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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
三章 ご寵愛の末に
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12.やり直しの初夜

 結婚式の翌日は、アレクサンテリ陛下……いえ、もう夫婦となったのだから、アレク様と呼ぶことにしよう、アレク様は、執務を休んでいるご様子だった。

 わたくしも妃教育はないし、急ぎの縫物の仕事もないし、アレク様とご一緒にゆっくりと休日を過ごすつもりだった。

 部屋に戻って侍女に着替えさせてもらっていると、侍女が控えめに聞いてくる。


「お体は平気でしょうか?」

「はい、とても元気です」


 答えてしまってから、わたくしは何を聞かれているのか理解して、顔を赤らめた。

 昨日は結婚式で、その夜は初夜である。

 当然、アレク様とそういう行為があったと考えられていてもおかしくはない。

 そういう行為は女性の体に負担がかかることもあるというのは、学園の性教育の授業で習っていた。初めてのときは痛いこともあるのだとか。そういうことがあるので、初めての後は男性は女性を気遣うように学園では教育されていたし、女性は体を休めるようにと言われていた。


 つまり、今日のアレク様の休みは、わたくしが初夜で体がきつかった場合に、そばにいてくれるように取られたものだったのだ。わたくしの休みは、初夜での体を労わるために取られたものだった。


 意味が分かるととても恥ずかしくなってくる。

 わたくしは昨日眠ってしまったので元気いっぱいなのだが、その姿が侍女にはどう見えているのだろう。

 夫婦の寝室のシーツ類は他の侍女が替えるのだが、その辺の情報まで共有されるのか。


 皇帝陛下と皇后という立場は全くプライバシーがないことを知って、わたくしはアレク様は長年大変だっただろうと思ってしまった。わたくしも皇后になったのだから、これに慣れなければいけない。

 アレク様はそのままのわたくしでいいと言ってくださるが、周囲の者に対してはやはりわたくしが皇后になったということは、妃候補であったころと全く意味合いが違うようになってしまうのだ。


 朝食は、侍女から伝えられたのか、いつもと同じものが出てきた。

 あの問いかけに、わたくしが気だるそうに答えていたら、体に優しいものが出てきたのかもしれない。


 朝食を食べ終わると、わたくしは中庭の家庭菜園を見に行く。

 昨日は結婚式で世話をできなかったから、雑草を抜き、水をかける。害虫も駆除しておいた。

 わたくしが芋虫を摘まんでいるときに、アレク様が中庭に来てわたくしに声をかけた。


「本当にレイシーは虫が平気なのだね」

「はい。手袋はしていますが、素手でも触れますよ」


 手を傷付けるといけないので、家庭菜園の世話をするときには園芸用の手袋をしている。これは庭師に分けてもらったものだ。

 芋虫は駆除して、園芸用の手袋を外すと、手を洗ってアレク様に手を差し出した。アレク様の大きな手がわたくしの手を包み込むようにして、手を繋いでくれる。

 離れたくなかったので、わたくしはアレク様を自分の部屋に誘った。


「新婚旅行は明後日から行くのですよね。それまではアレク様はお休みですか?」

「十一年も皇帝として働き詰めだったからね。少しは休んでもいいのではないかと思っているよ」

「アレク様は趣味はありますか?」

「読書くらいかな」


 わたくしは縫物や刺繍、編み物が趣味で、家庭菜園の世話をするのも好きだ。造花を作るのも興味深いと思っている。アレク様にはそういうことがあまりないようだった。


「皇帝陛下は趣味に使う時間もなさそうですよね」

「そうなのだ。面白みのない男ですまない」


 俯いてしまうアレク様にわたくしが聞いてみる。


「馬に乗るのはお好きですか?」

「乗馬か。嫌いではないけれど、貴族たちと群れになって狩りに出かけるのは好きではないね」


 男性が乗馬となると、狩りに出かけるのが普通なのかもしれない。

 わたくしは女性なので、乗馬は楽しいスポーツだった。


「皇帝宮に来てから馬に乗っていません。皇宮の中は広いので、馬で出かけられる場所もあるのではないですか?」

「そうだった。レイシーのために馬を用意していたんだった。学園時代に乗馬が好きだったと聞いて。馬で皇宮内を散歩してみるか?」

「はい、散歩したいです」


 わたくしが元気に答えると、アレク様は侍女に伝えて、馬の用意をさせた。

 アレク様は一度部屋に帰って着替えて来て、わたくしも部屋で侍女に乗馬服に着替えさせてもらう。スカートで乗馬するという方法もあるのだが、危険なのでわたくしはできれば乗馬服を着て馬に乗りたかった。


