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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
三章 ご寵愛の末に
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14.ディアン伯爵領へ

 結婚式から三日目の朝、わたくしはアレク様に抱き締められて目覚め、部屋で着替えて食堂で朝食をとった。

 朝食の後で、馬車が用意されてわたくしとアレク様の荷物が積み込まれて、わたくしとアレク様は馬車に乗る。


 新婚旅行でディアン伯爵領に行くのだ。

 ディアン伯爵家は子爵家だったころの狭いお屋敷から建て直して、広いお屋敷になっていると聞く。そこにはわたくしたちが泊まる客室もあるのだという。

 大きくてほとんど揺れない馬車で向かうこと数時間、わたくしとアレク様はディアン伯爵家についていた。

 アレク様がわたくしを迎えに来たときとは全く違う広くて新しいお屋敷がそこには建っていた。


 子爵家だったころの狭いお屋敷も、家族が親密に一緒にいられるので嫌いではなかったが、やはり広いお屋敷になっているとディアン伯爵家が立て直ったのだと実感する。

 学園が夏休みなのでソフィアも帰ってきていて、わたくしたちを迎えてくれた。


「ようこそおいでくださいました、皇帝陛下、皇后陛下」

「田舎ですがゆっくりされてください」

「新婚旅行にわたくしたちの領地を選んでくださって光栄です」


 両親とソフィアが挨拶をするのに、アレク様は微笑んで頷いている。


「世話になる。明日は工場の視察にも行きたいと思っている」

「ぜひ見ていってください」

「縫物の工場を増やすとともに、新しい領地にある果樹園にも寮を作って、労働者が働きやすくする予定です」


 両親の言葉に、わたくしはセシルのことを考える。

 セシルがお針子になりたいと願っていたので最初に縫物の工場を作るように立案したが、両親はそれだけでなく次は果樹園に寮を作って女性も男性も働きやすいようにしてくれている。セシルの望んだ女性でも自立して暮らせる社会が近付いて来ているのを感じる。


「ディアン伯爵家が先駆けとなって、他の領地でもそのような取り組みが広がるだろう。素晴らしいことだと思う」

「お褒めに預かり光栄です」

「皇帝陛下と皇后陛下のおかげです」


 アレク様も両親の取り組みを評価してくれて、両親は深く頭を下げていた。


 ディアン伯爵家で昼食を食べたが、食堂も広くなっていて、使用人の数も増えていた。

 わたくしとアレク様が横並びに座って、向かい側に両親とソフィアが座る。

 運ばれてくる料理は、わたくしにとっては懐かしいものばかりだった。


 新鮮な夏野菜の冷たいスープ、キノコとベーコンのパスタ、白身魚のソテー。

 アレク様は食べ慣れていないから戸惑うかと思っていたが、わたくしが美味しそうに食べていると、アレク様も微笑みながら食べていた。

 ご自分で仰った通り、わたくしが好きな食べ物がアレク様も美味しく感じられるのだろう。


「夏野菜のスープの野菜は、庭で採れたものを使っています」

「レイシーも中庭で野菜を育てているが、それがとても美味しいのだ。庭で育てているからこんなに新鮮で美味しいのだね」

「喜んでいただけたなら光栄です」


 ソフィアが説明すると、アレク様はわたくしが皇帝宮の中庭で家庭菜園を作っていることを話してしまった。両親もソフィアも驚いていないが、普通だったら驚かれるのではないだろうか。

 皇后が家庭菜園で野菜を育てているのである。


 この話はあまりしないようにアレク様に言った方がいいのかと悩んでいると、ソフィアがアレク様に話しかけている。


「皇后陛下は、子爵家だったころも庭で野菜を育てていました。今は庭で野菜を育てなくても買えるようになったのですが、採れたての自分で育てた野菜の味を知ってしまうと、買ったものが味気なく感じてしまって」

