19.セシルの願い
季節は冬に入っていた。
妃教育を続けつつ、わたくしはついにアレクサンテリ陛下とわたくしの結婚衣装を仕上げていた。
アレクサンテリ陛下の結婚衣装はテイルコートで胸にわたくしの花冠とお揃いの造花のブートニアが付けられるようになっている。わたくしの衣装は胸の下で切り替えがあってスカートは膨らませていなくてすとんとしたデザインのものにした。頭には白とピンクの混ざった花冠を被り、淡い赤と淡い紫の花の入り混じるブーケも作った。
出来上がった衣装はとても満足のいくもので、わたくしはやり遂げた誇りで胸がいっぱいだった。
わたくしがすることはそれだけではない。
ディアン子爵家には人形とぬいぐるみの衣装の型紙を送っているし、アレクサンテリ陛下の人形も作ったので、わたくしの人形とわたくしとアレクサンテリ陛下を模したぬいぐるみの衣装も作らなければいけない。
それだけではない。
アレクサンテリ陛下に毛糸のコートを編むと約束したのだ。
冬が終わらないうちにそれも編んでしまいたい。
冬になってから家庭菜園の方はすっかりと冬じまいしてしまったが、わたくしはそれ以外にやることがたくさんで忙しく過ごしていた。
結婚式までは残り七か月を切っていた。
婚約式のときの衣装は、わたくしのドレスはともかく、アレクサンテリ陛下の衣装はジャケット以外はわたくしが作っていなかったので、そのときの衣装を借りて型紙を作らせてもらった。
人形の婚約式の衣装を作るのは細かい作業なので、かなり大変だった。特に大変だったのは花冠だ。造花を小さく作るのは難しかった。
それでも何とか作り上げて、その合間にアレクサンテリ陛下のモチーフ編みのコートも作り上げた。
水色に薄紫のモチーフ編みは雪模様になっている。
アレクサンテリ陛下に着てもらうと、背が高いのでとても格好よかった。
「レイシー、とても温かいよ。これを着て冬は毎日執務に行くよ」
「気に入ってくださったら嬉しいです」
「ぬいぐるみや人形の売れ行きはどうかな?」
アレクサンテリ陛下は執務の合間を抜けて、お茶の時間はご一緒してくださる。本当は昼食も一緒に食べたいのだと言っていたが、そこまでは余裕はないようだ。
側近や部下に仕事を振り分けるようになってある程度は余裕はできたようだが、皇帝陛下の仕事はやはり激務のようだった。
「注文が殺到しているようです。貴族の子どもたちにとっては、ディアン子爵家の人形やぬいぐるみを持つのが流行っているようですし、成人の男女も恋人にお互いの目の色や髪の色に合わせた人形やぬいぐるみを贈り合うのが流行しています」
「それはよかった。ディアン子爵家も困窮から抜け出していると聞いている。それで、レイシーに相談したいのだが」
「はい、なんでしょう?」
わたくしにアレクサンテリ陛下が相談したいこととはなんだろう。
紅茶のカップを置いて背筋を伸ばして聞くと、アレクサンテリ陛下は意外なことを口にした。
「ディアン子爵家を伯爵家に陞爵させようかと思っているのだが」
「陞爵ですか!?」
驚いてわたくしは大きな声を出してしまった。紅茶のカップを持っていなくてよかった。持っていたら紅茶を零していたかもしれない。
「ディアン子爵家は何も陞爵されるようなことはしていませんよ?」
基本的に爵位を賜ったり、爵位を上げてもらうことは、国に対して大きな恩恵を与えたり、国家に貢献したりしたときにしか行われない。
ディアン子爵家が何をしたかといえば、傾いていた家計を立て直したくらいだった。それで陞爵というのは他の貴族たちが黙ってはいないだろう。
それに関して、アレクサンテリ陛下が説明してくれた。
「ディアン子爵家はこの国の女性の社会進出に関して、大きな貢献をしてくれた。それだけではない。元々数代前の皇帝のときに、商家だったディアン子爵家は傾きかけていた国を助けるために私財を投げ打ってくれた。そのときにはどれだけ説得しても叙爵に応じてくれなくて、どうしてもと言ったら子爵位を受け取ってくれたのだが、本当ならば伯爵位を授けたかったと聞いている」
