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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
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新たな仲間と暗い瞳の青年(前)

 名残惜しそうな銀の糸が光りながら私とアンジェの舌を繋ぐ。

 艶めいた唇が震え、熱い吐息と微かな喘ぎがどちらからともなく漏れた。

 蕩けそうな眼差しと上気した頬。この上もなく美しく、そして淫らな、天使の玉貌。


「ご主人、さま……」


 しっとりとささやくようなアンジェの潤んだ声に、ついそのまま流されそうになる。

 ……いや、だめだめ。ここは自制心をしっかり持つんだ。頑張れ、私のティッシュペーパーのような薄い理性。


「アンジェ。今夜はここまで。おやすみの口づけはおしまい、ね?」

「……はい」


 少し不満そうな口ぶりのアンジェ。

 いやそりゃね、私だって、このままじっくりたっぷりねっとりとアンジェを可愛がりたいですよ。でも無理でしょ。

 ――ここは、塔の中なんだから。



 そう、塔の4階層。ここで私とアンジェはしばらく足をとどめ、主にアンジェの鍛錬を行っている。

 5階層はあんなことがあったので、心理的にちょっと抵抗があり、一階層下のここ4階層を使っていた。それに5階層からは守護獣が複数出現するということもあるしね。


 また環境的にも、大森林である4階層は水や枯れ枝などにさほど困らず、野営しやすいということもある。石造りの迷宮である5階層は、そういう点でも結構厳しいわけだ。ガイモンやペカも、5階層で一度壁にぶつかったと言っていたが、確かにこの辺を境に難度が変わる感じ。


 焚火の明かりが揺らめく。今は夜。

 アンジェを先に寝かせ、私が最初に夜の見張りを引き受ける。私のほうが体力あるわけだし、長めの時間を割り振っている。一度アンジェを最初の見張り当番にしたら、彼女は私を気遣いすぎていつまでも起こしてくれなかったりしたので。


 地面に敷いたシートの上で掛け布をかぶり、横になったアンジェを見ながら、私は考える。

 ――いつまで、二人でいられるだろうと。


 唇に残るアンジェの感触。それに指で触れながら、思う。

 愛し、そして愛してくれている子と常に寄り添っていられる、眩暈のするような幸福感を。

 二人だけの空間を二人だけの時間で過ごすことの充実感を。

 私たちは私たちだけで、世界を完結させている。足すことも引くことも不要な完全な世界が、私たちの周りにある。


 だが、私たちは登攀者だ。厳しい道のりを踏み越え、戦い、塔の頂に挑むものだ。

 その自分たちの現実を客観的に考慮した時、果たして今後も二人だけで塔に登り続けていけるのだろうかということに、思いを馳せざるを得ない。


 ただ単に私が暴れまわり、敵を蹂躙すればいいというシンプルな問題じゃないのよね。現に、この夜の見張りだって、二人だけだとやっぱり正直きつい。人数が増えればそれだけ各人の負担も減るという具体的な例なわけだ。

 それに戦闘にしたって、この間のように私が戦闘不能になるようなことが今後も絶対にないとは言えない。私だけではアンジェも、そして私自身も守り切れない可能性があるということを、私はあの時にたっぷりと思い知らされたのだから。


 仲間が、必要だ。

 必要なのだ、けど。

 私とアンジェだけで作り上げているこの世界に、誰かを加える、ということに、私はためらいを。……いや、怯えを、抱いていた。

 あまりにも居心地がいい、アンジェと二人きりというこの境遇に浸りきって。他の誰かが来てしまったら、その楽園は破壊されてしまうのではないかと恐れて。私は決断しきれないでいた。



「……ご主人さま」


 思い悩んでいた時、アンジェの小さな声が、私の背中から掛かった。


「まだ起きてたの? 早く寝なさいね。休息をとるのも大事なのよ」


 振り返って応える私に、アンジェは、横になったまま、けれど金色の視線をまっすぐ私に向ける。


「私、ご主人さまと二人きりの今が、とても幸せです。本当に、信じられないくらいに……幸せ、です。……奴隷の身で考えてはいけないことですが、ずっとずっと、このまま二人でいたいって、思っていました」

