表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
二章 ご寵愛されてます
39/151

9.家族との時間

 翌日は旅行二日目。

 ディアン子爵家の家族が来る日だった。

 朝食をアレクサンテリ陛下と一緒に食べて、リビングで寛ぎながら持ってきた布に刺繍をする。この布はアレクサンテリ陛下の結婚式の手袋になる布だった。

 白い上質な布に細かな刺繍を入れていると、アレクサンテリ陛下が手元を覗き込んでくる。


「繊細な刺繍だな。これは蔦模様に見えるが」

「青い蔦模様を小さなものに変えて、銀糸を使って縁に刺繍しているのです。これはアレクサンテリ陛下の結婚式の手袋になる布なのですよ」

「あの青い蔦模様が銀色になってわたしの結婚式を飾るのか。それは楽しみだな」


 わたくしが刺繍をしている間、アレクサンテリ陛下は時々声をかけつつも邪魔をせずに見守ってくれていた。

 ディアン子爵家の家族が来たのは昼食の前だった。

 それまで刺繍を続けていたわたくしは、布や糸や針を片付けて、両親とソフィアを迎える準備をした。

 玄関の外まで出ると、両親とソフィアは豪奢な馬車から降りて来るところだった。


「皇帝陛下、この度はお招きいただきありがとうございます」

「馬車まで用意していただいて本当に感謝しています」


 挨拶をする両親にアレクサンテリ陛下が頷く。


「よく来てくれた。ここは私的な場なので、レイシーと寛いで過ごしてほしい」

「ありがとうございます、皇帝陛下」

「レイシー、元気でしたか?」


 声をかけられて、約三か月ぶりに会う両親にわたくしは答える。


「とても元気でした。あ、一度熱を出しましたが、微熱程度で済みました。お父様とお母様はお元気でしたか?」

「レイシーがいなくなって寂しいけれど元気だよ」

「レイシー、肌がきれいになって髪に艶が出て美しくなりましたね」


 両親から声をかけられて、わたくしは幸せに微笑んだ。


「皇帝陛下、別荘にお招きいただきありがとうございます」

「ソフィアも学園で忙しいのによく来てくれた」

「お姉様と皇帝陛下がどのように過ごしているか興味があったものですから」


 この別荘は私的な場なので、両親もわたくしのことは「殿下」と呼ばずに名前で呼んでくれているし、普段のように親し気に話しかけてくれている。ソフィアもわたくしのことは「お姉様」と呼んでくれて、相変わらずアレクサンテリ陛下に対する態度は厳しいものだったが、わたくしに対しては笑顔を見せる。


