第194話 今の貴女のお悩み、なんていうかご存じ?
きゅっと眉を吊り上げて怒るエリカにブレアはとりあえず謝る。
「ごめん、確かによくなかったかも。」
「……どうして私に聞いたんですの?恋愛相談ならどうせアーロンさんに乗ってもらっているのでしょう?」
素直にしゅんとするブレアを見て、エリカはわざと冷たく聞く。
どうしてわざわざエリカに言ってきたのだ。嫌がらせとしか思えない。
「アレは落とすとこまでは上手くても、こういう相談には向かないんだよなぁ。たまにいいこと言うけど基本ロマンス詐欺の手口みたいなことしか言わない。」
「当然です。男は基本クズですからね。」
さらりと真顔で言い張るエリカは、もしかして男性嫌いなのだろうか。知らなかった。
「リアムお義兄様は別ですが。」
「……!だよね!」
エリカが小さく付け足すと、ブレアは嬉しそうに目を輝かせた。何故そんなに嬉しそうなんだ。
「アーロンさんが駄目だからって私に来るのはどうかと思いますが。」
「……でも、エリカが一番いいと思ったから。彼みたいに馬鹿ってわけじゃないのにしっかり自分の気持ち伝えられるの尊敬する。」
「ちょっとブレアくん、そういうのがいけないんです……!」
さりげなくルークを貶しているが、エリカにはそんなのどうだっていい。
冷たそうにしている癖に、冷たかった癖に。優しくされると勘違いしそうになるじゃないか。
「僕はそういうの無理っていうか、ね?」
「ブレアくん。今の貴女のお悩み、なんていうかご存じ?」
はぁーっと大きく溜息をついたエリカは少々乱暴に言い投げる。
質問の意図がいまいちわからず、ブレアは顎に指を添えて考えた。
「……恋、かな。」
「“身から出た錆”。」
暫く考えたブレアは少し照れたように答える。
いつからそんな可愛いこと言うようになったんだ。エリカは少しイラっときて、大きな声で訂正した。
「惜しいね。」
「何も惜しくありません!」
エリカはまたしても大きく息を吐き、両手で顔を覆ってしまった。
ルークの察しが悪くて困っているようだが、自分も大概天然ではないか。
それともわざとやっているのか。男の姿をしているのに可愛すぎる。
「そうやって真意の見えない戯言ばかりを言うから、本気にしていただけないのです!」
「わかってるよ。だから直そうとしてるの。……もうちょっとくらい、彼に素直になりたい。」
確かに変に誤魔化しながら話したり、少し揶揄ったことがないと言えば嘘になる。
ルークが鈍感なのだけでなく自分も悪いということもわかっている。
「……私なら、貴女の不器用な声から、いくらでも気持ちを汲んでみせますのに。それではいけないのですね。」
ブレアはこくりと頷くが、エリカには見えていない。
見えていなくてもなんとなくわかってしまった。
「ブレアくん――女の子の姿になってください。」
「――は?」
エリカの唐突な発言にブレアは素っ頓狂な声をあげる。
「人に物を頼むならお礼をするのが当たり前ではありません?本当に私に教えを乞うのであれば、私を喜ばせてくださいな。」
「……わかった。」
それもそうだ、と納得したブレアは静かに目を閉じる。
自身の魔力の流れに意識を集中させると、すっと体が縮む感覚がする。
ほどなくして目を開けるころには、目線がエリカより少し低くなっていた。
「相変わらずお綺麗ですね。」
「まあずっとこの顔だからね。そう簡単には変わらないよ。」
エリカはちらりと指の隙間からブレアを見て、すぐに手で覆った顔を伏せる。
……駄目だ、顔も見たくない。
「顔を見たくらいじゃ満足できません。抱きしめていただけますか?」
「……いいけど。ごめん、触るね。」
よくありません!と突っ込むよりも先に、ブレアが優しく腕を回してくれた。エリカはでしょうね、と思った。
「はぁ。ブレアくんならしてくれると思っていました。」
気持ち悪いから無理。くらい言ってほしかったのかもしれない。
そうしてきっぱり拒絶してくれれば、もう少し諦められるかもしれないから。
「……これで満足かな。」
数秒待ったブレアが離れようとすると、ぎゅっと強く抱き返された。
驚いている隙にビリッと身体中に電流が流れるような感覚が走る。
「やっ、エリカ!?何したの……!?」
ばっと飛びのいたブレアは警戒するような目を向ける。
全然気が付かなかった。やはり魔法を使うのが中々上手い。
「さあ、なんだと思います?」
「……特に変化は感じられない、かな……?」
じっと自分の体内に意識を向けた後、ブレアは困ったように答えた。
おかしなところはなさそうで逆に怖い。なんだったんだ。
「ええ、ただのおまじないかもしれません。目が覚めたでしょう?」
「驚きはしたけど。」
「私ができるのはこうして気合を入れることくらいですわ。ブレアくんは、自分で頑張りたいからここに来たのでしょう?」
エリカはわざと明るい声色で言った。
ブレアが後悔するくらいいい女でありたい。
もう遅くても、せめてエリカの気持ちが『本物』であったと気づいてほしかった。
「ブレアくん、言葉は魔法なんですって。感情も、思考も、行動も、全て変えてしまえるそうですよ。」
「そうなんだ。」
“魔法”という言葉に反応してか、ブレアは少しだけ目を丸くする。
「慣れないことが大変なら、得意の魔法を使えばいいんです。……って、教えてくださったのはリアムお義兄様なんですけどね。」
ぽつぽつと言ったエリカは、くしゃっと表情を崩して笑う。
「……ありがと。ちょっとできる気がしてきたかも。」
そんなエリカに、ブレアは素直に礼を言う。
エリカに釣られてしまったのか、自然と柔らかい笑みが零れた。
「どうせルークさんのこと待たせているんですよね?早く行ってください。」
優しい表情から目が離せなくなる前に、エリカはふいと視線を逸らした。
「そうだね、そろそろ彼も怒ってるかも。それじゃあ。」
すんなりと踵を返すブレアを見て、目を逸らそうとして――。
「ブレアくん!私、本当に本当に――お慕いしております!これからもずっと!ずーっとです!」
ぱっと、口から大きな声が出た。
素直になれるおまじないは、ブレアではなくエリカにかかったのかもしれない。
「……知ってるよ。」
ブレアは短くそれだけ言って、さっさと離れて行ってしまった。
数秒背中を見届けると、エリカは崩れ落ちるように地べたに座った。
最悪だ。子供っぽい。恥ずかしい。
「……知ってるよ、だなんて。――嘘つきはブレアくんの方だったじゃないですか……!」
ズルい。いつも本物の魔法にしか興味を示さなかったのに……言葉の魔法も上手いなんて。