 乗馬服のアレク様がわたくしの手を取って皇帝宮の玄関までエスコートしてくれる。皇帝宮の前には馬が用意されていた。

 わたくしの馬は鹿毛で鼻のところに星のような白い模様がある。アレク様の馬は葦毛で、わたくしの馬よりも少し大きいようだった。


「レイシーの馬は大人しい子だと聞いている。名前はステラだよ」

「とてもかわいいです。ステラ、よろしくお願いします」

「わたしの馬はアストルという名前だ」

「アストル、よろしくお願いします」


 それぞれの馬の鼻を撫でて挨拶をすると、機嫌よさそうにしている。

 わたくしはステラに乗って、アレク様はアストルに跨った。


 護衛たちも馬でついてくるが、アレク様がわたくしを先導してくれる。

 アレク様の馬について行って、わたくしは皇宮の林に辿り着いていた。林の中は風が通って涼しく、木の香りがして心地いい。


 馬から降りると、素早く護衛が手綱を受け取ってくれる。


「皇宮にこんな林があったのですね」

「皇宮は広いからね。レイシーがまだ行ったことがない場所もたくさんあるよ」

「これから機会があれば連れていってくださいますか?」

「もちろんだよ」


 林の中で話していると、侍女が折り畳み式の椅子を持って来て座れるようにしてくれる。

 アレク様と二人並んで座っていると、侍女が水筒から注いだ紅茶をカップに入れて差し出してくれた。


 夏のさなかの乗馬だったので汗もかいていたし、喉が乾いていたのでわたくしはそれをありがたく受け取って飲む。アレク様も飲んでいた。


 乗馬から戻ると昼食の時間になっていた。

 着替えてから食堂に移動して、わたくしとアレク様は昼食を食べる。

 食べていると、アレク様が悪戯っぽく微笑んだ。


「夕食は楽しみにしているといいよ」

「何か特別な料理が出てくるのですか?」

「昨日、レイシーは結婚式で出てきた料理を全く食べられなかっただろう? 厨房に声をかけて、同じものを作らせるように言っている」


 見ていないように思えて、アレク様はしっかりとわたくしのことを見ていた。賓客に挨拶をして忙しかったはずなのに、わたくしが料理を食べられずにお皿を下げられてしまうことに対して、悲しく思っていたのが知られていた。


「食い意地が張っているようで恥ずかしいのですが、とても美味しそうだったので」

「わたしも全然食べられなかったからね。今日を結婚式のパーティーだと思って二人で楽しもう」


 こんなことを考えてくれるアレク様は細かいところまで気が付いて本当に優しいと思う。アレク様に感謝していると、アレク様は目元を朱鷺色に染めて微笑んだ。

 ガーネくんのことを思い出す。

 ガーネくんは興奮するとすぐに頬が薔薇色に染まっていた。

 肌の色が薄いから頬が紅潮するのが目立ちやすかったのだ。


 ガーネくんもものすごくかわいい子だと思っていたけれど、ガーネくんが育ったアレク様はものすごく麗しくて、美しくて、格好よくて、眩しいくらいだ。やっと直視できるようになったが、皇帝宮に来てすぐはアレク様の顔が麗しすぎて直視するのが難しかった。

 それでも、ひとは慣れるものなのだ。


 わたくしが平凡な顔立ちをしているのも、アレク様は慣れてくださっているだろうか。

 皇帝宮に来たときには痩せて貧相な体付きで、髪も艶がなかったが、今は少しはマシになっているはずだ。

 それでも、わたくしの胸がささやかで、わたくしの体が細身なのは変わりない。


 昼食を終えると、わたくしは自分の部屋で縫物をして、アレク様はご自分の部屋でどうしても外せない執務をされていたようだ。

 お茶の時間を挟んで夕食までわたくしたちは別々に過ごした。


 夕食はアレク様が言った通り、結婚式の料理がそのまま出てきた。


 肉団子の入ったスープ、夏野菜の蒸し焼き、鴨肉のソテー、鶉のパイ包み、デザートの桃のタルトまで全部完璧だった。

 パンは焼きたてで外側はパリッとして、中は柔らかくてとても美味しい。

 千切ったパンでソースを拭って、わたくしは全部食べてしまった。


「とても美味しかったです。アレク様ありがとうございます」

「レイシーが喜んでくれて嬉しいよ」

「アレク様も美味しかったですか?」

「レイシーと食べると食事がとても美味しく感じる。レイシーのおかげで美味しかったよ」


 アレク様も満足している様子なので、わたくしは安心して食事を終えた。

 夕食の後、少しだけ食休みをして、わたくしは侍女にお風呂に入れられて、体の隅々まで磨かれて、全身に香油を塗り込まれて、髪に香油を馴染ませて梳かれ、パジャマに着替えさせられて夫婦の寝室に行った。

 夫婦の寝室に行くと、アレク様もすぐにやってくる。


「レイシー、愛しているよ」

「わたくしも愛しています」


 アレク様がわたくしの頬に手を添えて口付ける。

 触れるだけの口付けがだんだんと深くなっていくのを感じて、わたくしはアレク様に身を委ねた。


読んでいただきありがとうございました。

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