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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
二章 ご寵愛されてます
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30.わたくしの中のセシル

 国境の村から帝都の皇宮に帰るまでに、また三日近くの時間が必要だった。

 馬車に揺られ、列車に乗って、わたくしとアレクサンテリ陛下は帝都に戻った。

 皇帝宮に帰ってくると、わたくしはアレクサンテリ陛下と、持って帰ってきたセシルの買った積み木や、セシルの作ったぬいぐるみや服をゆっくりと見た。

 セシルの刺繍はわたくしの刺繍とそっくりで、アレクサンテリ陛下が帝都で売っていたわたくしが刺繍したハンカチを見て一目でセシルの刺繍したものだと思ったのもよく分かった。

 セシルの作ったぬいぐるみも、わたくしの作ったぬいぐるみとよく似ていた。


「こんなに小さかったのか。セシルに結婚したいと言っても本気にされないわけだな」


 六歳のときに着ていた服を見てしみじみとアレクサンテリ陛下が言うのに、わたくしは笑ってしまう。


「こんな小さなガーネくんが、アレクサンテリ陛下になるだなんて、信じられませんよ。わたくしがアレクサンテリ陛下がガーネくんだと全く気付かなかったのも分かるでしょう?」

「そう言われればその通りだと思う。こんなに小さかったわたしが、こんなに大きくなるとはセシルも思っていなかっただろうね」

「大きく育って、セシルは嬉しかったかもしれませんが」

「セシルは嬉しいと思ってくれるかな?」

「かわいいガーネくんが大きく健康に育ってくれていれば、きっと嬉しいと思いますよ」


 それはわたくしの感想だったが、わたくしの中にはセシルの記憶がある。セシルもきっとそう思ったであろうことは予測できた。


「かわいげがないと思われないかな?」

「それは、保証できません」

「やはり、セシルはかわいいわたしが好きだったのか。どうしてこんなに育ってしまったのだろう」

「アレクサンテリ陛下はまだセシルのことが好きですか? 結婚したいと思っていますか?」


 ふとわたくしが問いかけると、アレクサンテリ陛下は真剣な表情になって、セシルの刺繍した青い蔦模様を指で撫でた。


「セシルが生きていれば、きっと結婚を申し込んだと思う。でも、わたしはセシルは死んでいることを知っている。今は、セシルへの気持ちは整理できていて、わたしが愛しているのはレイシーだけだよ」


 わたくしをセシルと重ねないで、レイシーとして愛してくれるアレクサンテリ陛下に、わたくしは自分からそっと抱き着いた。アレクサンテリ陛下がわたくしの背中に腕を回して抱き締めてくれる。


「あの、屈んでください」

「レイシー?」

「わたくしから、口付けてもいいですか?」


 アレクサンテリ陛下から口付けられたことはあるけれど、わたくしは自分から口付けたことはない。口付けも、性行為も、基本的に両者の同意がなければしてはいけないことだと学園でもしっかりと性教育の時間に教えられていた。

 アレクサンテリ陛下もわたくしに初めて口付けるときには、きちんと同意を得たし、わたくしもアレクサンテリ陛下に口付けるときには同意を得たいと思っていた。


「光栄だね、レイシー」


 屈んでくれるアレクサンテリ陛下の唇に、わたくしは背伸びをしてそっと口付けた。触れるだけの口付けだったが、頬が燃えるように熱くなって、心臓がどきどきする。アレクサンテリ陛下に抱き締められて、深い香水の匂いを胸に吸い込みながら目を閉じると、アレクサンテリ陛下の胸も早鐘のように打っているのを感じた。


「愛しています、アレクサンテリ陛下」

「わたしも愛しているよ、レイシー」


 セシルとしてはガーネくんのことは弟のように思っていた。

 レイシーとして生まれ変わって、わたくしはアレクサンテリ陛下と出会って、アレクサンテリ陛下を愛するようになった。


 わたくしが縫物に夢中で、刺繍や編み物が大好きで、家庭菜園を作ることも好きで、どれも手放せないということにアレクサンテリ陛下は理解を示してくれた。

 アレクサンテリ陛下は好きなことの話になるとやたらと饒舌になってしまうわたくしに対して、一度も話を遮ったこともなく、馬鹿にすることもなく、穏やかに話を聞いてくれた。

