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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
三章 ご寵愛の末に
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19.アレク様との夜の営みについて

 アレク様が忙しくなって、夕食の時間も少し遅くなっていたのだが、その日はアレク様は夕食に間に合うように帰ってきた。

 玄関ホールでアレク様を迎えると、アレク様に抱き締められる。


「ただいま、レイシー」

「おかえりなさいませ、アレク様」


 アレク様の広い背中に腕を回して抱き返すと、アレク様の深い香水の匂いがしてわたくしは目を閉じる。

 アレク様の唇がわたくしの頬に触れた。


 人前で口付けをされるのは少し恥ずかしいのだが、アレク様に触れられたいという気持ちはあったのでわたくしはそれを受け入れた。

 夕食の席について、アレク様は目元を朱鷺色に染めて咳払いをしていた。


「ラヴァル夫人からレイシーの悩みについて聞いた。わたしの気が回らなくてすまなかった」

「いえ、いいのです。あの……そのお話は二人きりのときに」

「そうだな。レイシー、食事に集中しよう」


 夕食を食べ終えて、わたくしは侍女にお願いして全身を磨き上げてもらって、香油を塗り込んでもらって、髪にも香油を馴染ませて梳いてもらって、夫婦の寝室に向かった。

 寝室ではアレク様が先に来て待っていた。

 ソファに座っているアレク様の横に、わたくしが座ると、アレク様はわたくしの頬に手を添えた。

 口付けられて、目を閉じると、アレク様が唇を離して深くため息をつく。


「初めてのときにレイシーがつらそうだったから、無理をさせてはいけないと思って遠慮してしまった。それがレイシーを不安にさせるだなんて思わなかった」

「体は少し違和感はありましたが、平気です。わたくし、アレク様のお子が欲しいのです」


 大胆かもしれないが口に出してしまうともう止まらない。


「皇后として皇帝陛下の血統を繋ぐことを望まれているのは分かっていますが、それだけではなく、わたくしはアレク様を愛しているから、アレク様のお子が欲しい。そう思ってしまったのです」

「レイシー……」

「はしたない女ですみません」


 謝ると、アレク様がわたくしを強く抱き寄せる。


「はしたないなんて思っていないよ。わたしたちは夫婦なのだし、夜の営みについても、夫婦にとっては大切なことだと思っている。わたしが何も聞かずにレイシーに遠慮していたせいで、レイシーは不安になってしまった。今後はこんなことがないように、わたしも遠慮なくレイシーに聞くし、レイシーも遠慮なくなんでもわたしに話してほしい」

「わたくしは、アレク様を求めてもいいのですか?」

「わたしもレイシーをずっと求めていた。レイシーが苦しい思いをして、わたしを嫌ってしまうのが怖くて、初めてのとき以来何もできずにいた。わたしが臆病だったのだ」

「アレク様、愛しています」

「わたしも愛している」


 口付けを交わしてから、アレク様がわたくしを抱き上げてそっとベッドの上に横たえた。

 長い白銀の髪を解いて、アレク様がわたくしに問いかける。


「レイシーを抱いてもいい?」


 熱のこもった問いかけに、わたくしは真っ赤になりながら必死に頷いていた。

 唇が重なって、部屋の灯りが落とされる。

 わたくしは、アレク様の愛を受け入れた。


 翌朝、まだ多少体に違和感のあるわたくしに、アレク様は朝食を寝室まで持って来させた。寝室の中には誰も入れず、アレク様がお盆を持ってくる。

 柔らかなパンと温かいスープ、ヨーグルトとフルーツの朝食は、体に優しいものばかりだった。アレク様は普段と同じものを食べているが、わたくしはベッドの上でトレイを膝の上に置いて体に優しい朝食を食べた。


