16.ルドミラ様のお茶会
いつかはこんな日が来ると思っていた。
わたくしはアレクサンテリ陛下に守られているが、いつかは貴族の社交界に出なければいけない。
その最初の一歩がカイエタン宰相閣下の夫人、ルドミラ様からのお茶会のお誘いだった。
ルドミラ様は婚約式でも会っているし、わたくしのお誕生日のお茶会にも出席してくださっていたが、あまり言葉を交わしたことがない。
元は侯爵令嬢だったというし、とても高貴な方ではあるのは確かなのだが、カイエタン宰相閣下のお屋敷は皇宮の外にあって、出かけていいものかも迷う。
素直にわたくしはアレクサンテリ陛下に相談していた。
「アレクサンテリ陛下、このような招待状が来たのですが」
「わたしの方にも来た。叔母上はレイシーと話がしたいらしい」
「どんな方が出席されるか分かりませんし、どうすればいいのでしょう」
わたくしの礼儀作法はラヴァル夫人も太鼓判を押してくれるのだが、それでも皇太后陛下のお茶会とわたくしが主催した自分のお誕生日のお茶会くらいにしか出席したことがなかった。
普通の貴族ならばお茶会に招き合って、交流を深めるのだが、ディアン子爵家は資金難で困窮していたため、ドレスを用意できず、わたくしはお茶会に出席したことがないのだ。もちろん、自分のお誕生日にもお茶会を開いたことはない。
皇太后陛下のお茶会と自分のお誕生日のお茶会でどのようにすればいいかはなんとなく分かっていたが、皇宮以外の場所でのお茶会は初めてで緊張してしまう。
「叔父上は皇位継承権を放棄したとはいえ皇族だ。わたしも一緒に行くつもりなので、緊張しなくていいよ」
「アレクサンテリ陛下がご一緒ならば安心できます」
アレクサンテリ陛下にそう言ってもらえて、わたくしは招待状に返事を書いた。
カイエタン宰相閣下は、皇族で身分でいえば前皇帝陛下の弟で、大公閣下になる。この国ではアレクサンテリ陛下に次いで高貴なお方なので、その方の夫人ともなるとやはり非常に高貴な方だろう。
アレクサンテリ陛下がご一緒でなければわたくしはとてもお茶会に参加する勇気はなかった。
お茶会のためにラヴァル夫人にドレスを選ぶのを手伝ってもらう。ラヴァル夫人が選んだのは赤紫のドレスだった。
「皇帝陛下の目の色とレイシー殿下の目の色が合わさっていてとてもお似合いになると思います。髪飾りは皇帝陛下とお揃いの造花のものを、上着は薄紫のものを選ばれるとよろしいかと」
「靴はどうしましょう」
「今回はそれほど踵の高い靴ではなくていいと思います。中くらいの高さのものにされてはいかがでしょう」
お茶会やパーティーでは衣装や小物の色を指定されることもあるが、今回は自由なのでラヴァル夫人の助言に従って選んだ。
お茶会の当日には、アレクサンテリ陛下がわたくしをエスコートして馬車に乗せてくださった。旅行に行ったときのような長距離移動用の大型の馬車ではなかったけれど、乗り心地のいい広い馬車で、わたくしはアレクサンテリ陛下と一緒に寛いで出かけることができた。
「レイシーの髪飾り、きっと注目されるよ。とてもいい出来だ」
わたくしの髪飾りは、アレクサンテリ陛下のラペルピンとお揃いの造花で作ったものだった。アレクサンテリ陛下もラペルピンを身に着けてくださっているので、わたくしとお揃いということは一目で分かるだろう。
カイエタン宰相閣下のお屋敷の玄関前で馬車が停まると、アレクサンテリ陛下が先に降りてわたくしに手を差し伸べる。エスコートされてわたくしは馬車のステップを降りていった。
カイエタン宰相閣下のお屋敷は、広い庭があるが建物は宰相閣下のお屋敷にしては小ぶりなように思えた。
カイエタン宰相閣下とルドミラ様がアレクサンテリ陛下とわたくしを迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました、皇帝陛下、妃殿下」
「本日はお招きありがとうございます」
「叔母上、お久しぶりです」
「最近は皇帝陛下は執務を他の者たちに振り分けていると聞きます。夫がどれだけ言ってもご自分でなさっていたのに、妃殿下が進言してくださったからと伺っています」
