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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
二章 ご寵愛されてます
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7.初めての旅行

 帝都の外れの湖に近い別荘に行く日が来た。

 わたくしとアレクサンテリ陛下の荷物は別の馬車に積みこまれて、わたくしとアレクサンテリ陛下は特別製の巨大な馬車に乗った。馬車の中には長椅子もあって、机と椅子もあって、過ごしやすいようになっている。

 馬車の隅にはアレクサンテリ陛下の側近の方らしき男性が立っていた。


 アレクサンテリ陛下に手を貸してもらって高いステップを上がって馬車の中に入ったわたくしは、アレクサンテリ陛下と並んで長椅子に座る。長椅子は横になることもできるように設計されているので、大きく、広く、ゆったりと座れる。


「ご一緒させていただく、テオ・グランディと申します。妃殿下、どうぞお見知りおきください」

「初めまして、レイシー・ディアンです。よろしくお願いいたします」

「グランディ侯爵家次男ですが、騎士団に勤めております。本日は、皇帝陛下と妃殿下を騎士としてお守りいたします」


 赤い髪に緑色の目のテオ・グランディ様は、わたくしは聞いたことがある名前だった。確かユリウス様がアレクサンテリ陛下の側近だと言っていた方だと思う。

 わたくしが挨拶をすると、胸に手を当てて騎士の礼をするテオ様に、わたくしも頭を下げる。


「あまりレイシーに近付くな、テオ」

「嫉妬深いのは嫌われますよ。わたしには愛しい妻子がいるのでご安心ください」


 年のころはアレクサンテリ陛下と同じくらいだろう。この国の貴族は学園を卒業すると結婚していくので、わたくしの年齢で結婚するのは少しもおかしくはない。アレクサンテリ陛下の年齢まで独身であるということはかなり珍しいことだった。

 テオ様が学園ではなく騎士学校を卒業したのかもしれないが、その後すぐに結婚していたとすれば、もう結婚十年目くらいになるのではないだろうか。

 子どももおられると言っているし、結婚してかなり時間が経っているのは間違いないだろう。


「テオ様もアレクサンテリ陛下が幼いころからの遊び相手だったのですか?」

「わたしは皇帝陛下と同じ年だったので、七歳のときから遊び相手として皇宮に上がっておりました。騎士学校に通う間はおそばにいられませんでしたが、それ以外は皇帝陛下のおそばにずっといさせていただきました」

「それでは、アレクサンテリ陛下の小さなころを知っているのですね! どんな子ども時代でしたか? かわいかったですか?」


 夢の中でセシルとして見守ってきたガーネくんが、アレクサンテリ陛下として皇宮でどう過ごしていたのか知りたい。

 軽い気持ちで聞いてしまったが、テオ様は表情を曇らせてしまった。


「皇帝陛下はクーデターで逃がされた後、保護されるまでにお世話になった方を亡くされたということでとても落ち込んでおられました。遊びに誘っても全く反応はなく、一人にしてほしいと仰っていました」


 そうだった。

 アレクサンテリ陛下は目の前でセシルを亡くしているのだ。それから絶望して地獄のような日々を送ったと聞いていた。

 つい気になって聞いてしまったが、アレクサンテリ陛下の悲しみを思い出させただけかもしれない。心配になってわたくしがアレクサンテリ陛下を見ると、アレクサンテリ陛下はわたくしの肩を抱いて囁きかける。


「レイシー、わたしがいるのに、他の男に話しかけるのは妬けてしまうな。わたしのことが知りたければ、わたしに聞いていいのだよ」

「すみません、悲しいことを思い出させましたか?」

「セシルのことについては、レイシーと出会った時点で心に区切りがついている。レイシーがいてくれればもう悲しくはない」


 わたくしが謝れば、アレクサンテリ陛下は気にしていないと言うように微笑んで見せる。アレクサンテリ陛下の中で心に区切りがついていればいいのだが、わたくしは余計なことを聞かないように気を付けようと思った。