「……ええ、私もよ、アンジェ」


 心中を言い当てられたようで、ちょっとドキッとしながら答える。だがアンジェはさらにその先を続けた。


「……でも、この間のことで、やっぱり私だけではご主人様をお守りしきれないのかなって思いました。いいえ、今だってご主人さまに見張りのご負担をかけてしまっています」


 アンジェもまた、私と同じことを考えていたのか。

 そう、当然かもしれない。この間の出来事は、それだけ私たちにとって重大な転換点でもあったのだから。

 私自身にとっても、そして多分アンジェにとっても。絶対に近いと思っていた力が、もろくも崩れ去る。不壊と感じていた存在があっけなく倒れ伏す。その恐怖と絶望と喪失感は、想像を絶するものだった。


「それは……焦らなくてもいいのよ、アンジェ。私たちは何も急いで塔を登る必要はないんだから。ゆっくりあなたが成長してくれるのを待ったって私は構わないの」

「ありがとうございます。でも、塔に登るのはご主人様の夢。世界で一番大切なご主人様の夢です。そしてそのご主人様の夢をお支えするのが今の私の夢なんです。だから」


 言いかけたアンジェを、私は手を挙げて遮った。

 そっか。アンジェはもう、心を決めていたんだ。

 ごめんねアンジェ。これ以上をこの子に言わせるのは、主人としてずるいよね。

 私はこの子の主として、決断を下さなければいけなかったんだ。アンジェの口を借りるのではなく、私自身が。


「……そうね、アンジェ。私たちの、夢だったわね。だったら、そのために必要な手を打つべきなんだわ。ためらわずに」


 私は、ふう、と息を夜の闇の中に吐き出し、アンジェに微笑みかけた。


「――新しい仲間を、探しましょう。私とアンジェと、お互いに十分納得できて、信頼できる仲間を」

「……はい、ご主人さま」


 アンジェの瞳に不安はなかった。その眼は柔らかく、しかし確かな信頼に満ちていた。

 新しい仲間を加えることは、彼女にとって決して譲歩や自己犠牲ではなかったんだ。それは、自分たちが今選択しうる中で、最も有効かつ適切な手段なのであり、そしてアンジェはその一手を選ぶことに怯えはしなかったんだ。


 この子は、強いな。

 私は、焚火に照らされるアンジェの美しい笑顔に、しばし目を奪われていた。

 その、前進をためらわない勇気に満ちた貌に。






 真紅に燃える瞳が殺意に煌めいて私たちを射る。純白の毛並みを風に靡かせて、その猿は牙を剥く。

 体躯的には人間の子供ほどしかないが、油断はできない。相手は守護獣なのだから。

 大森林ステージであるこの第4階層は、樹木を利用して四方八方に飛び回る三次元的戦闘を繰り出してくるこの猿型守護獣が相手なのだ。


 正直、ちょこまか動き回られるタイプの敵はちょっと苦手。スキルを使って強引に追いつきはするけれど、真正面からぶつかってくれる方が好きだなー。

 などと脳筋発想をしつつ、私も跳躍する。今はあえて陽炎も不知火も抜いていない。こういった空間戦闘の場合、両手を空けておいた方が機動に便利だ。


 数本の巨木を相互に蹴りたてながら空に駆け上がり、枝にうずくまる猿の頭上を取る。どっちが猿なんだかわからないな、とか一応思いつつ、枝を掴んでぐるんと回転。

 遠心力をつけた大ぶりな蹴りは、当てるためのものではない。案の定、猿はいったん飛びのいて間合いを取ろうとする。


「キィィィ!」


 だがその猿の視界を木の葉が覆う。地上のアンジェが起こした風が舞い上げた木の葉。大げさで派手な私の動きは、アンジェから相手の注意をそらすためのものだった。

 バランスを失って次の枝に跳びつき損ね、猿は地上へ落下する。それでもさすがに守護獣、空にあっても体勢を立て直して途中の枝につかまろうとする、が。


「キィッ!?」


 その伸ばした手が空しく虚空に泳ぐ。そこに枝はない。あったのは、アンジェの光魔法が周囲の景色を屈折させて生み出した一瞬の幻だ。

 今度こそ地上に叩きつけられた猿は苦しげに喘いで大口を開ける。そこへアンジェの打ち出した空気の塊が突っ込まれた。


「キイイイイイイイイ!!」

 

 苦しげにのたうち暴れようとした猿を、枝から飛び降りた私が押さえつける。

 僅かな間、凄まじい力が私を跳ね返そうと反発したが、それも長く続かない。

 しばしの後、びくん、と体を震わせて、守護獣の身体から力が抜けた。口からだらりと舌が垂れる。

 念のために警戒して押さえ続けていた私の身体の下で、守護獣の身体はやがて光となって消えた。


「ふう」


 私も息をついて立ち上がる。

 アンジェの魔法は威力も精度も速射性もかなり上がってきている感じ。成長性を向上させるラーニング・エンハンスのEXスキルが効いてるかな。この分なら、そう遠くないうちに、攻撃力の高い魔法を撃てるようになりそうね。

