6.ディアン伯爵家のお茶会
結婚式まで残り四か月。
わたくしの妃教育も終盤に入りかけている。
その一環としてディアン伯爵家のお茶会に着ていくドレスを自分で選んでいた。
ディアン伯爵家はわたくしの実家であるし、伯爵家なので、華美すぎるドレスは避けた方がいい。かといって、地味すぎるドレスも、皇后になると宣言されたわたくしには相応しくないだろう。
どのドレスがいいか迷ってクローゼットのドレスを取り出して、わたくしは一着を選んだ。
それは藍色に白い小花柄のドレスだった。
華美すぎないし、地味すぎないし、上品で妃候補としての体面も保てるだろう。
靴は磨かれた低めの踵の革靴を選ぶと、ラヴァル夫人に見定めてもらう。
「ドレス選びも、靴選びも問題ないでしょう。皇后陛下になられたら、ご自分だけでドレスや靴を選ぶことになるので、わたくしが教えられる間に何でも聞いてくださいね」
「ありがとうございます、ラヴァル夫人」
今は伯爵家になったとはいえ、わたくしは貧乏子爵家の出身で、ドレスも手作りだったし、普段着ているワンピースも貧相なものしか持っていなかった。そんな中でセンスを磨けたのはラヴァル夫人のおかげだった。
ディアン伯爵家のお茶会は、遅れたソフィアの誕生日のために開かれるのだった。
ソフィアは冬生まれなのだが、誕生日のころに新年のパーティーがあってディアン家が伯爵家に陞爵したのと、ディアン伯爵家が帝都にタウンハウスを持っていなくて、その建築に時間がかかったので、先延ばしになっていたのだ。
春になってしまったが、わたくしはお祝いごとはどれだけ遅れても祝うべきだと思っていたので、ソフィアにディアン伯爵家のタウンハウスのお披露目と同時に、遅れた誕生日のお茶会を開くように促したのだ。
ソフィアの誕生日のお茶会にはアレクサンテリ陛下も参加してくださることになっていた。
皇帝陛下が参加するお茶会なので警護も厚くしなければいけない。
ソフィアにとっては婚約してから初めてのお茶会なので、ソフィアとシリル様の様子も見ておきたい気持ちがあった。
当日、わたくしはラヴァル夫人に認められた藍色に白い小花柄のドレスを着て、低めの踵の革靴を履いてアレクサンテリ陛下と共に馬車に乗った。アレクサンテリ陛下は今日は水色のフロックコートを着ていて、胸元に青い蔦模様のあるハンカチをちらりと見せていた。そのハンカチはわたくしが刺繍したものだ。
ディアン伯爵家のタウンハウスに行くと、両親とソフィアが玄関ホールまで迎えに来てくれて、アレクサンテリ陛下とわたくしに挨拶をしてきた。
「皇帝陛下、妃殿下、本日はようこそいらっしゃいました」
「皇帝陛下の生誕の式典にも参加させていただきました。素晴らしい式典でした」
「皇帝陛下、妃殿下、今日はよろしくお願いいたします」
わたくしの両親と妹なのだが、公の場では「妃殿下」と呼ばなくてはいけなくなっている。それが少し寂しい気持ちはあったが、わたくしは皇后になるのだから慣れなければいけないと気を引き締める。
「お父様、お母様、ソフィア、ディアン伯爵家のタウンハウスの完成、おめでとうございます」
「ありがとうございます、妃殿下」
「今日はレイシーと共に楽しませてもらうよ」
「どうぞごゆっくりお過ごしください」
大広間に案内されると、貴族たちがアレクサンテリ陛下に挨拶したい雰囲気を醸し出していたが、今日の主役はソフィアと両親なので、そちらに挨拶に行っている。
わたくしとアレクサンテリ陛下は、特別に用意された席についた。
その席は護衛が取り巻いていて、他の貴族を寄せ付けないようにしていた。
給仕が紅茶をカップに注いでくれて、テーブルの上には軽食やお茶菓子が並ぶ。わたくしが実家にいたころにはとても手が出せなかった有名店のお菓子も並んでいて、ディアン伯爵家が本当に豊かになったのだと感じる。
紅茶を飲みながらお茶菓子を摘まんでいると、シリル様とソフィアが挨拶に来た。
「皇帝陛下、わたしの婚約者のためにお越しいただきありがとうございます」
「ソフィアはシリルの婚約者である前に、わたしの妃の妹なのだが?」
「それはそうでした。失礼いたしました」
幼いころから知っているだけあって気安い雰囲気のアレクサンテリ陛下に、シリル様も笑っている。
「妃殿下、ディアン伯爵領には新しく工場が建ちました。男性寮も女性寮も完備しています」
「人形とぬいぐるみの事業は順調ですか?」
「はい。注文が殺到して、さばききれないくらいです」
嬉しそうに報告してくるソフィアに、わたくしも笑顔になる。
わたくしが考えた事業が、成功していると聞くのは嬉しいことだった。
「ソフィアにはこれを持ってきました」
「これはなんですか?」
四つの封筒をソフィアに見せると、ソフィアが菫色の瞳を丸く見開いている。
「わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式までは極秘にしておいてくださいね。わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式の衣装の人形とぬいぐるみ用の型紙です」
