28.セシリアのお披露目はわたくしのお誕生日のお茶会で
セシリアが正式にお披露目されたのは、わたくしの二十一歳のお誕生日のお茶会だった。
最初は少人数で慣らしておきたかったので、わたくしはお誕生日のお茶会にセシリアのお披露目をしてくれるようにアレク様に頼んだ。
「本当ならば、新年のパーティーなどのもっと客人が多く来る場でお披露目をするべきなのはわかりますが、セシリアには少しずつ公の場に慣れていってほしいのです」
「レイシーがそう望むならば構わないよ。セシリアの妊娠が分かったのも、レイシーのお誕生日だったからね」
「そうでした」
去年のお誕生日のお茶会で、胸がむかむかしてほとんど何も食べられなかったわたくしを心配して、アレク様はお茶会を早く切り上げてわたくしを医者に見せたのだ。そのときにわたくしの妊娠が発覚した。
最初は信じられなくて実感もなかったが、体に変化が起こるようになってから、間違いなくわたくしは妊娠しているのだと感じることができた。
あの日のことはいい思い出になっている。
「わたくしのお腹にセシリアがいると分かった日……わたくしとアレク様にとっても記念日ですね」
「そうだね。あの日、わたしは父親になった。レイシーがわたしを父親にしてくれた」
お腹の中に赤ちゃんが宿っていると知っただけで、アレク様は父親としての自覚を持ってくれていた。妊娠が発覚してから、アレク様はわたくしにとても過保護になったし、わたくしに寄り添ってくれていた。
「わたくしが匂いがダメでフルーツとヨーグルトくらいしか食べられなくなったときも、アレク様は同じものを口にしていましたね」
「レイシーと別々に食事を取ることは考えられなかったから、レイシーが匂いで気持ち悪くなってしまわないように同じものを食べたんだ。わたしは皇宮に執務に行ってから少し食べ足せばいいと思っていたからね」
「セシリアがお腹の中で動くようになってきたら、絵本も読んでくれましたね。今もセシリアに絵本を読んでくださってる」
「父親らしいことをしたくてたまらなかったんだ。わたしはレイシーみたいに生まれてくるセシリアのために産着も作れない、ベビードレスも縫えない、靴下も編めないだろう」
こうやってアレク様が自分が父親ということを自覚して、わたくしのお腹の中にいるのは自分の子どもだとはっきりと感じ取って、親という当事者として動いてくれたからこそ、わたくしは問題なくセシリアを産めたのかもしれない。
「セシリアが一歳になったら……アレク様」
「レイシー?」
「次の子どもが欲しいと思ってはいけませんか?」
性行為は子どもを作るためだけにするわけではない。
夫婦が愛を確かめるためにするのだということは分かっている。
アレク様はわたくしの妊娠中も、出産してから今までも、そういう行為は控えてくださっている。立て続けの妊娠は母体に負担をかけると医者に言われているからだ。
セシリアが一歳になるころには、わたくしは次の子どもを考えてもいいのではないだろうか。
密やかにアレク様に言うと、アレク様が心配そうにわたくしの顔を覗き込む。
「無理はしないでほしい」
「セシリアに弟妹を産んであげたいのです。セシルも弟妹が欲しいと思っていました。わたくしも妹のソフィアが生まれたとき、とても嬉しかった」
わたくしの望みなのだと伝えると、アレク様は表情を緩めた。
「そうだね。わたしもセシリアの弟妹を見てみたい気がする」
了承してくれたアレク様に、わたくしはセシリアが一歳になる日が楽しみでならなかった。
わたくしのお誕生日のお茶会は盛大に行われた。
わたくしとアレク様の席の近くにはベビーベッドが置かれて、セシリアがいつでも寝かせられるようになっている。
セシリアを抱いているわたくしに、皇太后陛下とカイエタン宰相閣下が涙ぐんでセシリアを見つめていた。
「姑が出産後にお邪魔するとよくないと言われていたので、我慢してきましたが……皇后陛下は何とかわいいお子を産んでくださったのでしょう」
「わたしも舅のような立場なので、遠慮してきましたが、セシリア殿下にお会いできて嬉しいです。皇帝陛下が父親になるなど……なんとめでたいのでしょう」
そういえば、皇太后陛下もカイエタン宰相閣下も、セシリアに会いたいということは言ってこなかったし、月齢の低いセシリアをあまり連れ出すのも、お客様の前に出すのも心配だったので、わたくしはずっとセシリアを皇帝宮の中だけで育ててきた。ソフィアの結婚式に行ったのがセシリアの初のお出かけだった。
「皇太后陛下とカイエタン宰相閣下にもっと早く会わせておけばよかったですね」
「いいのです。大事な皇后陛下のお体と小さなセシリア殿下にストレスは厳禁です」
「今、お会いできているだけでこの上ない幸せです」