「そうだったのですね」
「ディアン子爵家が伯爵家になることは、レイシーがわたしに嫁ぐ上でも重大なことだ。子爵家の令嬢よりも、伯爵家の令嬢の方が皇后に相応しいと思われるだろう」
そこまでの思惑があってのことならば、わたくしは反対できない。
ただ、両親やソフィアがどう思うかは気になる。
「両親が反対したらどうなさいますか?」
「反対しないと思うよ。レイシーのためにも」
わたくしが皇后になるためには子爵家の出身では後ろ盾が弱いとアレクサンテリ陛下はお考えなのだろう。なにより、ディアン子爵家がこの国の女性の社会進出の関して大きな貢献をしたと言われれば、その通りなのかもしれない。
それが国にとって大きな功績になったと認められることによって、女性の社会進出がますます盛んになれば、それはそれでいいことだと思う。セシルが望んでいたような社会になっていくのだ。
「ディアン子爵家を伯爵家にすることによって、女性の社会進出を拒もうとする者たちを黙らせることもできる。ディアン子爵夫妻には受けてもらわなければいけない」
ディアン子爵家が伯爵家になるとすれば、領地も増えて工場ももっと増やせるだろう。人形やぬいぐるみやその衣装の生産でディアン子爵家は潤ってきているので、新しく向上を作る資金も潤沢にあるはずだ。
この陞爵はディアン子爵家にとってはいいことしかない。
「両親に手紙を書いてみます」
「わたしも皇帝としてディアン子爵家に手紙を送ろう。できれば新年のパーティーのときに、ディアン子爵家を伯爵家に陞爵させたい」
アレクサンテリ陛下の固い決意を聞いて、わたくしは両親を説得するための手紙を書くことにした。
「セシルも、喜んでいるでしょうね」
「レイシーはそう思ってくれるか?」
「セシルは両親から独立できず、お針子になる夢が叶いませんでした。この国の女性が働く場所を得て独立する一歩を踏み出せるようになったら、セシルはきっと喜ぶと思います。今後はお針子だけでなく、色んな職種に女性が就けるようになればいいと思います」
「そのためのアイデアもレイシーが考えてくれるか?」
「わたくしでよろしければ」
わたくしが考えられたのはセシルのことだけだったけれど、これからは皇后になるのだと思ってこの国全体のことを考えなければいけない。女性がお針子として働いて自立していくのは、女性の社会進出の第一歩でしかない。他の職業にも女性が就けるようにしていくこと、女性が自分の職業を自分で選べるようにしていくこと、それがわたくしの望むこの国の在り方であり、セシルの望む未来だったのではないだろうか。
「わたしはセシルのように夢を諦める少女がこの国にいなくなるようにしたいのだ。この国で女性が社会進出するようになれば、この国はさらに栄えるだろう。自立した女性たちがこの国を支えてくれる」
「それがセシルの望んだ未来かもしれません」
「レイシーにはセシルの気持ちが分かるのかな?」
「どうでしょう? 夢の中でわたくしはセシルなのですが、目覚めるとレイシーですからね。完全にセシルの気持ちが分かるわけではないです。でも、セシルの目指していたことは分かるような気がします」
わたくしが言えば、アレクサンテリ陛下は目を細めてセシルのことを思い出しているようだった。
セシルの記憶を持ちながら、子爵家のレイシーとして生まれてきたわたくし。そのことに意味があるとは考えたことがなかったけれど、もしかするとセシルの夢を叶えるためにわたくしはセシルの記憶を受け継いだのかもしれない。
女性が安全に自立して働ける社会。
それを築き上げることがわたくしの使命なのかもしれないと思い始めていた。
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