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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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2.セシルとの暮らし

 セシルの家は食堂を営んでいて、おじさんとおばさんは料理がとても上手だった。

 初めは皇宮の食事と味が違うので戸惑っていたが、食べるうちに美味しさが分かってきて、わたしはすぐにおじさんとおばさんの料理が大好きになった。

 朝はおじさんとおばさんとセシルと一緒に朝食を食べて、昼はおじさんとおばさんが忙しいので食堂に食べに行く。夜は食堂で作ったものをセシルが持って帰ってきて、セシルと二人きりで食べた。

 マナーの教師もいない食事は自由でのびのびとしていて、わたしは皇宮にいるよりもたくさん食べられた。


 お風呂は二、三日に一回で、着替えるのもそれくらい。毎日お風呂に入れられて、眠いのに髪を丁寧に拭かれて、乾くまで眠らせてもらえない生活とは全く違ったが、それも気楽でよかった。

 六歳のわたしは自由を求めていたのだ。


 寝るときはセシルと一緒だった。

 セシルは小柄だったし、セシルの部屋のベッドは大人用だったので、わたしと二人で眠ることができた。

 夜には怖い夢を見ることがよくあった。


 会えなくなった父と母が無事なのかも分からない。

 守ってきてくれた護衛は全て殺されて、わたしは一人きりになっていた。

 肩の傷が痛んで熱が出ることもあった。

 つらくて、悲しくて、泣いていると、セシルが起きてわたしの前髪を上げて額に口付けをしてくれる。


「これはね、怖い夢を見ないおまじないなの」

「怖いゆめを見ない、おまじない?」

「母さんが、わたしが小さなころにしてくれていたのよ」


 額に口付けてもらうと、落ち着くような気がして、セシルに髪を撫でられてわたしは眠りに落ちていった。


 おじさんとおばさんは食堂を営んでいるが、セシルはそれを継ぐつもりはないようだった。

 セシルはいつも口癖のように言っていた。


「わたしはお針子になりたいんだ」

「おはりこ?」

「縫物をする職人さんよ。でも、父さんと母さんが許してくれないの」


 セシルがなりたいと言っても許されないものなのだろうか。

 わたしは自分のことを考えてみた。

 自分は当然、父の後を継いで皇帝になるものだとばかり思っていた。それが普通で、それ以外の道など考えたことはない。

 おじさんとおばさんが食堂を営んでいても、セシルは食堂を継ぐわけではなくて、他の仕事がしたいと言っている。

 セシルの夢ならば叶うというと思うのだが、それは難しいようだった。


「どうして、おじさんとおばさんは許してくれないの?」

「女の子が一人で働きに出るのは危ないっていうのよ。それに、女は結婚したら子どもを産んで家事をして、夫の仕事を支えるものだから、お針子にならなくても、将来縫物の腕は役に立つって言ってるし」

「それじゃダメなの?」

「わたしは、自分の人生なんだから、自分で支えていきたいんだ。女性でも自立した生活を送れるようになったらいいのになぁ」


 難しかったので深い意味までは分からなかったが、セシルが今の生活に満足していなくて、お針子になりたいという夢を叶えられずにいるということだけは理解した。

 セシルのことは大好きだったし、わたしを助けてくれたので、わたしはセシルになにか恩返しができないか考え始めていた。


 セシルは食堂の仕事を手伝うときもあるが、ほとんどのときは縫物をしていた。刺繍を入れたり、縫ったりした小物を、町に売りに行くのだという。

 町までは乗合馬車で半日かかるそうだが、セシルは月に一度作ったものをためておいて売りに行っている。

 セシルの刺繍や縫った小物は評判がよくて、よく売れているというから、セシルはそれだけに悔しそうだった。


「お店のおじさんに、働きに来ないかって誘われたんだけど、父さんと母さんは絶対に許してくれないだろうなぁ……」


 町に行って帰ってきた日、セシルはわたしにお土産を渡しながら呟いていた。

 お土産はシンプルな木を切ってやすり掛けしただけの積み木だったが、何も遊ぶものがなかったわたしは、箱の中にたくさん入った積み木に大喜びした。


「これ、ぼくがもらっていいの?」

「ガーネくんのために買ってきたのよ。使って」

「ありがとう!」


 敷物の上に積み木を出して積んだり、城を作ったりして遊んでいると、セシルが「そうだ」と声を上げた。


「ぬいぐるみは好き?」

「ぬいぐるみ?」


 そんなものは持っていなかったので不思議そうにわたしが首をかしげると、セシルは自分のぬいぐるみを見せてくれた。セシルの手の平くらいの大きさのウサギのぬいぐるみは黒い布で手足が動くように作ってあって、黒く光るビーズの目が付けられていた。


