24.ディアン家、伯爵位を賜る
年明けのパーティーにはわたくしは淡い紫に赤が差し色に入ったドレスを着ることになった。
どのドレスが相応しいか、わたくしではまだ判断できなかったのでラヴァル夫人に相談したら、新しいドレスを誂えることになってしまって、驚いた。遠慮したのだが、皇帝宮に来てからサイズが変わって、新しく誂えたドレスがまだ少なかったので、仕方なくラヴァル夫人の助言に従うしかなかった。
「紫はレイシー殿下の目の色、差し色の赤は皇帝陛下の目の色を思わせます。皇帝陛下の隣に立つのに相応しい装いです」
ラヴァル夫人にこう言われてしまうとそのドレスを着ていくしかない。
わたくしにとっては妃候補としての二回目の公務だった。
一回目の公務はわたくしのお誕生日のお茶会だった。そのときにもラヴァル夫人にはお世話になっていた。
ドレスを着て準備が整うと、わたくしは部屋でアレクサンテリ陛下を待っていた。アレクサンテリ陛下からは、エスコートするので部屋で待っているようにと指示されたのだ。
ドアがノックされて、アレクサンテリ陛下が廊下からわたくしを呼ぶ。
「レイシー、迎えに来たよ。準備はできているかな?」
「はい、準備はできています」
わたくしは持っている靴の中で一番踵の高いものを履いているので転ばないように気を付けながらアレクサンテリ陛下の元へ歩いて行った。アレクサンテリ陛下が手を差し出してくれて、わたくしはその手に手を重ねる。
アレクサンテリ陛下に手を引かれながら階段を降りて、玄関ホールを出て、馬車に乗り込む。
皇宮内は広いので、馬車で移動しないとたどり着けない場所もあるのだ。
馬車で皇宮の本殿まで行って、アレクサンテリ陛下の手を借りて馬車から降り、大広間までアレクサンテリ陛下にエスコートされて行った。
大広間には貴族たちが揃っているが、アレクサンテリ陛下とわたくしが入る扉は正面の貴族たちが使うものではないので、人込みの中を歩くことはない。
真っすぐに玉座に向かってアレクサンテリ陛下が玉座に座り、わたくしが横の王妃の席に座る。
貴族たちのざわめきが消えて、静寂が大広間を支配した。
静けさの中で、アレクサンテリ陛下が厳かに声を上げる。
「この度は新年のパーティーに集まってくれて感謝する。このパーティーでは皆の者に発表がある。ディアン子爵、前へ」
アレクサンテリ陛下に促されて、父が前に出てくる。
膝をついて頭を下げた父に、アレクサンテリ陛下が告げる。
「ディアン子爵家は、四代前の皇帝の時代に、私財を投げ打って困窮していた国庫を救ってくれた。そのときに伯爵の爵位を授けると伝えたのだが、固辞して受け入れなかった。そして、今、ディアン子爵家は人形とぬいぐるみの工場に寮を作り、女性が働きやすくして、この国の女性の社会進出を助けようとしている。また、ディアン子爵家の娘であり、わたしの婚約者であるレイシーはわたしに執務が集中することがないように進言することによって、この国の政治に関わるものを増やし、皇帝であるわたしが独裁体制を布けないように取り計らい、そのことによって属国との関係を緩和させた。その功績を讃えて、ディアン子爵家に伯爵家の爵位を授ける」
堂々と宣言したアレクサンテリ陛下に、父は深く頭を下げたまま答えた。
「光栄に存じます」
「これより、ディアン子爵家は、ディアン伯爵家となる。ディアン伯爵、書類にサインを」
アレクサンテリ陛下に促されて、父は立ち上がり、文官が持ってきた書類にサインをしていた。
これで正式にディアン家は伯爵家になったのだ。
貴族からは拍手が起こり、父は深く頭を下げていた。
「それでは、皆の者、存分にこの夜を楽しんでほしい」
アレクサンテリ陛下にグラスが渡され、わたくしにもグラスが渡され、貴族たちも給仕からグラスを受け取ってグラスが行き渡ると、アレクサンテリ陛下が乾杯の音頭を取った。それに合わせて貴族たちもグラスを持ちあげる。
アレクサンテリ陛下のグラスに注がれているのは葡萄酒で、わたくしのグラスに注がれているのは果実水だった。わたくしはアルコールが得意ではないというのが伝わっているのだろう。
果実水を飲んでいると、葡萄酒を飲み干したアレクサンテリ陛下がグラスを給仕に渡して、立ち上がってわたくしの方に歩いてきた。
「レイシー、踊ってくれないか?」
「は、はい、喜んで」
わたくしもグラスを給仕に渡すと、立ち上がってアレクサンテリ陛下の手を取った。
アレクサンテリ陛下に連れられてわたくしは踊りの輪の中に入る。踵の高い靴で踊るのは初めてだったが、アレクサンテリ陛下が支えてくれるので問題なく踊ることができた。
学園ではダンスの授業もあって、男女でペアになって踊っていたので、わたくしはダンスも完璧に踊ることができた。
一曲踊って、息をついていると、ユリウス様がわたくしの方にやってくる。