自分のことのように泣いて喜んでくれる皇太后陛下とカイエタン宰相閣下は、アレク様がセシルを失ってから、たった一人で孤独に生きてきて、結婚もしないと宣言していた時期を知っているからこそ、アレク様が結婚して子どもまでいる今に感動しているのだろう。
セシリアは泣いている皇太后陛下とカイエタン宰相閣下を不思議そうに見詰めている。
「セシリア、わたしの母上と叔父上だ。セシリアには祖母と大叔父になる」
「うー?」
「セシリアが生まれてくるのを楽しみにしてくれていて、セシリアのことを愛してくれるひとたちだよ」
アレク様が説明すると、セシリアは分かったのか分かっていないのか、きゃっきゃと笑っていた。セシリアはアレク様のことが大好きなので、アレク様が話しかけるといつもご機嫌なのだ。
「セシリア殿下、小さくてかわいいですね」
「わたくしは皇帝陛下の従妹のテレーザです」
「わたしはアウグスタです」
挨拶をするエメリック様とテレーザ様とアウグスタ様に、セシリアは目を丸くしてじっと三人を見つめていた。
「かわいいですね。セシリア殿下が大きくなったら、結婚したいです」
「アウグスタ、それは許さない」
「皇帝陛下、横暴なのでは? セシリア殿下が大きくなったら、わたしを好きになるかもしれないじゃないですか」
「年の差がありすぎる」
「わたしが十歳、セシリア殿下がゼロ歳でしょう? 皇帝陛下と皇后陛下も十歳の年の差があるではないですか」
アウグスタ様があながち冗談でもない顔で言うのに、アレク様は過剰反応している。
セシリアがかわいすぎて、アレク様は結婚させるとか考えられないのかもしれない。
「男親は娘がかわいいと言いますものね」
「息子でもかわいいと思うが」
「皇帝陛下は子煩悩であらせられますのね」
ルドミラ様がくすくすと笑っていた。
わたくしのお誕生日のお茶会は問題なく終わった。
セシリアが参加していたので、早めに切り上げたのだが、誰からも文句は出なかった。
「皇后陛下が妊娠されてから、皇帝陛下はできるだけ早く執務を終わらせるようになりました。セシリア殿下が生まれてからはますます頑張っておられます。家族の時間を大切にしたいのでしょうね」
側近のユリウス様が言うのに、わたくしは嬉しくて幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。
アレク様がわたくしを大事に思ってくれていることも、セシリアを大事に思ってくれていることも、本当に幸せだった。
皇帝宮に帰ると急いで着替えて、わたくしはセシリアに離乳食を食べさせてから、お乳をあげた。お腹を空かせていたセシリアは不機嫌になっていたが、離乳食を食べてお乳を飲むと、疲れていたのかぐっすりと眠ってしまった。
わたくしも久しぶりの公務に疲れて、ソファに座るとうとうとと眠くなってくる。
夢うつつで、わたくしの体が抱き上げられた気がしたが、わたくしは瞼を開けることができなかった。
空腹感で目を覚ますと、時刻は夜になっていた。
わたくしはベッドに運ばれて、そこでぐっすりと眠ってしまったようだった。
わたくしが体を起こすと、わたくしを抱き締めていたアレク様が目を覚ます。
「レイシー、起きたのかな?」
「はい。わたくし、寝てしまってすみません」
「気にしなくていいよ。疲れていたんだろう。お腹は空いていない?」
「空いています」
正直に答えると、わたくしのお腹がきゅるきゅると鳴る。恥ずかしくてお腹を押さえるわたくしに、アレク様は侍女を呼んで軽食の乗ったトレイを持って来させた。
不思議なことにアレク様の分もある。
「アレク様は夕食は食べなかったのですか?」
「レイシーが眠っていたから、起きたら一緒に食べようと思っていた」
「す、すみません」
「起きたから一緒に食べよう。レイシーの好きなキッシュがあるよ」
わたくしが眠ってしまったので、アレク様は夕食を食べていなかった。わたくしを気にせずに食べてくれたらよかったのにという思いと、アレク様が言っていたわたくしと一緒でないと食事の味がしないという言葉が胸の中で複雑に混ざる。
アレク様のためにもわたくしはできる限り健康で、一緒に食事ができるようにしなければいけない。
「キノコとベーコンのキッシュですね。美味しい」
「わたしの分も食べる?」
「アレク様は自分の分を食べてください」
「レイシーはセシリアにお乳をあげているから、その分も食べないと」
「アレク様の分はいただけません」
ベッドの上でトレイを膝の上に置いて食べ終わってから、わたくしはシャワーを浴びてパジャマに着替えた。
ぐっすりと眠っていたのでもう眠れないかと思ったが、そんなことはなくすぐに眠りに落ちてしまった。
眠っている間もアレク様がわたくしを抱き締めてくれていて、その体温に、わたくしは安心して眠ることができた。
読んでいただきありがとうございました。
面白いと思われたら、ブックマーク、評価、リアクション、感想等よろしくお願いします。
作者の励みになります。