 と、その時、駆け寄ってきたアンジェが声を上げた。


「あっ、ご主人さま! 聖遺物です! 聖遺物が残りましたよ!」

「えっ、わ、私倒してないわよ!?」

「はい?」


 思わず声を裏返す私にきょとんとするアンジェ。彼女が手に持っていたのは、輝く小さな石……いや、石ではないのかな。これは、何かの種かしら。


「……えっと、はい、私が倒したと思いますが」


 不思議そうに、アンジェは小首を傾げる。

 そ、そうか、焦った。

 別に、私が倒した守護獣からしか聖遺物が出ないなんてことはないわけだ。

 ここは低階層だから聖遺物が出にくいのは確かだけれど、それでも非常にごく稀に、聖遺物を獲得できる可能性はある。スキル効果ではなく、本当に運が良かった場合だ。それが今だったわけか。

 この間のことがあるから、私は自分の能力の高さや運の良さに不信を抱かれることに、ちょっと過剰に警戒してしまっているなあ。


「そ、そうね。よかったわね、あはは」


 冷や汗をぬぐいながら乾いた笑いをもらす私を、アンジェが不思議そうに見つめている。

 うう。なんか話を逸らそう。

 そう、昨夜の話の続き。新しい仲間のこととか。


 ……とはいえ。

 仲間を探そうといっても、特に具体的な目途があるわけでもないのよね。

 そう言うと、


「ガイモンさんとペカさんをお誘いするのはいかかでしょうか?」


 アンジェがまず考えられる当然の選択肢を挙げた。私たちが初めて塔に入った時に、案内人を買って出てくれた矮霊族の二人だ。

 もちろん、私も真っ先に彼らのことを思い浮かべてはいた。朴訥で実直な彼らの性格は好ましいし、信頼できる。仲間にするというなら、まず気性という点は重要よね。


「もちろん体格の問題はありますけど、そこはお互いに気を配ればいいと思いますし」


 矮霊族は体が小さいため、行動を共にする際には一定の配慮が必要になる。そこが問題で、彼らは今まで他者と組んでこなかったのだ。

 まあ、アンジェの言う通り、ある程度こちらが抑え気味に行動すれば解決できる問題かもしれないが、しかし塔を登るのはのんびりとしたピクニックとも違うからなあ。うーん。


 それに、もう一つ……いやもう二つ、問題点がある。


「アンジェ、ガイモンたちが登攀者になった目的を覚えてる?」

「はい。川の治水をして故郷の村を救うことですよね」

「そうよ。つまり、お金を貯めるのが彼らの目的。言い換えれば、お金を安定して稼げる階層にまで到達すれば、彼らにはそれ以上、登る意味はないの」


 あっ、という顔でアンジェは口を押えた。

 そう、私とガイモンたちとでは塔に登る目的が異なるのだ。


 彼らは村を救う治水工事をするために、お金を貯めている。だから、安定してそれなりのお金が得られる階層まで到達したら、そこにずっと留まって、ひたすら稼ぎ続ければいい。それより上の階層に登り、危険を冒す必要はない。

 いや、必要はないどころか、あまり上に登るのは、彼らにとってむしろ避けるべき事態だ。より危険な地域、より強大な守護獣に立ち向かって、命を失ってしまったら村を救えないのだし。


 一方、私の目的は塔の頂点を極めることだ。それは私の中の――私の過去の、小さな小さな思い出に起因するものではあるが、今のところそれを覆す気はない。


「……だから、どうしても塔に登っていく途中で、私たちとガイモンたちの目的は別になるの。私たちは彼らに、てっぺんまで行くからついて来いとは言えないし、私のほうも彼らに合わせて途中で止まる気はないわ。だから、結局いずれは別れることになると思う」

「そうですね……そうですよね」


 アンジェはしょぼんとうなだれた。

 それは、ガイモンとペカだけの問題ではない。登攀者の大多数はガイモンたちと同じく、お金を稼ぐために塔に登っている。つまり、どんな登攀者を仲間に誘おうとしても、これと同じ問題にぶつかるのだ。