 馬車は多少は揺れるが、それほどひどい揺れではなく、滑らかに進んでいく。

 テオ様は馬車の隅に移動して座って、わたくしはアレクサンテリ陛下と水筒からカップにお茶を注いで、お茶を飲みながら話していた。


「アレクサンテリ陛下は旅行に行かれるのは初めてなのですね」

「執務として視察に行ったことはあるが、私的な旅行は初めてになるね」

「わたくしも旅行は初めてなのです。ディアン子爵家の領地の視察になら行ったことはありますが、旅行をするほどの余裕はなかったので」


 旅行を楽しむだけの経済的な余裕がディアン子爵家にはなかった。

 そのため、わたくしもソフィアも旅行に行ったことはない。領地の視察に行ったことはあるが、それは将来わたくしが子爵家を継ぐために必要な学習でしかなかったし、楽しむためのものではなかった。


「湖では釣りができるらしいのだ。レイシーは釣りに興味があるかな?」

「釣りはしたことがありません。アレクサンテリ陛下と一緒ならやってみたいです」

「湖ではボートにも乗れるらしい。乗ってみるか?」

「ボートを漕いだことがないのですが、できるでしょうか?」

「ボートはわたしが漕ごう。レイシーは乗っているだけでいいよ」


 釣りにボートと楽しいことが待っていそうな予感に、わたくしはわくわくしていた。


「皇帝陛下、釣りは……その、女性にはあまり……」

「そうなのか?」

「釣りの餌は虫ですので、女性はあまり好まないかと思われます」


 テオ様がアレクサンテリ陛下に助言をしているが、わたくしはそれに対して口を挟ませてもらった。


「わたくしはディアン子爵家でも、皇帝宮の中庭でも、家庭菜園を作っています。野菜を育てるときには虫を駆除することもあります。わたくし、虫を見るのも、触るのも平気ですよ」

「さすがはレイシーだ。わたしの方が怯んでしまうかもしれない」

「でしたら、アレクサンテリ陛下の釣り針には、わたくしが虫をつけて差し上げます」


 虫が怖くて家庭菜園はしていられないのだ。

 芋虫も、甲虫も、わたくしは素手で触れるし、駆除することも平気だった。


「妃殿下は変わっていらっしゃいますね。あ、いえ、嫌な意味ではありません」

「テオ、レイシーは素晴らしい女性なのだ。仕立て職人と共に作業室で縫物や刺繍をし、中庭では家庭菜園で野菜を育て、学園では首席をずっと保っていて妃教育も非常に優秀だと聞いている」

「妃殿下のことをよく知りもせず、余計なことを口にしました。お許しください」


 頭を下げて謝罪するテオ様に、わたくしは首を振って謝ることはないのだと示す。


「気にしないでください。わたくしが普通の貴族の令嬢と違っているのは自覚があります」

「その違っているところに、皇帝陛下は惹かれたのでしょうね」


 テオ様の表情が柔らかくなっている気がする。

 わたくしはテオ様とも仲良くなれそうだと思っていた。


 馬車が別荘に着いたのは昼過ぎだった。

 馬車から降りると、広く大きな湖に橋が架かっていて、その橋の上に乗り出すように屋敷が建っているのが分かる。

 これが皇帝陛下の別荘のようだった。


 アレクサンテリ陛下に手を引かれて、わたくしは広いお屋敷の中に入った。

 屋敷の玄関ホールには使用人たちが集まっている。


「ようこそいらっしゃいました、皇帝陛下、妃殿下。食堂で昼食の用意をしております。すぐに召し上がられますか?」

「それでは、食堂に行こう」


 アレクサンテリ陛下に手を引かれて、わたくしは別荘の食堂に行く。食堂ではわたくしとアレクサンテリ陛下の席が用意されていた。

 横並びに座ると、料理が出てくる。

 新鮮な野菜のサラダと、魚と野菜の包み焼き、焼きたてのパンが出てきた。どれも美味しく、幸せに食べていると、アレクサンテリ陛下が食べながらこれからの予定を話してくれた。


「食事が終わったら湖に散策に出かけよう。ディアン子爵家の家族が来るのは明日だ。明後日と明々後日のどちらかに釣りをして、ボートに乗ろう。今日のお茶は湖の見える丘の上でするのはどうかな?」

「湖を見ながらお茶ができるなんて楽しみです」

「レイシーの好きなキッシュと、フィナンシェとフロランタンを持って行こう」

「はい」


 庭でお茶をしたことはあるが、完全に敷地内ではない外でお茶をするのは初めてだったので、わたくしはとても楽しみにしていた。

読んでいただきありがとうございました。

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