第198話 先輩、仕切り直しましょう
ヘンリーとアーロンに息ぴったりにツッコまれ、ルークは再び正気に戻ったらしい。
「よくないです!」
と大きな声で叫んだ。
そりゃあよくないに決まっている。考えてくれていることは素直に嬉しいのだが、全然ドキドキしていないのだから。
「違った?」
「何もかも違います。」
表情を引き締めて言うルークだが、こてんと首を傾げたブレアを見た途端緩んだ。
天然な先輩可愛い、と呟いている。
「何でもいいんだね、ルークくんは……。」
「じゃあ、帰っていいかな」
「それは駄目です!」
ブレアは苦笑いしているヘンリーに便乗しようとしたが、あっさり引き止められてしまった。
何でもいいんじゃないのか。
「先輩、仕切り直しましょう。今度こそ壁ドンさせてください!」
「嫌だ。1回だけって君が言ったんでしょ。」
「ノーカン!まだ俺はしてないので0回です!!」
ええ、とブレアは面倒そうに眉を寄せる。仕切り直しは普通に2回目だろう。
「はぁ……どうぞ勝手にして。僕はそろそろ眠いから。」
今どうしてもしたいのだろうか。いくら考えたって、変態の考えは変態にしかわからない。
大きく溜息を吐いたブレアは自ら壁に背を付けた。
「え、いいんですか!?」
「何でそんなに驚くかな。」
じっとブレアに睨まれたルークは、失礼しますね……と言いながらブレアの前に立つ。
既にそわそわしている。早い。
「では、えーと……先輩、気を遣って壁に寄るならもうひと気遣いほしかったです。」
正直に言えば壁に寄ってほしくはなかったかもしれない。
ブレアのようにグイってしたかった。
「何してほしいの?」
気遣いとかではなく時短なのだが。
さっきのルークは一切動かなかったし、特にすることもないように思われる。
「先輩、さっき男同士じゃ楽しくない的なこと言ったじゃないですか。なら女性になってくれてもよくないですか!?」
「君は楽しんでるみたいだったから……。」
「勿論男の先輩も大歓迎ですよ!ですが今回ばかりは問題がありまして――」
ルークはニコリ――というよりへらりと笑ったかと思えば、ぎゅっと表情を引き締める。
何やら深刻そうな顔だがどうせしょうもないことだろう。
「――先輩が高身長イケメンすぎて届かないんです!」
「ふっ、それは残念だったね。」
「なんですかその馬鹿にしたような笑い方!しかも3人とも!」
吹き出したブレアに文句を言おうと思ったが、ギャラリーの方が大笑いしていた。
2人ともルークより背が高くて羨ましい。
アーロンなんて今のブレアよりも高い。ルークの理想の身長である。
「一生懸命な感じじゃなくてこう……余裕を持って上から見下ろしたいんです!その方がドキドキとしませんか!?」
「既に一生懸命な感じになってるよ。」
何やら拘りを熱弁しているが、注文が多いなーとブレアは8割聞き流している。
残念ながら言っている意味がほとんどわからない。
「コイツ何で少女漫画脳なんだろうな。」
「茶化さないでください!真剣だから。」
ヘンリーがごめんごめんと謝っている間に、またしても溜息をついたブレアは姿を変える。
乗り気じゃなくても応じてくれるらしい。
「うわっ、先輩の変身見逃した……!」
ばっとブレアの方を振り返ったルークが悲しそうに声をあげる。
ヘンリーとアーロンの方を見ているうちにブレアの姿が変わってしまっていた。
意外とルークの前で姿を変えることは多くないので、変化の瞬間を見たかったのに。
「残念です……。でも先輩ちっちゃくて可愛い……。」
「……喧嘩売ってる?」
改めてときめいているルークとは対照的にブレアは不機嫌そうだ。
小柄なのは少しコンプレックスらしい。見下ろされると腹が立つので。
「しないならもういい?」
「させてください!」
そうも壁ドンに拘る必要があるのだろうか。しなくても充分楽しそうだ。
ブレアと向かい合うように立ったルークが、真剣な表情で見つめてくる。
「……好きにすれば。」
諦めたように言ったブレアはふいと顔を逸らした。
そうも見られると緊張が移るというか、何か変な感じになる。
「急かさないでくださいっ!心の準備が……。」
「こういうのは心の準備をしてから声をかけるべきじゃないかな。」
わっと早口で言われ、ブレアは呆れたように溜息を吐く。
「うぅぅ、すみません……失礼しますっ!」
ぎゅっとキツく目を閉じたルークがドンッと壁に手をつけた。
あまりの勢いと音にブレアの肩がビクッと跳ねる。
ドンッを通り越してドォンッ――だった気がする。
「……ど、うですか、先輩……?」
ブレアの様子を伺おうと、ルークは恐る恐る目を開ける。
半分ほど開いた目でちらりとブレアを見た途端、どっとブレアから距離を取って崩れ落ちた。
「ゃ、何……?」
「ユーリーがガチで怖がるレベルの奇行……。」
突然の素早い動きに3人ともドン引きしている。
ブレアに関しては本気で怖がっているが、ルークは気づいていないようだ。
「……先輩が可愛すぎて……すみません……」
「自滅じゃん。」
床に蹲ったまま、ルークは顔も上げずに謝った。
心配になるほど真っ赤に染まった耳から、どんな顔をしているかは大体想像できる。
ブレアをドキドキさせたいという話だったはずだが、結局ルークしかドキドキしていない気がする。
見ているアーロンとヘンリーからすれば面白かった。肝心のブレアはどう思っているのだろうか。
「……眠い。」
真顔でルークを見下ろしながら小さく欠伸をしている。どうも思っていなかった。
「もうルークくん置いて帰っていいですよ。煩くて寝れないと思うので。」
「ちゃんと持ってくよ。これ置いていかれると困るでしょ?」
ブレアは大きく溜息を吐くと、ルークの前にしゃがむ。
ルークの顔を掴んで無理矢理目を合わせ、ニヤリと微笑んで見せた。
「下らないことで退屈させないでくれるかな。……君と普通にしてるの、結構楽しいから。それでいいでしょ。」
ブレアがぱっと手を離すと、支えを失ったルークの顔がガンッと床についた。痛そうな音だ。
ルークは「~~っ!」と声にならない悲鳴をあげている。流石に痛かったのか、はたまたときめいているのか。
ブレアだって決してドキドキしないわけじゃない――はずだが、ルークが狙ってさせるのは当分無理そうだ。




