第138話 先輩がいないと生きていけない~
修学旅行1日目の行き先は、魔法博物館だった。
未だ体調が優れない様子のブレアに、エマは心配そうに声をかける。
「ブレア、大丈夫……?無理しないで、休んでてもいいのよ?」
エマが顔を覗き込んでも、ブレアは展示物から目を離さずに答えた。
「嫌だ。僕も見たい。」
「それ、本当にちゃんと見れてるの?」
かなり疲れたような目をしているのだが、ちゃんと頭に入ってるんだろうか。
休む気はないブレアの様子を見て、エマは展示物に目を向けた。
「なら、一緒に見ましょ。もし倒れたら運んであげるからっ!」
「……余計なお世話すぎる。」
「えー、いいじゃない!」
きゅっと腕を曲げたエマを見て、ブレアは困ったように眉を下げた。
別に倒れたりはしない。と思う。
「あの子はいいの?」
「リサなら、入り口のところにあった時計見てるわよ。」
ブレアの言いたい“あの子”を察し、エマはすぐに答えた。
そういえば、入口近くに大きな時計があった。
確か周囲の魔を取り込んで動力とする、大型の振り子時計だった気がする。
「ずっとあれ見てるつもりなの……?」
「そうだと思うわ。面白いって言ってたわよ。」
確かに見世物として作られているため、じっと見ていたくなる仕掛けがあるようだった。
かといって2時間程の見学時間、ずっと見ているつもりなのだろうか。
「ブレアは?何か見たいものとかあるの?」
移動し始めたブレアについていきながら、エマは館内マップを開いた。
すぐ隣の展示で立ち止まったブレアは、少しだけエマの方を見た。
「時間の許す限り全部、かな。」
わずかに口角を上げたブレアは、すぐに展示に向き直る。
心配ではあるが、楽しそうで何よりだ。
「こういう所って、ブレアでも面白いのね。」
「魔道具はあんまり詳しくないし、こうやって模式的に表現してあるのも面白いよ。」
などと言いながら、ブレアはパネルの説明文を読んでいる。
面白いと言っているのに、模型はあまり見ていないようだ。
この模型も、ブレアほど魔法に詳しければ、エマとは違った見え方をしているのだろうか。
パネルから視線を外したブレアは、次の場所へ歩いていく。
「順番に見ていくの?」
「うん。あんまり酔いそうなものは飛ばすけど。」
「酔うの?」
エマが意外そうに聞くと、ブレアは小さく頷いた。
「こういうのも、原理は列車と同じだから。彼がいてくれればよかったんだけどね。」
魔力の流れや魔法の仕組みを表している模型は、空気中の魔を取り込んだり、魔力を輩出したりして動いている。
魔法列車ほどではないが、ブレアが魔力酔いを起こす可能性は、十分にあった。
「ブレア……ルークくんと一緒に来たかったの!?」
ブレアの何気ない発言に、エマはキラキラと目を輝かせた。
「ち……がうよ、ただ彼が無効化魔法を使えるから、いたら便利だよねってだけで!」
「本当にそれだけなのー?」
「それだけ!寂しいとかないから。煩いのがいたら集中できないでしょ。」
妙に焦るなぁ、とエマはくすりと微笑む。
本当なのかもしれないが、誤魔化しているようにしか聞こえない。
「今度は、ルークくんとお出かけできればいいわね!」
「煩い。」
笑顔のエマに言われ、ブレアは誤魔化すように顔を逸らす。
たった2泊3日の修学旅行が、既に長く感じられた。
いつもの如く、ルークは終わりのHRが終わるなり席を立つ。
すぐに鞄に手を伸ばして、「あ!」と声をあげた。
「今日、先輩いないんだったぁー!」
再び椅子に座ったルークは、力なく机に顔を伏せてしまった。
ブレアがいないなら、急いでも仕方ない。
「昼休みと同じことやってるじゃん……。」
「やるだろ……先輩がいないと生きていけない~。」
呆れたようにツッコんだヘンリーは、ますます呆れて苦笑した。
まだ1日も経っていないのに、既に限界そうだ。
「3日離れるだけだよ?」
「3日!つまり72時間!72時間も先輩のご尊顔を拝めないとか無理すぎる!」
ヘンリーに言わせれば、それくらい我慢できると思うのだが。