「妃殿下、ご実家が伯爵家になられまして、本当におめでとうございます」
「ありがとうございます。ユリウス様のおかげです」
わたくしがアレクサンテリ陛下に執務を振り分けるように進言したきっかけは、ユリウス様の言葉だった。それを思い出して伝えると、ユリウス様は「そうではありませんよ」と謙遜なさる。
「妃殿下のお言葉でなければ皇帝陛下は耳を貸さなかったでしょう。妃殿下が判断されてなさったことです。もっと誇っていいのですよ」
「そんな……」
「ユリウス、レイシーにそんなに話しかけるな。レイシーのことをそんなに見つめるな。レイシーはわたしのものだ」
「嫉妬深い男は嫌われますよ、皇帝陛下」
「レイシーはわたしのことは嫌っていない。嫌っていないよね、レイシー?」
堂々と宣言した後で、急に不安そうに聞いてくるアレクサンテリ陛下に、わたくしは慌てて返事をする。
「嫌ってなどいません。お慕いしております」
「レイシーはわたしのもので、わたしはレイシーのものだよね?」
「は、はい」
それに関してはどう返事をすればいいのか迷ってしまったが、何とか肯定の意を返すと、アレクサンテリ陛下は自信満々の顔でユリウス様を見た。
「聞いたか、ユリウス」
「脅しはよくないと思います」
「脅してなどいない。わたしはレイシーを愛しているし、レイシーもわたしを愛してくれている。これは紛れもない事実なのだ」
胸を張って宣言するアレクサンテリ陛下に、わたくしは顔が火照ってくる。こんなところで惚気られるとは思わなかった。
「妃殿下が困っておられますよ、皇帝陛下。妃殿下、お二人が結婚した暁には、わたしも結婚式を挙げようと思っております。そのときには、ぜひ出席してください」
「わたくしでよろしければ」
「レイシーが行くのならばわたしも行くからな」
「皇帝陛下に来ていただけるだなんて光栄です」
ユリウス様はアレクサンテリ陛下が拒んでいたとはいえ、幼いころからアレクサンテリ陛下を知っているだけはある。やはり、アレクサンテリ陛下に遠慮なく話ができるのはユリウス様くらいなのだろう。
アレクサンテリ陛下にとってユリウス様はかけがえのない幼馴染なのだし、側近なのは間違いないからわたくしはユリウス様とも良好な関係を築きたいと思っていた。
ダンスが終わってアレクサンテリ陛下と一緒に玉座に戻ろうとすると、ソフィアがわたくしの方に歩いてきた。ソフィアの後ろから男性が歩いてきている。
「ソフィア嬢、どうかわたしと踊ってくれませんか?」
「申し訳ありません。わたくしは妃殿下に用がありますので」
「それが終わった後でもいいです。お願いします」
ソフィアはその男性にダンスを申し込まれているようだ。
「あの、アレクサンテリ陛下、あの方がどなたか分かりますか?」
「シリル・ロセル、ロセル侯爵家の次男で、わたしの側近だ」
「え!? あの方が!?」
わたくしが驚いていると、ソフィアがため息をつきながらわたくしのところに避難してきた。
「あの方、とてもしつこいのです。わたくしと踊りたいと仰って……」
「あの方はアレクサンテリ陛下の側近だそうですよ」
「そのようですね。わたくしよりも十歳も年が上だと伺いました」
ソフィアはまだ十七歳である。貴族同士の結婚では十歳の年の差などあり得るのだが、ソフィアは十歳年上の相手など考えられないようだった。
「皇帝陛下、妃殿下、ソフィア嬢を紹介してください」
「シリル、しつこい男は嫌われるぞ?」
「皇帝陛下に言われたくないですね。皇帝陛下も相当妃殿下を手に入れるために、妃殿下の婚約者に……」
「シリル、口が軽いのもそなたのよくないところだな」
アレクサンテリ陛下がわたくしの元婚約者のレナン殿に何かしたのだろうか。
何かしたのであっても、わたくしはもうレナン殿とは関係がないし、レナン殿のことは忘れると心に決めていた。
「ソフィア嬢、わたしと踊ってはくれないのですか?」
「伯爵家となりましたが、我が家は田舎の貴族です。皇宮にお勤めになっているような侯爵家のご令息とは釣り合いません。しかも、皇帝陛下の側近なのでしょう?」
「一曲踊るくらいいいのではないですか? ソフィア嬢が望むのならば、わたしは全ての地位を投げ打っても構わないと思っています」
「今日出会った相手によくそこまで言えますね。理解できません」
「わたしは運命を感じたのです」
シリル様とソフィアのやり取りにわたくしは助け舟を出すべきか考えていた。
シリル様が真剣ならば、これ以上ないくらいいい縁談ではないだろうか。
ソフィアの気持ちも大事だが、シリル様が真剣かどうかわたくしは見極めなければいけないと思っていた。
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