29.セシリアとアレク様のお誕生日
セシリアとアレク様のお誕生日は三日しか違わない。
お誕生日前にセシリアは歩くようになっていた。
両親が送ってくれたファーストシューズはセシリアの小さな足にぴったりで、それを履いて、オムツでぷっくりしたお尻を振り振り、よちよちと歩く。
「セシリア、おいで」
「ぱっ! ぱっぱ!」
「そうだよ、パパだよ」
セシリアがお腹の中にいるころは、自分のことを「父上」と言っていたアレク様だったが、セシリアがまだ小さくて「父上」と呼ぶのが難しいと分かると、すぐに方向転換した。
一生懸命セシリアに「パパ」という単語を教え込んで、今ではアレク様を見ると「ぱっ!」とか「ぱっぱ!」とか言って歩み寄るようになった。
両腕を広げて待っていたアレク様は、セシリアが腕の中に倒れ込むように飛び込んでくると、抱き締めて抱き上げた。セシリアのぽわぽわだった髪は、一度も切っていないので伸びて、前髪が邪魔になるのでゴムで結んでいる。そのゴムにはわたくしが細い糸で編んだ花の飾りがついていた。
「パパ、捕まっちゃったな。それじゃ、今度はパパがセシリアを捕まえようか? 待て待てー!」
「きゃー!」
セシリアを抱っこから降ろして追いかけるアレク様に、セシリアは歓声を上げて大喜びで歩いて逃げていく。この「待て待て」がセシリアはものすごく好きなのだ。
捕まると声を上げて笑い、アレク様に抱き着くセシリア。
顔立ちはよく似ていて、柘榴の瞳も同じなので、セシリアとアレク様が親子なのは間違いがなかった。
遊び疲れてわたくしのところにやってくると、セシリアがわたくしの胸をぺちぺちと叩く。
「おっぱいはもうおしまいです」
「やー! まっまー!」
「ダメです」
セシリアの一歳に合わせてわたくしはセシリアを卒乳させようとしていた。卒乳と言っても、わたくしのお乳を飲ませないだけで、哺乳瓶でミルクは飲ませ続けるつもりだ。
「ぱっぱ! びえええええ!」
「セシリア、お乳が飲めなくて悲しいね。パパが抱っこしようか? 絵本はどうかな?」
「ぱっぱー!」
わたくしがセシリアにお乳をあげないと決めていることを知っているアレク様は、助け舟を出してくれて、セシリアの気をそらしてくれる。大好きな絵本を見せられて、セシリアはあっさりアレク様に抱っこされた。
ソファに座ってセシリアを膝の上に乗せてアレク様が絵本を読んでいる。
セシリアが最近好きなのは、食べ物の載っている絵本だった。食べ物が出てくると絵を指差し、指で摘まんで食べる真似をする。
「ちっ!」
「美味しい?」
「ちっ!」
美味しいときには、食事のときも丸い頬を叩いて「ちっ!」と言うセシリア。
そろそろわたくしたちと一緒に食事ができるようになり始めていた。
「ん!」
「これは、桃」
「ちっ!」
「美味しいね。こっちは林檎」
「ちっ!」
絵本の絵を指差すセシリアに、アレク様が丁寧に絵本を読みながら説明する。セシリアは絵を指で摘まむ仕草をして、食べる真似をして遊んでいた。
セシリアの誕生日には大量の贈り物が届いた。
アレク様の対応は冷静だった。
「基本的に、孤児院に寄付しよう。お祖父様とお祖母様がくださったものは、セシリアが使えるようになるまで取っておこう。母上と叔父上がくれたものも使わせてもらおう」
わたくしの両親から届いたのは、ディアン伯爵領で作られたぬいぐるみと人形の着せ替えセットだった。今はまだセシリアは着せ替えをさせて遊ぶことはできないが、もう少し大きくなったら着せ替えをさせて遊ぶこともあるだろう。
ぬいぐるみを抱かせると、さっさと服を脱がせてしまって、裸のぬいぐるみだけを引きずるようにして連れ回しているが、今はこういう遊び方くらいしかできない。
セシリアの誕生日の三日後に、アレク様の生誕祭が行われた。
その日はセシリアを国民にお披露目する日でもあった。
セシリアを抱いて皇后の椅子に座るわたくしに、アレク様はセシリアが飽きるとすぐに抱っこを代わってくれた。
