第193話 ちょっと相談があって
4年生の教室がある階に来たのは、もしかすると初めてかもしれない。
特別雰囲気が違うというわけではないが、チラチラと視線を感じるのは鬱陶しい。
1人でここを歩いている下級生が珍しいのか、はたまたブレア自体が物珍しいのか。
どちらにせよあまり心地のいいものではない。
特に気にしないことにして歩いていたブレアだが、突然ぴたりと足を止める。
ふと思いつきで来てしまったが――ここでようやく問題に気が付いた。
「あの子何組なんだろう……。」
ここまで来たというのに目的地がわからない。
あまり友人のいないブレアには他クラスに人を呼びに行く、という経験すらほぼない。
ルークも当たり前に来るのだから余裕だろう、と思ったが、意外と甘くなかった。
アーロンか誰かに聞いてからくればよかった。
そもそも休みがちだったはずだが、彼女はちゃんと学校に来ているだろうか。
「どうかしたの?」
じっと立ち止まっていると通りすがりの女子生徒数人に声をかけられた。
ただでさえ目立つ容姿なのに廊下の真ん中で立ち止まっているのだから、当然といえば当然である。
「……特には。」
「あははっ、特にないのにこんなところでフリーズしないでしょ!」
素直に聞けばいいものを、ブレアは表情ひとつ変えずに短く返す。
どことなくアリサに似た雰囲気の人達。苦手なタイプだった。
「3年生の子だよね?知ってるよー?」
楽しそうな笑顔で言われ、小さく首を傾げる。
ブレアはこの人のことなど見たこともない……と思うのだが。
「何で知ってるのって感じ?君めちゃくちゃ有名だから。」
「……まあ確かに。」
容姿やら体質やら成績やら、ブレアには目立つ要因が多すぎる。
同級生や1年生は皆知っているようだったが、他学年でもそうだったとは。
「確かにって。面白!」
「噂通りちょっと変わった子?」
わいわいと話されてブレアは少し眉を寄せる。
ただでさえ人付き合いが得意ではないのに、この謎ノリにどう対処すべきかわからない。アリサかエマがいれば丸投げできたのに。
「――ブ、ブレアくん!?何してますの!?」
声のした方に視線を向けると、すぐに三つ編みに結った水色の髪が目に入る。
ラピスラズリの瞳を揺らしてブレアを見ているのは――勿論エリカだ。
さっと状況を確認すると、早足で近寄ってくる。
かと思えばブレアと女子生徒達の間に割り込むように立った。
「失礼します。彼女、私のために来てくださったみたい。ですよね?」
「うん。2人で話したい。」
にこっと笑みを浮かべるエリカだが、目が全く笑っていない。
余程焦ったのか、教室から出てきたばかりなのに肩で息をしている。
「というわけで、私達急いでいますのでー!」
「別に急いでは――」
ない、と言おうとしたブレアをエリカは引っ張って走り出す。
建前に決まっているだろう、空気を読んでほしい。
「私が引っ張っておいておかしいですけど、どこ行きます?」
「人のいないところがいいな。」
「また貴女はそういうことを……っ!」
早足で歩きながらエリカはぐっと険しい顔をする。
「ブレアくん、今日はどうしてそちらの姿で?」
どうせ来るなら、できれば女性の姿であってほしかった。
上級生に絡まれて狼狽える美少女はさぞ可愛かったろう。
「君に会う時はこっちにしろってアレに言われてるんだ。」
「余計なことを……。そちらの姿でも十分魅力的なのですから、気を付けてくださいな。」
ちらりと後ろを歩いているブレアを振り返るが、やはりいつ見ても完璧な容姿だ。
愛想が悪いため少々顔つきがきつくも見えるが、どこか中性的な美しさがある。
これでこんなにも思わせぶりなことを言うのだから、いつか攫われでもするんじゃないかと心配になる。
「――この辺りでいいでしょう。ご用件は?」
人気のない廊下の隅ですっと立ち止まったエリカは、こほんと咳払いをしてブレアを見る。
他人の女に興味はない。クールにいこう。
「困ってたから正直助かったよ、ありがとう。」
「……ご用件は。」
お願いだから笑いかけないでほしい。
エリカのことをどう思って、そんな優しい声を出すんだろう。
「ちょっと相談があって。」
真剣な眼差しも素敵だ。女性の姿をしていなくてよかったかもしれない。
身を引いたはずなのに、見れば見るほど焦がれてしまうに違いない。
「実は――」
**
「――はぁぁ!?」
ドギマギしていたエリカだが。
ブレアの相談内容を聞いた途端、ロマンチックな気分は吹っ飛んだ。
「ブレアくん、貴女って本当に乙女心がわかりませんのね!」
「え……ごめん。」
ない。本当にない。信じられない。
「私が今までどんな気持ちで貴女を見てきたかわかってまして!?貴女を見かける度どれだけ胸が痛むことか……!」
「……ごめん。」
謝るな。はいかいいえか言え。
鈍感な人だなーとは思っていたが、まさかここまでとは。
「『どうすれば好意をちゃんと伝えられるか』なんて、振った女を弄んでますの……っ!?」
「ごめん……。」
何と言ったらいいかわからず、ブレアはごめんbotになってしまった。
無駄に謝りまくるルークの気持ちが少しわかってしまったかもしれない。