 もう一つ、これはアンジェには言えない理由だが、結構大きなポイントがあったりもする。

 ガイモンたちを仲間に、という考えは、彼らと一緒に過ごした時点から持っていた。だから、以前一緒に野営した際、ガイモンとペカが寝ているときに、そっと彼らのスキルを開いてみたのだが、彼らのスキル欄はすべて埋まっていたのだ。


 私とともに塔の頂を目指すのならば、仲間にもまた強い力が必要だ。アンジェにはそのために、スキルの上限を増やす『リミットレス・キャパシティ』と、成長性を促進向上させる『ラーニング・エンハンス』のEXスキルをコピーし、付与している。


 だが、すでにスキルが全部埋まってしまっていたら、それらのスキルは付与できない。つまり、ガイモンとペカをEXスキルによって強化することはできないのだ。

 中層階でお金を稼ぐ程度ならいい。だが、塔の上層階に挑むのなら、おそらく今のままのガイモンたちの力では届かない。それは残念だけれど冷徹な現実だった。


「でしたら、ラフィーネ様をお誘いする……のは、多分無理ですよね」

「まあねえ。あの人が聖務官という天職を捨てるとも思えないわね」


 ラフィーネさんは、もちろん気心の知れた大切な友人だ。彼女と一緒に過ごす時間はとても楽しいし、嬉しい。だから相性や信頼性という点では全く問題はない。それに加え、彼女の魔法の力はかなり強いものだから、その点でも頼れるとは思う。


 しかし、彼女は聖務官という仕事に強い自負と誇りを抱いている。私たち登攀者も形式的には聖殿に所属しているとはいえ、さすがに聖務官を辞めてまで仲間になってくれとは言えないし、言ってもきっと断られるだろう。大事な友人だからこそ、無理を言って困らせたくはない。


 ……そうなると、私たちにはもう当てがない。

 いや、もう一人、いるといえばいる、のだろうか。

 私とアンジェを助けてくれた、あの青年。フォン=モウン、と名乗っていた。

だが、彼がどういう人物なのか、私はよく知らない。命の恩人であることは事実だし、人助けをしてくれるような人だから、いい人なんだろうとは思うけど。

 あの時の私は半ば意識朦朧としていたから、十分にフォン=モウンの人となりを見極めることはできなかったのよね。それに、彼の居場所もわからなかった。


 一番手っ取り早いのは、やはり随伴奴隷を買うことなんだろうな。

 確かに、意思統一の簡単さ、という意味では、奴隷を連れて塔に登るのが一番いいわけだけれど。

 うーん。一応ほかの登攀者で良さそうな人材を探しつつ、奴隷の購入も視野に入れる。そんな感じで動いてみますか。





 聖殿の聖務局には登攀者同士で仲間を募集しあうコーナーがちゃんとあったりもする。また、あちこちの登攀者のたまり場的なところ、酒場や武器屋などに行って声をかけてみるのも一つの方法だ。


 で、数日ほど塔には入らず、色々と求人活動をしてみたのだが、結果としてはどうもうまくいかない。

 良さそうな何人かと会って話してみたりはしたのだけど、ガイモンたちのように、目的の不一致という人がほとんどだ。まあそれが当然というか、登攀者の大多数はお金を稼ぐために塔に登っているんだもんね。たとえ安定した稼ぎ場所を超えてでも、とにかく上に行きたい! っていう私たちのような人のほうが珍しいんだから仕方ない。


 そのほかにも、明らかに私やアンジェ狙いの下心が透けて見える人はもちろんお断りで。いや、私自身、アンジェに一目惚れして奴隷にしたようなものだし、下心さんをとやかくは言えないんだけどさ。


 とまあ、なんやかんやで、結局、登攀者の中から仲間を募集する、というのは、結構難しいみたい。

 その日も、とある酒場を仮の面接会場にして、登攀者の人と数人話をしたのだけど、結局不調に終わった。やっぱり奴隷を買ったほうがいいのかな、と思い悩んでいた時。アンジェが驚いたように、私の肩をちょんちょんと叩いた。


「ご主人さま、あちらに」


 彼女が示す方向を見ると、その酒場の片隅の薄暗い席で一人、昼間からちびちびと盃をあおっている人影がある。

 田んぼの案山子のようなひょろりとした長身を陰鬱に丸め、トウモロコシのような色のぼさぼさ髪を目にかけた、青年。

 それは、私とアンジェの命を救ってくれた登攀者。フォン=モウンと名乗った彼だった。


今回はちょっと長くなってしまったので2話に分割投稿します。

次話は明日21時ごろ更新予定です。

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