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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
二章 ご寵愛されてます
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18.ぬいぐるみと人形の試作品

 ディアン子爵家からはすぐに返事が届いた。

 返事が届いた日、わたくしはモンレイユ夫人のピアノと声楽のレッスンを受けていたが、手紙が届いたことを侍女が伝えると、モンレイユ夫人は少し休憩時間をくれた。その中身を読んでみると両親がこの事業に乗り気なのが伝わってきた。


 なんと、今ある工場を人形やぬいぐるみ用に変えて、お針子として働く女性たちに仕事を覚えてもらって、早期に人形やぬいぐるみと、その衣装を作れるようにするというのだ。そのためにも、わたくしに人形やぬいぐるみの型紙を作ってほしいという依頼が来ていた。

 この国の人形やぬいぐるみはリアリティを求めているので、微妙にかわいくないのだ。わたくしは夢の中の記憶のセシルがそれに疑問を持って、自分がかわいいと思う人形やぬいぐるみを作っていたのを知っている。

 その人形やぬいぐるみに似せれば、きっと今売っているものよりもかわいいものができるとわたくしは確信していた。


 モンレイユ夫人のピアノと声楽のレッスンを終えて、昼食を挟んで午後は自由時間となったが、わたくしは結婚式の衣装も作らなければいけない。でも、今日だけはそれを休ませてもらって、型紙を作ることにした。

 小さなころから自分の人形やぬいぐるみは作っていたので、ある程度知識はある。型紙を作って試作品を縫ってみると、思ったよりかわいくできてわたくしは満足していた。

 人形は人形の規格で、ぬいぐるみはぬいぐるみの規格でサイズを合わせて衣装を展開すれば、お針子たちもそれほど難しくはないし、小さなものなので縫う場所は少なく、すぐにできてしまう。

 わたくしは黒髪に紫の目の人形を作り、白い婚約式のときのドレスを模したドレスは作るのに時間がかかりすぎて無理そうだったので、簡単なワンピースを作って着せた。ぬいぐるみは胴体の型紙は規格を同じにするので全部同じで、頭だけウサギやクマや犬にしていく。

 ウサギのぬいぐるみと犬のぬいぐるみをセットで作って、ウサギが紫色の目、犬が柘榴の目にした。


 出来上がったぬいぐるみと人形を見て、型紙に多少の修正を入れて、わたくしはディアン子爵家に送る手紙に入れた。

 そのころにはちょうどお茶の時間を過ぎていたが、アレクサンテリ陛下が帰ってきたという報せに、わたくしは人形とぬいぐるみを抱いて迎えに行く。

 玄関ホールに辿り着くと、アレクサンテリ陛下が上着を脱いでいるところだった。


 秋も深まってきて帝都は寒くなってきている。アレクサンテリ陛下はジャケットの上に上着を着るようになっていた。

 玄関ホールでアレクサンテリ陛下を迎えると、アレクサンテリ陛下は「ただいま」を言う前にわたくしの持っている人形とぬいぐるみに視線を向けた。


「これはレイシーが作ったのかな? この人形はレイシーによく似ている。ぬいぐるみはわたしとレイシーかな?」

「はい、ディアン子爵家から型紙を作ってほしいと言われて試作品を作ってみました」

「素晴らしい出来だね。レイシーはもうお茶を済ませてしまった?」

「いいえ、作業に集中していたのでまだです」

「では、お茶のときにゆっくり見せてほしい。着替えてくるね」


 足早に部屋に向かおうとしているアレクサンテリ陛下に、わたくしは声をかける。


「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」

「ただいま、レイシー。そうだった、挨拶がまだだったね。レイシーに『おかえり』と言われるとわたしはとても嬉しいんだ。忘れないでくれてありがとう」

「わたくしも、アレクサンテリ陛下に『ただいま』と言われると嬉しいです」


 わたくしはアレクサンテリ陛下が帰ってくることを喜んでいて、アレクサンテリ陛下はわたくしが迎えることを喜んでいる。

 わたくしは唐突に夢の中のできごとを思い出していた。



 夢の中で、ガーネくんは目立つ容貌だったのでほとんど出かけられなかった。ガーネくんが命を狙われていたことを知ってからは、わたしも両親もガーネくんの素性を探りながらも、できるだけその存在は隠していた。

