくるのも、自然な心の流れだろう。


「あのね、アンジェ、これなんだけど」


 二人きりの部屋の中、私は一点の指輪を取り出した。それは、以前男爵邸を訪問する時に作ったEXアイテム。毒を無効化する指輪だ。ついでに酒も無効化するけど。

 男爵邸を訪れた後、アンジェからはこの指輪をいったん返してもらっている。


 ……そう言えばラフィーネさんには指輪、あげたまんまなんだった。

 わざとあまり高価でもなく見えるように仕上げた指輪なので、それを返してくれとも言いにくい。ポイント二千万相当だから、実は私にとっては結構大事ではあるのだけど。

 でも、私が複数持ってても仕方ないし、いっか。それにラフィーネさんはお酒を飲まないそうなので、このまま付けててもらっても、特に問題はないだろうし。


「あの時の、指輪でしょうか? でも、これは……」


 アンジェが不思議そうに指輪を見る。そこには、以前にはなかった、小さな宝石の輝きがあった。

 赤い色の宝石。それは、聖遺物。

 私が塔に入って初めて得た、あの聖遺物だった。


 栗毛の縦ロールの少女に会った時、私が出かけた所用はこれだった。この聖遺物を指環につけられるように加工してもらったのだ。

 もちろん、指輪自体はEXアイテムだから、この世界の人の技術では傷もつけられない。指輪ではなく聖遺物の宝石のほうを見た目よくカットしてもらい、後は私がクソ電飾のところに持って行って、ポイントを消費して指輪に飾り付けたのである。


「ん。あの聖遺物。魔力増強効果があるみたいだから、あなたにいいかなって思って。もちろん、ほんのちょっとしか効果がないから、ただのお飾りみたいなものなんだけど、でも」