「かわいい……」

「ガーネくんにも作ってあげる。何がいいかな」

「ぼく、犬をかいたかったんだ」


 絵本で犬を見てから興味を持っていたわたしは、犬を飼いたいと母に言ったことがある。母はそれに対して、危険だから犬を飼うことはできないと答えた。


「犬か。ガーネくんは銀色の髪だから、白っぽい布で赤いビーズの目の犬のぬいぐるみを作ろうか」

「本当? うれしい!」


 宣言通り、セシルはその日のうちに犬のぬいぐるみを作ってしまった。手縫いだけれどセシルの縫い目はとても小さくて頑丈でほどけたり千切れたりしそうにない。

 受け取った犬のぬいぐるみと積み木を合わせて遊んでいると、いつまでも遊んでいられそうだった。


 わたしは字を読むことができたので、セシルの読んでいた絵本や学校の教科書を読むことができた。セシルは村の学校に六歳から十二歳まで通っていたという。

 この国では平民の子どもは六歳から十二歳まで学校に通わせることが義務になっているのだという。

 数代前の皇帝がそれを定めたようだが、わたしはそんなことも知らなかった。

 セシルの教科書には国語や算数の書かれたものがあって、わたしはセシルが縫物をしている間、それで自分で勉強をしたり、積み木やぬいぐるみで遊んだりして時間を潰していた。


 乳母はわたしのことをある程度の年までは抱き上げてくれたいた覚えがあるのだが、わたしは両親に抱き上げられた記憶がほとんどない。抱き締められた記憶もほとんどない。

 セシルには抱き着いても誰も怒らなかったので、セシルの仕事が終わると、わたしはよく抱き着いて甘えた。


 香水の匂いも何もしないセシルは、自然体でとても心地よかった。わたしに接する家庭教師も乳母も貴族だったので、香水をつけていることが多くて、その匂いがわたしはあまり得意ではなかった。

 特に家庭教師は強い匂いの香水をつけていてので、わたしは近くで話をされると、変な顔にならないようにするのに必死だった。


「セシル、ぎゅってして」

「ガーネくんは甘えっこね」


 くすくすと笑いながら、セシルがわたしを抱き締めてくれる。

 抱き締められていると、護衛たちが死んでいった光景も、引き離された父と母のことも考えずに済むので、わたしは何度もセシルに抱き締めてくれるようにねだった。


 その日、わたしはセシルの名前を聞いていなかったことに気付いて、思い切って聞いてみた。


「おねえちゃん、おねえちゃんのお名前はなんていうの?」

「わたしはセシルよ。ガーネくんは自分のお名前、思い出せないの?」


 そこでようやくわたしはセシルが、セシルという名前だと知ったのだが、自分の名前を聞かれると困ってしまう。

 どうしようかと考えて、セシルには嘘は付けないと説明だけする勇気を持った。


「お耳かして?」

「なぁに?」

「あのね、ぼくのお名前、ほんとうは知ってるの。でもだれにも言っちゃダメなんだって言われたの」

「ダメなの?」

「うん。ごめんなさい」


 名前を伝えられないことを言えば、セシルはわたしの髪を撫でてくれる。


「いいのよ。それじゃ、ここではガーネくんはガーネくんでいいわ」

「おねえちゃんの付けてくれたお名前、すきだよ」

「わたしもガーネくんのお名前好きよ」

「おねえちゃんのことも、すき」


 「好き」と言うと、不思議と胸がどきどきした。セシルのことが好きで好きでたまらない。ずっと一緒にいたい。皇宮に帰ることになったらセシルも一緒に来てほしい。

 そんな気持ちがわたしの中に芽生えていた。


「わたしもガーネくんのこと、大好き」


 セシルも言い返してくれて、わたしは、胸がいっぱいになって、叫びだしたいくらい幸せな気分だった。


読んでいただきありがとうございました。

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