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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
二章 ご寵愛されてます
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8.別荘での宴で注文を

 ディアン子爵家の庭はそれほど広くなく、四阿もなかった。

 数代前まではディアン子爵家は国でも有数な裕福な商家で、爵位はなかったが皇帝陛下にも認められていた。当時、ヴァレン帝国は属国との小競り合いが頻繁に起きており、財政は破綻寸前だった。

 そこに私財を投げ打って支援をしたのがディアン家で、その功績として爵位を賜ったのだが、ディアン家の数代前の当主はそれを辞退していたが、どうしても皇帝陛下に乞われて子爵の爵位を受け取ったのだという。

 それ以後、皇帝陛下は代々ディアン子爵家に恩義があるとして、ディアン子爵家を重用してくださっていたが、曾祖父の代にディアン子爵家は事業に失敗して借金を抱えることになって、祖父の代にほとんどの事業を手放すことによって借金は返済できたのだが、ディアン子爵家は貧乏になってしまった。

 父の代になって少しは取り戻してこれたのだが、まだまだディアン子爵家が苦しいことは間違いなかった。


 湖の周囲を散策しながら、わたくしはアレクサンテリ陛下とディアン子爵家の話をした。

 アレクサンテリ陛下は、長女で後継者であったわたくしを妃に望む代わりに、ディアン子爵家に支援をしてくれたのだという。


「レイシーはディアン子爵家を継いだら、裁縫の事業を立ち上げようとしていたのだよね。その事業にわたしは投資をさせてもらったのだ」

「わたくしが立ち上げようとしていた事業にですか?」

「そうだよ。工場を作る資金を援助して、ディアン子爵家に優先的に上質の布や糸が手に入るように手配した」


 それはわたくしがディアン子爵家の当主になったらしたかったことである。

 夢の中でセシルはお針子になりたがっていた。けれど、セシルの両親は十六歳の少女が一人で町に住むのは危ないと、セシルを独り暮らしをさせることに不安を抱いて、お針子にさせていなかった。

 わたくしは夢の中のセシルのような少女たちのために、寮のついた工場を作ろうと思っていたのだ。寮のある工場ならばセシルの両親も安心してセシルをお針子にさせていただろう。


「わたくしは、セシルの夢を叶えたかったのです。セシルはお針子になれなかったけれど、お針子になりたいと思っている少女はこの国にたくさんいると思います。そんな少女たちが安心して働ける場所を作りたかったのです」

「それでは、わたしもセシルの夢を叶える手伝いができたのだな」

「そうですね。ありがとうございます、アレクサンテリ陛下」


 お礼を言えば、アレクサンテリ陛下は湖の畔を歩きながらわたくしに話してくれる。


「皇宮は資金難のときに援助をしてくれたディアン子爵家に、財政が落ち着いてから何倍にもして資金を返そうとした。けれど、ディアン子爵家は自分たちが援助した分しか受け取らなかった。いつかは皇宮はディアン子爵家に恩返しをしなければいけないと思っていたのだ。今回の件はいい機会だった」

「アレクサンテリ陛下のおかげで、セシルのような少女たちが家元を離れて働きに来ることができます。それこそ、わたくしの望んだ事業でした」

「レイシーの願いも叶えられて嬉しいよ」


 日傘をさして歩いているわたくしの手を、アレクサンテリ陛下が握っている。身長差があるのでアレクサンテリ陛下に日傘が当たらないように気を付けなければいけないが、湖は澄んでいて水底が見えそうで、水面を撫でるように吹いてくる風は心地よかった。


