26.ソフィアとシリル様
わたくしとアレクサンテリ陛下とソフィアとシリル様のお茶会が始まった。
場所は皇宮本殿のお茶室。
部屋の暖炉には火がつけられていて、室内はとても暖かい。
給仕がわたくしたちのカップに紅茶を注いで、部屋の隅に控える。
紅茶のカップを持ち上げながら、アレクサンテリ陛下が最初に口を開いた。
「シリルとソフィアは昨日は踊ったのか?」
「いいえ、踊っておりません」
「ソフィア嬢に断られたのです。何度お誘いしても、つれない素振りで」
結局ソフィアとシリル様は踊らなかったようだ。
ソフィアは簡単には誘いに乗るような娘と思われていないようで、わたくしは安心する。
シリル様は顔立ちは整っているし、体付きもしっかりしているので、女性に人気があるだろうとは思うのだが、どうしてソフィアに拘るのだろう。
「シリル様は、結婚も婚約も拒んでおられると聞きました。どうして急にソフィアをダンスに誘ったのですか?」
わたくしが問いかけると、シリル様は真面目な表情になった。
「わたしの婚約者は十年前に病で亡くなりました。元々体が弱く、成人までは生きられないだろうと言われていた女性でした。彼女が一人のままで死にたくないと願ったので、わたしは婚約に応じました。正直なところ彼女に対して恋心はありませんでした」
「それでは、なぜ結婚や婚約を拒んでいたのですか?」
「わたしは、本当に自分が愛した相手と結婚したいと思っていたのです。侯爵家の次男ともなると、それは難しいことです。なので、亡くなった婚約者のことを理由にしていました」
シリル様は亡くなった婚約者のことを想っていたわけではなかった。本当に愛した相手と結婚したいと思っていた。
それに関して、ソフィアが紅茶を一口飲んで、低い声で問いかける。
「それが、どうしてわたくしなのですか?」
「実はソフィア嬢のことは聞いていました。皇帝陛下にも怖じずに意見する女性で、姉君の妃殿下がディアン家の後継者となるはずだったのに、妃候補として召し上げられたので、学園で首席を取って、ディアン家の後継者として相応しい人物になろうとしていることを」
滑らかに喋るシリル様にわたくしもだが、ソフィアも驚いているようだった。
身内のひいき目だけでなく、ソフィアはとても美しいのだ。スタイルもいいし、わたくしのように背も高すぎないでちょうどいい。
レナン殿もわたくしよりもソフィアと婚約したがっていたようだが、わたくしはレナン殿のような相手をソフィアの婚約者にするつもりはなかった。
わたくしの婚約者であることすらも許せない気持ちだったが我慢していたのだ。
「わたくしの見た目ではなく、中身を知っていて声をかけたのですか?」
「確かにソフィア嬢はとても美しかった。そのことよりも、わたしは姉君のためならば皇帝陛下にも怖じずに意見ができて、ディアン家の後継者となるために努力もしているというソフィア嬢の姿に心惹かれたのです」
「それならば、そうと言ってくださればよかったのに」
「まず、踊ってみてどんな方かを知りたかったのです。それから飲み物でも飲みながら、ゆっくりお話しできたらと思っていました」
話をするきっかけとしてダンスに誘ったのだったら、シリル様の行動の意味も分かる。
ソフィアとシリル様の話を聞いていると、この二人にはすれ違っていたところがあったようだし、しっかりと話をした方がよさそうな雰囲気がある。
「シリル様は侯爵家のご令息で、ソフィアは伯爵家になったとはいえ、やっと家計が立ち直ったディアン家の娘です。帝都でお育ちのシリル様がディアン伯爵家の領地で暮らせるのですか?」
貴族同士の付き合いとなってくると、自然と結婚を前提としたものになる。わたくしはそのつもりでシリル様に問いかけたが、シリル様は真剣なまなざしでソフィアを見つめていた。