 私は微笑みかけて、アンジェを見つめる。


「私が初めて手に入れた、記念の聖遺物だから。だからあなたに持っていてほしいの」

「そんな、そんな大切なものですのに」


 アンジェは驚いたように瞳を見開いて固辞しようとする。しかし、私は半ば強引に彼女の手を取った。白く柔らかく滑らかな、その繊手を。


「大切なものだから、よ。だからこそ、あなたに贈りたいの。――大切な、あなたに」


 息を飲んだアンジェの黄金の睫毛が震える。彼女の頬がほんのりと染まり、その白い肌を艶やかに彩った。


「ね? ……貰ってくれるわよね」

「……はい、ご主人さま。……嬉しい、です。とても」


 恥ずかしそうに、アンジェは頷いてくれた。

 私はその左手の薬指に、そっと指輪を嵌めていく。

 もちろん、アンジェはこの行為の意味を知らない。この世界にはない風習だ。

 だから、その意味を知っているのは私だけ。でも、それでいい。私の私に対する、これは静かな無言の誓いなのだから。

 私の口から、ごく自然に、小さな声が零れ落ちた。



「――愛してるわ、アンジェ」



 静かな部屋の中に、私の言葉が染み通っていった。

 アンジェが、ぴくんと体を弾ませ、息を飲む。


 愛してる。

 その一言は、実は私が今まで口にしたことのない言葉だった。

 お金で彼女を買った私が使っていい言葉なのかと、そんな小さな抵抗があったから。

 でも、なんだかそんなこだわりは、今はとても些細に思える。

 だって、本当のことなんだもの。

 本当に、愛してるんだもの。

 本当のことだから、当たり前のように言える。何のためらいもなく。



「私……私も、です。お慕いしています、ご主人さま。心から」



 潤んだ口調で、アンジェが応える。長い睫毛に滴が宿って煌めいていた。私の顔を映して。

 アンジェの手を取ったまま、離さない。

 そのまま唇を近づける。アンジェの手に。いや、指に。

 少し戸惑っているようなアンジェの顔。だが舞わずに、私はアンジェの指を、口に含んだ。


 軽く、噛む。

 舌先で、指をなぞり、震わせる。

 唇で、包み込み、締め付け、愛撫する。

 アンジェの白く細い繊細な指を、粘膜にくるんで翻弄する。


「……ご主人、さま……」


 小さな吐息が、アンジェの口から漏れ出していく。

 彼女は嫌がらない。その行為を受け入れたまま、薄く眼を閉じて、こくん、と唾液を飲み込む。

 僅かに逸らした喉は紅潮し、震えていた。そこには、はっきりとした悦楽の色があった。


 唇でアンジェの指を凌辱しながら、思う。

 かつて無垢だったこの少女を、こうまで変えたのは、私だと。

 少しの、罪悪感。そして、大きな、征服感。

 そう、この子は、私のものだ。私がこの子のものであるのと同じように。


 十分に味わってから、唇を放す。アンジェは酔い果てたような表情のまま、その指を自分の唇に持っていき、そっと含んだ。

 清楚な天使の、淫靡な口づけ。


 体の力が抜けたような彼女を抱き上げて、ベッドへ運ぶ。そっと降ろした白いシーツの上に、アンジェの黄金の髪がふわりと広がった。

 その服に手をかけた時、アンジェが細くすがるような声を漏らした。


「ご主人さま、あの……灯り、を……」


 灯り。うん、つけたままだった。

 でも。


「だめ」


 私はきゅっと唇の端を上げて笑う。少しだけ意地悪に。


「消さない。全部見せて、あなたを。あなたの表情も仕草も体も、全部」

「そ、そんな……恥ずかしい、で……」


 言い終わらせもせず、私はアンジェの唇をふさいだ。



 揺らめく灯火が陰影を作り、白いアンジェの肢体を妖しく飾る。

 部屋いっぱいに映し出される幻麗なシルエットは、カレイドスコープのように千に変し万に化す。

 恍惚と陶酔の中で、私たちは淫らに踊る。

 揺れる肌。蠢く四肢。息も絶え絶えな声。どちらのものなのか。もうそれさえ溶け合って、わからない。

 体の奥深くから滾々と溢れ出る滴の一滴にまで、朧な光が跳ねて舞う。

 幾度となく、幾度となく。魂の奥底まで、深く深く。

 私たちは夜が白むまで、果て無くお互いの身体を奏で続けた。






 ……だから、今日は眠い。

 アンジェも小さく欠伸を何度もかみ殺している。

 うん、ちょっと歯止めが効かなかったね! しょうがないけどね!

 私がアンジェを眠らせなかったともいえるし、アンジェが私を寝かせてくれなかったともいえるけど。

 幸いなことに、伯爵夫人もリアンディートにもさほど不審には思われなかったようだった。よかった。



 メガックさんもさすがに、伯爵夫人の御入来ごじゅらい、という事態には驚きを隠せないようだったが、手早く準備を整えて礼を尽くし、応接室に案内していった手際は見事だった。

 さすがに聖都の商工会議所の理事というだけのことはあるのか。ちょっと見直したかも。


 メガックさんとウィジィくん、そして伯爵夫人とリアンディートさんをお互いに引き合わせ、紹介し終われば、基本的に私の役目は終わり。あとは当人同士が日程や内容その他の詳しい打ち合わせをするだけだから、そこに私がいる意味はない。

 目をキラキラさせて、嬉しそうに何度もこちらに頭を下げているウィジィくんに軽く手を振ってから、私とアンジェはお店の人に案内されて、あらかじめ用意されていた部屋へ移った。


 ここからは私の用件。新しい奴隷を購入するかどうかの話だ。

 メガックさんたちと伯爵夫人たちが話をしている間は、そこで待っていてほしいと言われている。


 その控え部屋へ向かう途中の廊下で、私たちは思いがけず、「彼ら」にばったりと再会した。


「あんれ、ラツキさんだちでねえだか! 元気でしただか!」


 陽気に声をかけてきたのは、小さなころころとした体に、愛嬌のある赤ら顔。

 矮霊族のガイモンとペカのコンビだった。


「あら、あなたたちとこんなところで出会えるなんて」


 驚く私に、ガイモンは得意げにぴくぴくと団子鼻をうごめかせ、懐から、何やら煌めく小石を取り出した。


「見てくだんせ、聖遺物、聖遺物ですだよ! こないだ9階層に上がった時に見つけましただ! こんで、金貨30枚くらいにはなるちゅうことですだよ!」

「まあ、すごいじゃない。よかったわね」


 この間アンジェも聖遺物を獲得したけど、低階層でも時々出るものなのね、聖遺物。

 もちろん、それだけ何度も守護獣を狩り、機会を作らないといけないんだろうけど。そういう意味では、地道に努力しているガイモンたちが聖遺物を得られるのは妥当か。

 傍らからペカも口を添える。


「ほんと、運が良かったですだ。だもんで、こいつを元手にして、奴隷を買うべえちゅうことになりましてね。やっぱし、10階層やその上を狙うとなると二人ではもう無理ですだから」

