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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
三章 ご寵愛の末に
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3.生誕祭の衣装の試着

 お茶の時間に戻ってきたアレクサンテリ陛下をわたくしは玄関ホールで迎えた。

 アレクサンテリ陛下はわたくしを広く分厚い胸に抱きしめてくださる。深い香水の匂いがして、わたくしはアレクサンテリ陛下に抱き締められていることに安心しつつも、胸が高鳴るのを感じる。


「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」

「ただいま、レイシー」


 つむじに口付けが落とされて、わたくしは解放された。熱くなった頬を押さえながら、わたくしはアレクサンテリ陛下をわたくしの部屋に招いた。

 基本的にアレクサンテリ陛下はわたくしの部屋には入ってこない。

 わたくしを部屋の前まで送ることはあっても、部屋の中に入ってくることはない。まだ結婚していないので、わたくしの部屋に入るのを遠慮してくださっているのだ。


 今日はアレクサンテリ陛下にどうしても部屋に入ってもらわねばならなかった。

 アレクサンテリ陛下に出来上がった生誕祭の衣装を試着してもらうのだ。


 アレクサンテリ陛下が着替えている間、わたくしは奥の寝室で自分の衣装に着替えたが、声をかけられて寝室から出てくる。


「レイシー、着たよ。どうかな?」

「とても素敵です」


 スラックスとシャツは純白、ベストは淡い紫、ジャケットは白に紫を差し色にして作り上げた衣装。アレクサンテリ陛下は背がとても高いので、フロックコートがよく似合う。

 わたくしが作ったものながら見とれていると、アレクサンテリ陛下が侍女に鏡を持って来させて、鏡の前でわたくしと並んでみせる。


「レイシーは生成りに赤が入っているのだね」

「はい。アレクサンテリ陛下は高貴な純白を身に纏っていらっしゃるので、わたくしは生成りにしようと決めました。これは絹の元の色で、染めていないところがわたくしに合うかと思ったのです」

「とてもよく似合っている。素晴らしいよ、レイシー」


 心の底からアレクサンテリ陛下に褒められて、わたくしは衣装を一生懸命作った努力が報われた気持ちになる。デザインから色味まで、悩みに悩んで作った衣装だった。


「この衣装でアレクサンテリ陛下の生誕祭に出席できるのがとても光栄です」

「レイシーの作ってくれた衣装で誕生日を祝ってもらえるなんてこの上ない幸せだね」

「その……誕生日お祝いなのですが、わたくしは衣装を作るので手一杯で……」

「こんな最高の誕生日お祝いはないよ。ありがとう、レイシー」


 未来の伴侶に対して気の利いたプレゼントの一つでも贈るべきなのかもしれないと思っていたが、わたくしは衣装作りに手いっぱいで全く準備ができていなかった。なにより、わたくしにはアレクサンテリ陛下になにを贈ればいいのかも分からない。

 こういうとき、貴族の令嬢ならば、高価な装飾品や宝石類を贈るのかもしれないが、そういうものを選ぶだけの審美眼がわたくしにはなかった。


 サファイアやルビーやダイヤモンドなど有名な宝石の名前くらいは知っているが、わたくしは実物を見たことがなかった。

 セシルがガーネットのことを知っていたのだって、村に柘榴のなる木があって、それを見た他の大人が柘榴石(ガーネット)と呼ばれる宝石のことを話してくれたからでしかなかった。


