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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
二章 ご寵愛されてます
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20.雪遊び

 夢の中でわたしはガーネくんのぬいぐるみを作っていた。

 ガーネくんは外にはあまり出られないので、部屋の中で遊ぶしかないのだ。

 ガーネくんのために作った犬のぬいぐるみをガーネくんはとても気に入って、町の雑貨屋で買った積み木で作った家に、犬のぬいぐるみを入れて遊んでいた。


「おねえちゃん、わんちゃんがおうちに入るよ」

「上手にお家を作ったね。庭には柵もあるの?」

「そうだよ。怖いひとが来ないように、庭にはさくがあるの」


 ガーネくんがどんな暮らしをしていたかは分からないけれど、広い庭のある家に住んでいたようだ。ガーネくんの作る家はいつも広い庭があってそこを積み木を全部使う勢いで柵が取り囲んでいる。


「ガーネくんは、お家に帰りたくない?」


 わたしが問いかけるとガーネくんは困った顔で俯いてしまった。

 ガーネくんが自分の名前を言えないように、自分の家にことも口に出せないようなのだ。


 両親が話しているのを聞いたことがある。


「あの子は貴族の隠し子なのではないだろうか?」

「それで、本妻に命を狙われたんじゃないかしら」

「それだったら、親を探すのは危険かもしれない」

「親元に返すのが必ずしも安全とは言い難いわね」


 銀色の髪に柘榴の瞳、白い肌のガーネくんは労働者の子どものようには思えなかった。

 身元が分からないように下着一枚で逃がされてきたけれど、本当は仕立てのいい服を着ていたのかもしれない。貴族の血を引いているが、命を狙われるかもしれないのかと思うとガーネくんのことが気の毒になってくる。


「わたしの弟になる?」

「おとうとは、いや」

「どうして? 弟になったらずっと一緒にいられるよ」

「ずっといっしょ?」


 柘榴の瞳でわたしを見つめるガーネくんに、わたしは極力明るい声で言った。


「これから秋が来るでしょう? 秋には美味しいものがいっぱいだよ。お芋も栗もカボチャも食べられる」

「それは、おねえちゃんが好きなものでしょう?」

「あ、そっか。それじゃ、冬はどう? 冬になったらガーネくんのために毛糸のコートと手袋を編んであげる。マフラーも。それで雪遊びをするの」

「ゆきあそび?」


 柘榴の瞳を丸くしているガーネくんにわたしは頷く。


「雪遊び、したことない? 雪が積もったらね、雪玉を転がして雪だるまを作るの。雪ウサギも作れるよ。それに雪合戦もできる」

「ゆきだるま? ゆきがっせん?」

「楽しいことがいっぱいだよ」


 ガーネくんを保護したのは夏のことだった。冬になるまでガーネくんがここにいられるかどうかは分からない。けれど、ガーネくんには明るい顔をして過ごしてほしかった。


「ガーネくんの小さなお手手に合った手袋を作ってあげなくちゃ。何色がいい?」

「おねえちゃんが作ってくれるなら、何色でもいい」


 そう言った後、ガーネくんはちょっとだけ顔を赤くして呟いた。


「おとうとはいやだな。おねえちゃんとけっこんできないから」


 町に行った日からガーネくんはわたしと結婚したいと繰り返すようになった。

 まだ六歳のガーネくんに結婚の意味が分かっているとは思えない。

 わたしも「大きくなっても気持ちが変わらなければね」と誤魔化していた。


 ガーネくんが十八歳で成人するころにはわたしは二十八歳。

 ガーネくんと結婚する未来はあり得ないが、ガーネくんがそのころまでわたしのそばにいる未来があったらいいと思うようになっていた。



 目を覚ましてわたくしは夢と現実の区別がつかなくなってしまった。


「ガーネくんに手袋を作らなきゃ……もう大きくなったから、大きな手袋を」


 アレクサンテリ陛下のことをガーネくんと呼んでしまってから、はっとして頭を振る。これは夢の話だった。

 でもアレクサンテリ陛下に毛糸の手袋を作ったら喜んでもらえるだろうか。

 アレクサンテリ陛下に毛糸の手袋を作りたい。


 その日からわたくしは自分とアレクサンテリ陛下の手袋を編み始めた。

 手袋を編むのはぬいぐるみの結婚衣装を作って時間が空いたときにしているのだが、それほど時間はかからずに手袋は編み上がった。


 出来上がった手袋は、お茶の時間に帰ってきたアレクサンテリ陛下にプレゼントした。


「セシルの夢を見たんです。セシルはガーネくんに手袋を作るって約束していたけれど果たせなくて。それで、わたくしがアレクサンテリ陛下に手袋を作ってみました」

「毛糸の手袋は初めてだ。温かいね」


 喜んでくれるアレクサンテリ陛下に、わたくしはお茶のときに聞いてみた。


「雪遊びを、したことがありますか?」

「遊び自体ほとんどしたことがない。わたしは、セシルを失ってから、生きる気力をなくしていたからね」


 やはりアレクサンテリ陛下は雪遊びをしたことがなかった。

 それならばとわたくしはお誘いする。


「一緒に庭を散歩して雪で遊んでみませんか?」

「この年になっても遊んでもいいものなのか?」

「遊ぶのに年齢は関係ありません」


 セシルの死のせいでアレクサンテリ陛下が子ども時代を失ってしまったのだったら、わたくしはこれからでもアレクサンテリ陛下の子ども時代を取り戻したいと思っていた。やったことがないならこれからやればいいのだ。

