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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
三章 ご寵愛の末に
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25.出産

 春の始め、わたくしは足のむくみや股関節の違和感に悩んでいた。

 医者に聞いてみると、妊娠中はそういうことがよくあるそうだ。


「妊娠中は大きくなった子宮が下半身を圧迫するので、どうしても足はむくんできますね。他にも顔のむくみや足の左右に違う感覚があったり、痛みや発熱を伴う場合にはいつでも呼んでください」

「分かりました」

「股関節の違和感は、出産準備のために骨盤周りの関節が緩んでくるので仕方がないですね」

「そうなのですね」

「何か異常があるというわけではないのだな?」

「皇后陛下は順調にお子も育っています。安心されてください」


 医者に説明してもらうと落ち着くのだが、アレク様は心配そうにしていた。

 毎日お風呂のときに侍女に足をマッサージしてもらうのだが、夜中に足がむくんでつらくなって目が覚めたときには、アレク様が目を覚まして足をさすってくれた。

 足をさすられていると気持ちよくてそのまま眠ってしまう。

 わたくしが眠ってもアレク様は足をさすり続けてくれていたようだった。


 アレク様は妊娠中のわたくしに非常に優しくしてくれる。

 父親としても、夫としてもわたくしはアレク様を頼れる存在と思っていた。


「執務に行く前に赤ちゃんに絵本を読んであげたい」

「はい、子ども部屋に行きます」


 朝の忙しい時間に、アレク様は必ず子ども部屋でお腹の赤ちゃんに絵本を読んでくれた。最近は赤ちゃんが気に入っているような気がする二冊が中心だが、違う絵本を読むこともある。

 赤ちゃん用の簡単な絵本ばかりではなく、少し大きくなったとき用の長い絵本もあって、それを読むときには赤ちゃんはあまり興味がなさそうにぽこぽこと動いていた。


「絵本は絵がありますから、見えないと面白くないのかもしれません」

「やはり、音が面白いものを選んだ方がいいのか」


 絵本選びも真剣にしてくれるアレク様は父親の鑑のような方だった。

 わたくしの産み月が近付いているので、乳母が選ばれた。

 子爵家の夫人であるという乳母は、シルヤという名前で、年齢は三十代後半だった。


「皇后陛下、どうぞよろしくお願いいたします」

「シルヤ、赤ちゃんが産まれた暁には、お願いします」

「心を込めてお世話をさせていただきます」


 本人も子どもがいるようだが、学園に通っていて、手は離れているので安心して赤ちゃんを任せられる。子どもがいるということで、わたくしはシルヤに出産のことについていくつか聞いてみた。


「お産は大変でしたか?」

「初産のときは大変でした。二日も苦しんで、なかなか赤ちゃんが出てきてくれなくて、産んだ後には出血もして、しばらく床から離れられませんでした」

「そうなのですね。わたくしも覚悟しておかないと」

「二回目のときは初産より少し楽でした。それでも八時間以上陣痛に耐えました」

「八時間……」


 初産のときは二日苦しんで、二回目のときも八時間苦しんだとシルヤは言っている。

 わたくしもそれくらい苦しむのだろうか。

 その様子をアレク様には見てほしくないような気持ちがある。


「わたくしが出産するときには、アレク様はどうされますか?」

「できればそばについておきたい」

「その……わたくしが苦しむ姿を見せたくないのです」


 お茶の時間に戻ってきたアレク様に正直に伝えると、アレク様がわたくしの手を握り締める。


「苦しむからこそ、それを見ておきたいのだ。レイシーがどれだけ苦しんで産んでくれた子どもなのかを知っていれば、わたしは子どもを一生愛することができる」


 なにより、とアレク様が続ける。


「お産は命懸けと聞く。レイシーにもしものことがあったときに、わたしがそばにいないのはつらい」


 出産中に死んでしまう女性も少なくないと聞いている。わたくしはアレク様の前で死ぬようなことはないようにしたいのだが、万が一ということがある。そのときには、アレク様は悔いがないようにわたくしのそばにいたいだろう。


