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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
三章 ご寵愛の末に
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17.皇帝宮に帰って

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。

 二泊三日のディアン伯爵領での新婚旅行を終えて、わたくしとアレク様は玄関ホールでディアン伯爵家の家族に別れを告げていた。


「お父様とお母様とソフィアと過ごせて、とても楽しい時間でした。ありがとうございました」

「レイシーの暮らしていた場所、作りたかった工場を見られてよかったよ。ありがとう」


 わたくしとアレク様がお礼を言えば、両親もソフィアも深く頭を下げる。


「またいつでもお越しください」

「この度は、ディアン伯爵領を新婚旅行の地に選んでくださってありがとうございました」

「末永く姉をよろしくお願いいたします」


 堪えきれなくなって、わたくしがソフィアを抱き締めると、ソフィアもわたくしの背中に腕を回してしっかりと抱き着いてくる。


「お姉様、絶対に幸せになってくださいね。何かあったら、いつでも戻ってきていいですからね」

「ありがとう、ソフィア。大好きです」

「わたくしも大好きです」


 皇后になったわたくしが軽々しく実家に戻ることなどできないのだろうが、ソフィアはわたくしが戻ってきたら本気で受け入れて守ってくれそうだった。

 そんなことがないようにしなければいけないと思いつつ、ソフィアの気持ちは嬉しかったのでわたくしはもう一度ソフィアをしっかりと抱き締めて別れを惜しんだ。


 馬車に乗り込むわたくしにアレク様が手を貸してくださって、アレク様が乗り込んで馬車の扉が閉まった後、姿が見えなくなるまでわたくしは家族の方を見ていたし、家族は玄関の外に出てずっと手を振ってくれていた。


 短い新婚旅行だったが、思い出に残るものだった。


 馬車の中でアレク様はわたくしの肩を抱いて悪戯に頬に口付けたり、耳たぶを軽く食んだりする。

 馬車の中には護衛も一緒なので恥ずかしかったが、護衛は「わたしのことはいないと思ってください」とアレク様に言わされていた。


「アレク様、お戯れが過ぎます!」

「新婚旅行の間レイシーに触れられなかったのだ。少しくらいいいだろう?」

「馬車の中で、いけません! 護衛もおります」

「見ていないな?」

「見ておりません」


 アレク様が聞けば当然護衛はそう答えるのだが、絶対に見られているとしか思えない。

 恥ずかしがって嫌がるわたくしに、アレク様はそれ以上のことはしてこなかった。


 朝食後にディアン伯爵領を出て、昼食のころには皇帝宮に帰りついていた。

 二泊三日の短い期間だったが、皇帝宮に辿り着くとほっとする。一年間暮らしている間に、皇帝宮はすっかりとわたくしの帰る場所になっていた。

 部屋に戻って着替えて食堂に行くと、アレク様も着替えて食堂に来ていた。

 もうすっかりアレク様の普段着まで全部わたくしが縫ったものに変わっている。

 こつこつと縫って作ったのだ。


 爽やかな水色のシャツに白いスラックスのアレク様は涼しげだった。アレク様の服には全部刺繍を入れているのだが、水色のシャツには青い蔦模様の刺繍が入っていた。


「二週間後にまた休暇が取れそうだ。そのときには、セシルのいた村に行こう」

「セシルの両親やセシルのお墓に、報告しなければいけませんね」

「あの村の活性化事業も考えているのだ。領主と話し合って、進めていきたいと思っている」

「あの村にも、寮のついた工場や畑ができるということですか?」


 ディアン伯爵領で工場を視察に行ったのはこういう思惑があったからなのだろう。わたくしがアレク様に問いかけると、アレク様は微笑みながら頷いた。

 セシルの夢が現実となって実現する。

 セシルの生まれた村から、自立して働きに出る若者が増えるというわけだ。


「最初は村に作るのは難しいかもしれないが、近くの町から作っていきたいと思っている。最終的には村にも寮のついた働く場所を提供したい」

「造花がいいかもしれません」

「造花か」

「服は仕立て職人に頼んだり、古着を買ったりすることができますが、造花は技術や道具がいるので、まだ単価が高く、貴族だけのものになっています。工場ができて大量生産ができるようになれば、庶民にも手の届く価格になるでしょう」