 外に出ることのできないガーネくんは部屋の中で静かに遊んでいたが、わたしは食堂の手伝いをしたり、町まで行って刺繍や布を売りに行ったりしなければいけなかった。

 不安そうにガーネくんはわたしが出て行くたびに抱き着いて離れようとしなかった。

 そんなガーネくんのために、わたしは一つ約束をしたのだ。


「わたしが出かけるときは、ガーネくんは必ず『行ってらっしゃい』って言って」

「行ってらっしゃい?」

「そう。出かけた先で危ないことが起きないように祈っててほしいの。わたしは必ず『行ってきます』って言ってでかけるからね」

「分かったよ」


 寂しそうにしながら答えるガーネくんをわたしはぎゅっと抱き締める。


「帰ってきたら『おかえりなさい』って言ってくれる?」

「おかえりなさい?」

「そう。その日が何事もなく終わった感謝の気持ちと、帰ってきて嬉しいって気持ちを込めてね。わたしは『ただいま』って言うからね」

「分かった。約束して。ぜったいに元気でかえってきてね?」


 ガーネくんにとっては移動中に襲われてしまって、自分以外が殺されたことはとても恐ろしかったに違いない。わたしのことも同じように心配しているのだろう。

 「行ってらっしゃい」と「行ってきます」は無事に帰ってきますという誓いのようなもので、「おかえりなさい」と「ただいま」は無事に帰ってこれたことの感謝と再会の喜びの言葉だった。

 わたしにとっても、ガーネくんにとっても、その言葉は大事なものになった。



 思い出して、アレクサンテリ陛下がどうしてこんなに「行ってらっしゃい」と「行ってきます」、「おかえりなさい」と「ただいま」に拘るのかを知る。

 それはアレクサンテリ陛下が大好きだったセシルとの約束であり、わたくしとの誓いでもあるのだろう。

 これからも必ずそれを続けようとわたくしは思っていた。


 お茶室でアレクサンテリ陛下は紅茶を飲んでから、わたくしの作った人形とぬいぐるみをじっくりと眺めた。

 人形は時間がなくてわたくしの分しか作れなかったけれど、アレクサンテリ陛下の分もつくるつもりだ。ぬいぐるみは黒い生地で紫色の目のウサギがわたくし、白い生地で柘榴の目の犬がアレクサンテリ陛下のつもりだった。


「どっちもよくできている。レイシーがウサギで、わたしが犬なのがいいね。人形はわたしの分も作ってくれるのだろう?」

「もちろん作ります。衣装も時間がなくて間に合わせのものなので、婚約式の衣装を作りたいと思います。結婚式の衣装は出来上がったら、それに合わせて作ります」

「小さなわたしたちが婚約式と結婚式の思い出を永遠に残しておける……。そうだ、レイシー、結婚式と婚約式の衣装を同時に見たいから、ぬいぐるみの方は結婚式の衣装で、人形の方は婚約式の衣装にしたらどうだろう」

「それはいい考えですね。どちらも同時に見られるのはいいアイデアです」


 これを貴族に広めていけば、一人で何体もの人形やぬいぐるみを持つのがはやるかもしれない。結婚式の衣装を着せた人形やぬいぐるみは特によく売れそうな気がする。


「でも、これではターゲットが貴族中心になってしまうでしょうか」


 できれば庶民の子どもたちにもかわいい人形やぬいぐるみが行き渡るようにしたい。わたくしが悩んでいると、アレクサンテリ陛下が提案してくれる。


「貴族用と庶民用で少し趣向を変えたらどうかな? 庶民には手が届きやすいような布地で作るとか。その方が洗いやすいんじゃないかな」

「そうでした。子どもが使うのだったら洗うことを考えなければいけませんでした」


 子どもが使うのだったら汚すこともあるから、人形やぬいぐるみも、衣装も洗うことを前提に考えなければいけない。そうなると高価な生地を使うのはもったいなくなる。丈夫で洗いやすい生地を使うのがいいだろう。

 成人の貴族用は何度も洗うことはないだろうから、高価な生地を使っても構わないだろう。


「壊れたときの修理も請け負うのはどうでしょう? 子どもたちは人形をよく壊してしまうものです」

「それもいいと思うよ。アフターケアまで万全だったら更に売れ行きがよくなるだろうね。きっとすぐにこの事業は投資した金額は返せると思うよ」


 そう言ってくれるアレクサンテリ陛下にわたくしは言っていなかったことがあったと思い出して伝える。


「実は、両親は今ある工場をそのまま使おうとしているのです。人間の衣装を作る店はたくさんありますが、人形やぬいぐるみ、それにその衣装を作る店はほとんどありませんから」

「それならば、わたしが投資しなくても大丈夫そうだね」

「そうなのです。ディアン子爵家はこの事業に賭けることにしたのです」


 わたくしが言えば、アレクサンテリ陛下は柘榴の瞳を細めて微笑む。


「それならば、宣伝はしっかりしないとね。レイシー、そのぬいぐるみたちをわたしに貸してくれるかな?」

「どうするんですか?」

「わたしの執務室の机の上に飾るよ。結婚式の日も会場に飾ろう。きっと貴族たちの注目の的になる」


 アレクサンテリ陛下の素晴らしいアイデアに、わたくしはこんなにもアレクサンテリ陛下が協力してくれることに感激していた。


読んでいただきありがとうございました。

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