「わたくしがどれだけ苦しんで、みっともない姿を見せても、嫌いにならないでくださいね」

「嫌いになるはずがない。レイシーほど愛しい相手はいない」

「そんなことはないと思いたいのですが、わたくしが死ぬようなことがあったら、赤ちゃんはアレク様が育ててくださいますね」

「約束する。子どものことはわたしが命を懸けて守り、育てる」


 出産というのが簡単なものではないと分かっているからこそ、わたくしとアレク様は強く誓い合った。


 アレク様の生誕祭の衣装を縫っているときに、わたくしは異変を感じて医者を呼んだ。

 アレク様もすぐに駆け付けてくれて、わたくしはベッドの上に寝かされた。


 陣痛が来て、破水したのが分かる。

 痛みに堪えていると、アレク様が声をかけてくる。


「喉は乾いていないか? 腰をさすろうか?」

「お願いします」


 陣痛は痛みがあるときと、痛みが治まる瞬間がある。それの間隔が短くなって、いよいよ出産となるのだが、痛みがなくなったときには、アレク様の手で吸い飲みで水を飲ませてもらって、腰をさすってもらった。

 腰をさすってもらうと少しは楽になる。


 どれくらい時間が経ったのか分からない。

 痛みに耐えて気が付けばずっと痛みが続いている状態になって、ついにわたくしは赤ちゃんを産んだ。


 ものすごい痛みだったが、アレク様はずっとそばにいてくれて、わたくしの手を握り締めていてくれた。アレク様の白い手に、わたくしの握り締めた跡が赤く残っていたので、それくらい強く握りしめてしまったようだった。


 産声が聞こえて、わたくしはほっとすると同時に涙がこぼれてきた。


 産湯をつかわせてもらった赤ちゃんが、産着を着せられてわたくしの胸の上に乗せられる。

 とても小さな体で、顔を真っ赤にして泣いている。


 乳を含ませてみると、一生懸命吸っていた。


「レイシー、セシリアだよ」

「女の子だったのですね……なんてかわいい」


 ぽやぽやの黒髪が生えたその子は、アレク様と同じ柘榴の瞳をしていた。顔立ちもアレク様に似て麗しいような気がする。


「なんて美しい赤ちゃん……」

「レイシー、頑張ってくれて本当にありがとう。ゆっくり休んでほしい」

「アレク様、セシリアを連れていかないでください。ベビーベッドをこの部屋に置いてください」


 赤ちゃんと引き離されたくないわたくしの願いを聞いて、アレク様はベビーベッドを寝室に置く代わりに、シルヤを寝室に連れてきた。


「レイシーが眠っている間はシルヤがセシリアの面倒を見てくれるから、ゆっくり休んで」

「はい、アレク様」


 もう疲れが限界で瞼が重い。

 目を閉じたわたくしは、そのまま眠りに落ちていた。


 目を開けたときには、一昼夜が経っていたらしい。

 わたくしは空腹で起き上がろうとすると、シルヤがわたくしを止める。


「皇帝陛下を呼んでまいります」

「セシリアは?」

「ミルクを飲んで、オムツを替えて、ぐっすりと眠っております」


 途中セシリアが泣いた時間もあっただろうが、それにも気付かずわたくしは疲れ切って眠っていたようだ。

 ベビーベッドを覗いてセシリアの顔を見ると、目を閉じて静かに小さな胸が上下しているのが分かる。


 生きている。

 セシリアは生きてここにいる。


 それだけの事実で、わたくしは泣きそうになるくらい胸がいっぱいになっていた。


 アレク様が来てくれて、トレイに乗った食事が運ばれてくる。

 スープやパンやフルーツなどの体に優しい食事だったが、わたくしはぽつりと呟いてしまった。


「お肉が食べたい……」


 妊娠期間中、わたくしはずっとお肉を食べていなかった。食べていたのはベーコンやソーセージといった加工肉と、臭みのない白身魚だけだった。

 わたくしの呟きを聞いて、即座にアレク様は自分のトレイをわたくしに渡してくれた。

 アレク様のトレイの上には、パンとサラダとローストビーフと魚のソテーが乗っていた。


 もりもりとそれを食べるわたくしに、アレク様がわたくしの分のトレイの上に乗っていた食事を食べながら嬉しそうに目を細める。


「食欲が戻ったんだね」

「なんだかすごくお腹が減りました」

「いっぱい食べるといいよ。体力を戻さないと」


 アレク様用に用意された量の食事をわたくしは全部完食してしまった。

 お腹がいっぱいになると、セシリアが泣き出したので、オムツを確認して、汚れていないことを確かめると、乳を含ませる。

 一生懸命顔を赤くして飲んでいるセシリアに、わたくしはかわいくて幸せで、何度も小さな頭に口付けを落とした。


読んでいただきありがとうございました。

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