「昼食にしよう。湖で獲れた新鮮な魚が美味しいのだ」

「ご馳走になります」


 アレクサンテリ陛下に促されて、お父様が答えて、両親とソフィアは別荘の中に入って行った。

 別荘の食堂では、わたくしとアレクサンテリ陛下が横並びに座って、両親とソフィアが向かい側に座る。

 運ばれてきたのは白身魚のソテーをメインにした昼食で、わたくしは美味しくそれをいただく。両親もソフィアも完璧なマナーでいただいていた。


「新しい事業は順調に進んでいると聞く。昨日の晩餐会で、ディアン子爵家に貴族たちが様々なものを作ってほしいと注文していた」

「おかげさまで支援していただいた事業の方は成功しています」

「貴族の方々から注文があったのですか? それは正式にお受けしないと」

「お父様、お母様、造花の部門も作った方がいいかもしれません。造花をお望みの方もおられました」

「それは新しい工場が必要だな」

「レイシーの胸に付けている造花は、もしかして、レイシーが作ったものですか?」

「はい、アレクサンテリ陛下に許可をいただいて作りました」


 両親とソフィアに見せたくて付けていたコサージュに言及されて、わたくしは堂々と答える。

 特殊なこてや染料などが手に入らずに、わたくしがディアン子爵家で造花を作りたがっていたが、できなかったのを両親もソフィアも知っている。


「とても美しい造花ですね」

「わたしのラペルピンもレイシーが作ってくれたのだ」

「皇帝陛下のものまで!?」

「皇帝陛下も使ってくださっているのですね。よかったですね、レイシー」


 両親のわたくしに向ける表情が優しい気がする。

 わたくしがアレクサンテリ陛下の横でリラックスしているからかもしれない。


 昼食が終わると、アレクサンテリ陛下は両親とソフィアを部屋に案内させて、わたくしの背中をそっと押してくれた。


「家族水入らずで話してくるといい。わたしは少し、帝都から送られてきた書類に目を通す」

「ありがとうございます、アレクサンテリ陛下。少し失礼します」


 頭を下げてわたくしは両親とソフィアが滞在する客間に移動した。

 侍女に案内された客間は、湖が見える部屋だった。

 わたくしが泊ったのも湖が見える部屋だったが、この部屋もとても美しく窓から湖が見える。


「レイシー、妃殿下になって何か困っていることはないかと心配していたよ」

「でも、元気そうで、肌も髪も艶が出て、安心しました」

「お姉様、皇帝陛下とはどうなのですか?」


 両親はわたくしを抱き締めて歓迎してくれるが、ソフィアは表情が硬い。アレクサンテリ陛下とわたくしのことを疑っているのだろう。

 客間のソファに座ると、わたくしは両親とソフィアに説明することにした。


「わたくしは、アレクサンテリ陛下をお慕いしております」

「それは皇帝陛下が皇帝だからではなくて?」

「一人の男性としてということですか?」

「はい。アレクサンテリ陛下もわたくしのことを愛していると言ってくださいました」


 わたくしの説明に両親の目が潤む。

 お父様は黒髪に黒い目で、お母様は金髪に紫色の目だ。黒い目と紫色の目に涙の膜が張るのをわたくしは胸を押さえて見つめていた。


「皇帝陛下がお姉様をご寵愛されているのは気付いていました。でも、デビュタントのときにお姉様に運命を感じたなんて信じられないのですが」


 ソフィアも十五歳のときにデビュタントを経験している。そのときにアレクサンテリ陛下にご挨拶をしたはずなのだが、その年十五歳になった大勢の貴族の子息令嬢が集まるので、恐らく一人三十秒くらいしか時間はなかっただろう。

 そんな一瞬でアレクサンテリ陛下がわたくしを見初めたというのは、とても信じられないだろう。


 本当は、アレクサンテリ陛下はセシルのことを想っていて、セシルが死んだ後もセシルの痕跡を追い求め、わたくしが帝都の店に売った青い蔦模様のハンカチに辿り着き、デビュタントでわたくしの姿を見て確信し、卒業パーティーで求婚してきたのだが、わたくしが夢でセシルの記憶を見ていて、セシルの生まれ変わりかもしれないなんてことは言えない。


「デビュタントはきっかけで、共に暮らすようになってアレクサンテリ陛下はわたくしのことを愛してくださるようになったのです」

「それにしては、皇帝陛下直々にお姉様を迎えに来る執着ぶりでしたが」

「それも、わたくしと縁を持ちたかったからです。まずはよく知り合ってみなければお互いのことは分からないでしょう?」


 一生懸命誤魔化してみるのだが、ソフィアの懐疑的な眼差しから逃げられない。

 セシルのことは話せないし、どうしようと考えていると、両親から助け舟が入った。


「わたしもリヴィアと出会ったときには、一目で運命を感じたものだよ。リヴィアのことが頭から離れずに、結婚を申し込んでいた」

「旦那様に結婚を申し込まれたときには驚きましたが、旦那様の人柄を聞いて、少しずつ惹かれるようになりました」


 リヴィアとは母の名前だ。

 わたくしのお父様もお母様に一目で運命を感じたようだった。

 それを聞いて、ソフィアの態度が少し軟化したような気がする。


「運命というものがあるのですね。わたくしにはよく分かりませんが」

「ソフィアは婚約はどうするのですか?」


 わたくしはディアン子爵家を継ぐために婿が必要で、学園に入学する十二歳のときに同じ年のレナン殿と婚約していた。ソフィアは幸せな結婚をしてほしかったので、わたくしが頼み込んで、早い政略結婚からは逃れられるようにしたのだ。


「わたくしは、結婚はまだ考えていません」

「ソフィアにもいい方がいないか探しているのだが」

「当のソフィアがこのような感じですからね」


 困った様子の両親に、ソフィアはまだ結婚を考えていないようだが、わたくしがアレクサンテリ陛下に嫁ぐようになってしまったのでソフィアがディアン子爵家を継がなければいけない。婿を取らなければいけないのは間違いなかった。


「わたくしのような相手ではないといいのですが」


 レナン殿を思い出して、わたくしはため息をついていた。

読んでいただきありがとうございました。

面白いと思われたら、ブックマーク、評価、リアクション、感想等よろしくお願いします。

作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