貴族たちや属国の王族や要人のお祝いの言葉を受けながらも、セシリアから目を離さないアレク様はどんな風に見えているのか気になったが、みんなにこにこと笑顔だった。
「皇帝陛下は皇女殿下が本当にかわいいご様子で」
「あんなに愛くるしい皇女殿下だったら、目が離せませんよね」
「皇帝陛下がお幸せそうでよかったです」
みんなが温かい目で見守ってくれているので、わたくしは少し安心していた。
バルコニーに出ると、アレク様がセシリアを抱っこしたまま国民に語り掛ける。
「わたしの生誕を祝ってくれてありがとう。わたしには命より大事な家族ができた。家族が幸せであるように願うのは、誰でも同じだと思う。国民全員が家族を愛し、愛される国になるように努力していきたいと思う」
堂々と宣言するアレク様は格好よくて、わたくしは心の中で拍手をしていた。
バルコニーから戻ると、写真撮影があった。
アレク様がセシリアを抱っこして、わたくしはアレク様に寄り添って、写真に写る。この写真が明日の新聞に載せられるのだろう。この写真はわたくしももらって、大事に保管しておこうと思っていた。
アレク様の生誕祭が終わった夜に、わたくしは侍女にお風呂で体を磨き上げてもらった。香油を全身に揉みこんで、髪にも香油を馴染ませて、完璧にして寝室に向かう。
今日のこの日のために、わたくしはセシリアにお乳を飲ませることをやめる決意をしたのだ。
本当はセシリアが求める限り、ずっと飲ませておきたかったけれど、お乳を飲ませていると次の子どもの妊娠が難しくなると医者から聞いて、わたくしはセシリアにお乳をあげるのを諦めた。ものすごく寂しかったし、セシリアもまだ納得していないけれど、わたくしは次の子どもが欲しかったのだ。
寝室に行くと、アレク様が待っていてくれた。
妊娠が発覚する前に体を交わしたきり、一年半以上体を交わしていないので、どうなるか不安はあったが、アレク様がわたくしの頬に手を添えて、口付けられると、わたくしはうっとりとして目を閉じた。
「レイシー、抱いてもいい?」
「抱いてください、アレク様」
心の準備はできていたが、お互いに言葉でしっかりと確かめて、わたくしはアレク様に深く抱き締められた。
アレク様の手が優しくわたくしの緊張を解いていき、わたくしはアレク様の熱を受け入れた。
翌朝、久しぶりの行為に気だるくて起きられなかったわたくしに、アレク様は髪を撫でて額に唇を落とした。
「眠っていていいよ」
「セシリアが……」
「セシリアには伝えておく。レイシーは体を休めて」
食事を一緒に取るようになったセシリアは、朝食の席に来ていないわたくしに、不安になったりしないだろうか。
心配で起きようと思っても、眠くて起きられない。
「セシリアにはわたしが食べさせるから心配しなくていいよ」
「アレク様……」
「ゆっくり休んで」
優しい声で言われて、わたくしはもう一度目を閉じて眠りに落ちていった。
昼前には起きられたわたくしは、着替えをしてセシリアの待つ子ども部屋に向かった。セシルがガーネくんのために買った積み木で遊んでいたセシリアは、わたくしを見ると、半泣きになって這い這いでやってきた。
歩けるようになったが、本当に急ぐときには這い這いの方が早いので、セシリアはまだ這い這いをするのだ。
「まっまー! まっまー!」
「セシリア、心配をかけましたね」
「らっこ! らっこ!」
「抱っこしましょうね」
セシリアを抱き上げると、ぽろりとセシリアの柘榴の瞳から涙が一粒零れた。
ぎゅっと抱きつかれて、わたくしはセシリアがわたくしがいないことに不安を覚えていたのを感じ取る。
わたくしはセシリアを不安にさせないようにしなければいけない。
けれど、アレク様との夜の生活は続けたい。
「わたくし、強くなります!」
「あい」
わたくしの宣言に、セシリアが小さなお手手を上げて、分かっているのかいないのか、真剣な表情で返事をした。
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