「わたしは皇帝陛下の遊び相手となるために帝都にいたことが多いですが、それ以外の時期はロセル侯爵家の領地にいました。ロセル侯爵家は贅沢や華美を美徳としません。領民との触れ合いを大事にして、領民と共に生きている家です。ディアン伯爵家も領民のことを考えている家だと思っています。そうでなければ、領民の女性の社会進出を考えられないでしょう」
ロセル侯爵家についてはわたくしは詳しくは知らないが、広大な領地を持っていることだけは知識として知っている。ロセル侯爵家がその領地で善政を布いていることも、わたくしは聞き及んでいた。
「シリルはソフィアと結婚したいと思っているのか?」
アレクサンテリ陛下の単刀直入な問いかけに、シリル様は少し考えてから答えた。
「まだ分かりません。分かりませんが、そうなればいいとは思います。皇帝陛下に認められて、妃殿下の生家であるディアン伯爵家にだったら、両親も婿入りすることは反対しないでしょう」
「まだ分からないとはどういう意味ですか?」
「ソフィア嬢とまだしっかりと交流を持っていないからです。わたしはソフィア嬢のことを知りたい。その上で結婚を決めたいのです」
シリル様の言葉にソフィアが問いかけ、それにシリル様が答えている。
この国の貴族は学園に入学する十二歳くらいから婚約をし始めて、学園を卒業する十八歳ころくらいから結婚をする。シリル様が二十七歳で結婚していないというのは、少し遅いのだが、事情があったので仕方がないと思われているのだろう。
「わたしには兄と姉がいます。姉は嫁いでいますが、わたしは姉のことをとても愛していました。姉君のために皇帝陛下にも意見ができるソフィア嬢とは分かり合えるところがあるのではないかと思うのです」
「わたくしはディアン伯爵家の後継ぎなのです。相応しい相手を見つけなければいけないと思っています」
「それがわたしではいけませんか?」
「シリル様は、帝都を離れて平気なのですか?」
真剣なシリル様にソフィアも真剣になってきている。
現在、シリル様はアレクサンテリ陛下の側近として働くために帝都に住んでいるのだろう。ソフィアの婿になれば、帝都を離れ、アレクサンテリ陛下の側近の座も退かなければいけない。
「その覚悟はあります」
はっきりと答えたシリル様の目に、嘘はなさそうだった。
「シリルは本気のようだな。ソフィアはシリルと話してみてどう思った?」
「わたくしは……こんないいお話はないとは思いますが、本当にディアン伯爵家でいいのかとは思います」
「ソフィアの気持ちを聞いているつもりなのだが」
「気持ちは……まだ分かりません。貴族の結婚とはそのようなものでしょう?」
シリル様にはソフィアに対する気持ちがあるのに、ソフィアの方は家格や身分のことを考えていい縁談だとは思っているようだが、気持ちはないようだ。
アレクサンテリ陛下に確かめられて、ソフィアはどこまでも平静に答えている。
「シリルはそれで構わないのか?」
「貴族は婚約、結婚してから愛を築く者もいます。わたしが努力していけばいいだけの話でしょう」
シリル様も前向きに考えているようだ。
これはディアン伯爵家にとってもいい話なのではないだろうか。
「ロセル侯爵家とディアン伯爵家に、わたしから話を通しておこう」
「ありがとうございます、皇帝陛下」
「お願いいたします」
ソフィアが幸せになれるかどうかは分からない。
アレクサンテリ陛下の側近を務められるような方を婿に迎えられれば、ディアン伯爵家は安泰であることは間違いなかった。
それに、婚約してからソフィアの気持ちがシリル様に向くようになるかもしれない。
アレクサンテリ陛下が認めたということは、これは皇帝陛下に認められた婚約ということになる。どこからも文句は出ないだろう。
ソフィアが幸せになれるように。
わたくしは祈らずにはいられない。
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