第191話 僕は君のこと、どう思ってるの?
ルークは何故ブレアの気持ちを受け止め切れていないのか。
どうすればちゃんとわかってもらえるのか。
「……君、僕の気持ちちゃんとわかってる?」
1日考えてもわからなかったブレアは、昼休みになるなり“直接聞く”という荒業を使った。
「先輩の気持ちってど――っと待ってください、一旦待ってくださいね?」
ルークはどういう意味ですか、と聞こうとしたが慌てて言葉を飲み込む。
ブレアの気持ちを理解するのが課題なのだった。
直接聞かれるなんて大チャンス――というか、ブレアに試されているのかもしれない。
「僕は君のこと、どう思ってるの?」
「どうって……ええっと――」
ぱっと口を開いたルークは、何故か恥ずかしそうに一度口を閉じる。
むっとしたブレアが早くと急かすと、顔を赤くして再び口を開いた。
「大事……だと、思ってくれてるんですよね。ありがとうございます……!」
「いや、そうじゃなくて。」
ルークが嬉しそうで何よりだが、ブレアが今聞いているのはそこじゃない。
「違うんですか!?」
「違わないけどそこじゃなくて。」
えっとショックを受けたような顔をするルークを落ち着かせつつ、ブレアはどうしたものかと考え込む。
ちゃんとルークのことを大切にしていると伝わったのはよかった。
しかし意図まで伝わっているかは怪しい。
ルークの魔法目当てだと思っているかもしれない。
「……わかった!」
「何がですか!?」
閃いたブレアは突然立ち上がる。
不思議そうに見てくるルークの隣に移動すると、肩が触れそうなほど寄って座った。
「ぇえ!?どうしたんですか……?」
ぶわっと顔を真っ赤にしたルークは、無意識に身体を引いてブレアから距離を取る。
「こっちに座りたい気分だった。」
「珍しいですね!?じゃあ俺が反対側に行きま――っ!?」
「いいよそのままで。」
さり気なくルークが席を立とうとすると、ブレアがぎゅっと腕に抱き着いてきた。
腕に身体全体が触れているし、脚もぴったりと触れるほど近い。
「びゃ。」
「何その声。」
ルークの身体が緊張で強張ったのまでわかり、ブレアは愉快そうに笑みを浮かべた。
「だって近すぎですよ!?」
「僕達くらいの親密度ならこれくらい普通でしょ。」
「全然普通じゃないです!」
擦り寄るように顔を近づけてくるブレアは面白がっているのだろうか。
とても楽しそうだがルークはそれどころではない。
「そうだ、今日は僕も君に食べさせてあげようか?遠慮しないでいいよ、君に時間使ってあげる。」
「それは――嬉しんですけど駄目れす……というか一旦距離をください。本当に、落ち着く時間と距離を!」
ぎゅっと目をつぶっているルークの顔が、更に赤みを増している気がする。
すでに全体真っ赤だったのに、どこまで赤くなれるのか試してみたくなってしまう。
「何で?」
「何でってここ教室ですよ?いや部屋とかより教室の方がいいか、俺の理性的に。」
ルークは一瞬ブレアを見た目を逸らしたかと思えば、ぶつぶつと呟いている。
ブレアへの答えなのか独り言なのかはっきりしてほしい。
「いいでしょ、今更だ。」
「それはそうかもしれませんけどやっぱりこの距離は駄目です!色々気になることがありすぎるのですがとりあえず当たってます。」
ちらりと視線を少し落としたルークを見て、ブレアは小さく首を傾げる。
そりゃあこれだけ密着しているのだから当然だろう。
「当たってるも何も……当てるもんがねぇのに。」
かしゃ、とシャッター音が聞こえたかと思えば、呆れたような声が聞こえてきた。
魔道具を片手に持ったアーロンが前の席に座る。
すごくニヤニヤしている。完全に見世物として楽しんでいるらしい。
「第1声がこれなの、本当に最悪。」
じっと呆れたように見てくるアーロンをブレアはぎゅっと眉を寄せて睨む。
周りに聞こえないよう小声でぼそっと言ってくるのが尚ムカつく。
「めちゃくちゃ柔らかいですよ!」
「……最低。」
「すみません。」
訂正、大声で言われるのも嫌だ。
「コイツマジでデリカシーねぇよな……。」
「君が言えた立場かな。いつも思ってるんだけど君達ってノリ寒いよね。」
はぁっとブレアに溜息を吐かれ、アーロンはぎょっと目を見開く。
思ってたならもっとはやく言えよ。
「……男はみんなこうだ。」
誤魔化すようなアーロンの答えを聞いて、ブレアはちらりとルークを見る。
主語が大きいのは確かだろうが、確かめようにも標本が最悪なのしかいなかった。
難破男とド変態、確かめるまでもなく意見が偏っている。
「先生はそんな気持ち悪いこと言わない。」
「妹に下ネタ振る兄貴がどこにいんだよ。お前に言わねぇだけで絶対思ってるし他で言ってんだって。」
「そんなことないもん……。」
「はいはい幻想幻想。兄っつーのは妹弟の前だけカッコつける生き物なんだよ。」
むっとして否定したブレアは、「それはよくわかってる。」と頷いた。
過信というより確信めいている。目の前にいるのがまさにそういう生き物だ。
「リアムはそんなにかっこつけたりしないよ。君と違って常にかっこいいからね。」
「黙れブラコン。確かにスゲー女受けしそうなヤツだが。」
ドキドキしすぎて話を半分聞き流していたルークの顔が少し歪む。
ブレアはどれだけリアムのことが好きなんだ。
「アーロン先輩と話してるならもういいですよね!」
「あっ。」
会話に集中している隙を突き、ルークはぱっとブレアの手を振り払って脱出した。
ブレアは少し残念そうな顔をしているが、ルークはもう少しで心臓が爆発するところだった……と胸を撫でおろしている。
「……ふぅー、今日どうしたんですか先輩?何か変な魔法でも――」
「正気だよ。失礼だなぁ。」
「すみません!」
ルークは一瞬疑いの目を向けたが、ブレアが眉を寄せたのを見てすかさず謝罪する。
素早すぎる動きを見てアーロンは愉快そうに写真を撮った。
少し変な行動をとったら魔法のせいにされるのはブレアらしいかもしれない。
「君に僕の気持ちを教えてあげようと思ったんだけど。わかった?」
「えー、今の全部ヒントだったんですか?」
目を丸くするルークにブレアは当然のように頷く。
かなり脱線したといえばしたが、まあほぼ全部ヒントだろう。
じっとブレアを見ていたルークは、ぎゅっと難しい顔をして真剣に考え込む。
見ている側からすれば短時間でころころ表情が変わって中々面白い。
「……あ、わかりました!」
過剰にくっついてくるということは――と考えて、何やら答えに行き着いたらしい。
ぱっと表情を明るくしたルークがブレアの方を見る。
「気が使えなくてすみません。先輩は――今寒がってるんですね!?」
「「はぁ……?」
そして、何故かドヤ顔で言い切った。
ルークの答えはあまりにも的外れで、むしろリアクションに困る。
「……今日寒い?」
何も言葉が出なかったようで、表情を険しくしたブレアは天気でも聞くようにアーロンに話を投げた。
「もうほぼ春だなーって気温。」
同じく雑談のように返したアーロンは、ぼそっと「お前の視線で冷えたけどな……」と付け足す。
「え、違いました!?」
「さぁな。」
もはや唖然としているブレアをアーロンは憐れむように見る。
まあ頑張れよ、と雑に励ますと、ポケットから取り出したカイロを握らせてくれた。
普通にいらない。




