第200話 変なこと任されないでよ……
笑顔でコスメボックスを見せてくるエマだが、何を思ってそんな計画を立てたのだろうか。
というか何故ブレアのコスメボックスの置き場所を知っているのだろう。
「……何で。」
色々聞きたいことがあるが、ひとまず飲み込んで理由を聞くことにする。
あっさりとした質問に困ったのか、エマは数秒遅れてにこりと笑った。
「いつもしたいと思ってたから!」
「だからってそんな急に……。」
許可も取らずに実行しないでほしい。
今日突然言い出したのはルークが補習でいないからだろうか。
「ってのもあるけど、きっかけと言えばリアム先生ね。」
「先生?」
ブレアの予想は全く外れて、まさかのリアムだった。
シスコンが発動して余計なことでも言ったのだろうか。
「今日課題でわからないところがあって、リアム先生に質問しに行ったんだけど……その時に、先生の机に新作のリップが置いてあって!」
「待って?場違いすぎてウケる。」
愉快そうにからからと笑うアリサだが、ブレアは落ちが見えたらしく顔を顰めた。
「プレゼントですか?って聞いたら『昨日出かけた時にコスメショップを見かけて、ブレアに似合いそうだと思って買ったんです。』って。でもブレアってメイクとかしないって渡すに渡せない感じだったから、私にまかせてください!って。」
「変なこと任されないでよ……。」
「マジウケる、あの人は何を思ってコスメショップに立ち寄ろうとしたん?」
黙って聞いていたブレアははぁっと溜息を吐く。
任されたというより、エマが勝手に引き受けたようだが。
「……リアム、昨日は彼女とデートだったはずだけど。」
アリサの問いに答えるようにブレアは昨日の記憶を思い出す。
楽しみにしていたようだし、リリカと一緒に立ち寄ったのだろう。
「え、デート!?きゃー素敵っ!」
「いや途中で義妹へのプレゼント買いだすデート素敵じゃなくなぁい?ガン萎えでしょ。」
にこにこ笑っているエマと違い、ブレアとアリサは呆れたような顔をしている。
リリカといる時くらいブレアのことを考えるのは辞めたらどうだろうかといつも言っているのに。
『リリと仲良くしてください』と時々言われるのだが、仲良くできない理由を作っているのは間違いなくリアムである。
「リアム先生の恋愛事情は気になるけど今はいいとして、今日はこのリップをブレアに使ってもらうついでにフルメイクしちゃおう!ってわけよ!」
ブレアにはどういうわけかさっぱりわからないが、とにかくエマはやる気満々らしい。
リアムが昨日買ったらしいリップを掲げてみせた。
「え、待ってそれめっちゃ可愛い~、センスよ!さすがスパダリっぽで有名なせんせー。」
「は?何それ。」
感心したようなアリサの言葉を聞いて、ブレアはあからさまに顔を顰める。
「知らない?リアムせんせー女子人気めちゃ高いよ。イケメンだし若そうだし優しいからーって。」
「まあね。君達は先生の優しさの1割ももらってないわけだけど。」
何故かドヤ顔をするブレアを見てアリサはくすっと笑う。
ブレアに言わせてみれば教師モードのリアムなんて全然優しくない。かなり塩対応で驚いたくらいだ。
「めっちゃマウント取るじゃん。お兄ちゃん大好きだねぇ?」
「大好きなお兄ちゃんが折角揃えてくれてるんだから、たまにはお洒落しないと!ね?」
「嫌だよ、面倒……。」
コスメボックスを開けながら言ってくるが、リアムがしたくてしたんだろうとしか言えない。
頼んでないのに勝手に買い足していくのだからブレアだって困っている。
「ゆりゆりってちゃんとコスメ持ってたんだねー、メイクしてるとこ見たことない。」
「年に2回か3回くらい、正装するような場ではしてるよ。リアムがね。」
さらりと答えるブレアを2人とも意外そうに見る。
生まれてからしたことない、くらい言われるかと思った。
ブレアがメイクしているところも、リアムがしたメイクもすごく気になる。
「少ない!普段先生が忙しくてもいつでも私がしてあげるから安心して――え……ラインナップが……高校生じゃない……。」
言いながらコスメボックスを開けたエマが、何故か中身を見て固まってしまった。
「えーすご、ちょーいいヤツばっかじゃん!いいなー!量リサの半分の半分くらいなのに総額はリサの3倍くらいある。」
どれがどのブランドだとか、性能がいいとか色が綺麗とかなんとか。
エマとアリサはきゃっきゃと盛り上がっている。
ブレアにはさっぱりわからない。急に置いて行かれた気分になった。
「ゆりゆり、宝の持ち腐れすぎるよマジでぇ……。」
「これを見ただけでリアム先生の張り切りようがわかるね……。」
ブレアが悪いみたいに言わないでほしい。勝手に買ってくる方が悪いのだ。
「じゃあブレアー、今からメイクするから動かないでね!」
「嫌なんだけど普通に……。」
全く乗り気ではないブレアだが、大人しく渋々目を閉じる。
こうなったエマが絶対に引いてくれないのはハロウィンでよく学んだ。
「やった!ちょっと顔上げてー?」
「やったじゃないよ、嫌だって。……ん、あんまりくすぐったくしないでよ。」
「もう、ブレアってば可愛いっ!」
そっとエマが顔に触れると、ブレアは居心地割るように眉を歪めた。
メイクをしない理由は勿論面倒だからだが、顔を触られるのも結構嫌らしい。
「となると服もかー!ゆりゆり、どーせ全然お洒落とかしてないんでしょ?ウチがコーデ組んだげる!」
「組まなくていいから!そういうの興味ないよ。」
アリサまで完全にスイッチが入っていて手に負えなそうだ。
おもちゃにされる未来しか見えない。
「ブレアが興味なくても私達はあるの!ルークくんと先生も喜ぶと思うなー?」
「別に喜ばせたいと思ってな――何してるの?」
思わず目を開けて反論しようとしたブレアは、視界の端にアリサを見つけて言葉を止める。
「――え、待って、ゆりゆりバリ可愛い服持ってんじゃん!」
「……君さぁ、勝手に色々開けないでくれるかな!?」
何をしているのかと思えば、勝手にクローゼットを開けて「ギャップすぎる」などと驚いていた。
すっかりお洒落魂に火がついてしまったのか、本当に顔どころか全身可愛くするつもりらしい。
……帰ってほしい、2人とも。




