第190話 こういう時絶対すごいこと言ってくるじゃないですか!
リアムの言った通り、日曜の夜消灯時間ギリギリにガチャリと寮室のドアが開いた。
すぐにブレアの帰宅に気がついたルークはぱっと表情を明るくする。
「せんぱ――。」
「あのさ、聞いてほしいことがあるんだけど。」
そんなルークの声も遮って、ブレアがすぱっと切り出す。
えっと短く声を漏らしたルークは、不安そうにブレアの顔色を窺う。ブレアは普段と変わらぬ無表情だが。
遠出するようだったので心配していたが、リアムが一緒だったからか元気そうだ。
「……何でしょうか。」
ルークの声がわかりやすく強張っている。
どうせ別れ話か何かだと勘違いしているのだろう。
この間こうして話を切り出した時は『好きな人ができた』だったので、警戒するのも無理はないかもしれない。
「そんなに身構えなくてもいいのに。」
「構えますよ!先輩、こういう時絶対すごいこと言ってくるじゃないですか!」
「だからってそんなに厳しい顔しなくても。」
「厳しい顔にもなりますって!先輩の爆弾発言受け止めるの勇気いるんですよ……。」
ルークが困ったように言うと、ブレアはむっと不満そうに唇を尖らせる。
つかつかとルークの目の前まで近づくと、ぐいと強く肩を押した。
「――僕の方が勇気いるから。逃がさないよ。」
何故かルークが逃げると勘違いして動きを封じたかったらしい。
ベッドに押し倒されたような形になってしまい、ルークがますます強張っている。
「……ひゃい……。」
逃げようとは思っていないし、ちゃんと聞くつもりだ。
なんて言葉は全く声にならず、情けない返事を返すだけになってしまった。
いちいちイケメンっぽくて心臓に悪い。
「あのね、僕――」
「えー待ってください先輩。話ってこのままするんですか……?」
何事もなかったように本題に入るブレアだがそれどころではない。
「何か問題?」とでも言いたそうに首を傾げるブレアはルークの顔が真っ赤なことに気づいていないのだろうか。
「勿論。あのね、僕――」
やはり問題を認識していないようで、ブレアは短く答えて本題に入る。
ルークの集中力がどう頑張っても削がれるシチュエーションでする話なのだろうか。
「この間お母さんの話いっぱいしたと思うんだけど……もういないんだ。」
「……え?」
「死んじゃったんだよ。ずっと前に。」
驚きで目を丸くしているルークを見てブレアはふっと息を吐いた。
ようやく目を合わせてくれたルークの顔の赤みは引いている――どころか青ざめている気がする。
「気づいてなかったの?おかしいでしょ、養子なんて。」
「それは……ちょっと思ってましたけど。」
「触れちゃダメだと思ってた?」
ブレアが首を傾げると、肩にかかっていた銀色の髪がさらりと落ちた。
遠慮がちに頷いたルークに「ごめん」と小さく謝る。
「正直、言いたくないって思ってたところはある。でもそれじゃダメだってわかってて……やっと言えた。」
端的に言っただけで満足してしまったのか、ブレアはほっとしたように表情を緩めた。
「あのー、先輩の好きだった人って――」
「そうだよ。僕のお母さん。」
ブレアはもう話を終わらせたのに膨らませてしまった。
話したくなさそうならば取り消そうと思ったものの、ブレアはさらりと答えてくれた。
「どんな人だったんですか?とか聞いてもいいですか?」
嫌がられるかもしれないというルークの心配を見透かしてか、ブレアは「いいよ。」と少しだけ笑う。
「どんな人だったって聞かれると難しいね……。明るくてあったかい人だったよ。いつも優しくてこんな僕でも愛してくれて……すごくきれいな目をした人だったな。」
そう語るブレアは本当に大切な物に向ける顔をしていて、なんとも言えない気持ちになってしまう。
思わずじっと魅入っていると、シトリンのような目を見たブレアはそっと視線を逸らしてしまった。
「基本自由にさせてくれるんだけど、ちょっとだけ心配性でね。僕は1人でどこでも出かけてたから、『危ないことはしちゃダメだよ』って毎日言ってたっけ。」
ルークからすればブレアの話は少々以外かもしれない。
危ないことをしそうな印象はあるが、あまり活発に出かけたりするタイプではないと思っていた。
「リアムと遊ぶようになってからはあんまり言わなくなったかな。でも……僕が変な魔法使ったこととかリアムが報告すると、すっごく怒る。」
「それは先輩が悪いと思います。」