「先にいただいていていいのですか?」
「わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式に合わせて売り出すといいでしょう。きっとよく売れると思います」
わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚衣装を着せた人形とぬいぐるみを売りだろうと考え付いたのはソフィアだったが、ソフィアにはわたくしとアレクサンテリ陛下の結婚衣装のデザインを知ることができない。
そのために、わたくしが人形とぬいぐるみの規格で型紙を作っておいたのだ。
「絶対に極秘に致します。ありがとうございます、妃殿下」
「ディアン伯爵家を、そして、働くひとたちを、もっと豊かにしてください」
ディアン伯爵領の工場に注文が入れば、工場で働いているお針子たちの給料も上がる。それがお針子たちの自立を促し、女性の社会進出の一歩になるとわたくしは信じていた。もちろん、男性のお針子もいるので、領地の男性が裕福になるのも素晴らしいことだ。
「レイシーは本当にソフィアと仲がいいね」
「わたくし、二歳のときにソフィアが生まれましたが、ベビーベッドを覗いたときの気持ちを今でも覚えています。わたくしのかわいい妹。この子を絶対に幸せにしようと誓いました」
二歳のときの記憶などないだろうと思われるかもしれないが、わたくしは幼いころからセシルの夢を見ていたので、生まれた時点でセシルの生きた十六年分の記憶があったようなものなのだ。そのせいかわたくしは幼いころから大人びていたし、変わっていたと思う。
「わたしには弟妹はいないから羨ましいな。ソフィアのことを妹と思ってもいいかな?」
「光栄です、皇帝陛下」
頭を下げるソフィアに、アレクサンテリ陛下はにこにこと微笑んでいたが、シリル様がソフィアとアレクサンテリ陛下の間に入る。
「恐れながら、皇帝陛下。皇帝陛下には妃殿下がおられますので」
「あぁ、これか。みんながわたしに嫉妬深い男は嫌われると言うのは」
「自覚があるのですか!?」
「シリルも自覚した方がいいと思う」
嫉妬するシリル様に、ご自分のことを重ねているアレクサンテリ陛下に、わたくしは笑っていいのか、苦い顔をするべきなのか悩んでしまった。
「わたくしは皇帝陛下であろうとも気持ちは揺らぎませんし、皇帝陛下も妃殿下の妹を側妃にするような悪趣味なことはなさらないでしょう。なにより、わたくしは婚約しているのですよ」
呆れたように言うソフィアに、シリル様が言い訳している。
「妃殿下の妹君だから興味を持つということもあるでしょう」
「これ以上疑うのは、わたくしに対しても妃殿下に対しても皇帝陛下に対しても失礼ですよ」
はっきりとものを言うのはソフィアは以前から変わっていないようだ。これならばシリル様との関係も対等に築いていけるのではないかとわたくしは安心する。
ソフィアとシリル様が挨拶をして離れていったのを見送りながら、わたくしはぽつりと呟いた。
「わたくしが婚約している間は、アレクサンテリ陛下もお声がけもされませんでしたね」
「婚約している相手に求婚して無理やり奪うような皇帝だとは思われたくなかった」
「そうなのですね」
「何より、無理やりに奪えばレイシーの元婚約者から手切れ金を支払わせられそうだったからね。あのような相手に国庫から金を払うつもりはなかった」
婚約者のわたくしというものがありながら、裕福な商家の女性と浮気をしていたレナン殿。レナン殿のことは全く愛していなかったのでショックも受けなかったが、わたくしは酷いことをされたのだと今更ながらにしみじみと思う。
「レナン殿から婚約破棄を言い渡されて、わたくしは喜んでいたのですよ」
「わたしも喜んでいたよ」
「婚約破棄を言い渡されたような女と結婚したい相手はもういないだろうし、独身でディアン家の領地に引きこもって、事業を起こして、スローライフを送ろうと思っていました」
それなのに、その直後にアレクサンテリ陛下がわたくしに求婚してきた。
あのときは驚きで何が起きているのか分からなかったが、今になってみればアレクサンテリ陛下がわたくしを選んでくださってよかったと心から思う。
「アレクサンテリ陛下の妃となれることが、今はどれほど嬉しいか」
「レイシー、わたしもレイシーがわたしの妃となってくれることが嬉しいよ」
肩を抱かれてわたくしは頬を染める。
「アレクサンテリ陛下、見られています」
「誰も見ていない。見ていないな?」
「はっ! 見ておりません!」
忠実に答える護衛にわたくしは苦笑しながら、アレクサンテリ陛下の胸を押してそっと離れた。
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