 何より、アレクサンテリ陛下はいつも穏やかで、笑みを絶やさず、わたくしを受け入れてくれた。


 眩くて最初のころは直視するのも恐れ多いような美貌のアレクサンテリ陛下だったが、わたくしはすっかり慣れてしまって、今もアレクサンテリ陛下を美形だとは思うもののアレクサンテリ陛下のお顔を直視できるようになっていた。


 アレクサンテリ陛下の腕から解放されると、アレクサンテリ陛下がガーネくんの使っていた積み木を手の平の上に置いた。四角や三角に木を切ってよくやすりがけしたシンプルな積み木は、アレクサンテリ陛下の大きな手の平の上では妙に小さく見えた。


「わたしたちに子どもが生まれたら、この積み木で遊ばせようか?」

「この積み木は木の端切れで作ってもらった、一番安いものですよ!?」

「わたしにとってはセシルからもらったかけがえのないものだ。わたしに子どもが生まれたら使わせたいと思うよ」

「アレクサンテリ陛下がそう仰るなら」


 わたくしは子どもを求められる立場にいるのだが、まだ自分が妊娠、出産することには実感がない。けれど、アレクサンテリ陛下との間に子どもが生まれればとても嬉しいだろう。

 その子がセシルの買った、ガーネくんの使っていた積み木を使って遊ぶ日が来るのだろうか。

 そのときには、わたくしとわたくしの中のセシルはどう思うのだろう。


 わたくしには、まだ分からなかった。


 皇帝宮に戻ったわたくしは妃教育を再開し、アレクサンテリ陛下は休んでいた日々の分の執務に追われることになった。

 もうすぐ春が近付いている。

 春には、アレクサンテリ陛下の二十九歳の誕生日が来る。

 アレクサンテリ陛下の二十九歳の誕生日には、わたくしも妃候補として出席しなければいけないだろう。


 それが終わればわたくしの妃教育も終盤を迎え、夏にはわたくしはアレクサンテリ陛下と結婚する。

 アレクサンテリ陛下との結婚式まで、残り半年ほど。

 わたくしはまだまだ学ばなければいけないことがたくさんあった。


 ラヴァル夫人に今教えてもらっているのは、ドレスや靴の選び方だった。

 妃候補になってから、わたくしはまだ、一人でドレスや靴を選んだことがない。

 子爵家だったディアン伯爵家にいたころはドレスは自分で縫ったもの一着しか持っていなかった上に、社交の場に出るようなことがほとんどなかったので、ドレスを選ぶ基準がよくわかっていないのだ。


「レイシー殿下の衣装は、皇帝陛下の衣装に合わせることをお勧めします。皇帝陛下が何をお召しになるか確認して、それに合わせた衣装をお選びください」

「色や装飾具を合わせた方がいいということですか?」

「そうです。色はそのまま同じ色を選ぶのではなく、相性のいい色を選ぶのも大事です。装飾具は、レイシー殿下がお作りになったラペルピンを皇帝陛下はお気に召していらっしゃいますから、それに合わせるといいでしょう」

「靴はどうすればいいですか?」

「場面に合わせて、踵の高さを調整するといいでしょう。結婚式などの大きな行事では一番踵の高いものを、パーティーや晩餐会では中くらいの踵の高さのものを、お茶会などでは踵が低いものを選ぶといいかもしれません」


 衣装はアレクサンテリ陛下の衣装に基本的に合わせる。

 靴は場面に合わせて踵の高さを調整する。

 ラヴァル夫人に教えてもらったことをわたくしは胸の中で復唱する。


「皇帝陛下の生誕のお祝いのために、皇帝陛下と対になる衣装を仕立てるように仰せつかっております。もし、レイシー殿下がご自分で作りたいと仰った場合には、ご意向に沿うようにとも言われています」

「わたくしが作っていいのですか?」

「皇帝陛下への素晴らしい誕生日プレゼントになると思いますよ」


 アレクサンテリ陛下は、相変わらずわたくしがしたいことをよく分かっていらっしゃる。

 アレクサンテリ陛下とわたくしの衣装を作るのは、もうサイズが分かっているので、難しいことはなかった。


「ぜひ、作らせてください」

「それでは、そのように皇帝陛下にお伝えしましょう」


 ラヴァル夫人にそう言ってもらえて、わたくしはさっそくデザインを考え始めた。


 アレクサンテリ陛下のお誕生日まで、あと二か月。

 衣装を作る時間はたっぷりとあった。

これで二章は完結です。

レイシーの物語いかがでしたでしょう?

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