「えー。」
不満そうに声をあげたブレアは、耐えきれなくなったのかぷっと吹き出した。
楽しそうに話す表情が幼いブレアによく似ている。
「でも……実際危険だったんだね。魔法なんてやめとけばよかった。」
「先輩は魔法上手だから危険じゃないですよね?」
魔法一筋のブレアがこんなことを言うなんて。
少し曇った顔を見てルークは不思議そうに聞く。
「じゃあ、君がどれだけちゃんと勉強できてるか試してみようか。魔力と魔の違い、答えてください。」
「えっこの雰囲気で抜き打ちテストですか!?」
そんな流れじゃなかっただろう、と思いつつもルークは真面目に考えようとする。
確か習った。しブレアが色々言っていた気がする。
「えーと、魔は大丈夫だけど、魔力だと先輩はしんどくなるんでしたよね……。」
「そうだね。知識としては不十分だけど。」
やんわりと言われルークはなんとなく悔しそうな顔をする。
もしかするとブレアに直接関係あることしか覚えられないのか。
「簡単に言うと魔は自然由来、魔力が人間由来だね。人は空気中の魔体内で魔力に変換して、それを放出することで魔法を使ってるんだ。」
「そういえばそうでしたね……!」
そういえばそうでしたね、じゃない。もうすぐテストだが大丈夫か。
「他人の魔力っていうのは基本的に有害でね、他人の魔力の干渉を強く受け続けると精神どころか身体もおかしくなって死ぬよ。」
「え、そうなんですか!?……え、めっちゃやばくないですか!?」
さらりととんでもないことを言わないでほしい。理解が追いつかない。
「それならとっくにもっとみんな死んでるんじゃ……。」
「魔力が弱ければ弱いほど害も弱くなる。そこまで強烈な影響を与えられる質と量を持ってるのは僕くらいだよ。その分沢山取り込むから僕自身も弱いんだけど。」
困ったように眉を下げるブレアにルークは真剣に頷いてみせる。
とにかくブレアがすごいことがわかった。なんて感想は許されそうにない。
「あ、これは魔獣の性質に似てるね。魔獣は魔を利用することに特化した生物だから人の魔力より危険なんだ。」
「だから危ないって言われてるんですね。」
「そうだね。僕もあんまりそれと変わらないんだよ……嫌な体質。」
片手を空けたブレアは、すっとルークの輪郭を撫でるように触れる。
びくっとルークが震えたのにも構わず首筋に沿って指を這わせた後、再びベッドに手をつく。
「前も聞いたけど、もう1度聞くね。――怖くない?僕。」
雑に問いを投げかけたブレアは真剣な顔で黙る。
じっとルークの様子を探っているようだ。
「全然です。もちろん先輩は怖いくらい魅力的ですけど!」
「馬鹿っぽい答えだなあ。」
理屈っぽい答えが返ってきてもそれはそれでやりづらいので、これくらいが丁度いいかもしれない。
「君が馬鹿でよかった。元々頭おかしかったらこれ以上おかしくなりようがないもんね。」
「そういう話なんですか!?」
「冗談だよ。」
ブレアは少し眉を下げた後、小さく笑みを零す。
あんなに対処に困っていたもやがすっと晴れたようだ。
「あー。こんな話誰かにしたの、初めて。」
「そうなんですか!?」
こくりと頷いたブレアがルークのネクタイを掴む。
そっと指でなぞってから、くいと軽く引いた。
「うん。その……それくらい、結構……大事。君のこと。」
「えっ、本当ですか!?」
「こんな嘘吐くわけないでしょ。」
ルークがぱっと顔を赤くして驚く。
咄嗟に謝ろうとしたが、ブレアの顔を見ると言葉がでなくなってしまった。
普段は真っ白な頬が紅潮していて、ドキッとしてしまった。
「大事だから、大事な話いっぱいしていきたいなって思ってて。だから――」
言いかけたブレアの身体がぐらりと傾く。
腕の力が抜けたのか、ルークに被さるように倒れ込んできた。
一気に高鳴った鼓動と連動してルークの身体が跳ねる。
「えぇぇ先輩!?大丈夫ですか!?」
煩くないよう声を抑え気味に聞くが、勘づいてしまった。
似たような状況、前にもあった。と。
「……まさか――」
少しの罪悪感に駆られつつ、すみませんと断って顔にかかった銀色の髪を退けた。
ルークの思った通り、瞼は静かに閉じられている。
「――寝てる……。」
何を言いかけた?そんなすぐ寝る?今からどうすればいい?警戒心なさすぎじゃないか?
と、気になることが多すぎるのだが……ブレアが遠出した日は、事故が起こる前にすぐ寝てもらおう、と決めた。