「ルドミラ夫人も、テレーザも造花を欲しがっていたな。貴族にも売れるだろう」


 カイエタン宰相閣下の夫人、ルドミラ様もその娘のテレーザ様も造花は欲しがっていた。

 それだけではない。造花はまだまだ需要が見込めるとわたくしは思っていた。


「結婚式には女性はブーケを持ちますが、男性はブートニアといって胸にブーケとお揃いの花を飾ります。それにラペルピンにも造花は使えます。女性だけではなくて、男性の需要も見込めるのではないでしょうか?」

「そういえば、レイシーはわたしの結婚衣装にもブートニアを作ってくれていたね」

「ディアン伯爵領の工場と提携させるのもいいでしょう。ディアン伯爵領の工場では人形やぬいぐるみ、その衣装は作れますが、造花は作っていませんでした」

「そういえばそうだったね。レイシーの結婚衣装には花冠が必要なのに」

「そうです。そういう人形やぬいぐるみ用の小物を作れば、ディアン伯爵領の工場と提携できます」


 アイデアが次から次へとわいてきて止まらないわたくしに、アレク様は遮ることなく最後まで話を聞いてくれる。


「レイシーの案はとてもいいものだと思う。早速明日からの会議にかけてみようと思う」


 皇帝陛下の執務は一人で行っているのではない。国の重鎮たちが会議をして、決定したことをさらに皇帝陛下に見定めてもらうのだ。

 その会議に皇帝陛下自ら発言をするというのは、珍しいことなのではないだろうか。

 アレク様がそれだけこの事業に力を入れていることがよく伝わってきた。


 昼食の後で、わたくしは中庭の家庭菜園を見に行った。

 わたくしが留守の間は、庭師さんが世話をしてくれているので安心だが、わたくしがいるときにはやはりわたくしが世話をしたい。

 雑草も抜いてあって、害虫も駆除されているのを確かめて、水やりも十分だったので、わたくしは満足して中庭から部屋に戻った。


 部屋で刺繍をして過ごしていると、お茶の時間になって侍女に声をかけられる。

 お茶室に行けば、アレク様がわたくしを待っていた。


「レイシー、明日からは少し忙しくなるかもしれない」

「旅行中の執務が溜まっていそうですよね」

「それもあるが、出発までに造花工場の事業をしっかりと決めておきたい。現地に行ったら、工場を建てる場所の視察までして帰りたいからね」


 やる気に満ち溢れたアレク様に、わたくしは胸を押さえる。


「セシルは喜ぶでしょうね」

「セシルは村を出て働きたがっていたからね」

「あのままずっとガーネくんと一緒に過ごせていたら、セシルはガーネくんを村の学校に通わせて、卒業したら二人で町に出ようと考えていたんですよ」

「それは本当か? その話は聞いたことがない」


 驚いているアレク様にわたくしは話をする。


「セシル一人だと両親に反対されるから、学校を卒業して十二歳になったガーネくんが一緒だったら反対されないのではないかと思っていたようです。女性の一人暮らしが危険なら、ガーネくんと一緒に暮らして、ガーネくんも町で仕事を見つけたらいいと」


 わたくしが説明すると、アレク様の柘榴色の目が潤んだ気がする。涙の膜の張っている柘榴色の瞳はきらきらと輝いて美しい。


「セシルの未来にわたしはいたんだね。そのことを聞けて嬉しい」


 ソファに座ったまま横から抱き締められて、わたくしはちょっと恥ずかしかったけれど、じっとしていた。

 アレク様がガーネくんだったころ、セシルのことが大好きで、真剣に結婚を考えていたことをわたくしは知っている。セシルとの年の差を考えるとそれは叶わなかったかもしれないが、セシルが死んで、わたくしがセシルの記憶を夢に見て、ようやく、アレク様はセシルの気持ちを知ることができた。


「死んでしまうというのは罪深いことなのですね」


 抱き締められながらわたくしは考えずにはいられない。

 残されたものはこんなにも死んでしまったもののことを考えるが、死んでしまったものが口に出さなかった思いが生きているものに伝わることはない。

 わたくしのような例はごくごく稀だろう。


「レイシーは生きていてくれ」

「はい、アレク様」


 わたくしはアレク様を置いて行かない。

 そのために、わたくしはアレク様と十歳年が離れて生まれたのではないかと思い始めていた。


読んでいただきありがとうございました。

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