 それに、結婚して子どもが生まれたときに、子どもが遊ぶのにアレクサンテリ陛下が経験していないなんて少し寂しい気がする。


 アレクサンテリ陛下はわたくしが編んだ毛糸のコートを着て、手袋をつけて庭に出た。わたくしもコートを着て、手袋をつけて庭に出た。

 庭の雪が積もっているところで、わたくしは両手で雪を掬って、雪玉を作って積もった雪の上を転がし始めた。


「こうやって雪玉を大きくして、二つ作って重ねて、雪だるまにするんです」

「それでは、わたしもやってみよう」


 アレクサンテリ陛下もわたくしの真似をして雪玉を作って、積もった雪の上を転がし始めた。


 雪玉は徐々に大きくなるが、わたくしはきれいな丸を目指したのに対して、アレクサンテリ陛下はなぜか縦長い丸になってしまった。

 それでも、胴体にするには問題なかったので、アレクサンテリ陛下の雪玉の上にわたくしの雪玉を重ねる。

 二つ重なった雪玉で雪だるまをつくると、わたくしは落ちていた枝を二本雪玉に刺して雪だるまの手にした。


「顔はどうする、レイシー?」

「わたくしは石や人参で作っていましたが、人参はないようなので、石で目だけ作りましょう」


 雪を掘り返して石を探して、雪だるまの目にする。

 雪だるまが出来上がると、雪ウサギも作った。

 雪ウサギはベンチの上に積もっていた雪を払って、ベンチの上に楕円形の雪を両手で作って、葉っぱを耳にする。目には庭に茂っていた赤い実をつけた。

 アレクサンテリ陛下もわたくしの真似をして作っていた。


「これはかわいいね。部屋に持って帰りたい」

「溶けてしまいますよ」

「そうか。もったいないな」


 残念そうなアレクサンテリ陛下に、わたくしは片手に乗るくらいの雪玉を作って、それからどうしようかと考えてしまった。

 雪合戦をしたかったのだが、アレクサンテリ陛下に急に雪玉をぶつけてはびっくりされるだろう。


「アレクサンテリ陛下、雪合戦を知っていますか?」

「セシルから名前だけは聞いたことがある」

「このように雪玉を作って、投げてぶつけあうのです」

「レイシーに雪玉をぶつけるのか?」

「わたくしもぶつけますから、遠慮はいりません」

「いや、無理だ。レイシーに雪玉を投げつけるなどできない」


 どうやらアレクサンテリ陛下とわたくしでは、雪合戦は成立しないようだった。

 他の遊びを考えていると、アレクサンテリ陛下が何か思いついたようだった。

 アレクサンテリ陛下は雪玉を作ってわたくしに見せた。


「レイシーには投げ付けられないけれど、あの雪だるまを的にするのはどうだろう?」

「雪だるまが敵ですね!」

「そうだ。それなら、心置きなく投げられる」


 いい考えだと思って、わたくしはアレクサンテリ陛下の言う通りに雪だるまを仮想敵に見立てた。

 わたくしが投げた雪玉はなかなか雪だるまにあたらなかったが、アレクサンテリ陛下の投げる雪玉は、雪だるまに的確に当たる。


「アレクサンテリ陛下、お上手ですね」

「わたしは剣術で体を鍛えているからかもしれない」

「剣術ができるのですね」

「昔、セシルを守れなかったから、自分の身は守れるようになろうと思っていた。積極的に生きたいと思っていたわけではなかったけれど、セシルの救ってくれた命を無駄にはできなかった」


 アレクサンテリ陛下が積極的に生きたいと思っていたわけではないという言葉に、わたくしは目が潤んできてしまう。

 セシルが亡くなった後、アレクサンテリ陛下はとても苦しんだのだろう。今は心に区切りがついたと言っているが、セシルの話をするときにはアレクサンテリ陛下は目を伏せていることが多い。


「アレクサンテリ陛下、わたくしは長生きします」

「レイシー?」

「アレクサンテリ陛下より十歳年下なのです。きっとアレクサンテリ陛下より長く生きられると思います」


 わたくしはセシルのようにアレクサンテリ陛下を残していきたくはなかった。

 きっとアレクサンテリ陛下がわたくしより先に死んでしまったら、とても悲しいしつらいだろうとは思うけれど、、アレクサンテリ陛下に二度も悲しい思いをさせることはできない。

 わたくしがつらい思いをする方がずっとましだ。


「生きて、生きて、長生きして、子や孫に囲まれて、老いて穏やかに死ぬときが来たら、レイシーがわたしを見送ってくれるかな?」

「はい。その後でわたくしもアレクサンテリ陛下を追いかけます。待っていてくださいね」


 アレクサンテリ陛下が亡くなってから何年わたくしも生きられるかは分からない。それでも、アレクサンテリ陛下より先に死ぬことはないようにしたいと思っていた。

読んでいただきありがとうございました。

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