そもそも最終日の夕方には帰ってくるのだから、正確に言えばもっと短いはずだ。
「はぁー無理。部屋の空気吸って生きる。先輩のベッド眺めとく。脳内にイマジナリー先輩作る。」
「重症だね!やめといた方がいいと思うよ。」
本当に辛いのか、普段なら有り余っている勢いと抑揚がなくなりかけている。
空気を吸うのは当然だと思うのだが、ルークが言うと少し怪しい。
「うわ、無理だ、先輩が何て言うかわからない……!俺先輩の解像度低いかも、1日中見てるのに!」
悲しそうな顔のルークが、ヘンリーには手に負えなくなってきた。
勝手に回復を試みて勝手に凹まないでほしい。
「意外ー。ルークくんならいつでもユーリー先輩のこと考えてると思った。もし付き合ったら~とか。」
「それとこれとは全然違う!」
ルークはようやく顔を上げ、訴えるようにヘンリーを見た。
「俺がいつもしてるのは都合のいい妄想だ。今したいのは超リアルな先輩の想像!」
「そうなんだ……?」
あまり違いがわからないが、とにかく違うらしい。
ブレアのことは1日中考えているし、ずっと見ている。
それでもブレアのことは全く読めないのだ。
何を考えているかもわからないのに、脳内でブレアを想像するのなど到底無理だった。
「もう過去の先輩のお姿を脳内再生するしかない。これは余裕。」
「それはヨユーなんだ?」
やっぱり違いがわからなかったヘンリーは、誤魔化すように苦笑した。
戻っていた抑揚がまた小さくなっているのだが、大丈夫だろうか。
「そうだ、今からルークくんの部屋行くね?」
「いいけど何で……ヘンリーじゃ先輩の代わりにはならないぞ?」
「ならないならない。わかってるしなりたくもないよ?」
真剣な目で見つめられ、ヘンリーはあからさまに眉を顰めた。
別になるつもりはない。絶対になりたくない。
「ユーリー先輩にルークくんが1人だと変なことしそうだから見張っててほしいって言われた。……って、兄貴に言われちゃったんだ。」
昼休みにアーロンから電話がかかってきて、伝言だと追われた。
修学旅行中にまでかけてくるので、正直切ろうかと思った。
「俺そんなに信用ないか!?」
「日頃の言動を思い出して?」
ルークは言われた通りに、己の行いを思い返す。
確かに、変態っぽい……というか変態である自身はあるが、好きなのだから仕方ない。
「ユーリー先輩に言われた以上、消灯まで一緒にいるからね?勉強でもしてよう。」
「えー、折角だから遊びたいー!」
子供のようなことを言うルークを、ヘンリーが腕を引いて立たせる。
今日は魔法基礎の課題が出ているが、ちゃんと覚えているのだろうか。
「せめて課題終わらせようねー?……あれ、エリカ先輩じゃない?」
「どれだ?」
ルークに聞かれ、ヘンリーは開けっ放しのドアの方を指した。
確かに廊下にエリカがいて――ラピスラズリと、ばっちり目が合った。
「なぁ、めちゃくちゃ見られてる気がするんだ……。」
「普通に、ルークくんに用があるんじゃないかな?」
話している間に下校したようで、教室の中の人はかなり減っている。
あそこにいると言うことは、誰かを待っているのだろう。
となると、ルークに用がある可能性が高い。
が、ルークには全く心当たりがない。
ルークは未だ目が合っているエリカに、自分を指してみた。
小さく頷かれ、「本当に俺だった!」と意外そうに目を丸くした。
「だと思う。オレはここで待ってるねー。」
「ついてきてくれないのか!?」
てっきり一緒に来てくれると思っていたが、ヘンリーは大きく首を振った。
エリカのことはよく知らないが、できれば関わりたくないのだ。
変わった人を見るのは好きだが、面倒な人にはあまり触れたくない。
「……ヘンリーってさ、結構薄情だよな。」
「そうかな?だってオレ関係ないから。」
さらりと言ったヘンリーに、ルークは困ったような目を向けた。
暫くは修学旅行編になりますm(__)m
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