 わたくしとアレクサンテリ陛下の少し後ろから、テオ様の率いる護衛たちがついてきている。護衛だけでなく侍女もついてきていた。


 湖を見下ろす丘の上に行くと、侍女が素早く折り畳みのテーブルと椅子を設置する。

 椅子に腰かけると、テーブルの上にお茶の用意がされた。

 水筒に入っていたお茶なので熱くはないが、秋に入ったばかりでまだ寒くはないのでそれほど気にならない。

 お皿の上に用意されたキッシュやフィナンシェやフロランタンを食べながら、わたくしは湖を見下ろしていた。


 ちょうど日が暮れていくタイミングで、夕焼けが湖を赤く照らしている。

 赤く染まった湖面はとても美しく、湖の向こうに見える山並に日が沈んでいく様子がよく見えた。


「とても美しいところですね」

「わたしも初めてきたが、代々皇帝が気に入っていた別荘だと聞いている。それもそのはずだな」

「こんな美しい場所でお茶ができるだなんて思いませんでした。わたくし、皇宮の庭以外の外でお茶をしたのは初めてです」

「ここも庭のようなものなのだが」

「そうなのですか?」


 さらりと仰ったアレクサンテリ陛下にわたくしが首をかしげていると、アレクサンテリ陛下が微笑みながら教えてくれる。


「この湖も、周辺も、全てわたしの持ち物なのだ」

「え!?」


 なんと、この湖も、周辺の土地も、全てアレクサンテリ陛下の持ち物だった。つまり、わたくしは外でお茶をしていると思っていたのだが、アレクサンテリ陛下の土地の敷地内でお茶をしているに過ぎなかったのだ。

 こんなに広大な土地を持っていらっしゃるとは、さすが皇帝陛下。スケールが違う。


 驚いていると、アレクサンテリ陛下がわたくしに言った。


「夜は周辺の貴族たちが挨拶に来るだろう。煩わしかったら、追い返すが、レイシー、どうする?」

「ご挨拶をするものだと思って、ドレスは一着持ってまいりましたが」

「わたしのレイシーをあまり他人に見せたくはないのだが、これも皇帝の義務として挨拶を受けようか」


 少し憂鬱そうなアレクサンテリ陛下だが、真面目なので貴族たちの挨拶を受けることにしたようだった。

 お茶を終えるとわたくしとアレクサンテリ陛下は別荘に戻った。


 別荘に戻るとドレスに着替えて、髪も整えて、わたくしはアレクサンテリ陛下と共に別荘の大広間に行く。大広間には貴族たちが集まっていた。


「皇帝陛下、ようこそおこしくださいました。妃殿下、お初にお目にかかります」

「こちらに皇帝陛下が来られると知って、急いで歓迎の宴を用意しました」

「妃殿下にあらせられましては、ご機嫌麗しく」


 挨拶をしてくる貴族たちの名前は分からないが、婚約式にもわたくしのお誕生日のお茶会にも呼ばれていない方たちのようだった。

 わたくしも挨拶をしつつ、席について給仕に飲み物を持ってきてもらう。アルコールは酔ってしまいそうだったので、果実水にしてもらった。

 果実水を飲みながら、挨拶に来る貴族たちに挨拶を返していると、一人の貴族の令嬢がわたくしとアレクサンテリ陛下がお揃いのラペルピンとコサージュをつけているのに気付いたようだった。


「皇帝陛下と妃殿下はお揃いの造花をつけておいでなのですね」

「これはわたしの妃が作ってくれたものなのだ」

「妃殿下が作られたのですか?」


 あ、これはまずいかもしれない。

 レナン殿のことを思い出してわたくしはコサージュをつけてくるのではなかったと後悔した。貴族からしてみれば、自分で身に着けるものを作るなど、貧乏くさいと思われるかもしれない。

 軽蔑の眼差しを向けられるかと警戒していたら、アレクサンテリ陛下の言葉を聞いた貴族の令嬢は目を輝かせた。


「それはすごいですね。まるで売り物のようではないですか。妃殿下の出身のディアン子爵家は、裁縫の事業を立ち上げたと聞いていますが、造花の事業も立ち上げるのですか?」

「造花の事業……それはできたら立ち上げたいですね」

「とても素敵です。わたくし、ぜひ買わせていただきたいです」


 令嬢の声が会場に響き、他の貴族からも声が上がる。


「妃殿下のご出身の子爵家の立ち上げる事業の製品を、ぜひ買いたいものですね」

「わたしの注文も受けてくれるでしょうか? 娘が自分の人形にドレスを欲しがっているのです」

「人形のドレスも請け負ってくれるのですか?」


 馬鹿にされるどころか、わたくしは称賛されて、注文まで受けられそうだ。


「人形のドレスも作ることができます。人形自体も作れるようにします。もちろん、皆様がお召しになる衣装も作れます」


 ここは宣伝しておくところだとわたくしの中のディアン子爵家の血が騒いでいる。ディアン子爵家は元々商家なので、商売人なのだ。


「娘の人形のドレスを注文させていただきたいです」

「娘のドレスも注文したいです」

「わたくしの造花も」


 次々と注文の声が上がるのを、わたくしは「ディアン子爵家に伝えておきます」と答えたのだった。


読んでいただきありがとうございました。

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