「わたくしはアレクサンテリ陛下に手作りのものばかり贈っている気がします。アレクサンテリ陛下はなにかほしいものはないのですか?」


 わたくしの問いかけに、アレクサンテリ陛下の柘榴の瞳がきらりと光る。悪戯っぽく微笑んでアレクサンテリ陛下はわたくしに聞いてきた。


「欲しいものはないけれど、お願いしてもいいかな?」

「どんなお願いでしょう?」

「レイシーが叶えてくれたら、わたしがとても幸せな気分になれるお願いだよ」

「それがお祝いになりますか?」

「わたしにとっては何よりのお祝いになる」


 それならば、わたくしはアレクサンテリ陛下のお願いを叶えたいと思った。


「何でしょうか? わたくしにできることならばいたします」

「その言葉は嘘じゃないね?」

「アレクサンテリ陛下に嘘をついたりしません」


 妙に確認するのだと思っていると、アレクサンテリ陛下はとんでもないことを言いだした。


「わたしのことを『アレク』と呼んでくれないかな?」

「えぇ!? それはさすがに無理です」


 これまで出会った皇族でも、アレクサンテリ陛下をお名前で呼んでいる方はいなかった。叔父であるカイエタン宰相閣下も、アレクサンテリ陛下のお母上の皇太后陛下も、幼馴染である側近ですら、アレクサンテリ陛下を「皇帝陛下」と呼んでいた。

 たった一人、わたくしだけがアレクサンテリ陛下をお名前で呼ぶことを許されている。


 その上、愛称で呼ぶなど許されるわけがない。


「できることならばしてくれると言ったじゃないか」

「それはできないことです。アレクサンテリ陛下を愛称でお呼びするだなんて不敬すぎます」

「わたしが許しているんだよ」

「ですが……」

「できれば、『陛下』も外してほしい。ただのアレクサンテリとして、レイシーとは向き合いたいんだ」


 アレクサンテリ陛下のさらなるお願いに、わたくしは困ってしまう。

 アレクサンテリ陛下はこの国の唯一の皇帝陛下なのである。そんな尊いお方を敬称なしで呼ぶことなどできなかった。


「アレク陛下、と、なら……二人きりのとき、だけ……」

「せめて、『陛下』が『様』にならないかな?」

「アレク様……?」


 小声で恐る恐る口にすると、アレクサンテリ陛下が天井を見上げて片手で目元を覆っている。どういう顔をしているのかは分からないが嬉しそうであるのは伝わってくる。


「アレク様、いい響きだ。二人きりのときはそう呼んでほしい」

「二人きりのときだけですよ?」

「それ以外でも、『アレクサンテリ様』にならないものかな?」

「それは、難しいです」


 アレクサンテリ陛下を「アレクサンテリ様」と呼ぶのは非常に難しい。わたくしはまだ妃候補であるし、アレクサンテリ様と結婚してもいない。皇后にしてくださるというお約束はしているが、わたくしが皇后として認められるかどうかはまだ分からないのだ。


「結婚して、わたくしが国民に認められる皇后になった暁には、『アレクサンテリ様』と呼ばせていただきます」


 皇后は皇帝陛下の次に身分が高く、皇后の敬称も皇帝陛下と同じく「陛下」である。

 そうなれば、アレクサンテリ陛下を「アレクサンテリ様」と呼んでもおかしくはないのかもしれないが、わたくしはまだまだ妃候補なのである。アレクサンテリ陛下とは身分の差がありすぎる。


「その日が楽しみだよ。レイシー、愛している」

「わたくしも愛しています、アレク様」


 二人きりなのでそっとそう呼ぶと、アレクサンテリ陛下の唇がわたくしの頬に触れた。啄むように「ちゅっ」という音がして、口付けられたのだと分かるとわたくしの頬は燃えるように熱くなる。


「アレクサンテリ陛下、見られてます」

「誰も見ていないよ。見ていないな?」

「見ていません!」


 部屋にいる侍女に声をかけるアレクサンテリ陛下に、侍女がはっきりと答える。

 絶対見られていた。

 アレクサンテリ陛下と基本的に二人きりになれる場所はなくて、侍女か護衛が一緒なのだが、使用人は空気と同じと思うようにとラヴァル夫人に教えられている。それが貴族らしい振る舞いだと言われるのだが、わたくしはどうしても気になってしまう。


 とにかく、アレクサンテリ陛下が試着をしてくれて、それが間違いなくぴったりだったことにわたくしは安堵していた。

 アレクサンテリ陛下の生誕祭まで残り二週間ほど。

 わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式までは、残り五か月を切っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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