「なるほどね。おめでとう」


 私とアンジェは顔を綻ばせて祝福する。

 まあ、知り合いが奴隷を買うことを喜ぶ、という時点で、私もだいぶこっちの世界の感覚になってきあなとは思うけど、もう今更よね。


 ともあれ、故郷の村を救うために頑張っている、素朴な二人。彼らが報われるのは、私にとっても嬉しいことだ。

 それに、彼らはもう9階層まで到達したというのもいい知らせ。このペースなら、支援金返還の期限までには、条件である10階層に届きそうじゃない。


「ちゅうても、ガイモンはもう何日も迷ってるですだよ。この奴隷がいいか、いややっぱりこっちの方がいいかも、ってなあ」

「そ、それは仕方なかんべ! おらだちにとっては精いっぱいの買い物なんだし、十分慎重にだな、ええ奴隷を選ばねえと!」

「そんなこと言って、どうせ今日も迷いっぱなしで、また明日にしようとか言うんだべ!」


 相変わらず仲のいい喧嘩してる二人。私とアンジェは顔を見合わせて微笑みあう。


「まあ、ガイモンの言うこともわかるけどね。大切なことだし。でもペカの言う通り、いつまでも迷っても仕方ないのもほんとよ」

「へ、へえ……」


 ガイモンとペカは揃って照れくさそうに頭をかく。


「そういやあ、ラツキさんだちも、奴隷をお買いに?」

「ええ。お互いに、いい人が見つかるといいわね」


 その後、つかの間、いくつかの言葉を交わした後、私たちは相互の幸運を祈って別れた。

 しかし、彼らの奴隷購入の予算が金貨30枚か。それくらいが奴隷の一般的相場なのかな。

 とすると、今から私が紹介してもらう人は金貨50枚だから、やっぱりけっこう腕の立つ人なのかも。



 とか思いながら、案内の人が導いてくれた部屋の前へ。

 扉を開けてくれたお店の人にお礼を言って、中へ一歩踏み込む、と、ちょっと意外な光景があった。

 そこには、すでに何人かがソファーに座ってくつろいでいたのだ。

 

 一人は牛頭のムキムキマッチョな獣人さん。もう一人は身なりのいい、ちょっと顔立ちの整った優男風の男性。

 え、まさか、この人たちが私が買う予定の奴隷? ……じゃないよね、女性って条件出してたんだし。

 ということは、買われる側じゃなくて買う側か。この人たちも、メガックさんの話が済むまでここで待ってるってことなのかな。メガックさんも商売繁盛で結構なことです。


「なんだ、ずいぶんと綺麗どころをよこしたじゃねえか。だが俺は随伴奴隷を買いに来たんだぜ。愛玩奴隷と間違ってねえか? まあそんな体つきじゃ、俺様が可愛がろうもんなら一晩で壊れちまうがな」


 牛頭の獣人が私たちを見て、野太い声でがははと笑う。お店の人が慌てて、私たちも購入客ですと説明してくれた。


「ああ、登攀者なのかい、そのちっこい体で? そりゃ悪かった。だが登攀者ってなぁ、お嬢さんがたのお遊びでできるようなもんじゃねえぜ。危ねえからよしときな」


 鼻息を吹きだしながら言う牛頭。まあ、少なくとも外見で判断されたらそう思われるのは無理もないので、別にその程度で怒りはしない。

 ただ、ふっと、「霜降り肉」とか「牛タン」とか「つゆだく大盛り」とかそういう単語が頭に浮かんだが、特に意味はない。ないよ? ……そういえば獣人の人って獣の肉食べるのかな。


「塔に登りたいのなら僕の隊へ来ないかい。君たちのような美しい人なら大歓迎さ。大丈夫、僕の供には有能なものがそろっているからね。危険な目には遭わせないよ」


 優男の方も気取った声を出す。お気持ちはありがたいですけど、謹んでご遠慮申し上げますわ。

 と、私が二人の対応に少し閉口しているとき、扉を丁寧にノックする音が響いた。

 店員さんがドアを開ける。そこにはメガックさんの姿があった。



「皆様、大変お待たせいたしまして申し訳ございません。本日ご紹介いたします奴隷は、こちらのものでございます」



 大仰に礼をするメガックさんの後ろで、一人の人影が同じく、いやもっと丁重な例を私たちに示す。

 その頭がゆっくりと上がっていくにつれ、私の瞳は大きく見開かれる。



 細身でありながら、鋼のような強靭さを感じさせる体躯。 

 見事に整えられた、栗色の艶やかな縦ロールヘア。

 そして、自信に満ちた挑戦的な瞳と、不敵な笑みを浮かべる唇。



 それは、あの、塔を見つめていた少女だった。




「志願奴隷、テュロンと申します。どうぞ、よしなにお願いいたしますわ」




 少女は輝きに満ちた瞳をまっすぐに私たちに向け、堂々と名乗ったのだった。


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