第192話 ゆりゆりがルーくんの話するの、ルーくんがいない時だけだし
ルークのよくわからない勘違いは訂正できないまま昼休みが終わり、ぼーっとしていたら5限も終わった。
ちなみにアーロンがくれたカイロはちゃんと返した。
というかルークがいなくなった瞬間アーロンに投げつけた。完全に八つ当たりである。
「ゆりゆりぃ、何か元気ないー?」
そんなに顔に出ていただろうか。てててーとアリサが駆けてきた。
心配している――というよりはにやにやしている気がするが。
「……別に普通だけど。」
「いやいやー、溜息ついてたじゃん。相談乗るよぉ?」
「面白がってるだけでしょ。」
「えへへー」
ブレアが冷めた目で見ると、アリサは否定も肯定もせずに笑った。
絶対に面白がっている。
「それで、ルーくん今度はどうしたの?」
弾んだ声で聞くアリサはわくわくしているように見える。
やっぱり面白がっている。
「まだ彼のことって言ってない。」
「わかるし。」
迷いなく言うアリサに、ブレアは怪訝そうに顔を顰めた。
ただ少し溜息を吐いただけで、何故ルークのことだと決めつけられるのだ。
「ゆりゆりわかりやすいんだからぁ、隠し事は諦めた方がいいよ?」
「わかりやすい?」
アリサが呆れたように言うと、ブレアはふっと顔をあげる。
わかり辛いのが悪い、などと言われていたのに。
「うん、ゆりゆりってぇ、好きピのことだとよく喋るよねー?」
「でしょ、やっぱり僕ちゃんと態度に出してるよね。なのにルークは馬鹿だから全然気づかないんだよ。前も全然告白してくれなかったし、今だって僕が――」
「マジでよく喋るねぇ……。」
アリサとブレアは1年からずっと同じクラスだが、“あまり話さない子”という印象があった。
魔法のことになると少し饒舌になる気がしていたが、ルークのことでも同様らしい。
楽しそうな魔法の話と違って、ルークの話は愚痴ばかりだが。
「悩みすぎー。だからアーくんにしときなよって言ってるのに。ゆりゆりが変なの、ルーくんは気づけないよぉ?」
「変ではない。」
何故かアーロンをやたらと勧めてくるアリサは、まだそんなことを言っていたのか。
「ゆりゆりがルーくんの話するの、ルーくんがいない時だけだし。逆にルーくんと喋る時は怖い顔してること多い。」
嬉しそうな顔はしていないと思っていたが、怖い顔をしているつもりはない。
いつも通りの無表情を心がけているはずだ。
「ちょっと前までエマちと喋る時も怖い顔してたよ。」
「えっ、嘘、ごめん……!」
ばっとブレアが両手で顔を覆うので、アリサは面白がって笑う。
このわかりやすさをルークの前でも発揮できれば簡単だというのに。
「呼んだ?」
「え、エマ!?ごめん……。」
アリサの声が聞こえたらしい。
エマがすかさず寄って来ると、ブレアはびくりと肩を跳ね上げた。
「どうして謝るの?」
「前のゆりゆりって、エマちと喋る時怖い顔してたよねぇって。」
「そうねー。でも最近は普通に話してくれるじゃない?ありがとう!」
嬉しそうに笑ったエマがブレアにぎゅっと抱き着く。
ブレアは一瞬怯んだような顔をした後、誤魔化すように顔を逸らした。
「怖い顔したらさー、嫌われてるのかなって思っちゃわない?」
「そうね……。話しかけるの迷惑かなって思ってたかも。」
首を傾げたアリサをエマがさりげなく肯定する。
さりげなくエマの腕を解いたブレアは少し目を丸くした。
「え、じゃあなんであんなにしつこく話しかけてきたの。」
「嫌そうな言い方しないで!?」
嫌だったとかではなく、ブレアは素直に驚いている。
どれだけ冷たくしても毎日のように絡んでくるから、てっきりブレアが嫌がっているなんて思っていないと思っていた。
「……私が、どうしてもブレアと仲良くしたかったから。」
少しの間を置いた後、エマは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「ブレアと仲良くなりたかったら、私が声かけていくしかないじゃない?だから頑張っちゃった!……嫌だった?」
にこっと笑って言うエマを見て、ブレアはますます目を丸くする。
「……エマは、頑張らなくても誰とでも仲良くなれるんだと思ってた。」
「そんなことないわ。頑張らないと誰とも喋れないくらい。」
肩を竦めて言うエマだが、さすがにそれは嘘だと思う。
ブレアだって多少は話せる(と思っている)のだから。
「ほーらゆりゆりぃ、聞いてばっかりじゃなくて返事して?」
「……ありがと。」
「短っ!もっと『僕もエマと仲良くできて嬉しいよ、好き』くらい言わないとー!」
「思ってないことは言わない。」
にやにやと笑うアリサは一体ブレアに何を求めているのだろう。
「大丈夫よ、言わなくても伝わってるから!」
「エマ!」
「あはは、ゆりゆり照れてるー!顔真っ赤!」
アリサが大きな声で笑うと、ブレアははぁーっと大きな溜息を吐いた。
「もうわかったよ。エマでも頑張ってるんだから、僕が彼にわかってもらうにはもっと頑張らないとダメってことでしょ。」
「そうは言ってないけどぉ。」
あんなに悩んでいたブレアは勝手に結論をつけたらしい。
明るくて可愛いエマがクラスメイト1人に声をかけるために頑張らないといけない。
ということは、ブレアが恋人に想いを伝えるのは遥かに難しいということである。
――と、思っている。
「ブレアが真面目にルークくんと仲良くなろうと……!?頑張って!」
「ゆりゆり、頑張ってって言われて頑張れるの?」
よくわからないまま素直に応援するエマと違って、アリサは疑いの目を向ける。
頑張ってもできなかったから悩んでいたのではないのか。
「要は好意を伝えるのが得意な人に方法を聞けばいいんでしょ。簡単だね。」
何故かドヤ顔で言い張るブレアだが、うまくいきそうにない作戦だ。
聞いた後に自分が実践するということをちゃんと覚えているのだろうか。