これに関しては、わたくしは責任を持って説明をしなければいけないと思っていた。
「皇帝陛下お一人だけが執務を担っていたら、皇帝陛下に何かあって執務が滞るようなことがあれば誰も代わりにはなれません。皇帝陛下のお体のためにも、この国のためにも、皇帝陛下になにがあろうと国の政治が執り行われるようにしていかねばなりません。そう思って進言させていただきました」
わたくしの言葉に、ルドミラ様がため息をつく。
「さすがは皇后陛下にと望まれたお方。国のことも皇帝陛下のこともよく考えていらっしゃいますね。そのお話、もっと詳しく聞きたいですわ。どうぞお席に」
アレクサンテリ陛下とわたくしは特別に用意された席に案内される。そこにはラヴァル夫人とモンレイユ夫人も同席していた。
「ラヴァル夫人、モンレイユ夫人。お二人も招かれていたのですね」
「レイシー殿下が親しく話せるようにとルドミラ様にお招きいただきました」
「本日はよろしくお願いします」
他の貴族たちは少し離れた席に座っているので、わたくしはラヴァル夫人とモンレイユ夫人とルドミラ様とカイエタン宰相閣下とお茶をすることに集中すればよかった。
ラヴァル夫人とモンレイユ夫人の顔を見ると少し安心する。
「妃殿下は縫物がお上手で、造花も作られていると聞きます。皇帝陛下のラペルピンと妃殿下の髪飾りはもしかして……」
「わたくしが作らせていただきました。アレクサンテリ陛下とわたくしの結婚式の衣装も、花冠もブーケも、小物も全部任されております」
「こんな素晴らしいものを作られるのですね。なんて美しい。わたくしも妃殿下に作ってもらいたいものですわ」
ルドミラ様に言われてわたくしは誇らしく思うと同時に、そこまでは手が回らないと考えてしまう。
それならば、ディアン子爵家の事業を紹介すればいいのだ。
「わたくしの生家であるディアン子爵家では、今、縫物や造花の事業を立ち上げています。領地に工場ができ、少しずつ生産が始まっているところです。ぜひ、ディアン子爵家にご注文を」
「妃殿下の生家の事業でしたら、素晴らしい出来が期待できそうですね。注文させていただきますわ」
ルドミラ様はそれで満足した様子だった。
「それにしても、皇帝陛下が執務を他のものに振り分けるようになってから、効率がよくなりましたし、皇帝陛下も休めるようになりました。妃殿下の功績は素晴らしいですね」
カイエタン宰相閣下に褒められてわたくしは嬉しくなってしまう。
「学園ではわたくしも領地経営の勉強をしておりました。わたくしはディアン子爵家の長女で、ディアン子爵家の後継者だったので。そのときに学んだことを活かしただけです」
「妃殿下は学園ではずっと首席だったと聞いています」
「ディアン子爵家を立て直すために学ぶことはたくさんありました。なにより、成績優秀者は学費が免除になりますので」
わたくしを学園に通わせるだけの資金がディアン子爵家に潤沢にあったわけではない。わたくしは成績優秀者で入学できるかもしれないが、ソフィアは無理かもしれない。色んな方向性を考えて、わたくしは入学のときにものすごく努力したのだ。それが報われて首席で入学した。その後もずっと努力し続けて、首席を保ってきた。幸い、ソフィアも学年十位以内の成績優秀者で、学費は免除されたので、それはそんなに心配しなくてよかったのだが。
そういう話をしていると、アレクサンテリ陛下がわたくしのためにキッシュやお芋と栗のパウンドケーキを取り分けてくださる。
アレクサンテリ陛下にしてもらうのは恥ずかしかったが、好意を無駄にするわけにはいかないのでお礼を言って受け取る。
「皇帝陛下は妃殿下を寵愛しているというのは本当なのですね」
「わたしはレイシーがいなければ生きていけませんからね」
さらりと言ったアレクサンテリ陛下に、ルドミラ様が「素敵」と微笑んでいた。
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