第186話 睡眠はともかく、あの子が泣くなんて相当ですが
いつもよりずっと長く感じた1日が終わって。
終わりのSHRが終わるなり、ルークはいつも以上の速さで教室を飛び出そうとした。
「待ってくださいディアスさん、話したいことがあります。」
が、リアムにそれ以上の素早さで止められてしまった。
「えぇー、明日にしてもらうことってできますか?」
「できません。そう長い話ではありませんよ。」
隠すことなく不満を見せるルークに、リアムは中身の読めない笑顔を貫いている。
「明日にしてください!朝から1回も先輩のお姿を見ておらず、昼休みにも会えなかった俺が可哀想だとは思いませんか!?」
昼休みなら起きているのではないかと寮に戻ろうとしたが、ヘンリーに止められたのだ。
ブレアが起きてちゃんと朝食が弁当のどちらかを摂っていることを願いたいが、まあきっと駄目だろう。
何より、ブレアに会えなかったことが悲しい。
「そのあなたが夢中になっているブレアについてですよ?」
「聞きます。」
「早いですね。」
ルークはドアの方に向いていた身体をくるりとリアムのほうに向けた。
すぐにでも出て行こうとしていたのに、切り替えの早さに驚かされる。
「先輩がどうしたんですか!?」
「それはこちらの台詞です。ブレアはどうしたんですか? 無断欠席になっているのですが。」
にこやかに笑っているリアムは――おそらく怒っているのだろう。
怒りの理由は、ブレアが学校に来ていないことだ。
「まさかまだあの姿で部屋に――」
「それはないです!休むと寝てしまったので、体調が優れないのかと思って置いてきました……。」
「あの子は風邪をひきませんよ?魔力の問題だとしても、あなたがどうにかできますよね?」
ルークだって連れてこようとしたが、ずっと布団に潜っていて様子がわからなかった。
ただ眠いだけではないようだったため、体調でも悪いのかと思い置いてきたのだが。
「風邪じゃあないのかもしれないですけど、とにかく変だったんですよ!というか昨日魔法を解除してからずっと変で……どうしたんでしょうか!」
「間違いなく昨日の魔法が原因でしょう。」
「やっぱりそうですか……!?」
むしろルークにはそれ以外になにか心当たりがあるのだろうか。
なければ間違いなく幼児化したことが原因のはずだ。
「そりゃあ勝手に先輩に反射したことは申し訳ないと思ってますけど……。ずっとできなかった魔法を成功させたわけですし、むしろちょっとくらい褒めてくれても……。」
まさか成功するなんて思っていなかった。
ただできたらいいなーと思ってやってみたら、本当にできてしまったのだ。
口籠るルークに、リアムは呆れたように息を吐く。
「それは無理があるでしょう。怒られたなら、素直に謝るべき件だと思いますよ。」
「怒られたら勿論謝りますよ!?怒ってないからどうすればいいのかわからないんです……!」
教えてください、とリアムに詰め寄る。
いくらリアムでも、何でもわかるわけではないのだが……。
「ブレアはどうしているんですか?」
「何か塞ぎ込んでいるみたいです。元に戻ってからずっと寝るか泣いてるかしてまして。」
「睡眠はともかく、あの子が泣くなんて相当ですが。別れ話でも切り出しました?」
「俺が先輩と別れようとするわけないじゃないですか!」
それもそうか、と納得したリアムは少し考える。
ブレアとは長い付き合いになるが、涙を見せることなど滅多になかった。
大抵不機嫌な時は拗ねるか怒るかだったのだが、泣いた時といえば――。
「――もしかして、幼児化していた時のことは覚えているのですか?」
「はい、覚えてるみたいです。」
ルークの答えを受け、リアムは更に考える。
考えなくとも、思い当たる原因は1つしかない。
「ディアスさん、さてはブレアと母親の話をしましたね?」
「あ……すみません。」
「こうなるから言ったんですよ、母親の話はしないでください、と。」
しゅんと肩を落としたルークは、もう1度すみませんと謝る。
言われた通り、なるべくしないように気をつけはした。
だがブレアがすぐに母親の話をするのだから、仕方ないのではないか。
「でも、お母さんの話をするのがどうして駄目なんですか?」
「私から説明すると、あの子はますます怒るでしょうね。察していただけませんか?ブレア、うちの養子なんですよ。」
リアムにきっぱりと断られてしまい、ルークは少し不満そうだ。
ブレアは中々自分の話をしてくれないし、自分なりに考えるしかないのか。
「わからないならどうもできないじゃないですか!どうすればいいですか!?」
「何もしなくていいですよ。」
不満そうに詰め寄って来るルークに、リアムはさらりと答える。
「そんなわけ――」
「ディアスさんが普段通りだと、あの子は安心するんですよ。ブレアの彼氏なら、それくらいできますよね?」
「勿論です!……って、彼氏でいいんですか!?」
「構いませんよ。様子を伺って問題ないと判断しました。」
さらりと告げられた嬉しい言葉に、ルークは丸くなった目を輝かせる。
すごく反対されていると思っていたのだが、何故かあっさり許可が出てしまった。
ぐっと喜びを噛みしめたルークは、ばっと頭を下げた。
「ありがとうございます、お義兄さん!」
「絶対呼ばないでください。」
きっぱりと言い切ったリアムは、変わらず笑っている。
……が、少し顔が引きつっていた。