 初めてのときよりも体は楽だったが、アレク様はわたくしが心配だったようだ。


「今日はゆっくりしていていいから。お茶の時間には戻れるように執務を片付けてくるよ」

「いってらっしゃいませ、アレク様」

「いってきます、レイシー」


 ベッドの上から起きることを許されず、寝室でアレク様を見送ったわたくしは、甘やかされているのだと実感した。

 それにしても、アレク様は本当にわたくしのことを考えてくださる。

 夫婦なのだし、夜の営みがあって当然なのに、わたくしの体のことを考えて控えていてくださっていたし、昨夜も行為の前にはきちんとわたくしに同意を取った。

 わたくしが拒めばアレク様は行為をやめて止まってくれただろう。


 アレク様を信頼して愛しているからこそ、わたくしは身を委ねられるのだと実感していた。


 もう一眠りしてから起きると、部屋に戻ってお風呂で体を流してさっぱりして、服を着替えた。

 それから、ラヴァル夫人に言われたお誕生日のお茶会の招待状の文章を考えた。箔押しをして印刷するとはいえ、文章はわたくしが考えたものでなければいけない。

 どの出席者にも失礼に当たらないような文章を書くというのは難しいものだ。どうしてもありきたりになってしまうわたくしは、昼食を挟んで午後も招待状の文章作りに時間をかけて、お茶の時間の直前にやっと文章を作り上げて、それを侍女に託した。

 侍女は分かっているようで、印刷をお願いすると、その文章を受け取って皇宮に届けさせたようだった。


 お茶の時間にはアレク様が帰ってきた。

 玄関ホールでお迎えすると、アレク様がわたくしを抱き締める。


「ただいま、レイシー。体はつらくない?」

「おかえりなさい、アレク様。体は平気ですよ」

「愛している、レイシー」

「わたくしも」


 そのまま口付けをされそうになって、わたくしはアレク様の胸を押して拒んでしまった。

 アレク様はそれに対して不機嫌になったりせずに、わたくしの手を取ってお茶室までエスコートしてくれた。お茶室で待っていると、着替えてきたアレク様がお茶室に入ってくる。

 侍女がカップに紅茶を注ぐと、アレク様は昨日のラヴァル夫人のようにひと払いをして、わたくしとアレク様二人きりになった。


「レイシーを求めているときには、ちゃんとそう言うので、レイシーはわたしを受け入れられないときには、はっきりと断ってほしい」

「はい、分かりました」

「レイシーがわたしを求めているときにも、わたしに言ってほしい。夫婦なのだから、お互いの気持ちを大事にしたいと思っている」

「はい。恥ずかしいですが、そうします」


 アレク様とわたくしの間で交わされた約束。

 これを守っていければ、アレク様と一生いい夫婦でいられるだろう。


「わたしが求めすぎていたら、本当に遠慮なく断るんだよ?」

「はい。それは必ず」

「わたしはレイシーを愛しすぎているから、心配なんだ。レイシーに少しでも苦しい思いはしてほしくない」


 こんなことを言うアレク様は、わたくしが妊娠、出産するときには大丈夫なのだろうか。女性が妊娠すると体に様々な変化が起こって、それが苦しいこともあると聞く。出産はさらに大変で、痛い思いや苦しい思いをたくさんすると聞いている。

 そんな状態のわたくしを見ても、アレク様は平気でいられるのだろうか。


「わたくし、強くなります」

「レイシー?」

「アレク様に心配されないようになりたいです」


 妊娠や出産には夫は何もできないから期待をするなというようなことを学園の性教育でも習った気がする。実際に妊娠や出産をするのは女性で、男性は妊娠や出産ができないのでどうしようもないのだが、アレク様はそれでもわたくしが苦しんだり、痛みを訴えたりしたら、自分のことのように苦しみそうだ。

 何より、妊娠や出産は命懸けだと聞いている。


 わたくしはアレク様を置いて死ぬわけにはいかない。


 アレク様のためにも、わたくしのためにも、わたくしは長生きしなければいけないのだ。もちろん、アレク様にも長生きしてもらって、お互いに老いて、寿命が来てから死んでいきたい。

 そのときには、たくさんの子どもたちや孫たちに囲まれている。

 それがわたくしの夢だった。


読んでいただきありがとうございました。

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