「その気持ちは分かる気がする。レイシーが育ててくれた野菜は特に美味しくて、それ以外の野菜が物足りなくなるときがある」

「皇帝陛下も分かりますか?」

「あれは新鮮だからなのだな」


 アレク様とソフィアの間で家庭菜園の話で盛り上がっているので、今は水を差さないようにしようとわたくしは口出しするのをやめた。


 昼食後はわたくしとアレク様は客室に通された。

 大きなベッドのある客室は、夫婦のためのもののようで、ベッドは一つしかない。ソファセットもあって、ディアン伯爵家が十分に潤っているのだと感じることができる。


「レイシー、疲れていないかな?」

「わたくしは平気です。あの馬車はほとんど揺れなくて乗り心地がいいので」

「皇帝のために作られた馬車なのだよ。レイシー、疲れていないならお願いしてもいいかな?」

「なんですか?」


 わたくしがアレク様に問いかけると、アレク様は悪戯っぽく微笑む。


「膝枕をしてほしい」


 ガーネくんがセシルに膝枕をねだっていたように、アレク様はわたくしに膝枕をされるのが好きなようだった。

 甘えられるのは嫌ではなかったので、わたくしは座り直して、膝をぽんぽんと叩いた。


「どうぞ」

「それでは、失礼して」


 アレク様がわたくしの太ももに頭を乗せてくる。長くてさらさらの白銀の髪が広がって、まばゆいほど美しいアレク様のお顔がわたくしの太ももの上に乗っている。

 目を閉じていると白銀の睫毛がけぶるようで、柘榴の瞳が隠れてもアレク様の美しさには一片の陰りもなかった。


 さらさらの長い白銀の髪に指を通して撫でていると、アレク様が心地よさそうにしている。ガーネくんもセシルに膝枕してもらって、髪を撫でられるのが好きだった。


「アレク様、眠いですか?」

「いや、でも気持ちいい」


 目を閉じてリラックスしているアレク様の髪を、わたくしはしばらく撫で続けていた。


 お茶の時間になって、お茶室に行くと、両親とソフィアは先に来ていて立って待っていた。

 アレク様とわたくしが座ると、ソファに腰かける。

 紅茶がカップに注がれて、わたくしはテーブルの上の軽食とケーキとお茶菓子を見た。

 ディアン伯爵家が子爵家だったころには、こんなに豊富に軽食やケーキやお茶菓子は用意できなかった。お茶菓子も自分たちで作ることが多かったし、お茶の時間も取れないこともあった。


 ディアン伯爵家が本当に変わったのだと実感しつつ、カボチャのプリンとキッシュを取り分けると、アレク様も同じものを取っている。

 両親もソフィアもそれぞれに軽食やケーキやお茶菓子を取り分けて、和やかにお茶の時間が始まった。


「長旅でお疲れではないですか?」

「部屋で休ませてもらったので、疲れは取れたよ」

「そんなに長時間ではなかったので疲れていません」


 答えるアレク様とわたくしに、父は安心したように微笑む。


「明日の工場視察ですが、皇帝陛下と皇后陛下が来られるとなると、お針子たちも作業を止めなければいけないわけで……」

「その必要はない。視察なのだから、普段の仕事の様子を見せてほしいと思っている」

「わたくしも、お針子たちがどのように仕事をしているのかを見に来たのです。仕事の邪魔をするつもりはありません」


 アレク様とわたくしが言えば、父は安堵した様子だった。


「本当に庶民のお針子たちなので、皇帝陛下と皇后陛下に対する礼儀がなっていないかもしれません」

「わたしは気にしないよ。いつもと同じ態度で構わない」

「わたくしも気にしません」


 父はわたくしが気にすることはないとは分かっているだろうが、アレク様がどう思うかについて気になっているのだと思う。アレク様とわたくしが答えると、安心したようだった。


「それでは、明日、工場をご案内いたします」

「今、工場は皇帝陛下と皇后陛下の結婚衣装を着せたぬいぐるみや人形の生産で非常に忙しく、お針子たちも余裕がないかもしれませんが、お針子たちが働く姿を見ていってください」

「ディアン伯爵家の功績の一つになっている工場だ。しっかりと視察させてもらおう」

「とても楽しみです。よろしくお願いします」


 両親にとっても、ソフィアにとっても、わたくしは「皇后陛下」になってしまったので、敬意を払わねばならない対象なのだが、それが少し寂しく感じられる。以前のように気軽に「レイシー」や「お姉様」と呼ばれることはもうないのか。


 これが皇后としての責任なのかと思うと、寂しいが仕方がないとも思えてくる。


 わたくしは皇帝陛下の唯一の妃であり、本妻である。

 そのことを誇りに思い、皇后としてしっかりと勤めねばならないと思った瞬間だった。

読んでいただきありがとうございました。

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