196話 積極的な先輩とか夢すぎる
部屋に戻ってきてからルークが変だ。
怒っているのだろう、わざとむっとしたような表情を作っている。
いつもならしつこく話しかけてくるのに何も言わないのは、怒ってますアピールだろうか。
「……ふへへっ。」
かと思えば急に笑い出した。
1人でにやにやし出す。気持ち悪い――というかむしろ怖い。
「うーん……。」
なんとなく放っておけず、ブレアは奇行の原因を考えてみることにした。
にやけているのはブレアが好きだと言ったからだろう。
ちゃんと気持ちが伝わったということだろうか。
余計なことまで言ってしまったのもエリカに騙されたのも癪だが。
となると怒っているのは、最後に余計なことを言ってしまったからか。
(……まずいかも。)
アーロンに言われなくても、あの発言のまずさはブレアにもわかった。
折角ルークへの好意を示すことができたのに、その後にエリカへの好意を仄めかす発言をしてしまったということは――
(これ、誰にでも言ってると思われてるやつだ。)
誑しだと思われている可能性がある。
というか多分思われている。ルークはいつもそうだ。
そしてそれでも一応喜ぶのがルークだ。喜んでいるからといって放置してはいけない気がする。
「……はぁ。ルーク。」
「え?っ、はい!なんですか!?」
仕方ない、と内心で呟いたブレアは、挙動不審なルークに声をかける。
名前で呼んだだけで少し混乱しているようだ。
ブレアは驚いているルークの隣に座り、するりと膝に置かれた手に指を絡めた。
「僕の気持ち、わかってくれたでしょ……?」
「え――」
その手を持ち上げると、手首のあたりにそっと唇を触れさせた。
「へあっ!?」
顔を真っ赤にしたルークがよくわからない奇声をあげて飛び退いた。
いつも過剰反応を示すルークだが、今日は特に反応がいい。
「逃げないでよ。こんなこと、好きな人にしかしないから。」
「そ、んな……うぅぅ、積極的な先輩とか夢すぎる。」
ブレアが手を離すと、ルークはますます赤くなった顔を両手で覆って隠した。
「何で隠すの。」
逃げたルークを追いかけるようにブレアを移動しながら声をかける。
「見ないでください。すっごい情けない顔してるので……!先輩近いです!」
「近づいてるからね。耳真っ赤だよ?」
クスクスと笑ったブレアが、指先でルークの耳の縁をなぞった。
「びゃ、」と悲鳴をあげたルークは転げるように部屋の隅まで逃げた。
「な、何するんですかあぁぁっ!?」
「ごめん、つい。……嫌だった?」
怒ったように大きな声で言われ、ブレアは申し訳なさそうに眉を下げた。
耳を抑えていたルークは、にやける口元を覆ったままわざとむっと眉を寄せた。
「そんなわけ……い、嫌です!やめてください!」
「そうなの……?」
ルークに拒絶されたと感じたのか、ブレアは寂しそうな顔をする。
「そう、ですよ、そういうのはもっとこう――」
引いてくれるかと思ったが、ブレアがぎゅっと抱き着いてきた。
「ふぇぇ先輩ぃぃ!?」
「どこから出てるのその声……ね、何ならしてもいい?」
探るように顔を近づけられ、間抜けな声が出てしまった。
綺麗な顔が近い。鼻先が触れてしまいそうだ。
少し悲しそうな顔。思考力の削がれる状況。
深く考えずに『何でも』と答えてしまいそうだ。
しかし、そういうわけにはいかない。
「ぜ、全部駄目です!接触禁止!!NGです!」
ルークはブレアの肩を掴んで精いっぱいブレアを遠ざけた。
簡単に引きはがされてしまったものの、ブレアはニヤリと不敵に笑う。
「ダメって言われると……ますますしたくなっちゃうな。」
「ぐっ゛、小悪魔先輩概念破壊力……!」
ばっとブレアから顔を逸らして、ルークは大きく深呼吸する。
ブレアの匂いが肺に入ってきて余計におかしくなりそうだったが。
「いや、冗談抜きで駄目なんです……このままだと俺が社会的に死にかねないです。」
「いいよ別に。」
「何もよくないですから!」
ぐいと距離を詰めてくるブレアだが、本当に離れてほしい。
「というか、社会的にどころか物理的に死にかねませんよ!心臓がバクバクしすぎて爆発しそうです……!」
「え、ごめん……。」
ルークが真剣な顔で言うと、ようやく引いてくれたようだ。
ブレアの顔がすごく悲しそうで心が痛む。本当は心臓が爆発しても10秒くらいで生き返れると言いたい。
「先輩が俺のことを……その……好き、なのはめちゃくちゃわかりましたし死ぬほど嬉しいので!もう大丈夫です……。」
「ふーん、そ。」
納得したのか諦めたのか、ブレアはベッドに戻って横になった。
ほっと息を吐いたルークが立ち上がると、「あ、」と思い出したようにルークの方を見た。
「君のためじゃなくて、僕がしたいからだよ。」
「え゛っ!?」
「……って、言ったらどうする?」
ブレアが楽しそうに笑うと、ルークは真っ赤になった顔を隠すように背を向けた。
「~っ、先輩、トドメ刺しにきてるじゃないですか……!」
「さあ?」
愉快そうにくすくすと笑うブレアを、ルークはちらりと盗み見る。
ルークはこんなに心臓が煩くなっているというのに、一方のブレアは赤くなってすらいないように見える。
「……両想いなのにこの差……?」
「ん、何。」
「何でもないです!」
ボソッと声に出してしまったが、内容までは聞かれなかったようだ。
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ルークにはエリカと会うなら1人は駄目、と止められたが、翌日も普通に会いに行った。
勿論、今度はちゃんとアーロンにクラスを聞いてからだ。
『何もない、とブレアくんが言ったのでしょう?私は断言してません。』
などと得意そうに言われた。
確かに特に変化は感じない、と最初に結論付けたのはブレアだ。
だからといって説明しないのは違うだろう。お陰で大恥をかいた。
文句のひとつでも言ってやろうと思っていたのだが、『どんな可愛らしいことを口走ったのか是非聞かせてくださいな!』と煽られたので無視して戻ってきた。都合の悪い時は離脱するに限る。
というやり取りをしたこともあり、ブレアは疲れている。
3-Sの教室で待っているルークを回収したらすぐ部屋に戻って休みたかったのだが――
「先輩、お願いがあります。」
「何。」
「――壁ドンさせてくださいっ!!」
非常に面倒そうなお願いをされた。




