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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
二章 ご寵愛されてます
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6.旅行の準備

 アレクサンテリ陛下と帝都の外れの美しい湖がある別荘に行くことが決まった。

 翌日にはラヴァル夫人もモンレイユ夫人もそのことを知っていた。


「別荘でもピアノと声楽の練習は続けます。他にも勉強しておくことがあったら、課題を出してください」


 ラヴァル夫人とモンレイユ夫人に伝えるわたくしに、二人は顔を見合わせていた。


「レイシー殿下、いついかなるときも学ぶ姿勢を忘れないお心は御立派だと思います。ですが、今回は皇帝陛下とのご旅行なのです。学ぶことよりも皇帝陛下と楽しまれることを優先してください」

「ですが、わたくしはまだまだ妃候補としては未熟です。学習に遅れが出ては困るのではないでしょうか?」

「レイシー殿下はとても優秀ですので、学習に遅れが出るようなことはありません。なにより、皇帝陛下はクーデターで前皇帝陛下を亡くされた後に、ずっと誰にも心を開かず、お一人で孤独に過ごしておられました。皇帝陛下にとっても初めてのご旅行となります。皇帝陛下を楽しませることもレイシー殿下の大事なお役目です」

「恐れながら妃殿下と共に過ごしているときが皇帝陛下は一番心安らかでいられるときだと思います。皇帝陛下との仲を深めることも、妃殿下の大事なお役目でございます」


 アレクサンテリ陛下との仲を深める。

 モンレイユ夫人に言われてわたくしは気付いてしまった。

 この国では婚前交渉はいけないものとされているが、アレクサンテリ陛下は二十八歳の健康な男性で、わたくしも十九歳で成人している。いつそのような関係になってもおかしくはなかった。

 結婚前に身籠るのは体裁が悪いのかもしれないが、アレクサンテリ陛下はずっと結婚を拒んでいたので、妃も子どもも一人もいない。アレクサンテリ陛下の血統を継ぐお子を産むこともわたくしの大事なお役目だった。


 顔が熱くなってくるのを自覚して頬を押さえると、モンレイユ夫人が静かにわたくしに告げる。


「旅行中はピアノや声楽のレッスンではなく、皇帝陛下にお聞かせして楽しんでもらえるように致しましょう。皇帝陛下にお聞かせする曲を今日から練習いたしましょうね」

「アレクサンテリ陛下は、わたくしのピアノや歌で喜んでくれるでしょうか?」

「皇帝陛下が妃殿下をご寵愛されているのはこの国の誰もが知っていることです。妃殿下のピアノと歌を聞けば、皇帝陛下も癒されること間違いないと思います」


 モンレイユ夫人がそう言ってくれるならばわたくしはピアノと歌のレッスンを頑張ろうと思う。

 伴奏者がいなくても歌えるように、モンレイユ夫人は弾きながら歌う曲を選んでくれた。

 これが旅行初日までに上手にできるようになるかは分からないが、わたくしは練習あるのみだった。


 モンレイユ夫人のレッスンが終わると、ラヴァル夫人の妃教育になる。ラヴァル夫人は今、古代語をわたくしと勉強している。属国の言語もこの古代語を元にして分かれたようなので、古代語を習得しておけば古書が読めるだけではなくて、他の言語の習得にも役立つのだ。

 古代語の教本を手にわたくしはラヴァル夫人と古代語の勉強をした。


 毎日、早朝には中庭の家庭菜園の世話もしている。

 家庭菜園ではそろそろナスとキュウリが食べごろになっていた。ジャガイモはもう少し後になるだろう。少し早いが、ナスとキュウリを収穫して、厨房に持って行くと、料理人さんたちが受け取ってくれた。


「皇帝陛下と妃殿下の今晩の食事に出しましょう」

「お願いします」


 ナスとキュウリを預けて、着替えて朝食の席に行けば、アレクサンテリ陛下が待っていてくれた。


「今日はゆっくりだったね」

「遅れてすみません。家庭菜園のナスとキュウリを収穫していました」

「それはお疲れ様。よく育っていた?」

「少々小ぶりですが、旅行に行くので早めに収穫しました。今日の夕食に出してくれるそうです」

「それは楽しみだ」


 アレクサンテリ陛下と話をしながら朝食をいただくのもわたくしの楽しみになっている。

 わたくしがナイフとフォークを手に持つと、アレクサンテリ陛下がわたくしに提案した。


「今回の旅行なのだけれど、ディアン子爵家のご家族を一日だけでもお招きしたらどうだろう?」

「よろしいのですか?」


 婚約式で慌ただしく会った後、わたくしは両親に会えていない。ソフィアにはお誕生日のお茶会の後でお茶会を開いてもらって会ったのだが、それも長時間というわけにはいかなかった。


「わたしが結婚を急ぐあまり、レイシーには名残を惜しむ間もなく家族と別れさせてしまったのではないかと思っていたのだ。一日くらい、レイシーが家族で過ごせる時間を作りたい」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」


 わたくしを気遣ってくださるアレクサンテリ陛下に深く感謝する。

 そういえば、両親もソフィアもまだわたくしが皇后になるということを知らないのではないだろうか。わたくし自身、側妃か妾妃になると思っていたので、まさか皇后に望まれているだなんて思っていないだろう。


「両親とソフィアに、わたくしが皇后になることを伝えなければいけませんでした」

「直接報告した方がいいだろうね」

「はい。旅行のときに報告します」

「別荘は広いから、ご両親もソフィアも泊まれる部屋があるよ」

「夜も一日一緒ですか」


 アレクサンテリ陛下と一緒というだけで楽しみだったが、家族とも会えるとなるとわたくしはますます旅行が楽しみになってきていた。


 旅行のための準備はわたくしだけでは分からないこともあったのでラヴァル夫人に助言をもらうことにした。皇帝陛下の私的な旅行なのだが、どのような服装で行くのが相応しいかもよく分かっていない。


「皇帝陛下の別荘に行きますと、その土地の領主が挨拶に来ます。挨拶を受けるときのドレスが必要です」

「はい。それ以外は日常的に着ている動きやすいものでいいでしょうか?」

「基本的にそれで構いません。靴も慣れている歩きやすいものを選んだ方がいいでしょう。土地の貴族が晩餐会を開くかもしれませんが、皇帝陛下は参加しないと思われます。レイシー殿下との時間を大事にされるでしょう」


 ここからが本番だった。

 わたくしは恥ずかしさを堪えて、ラヴァル夫人に思い切って聞いてみる。


「あ、あの、し、下着やパジャマはどうすれば?」


 旅行中にアレクサンテリ陛下はわたくしと関係を持つかもしれない。それを考えれば、そのとき用の準備もしておかねばならないだろう。


「レイシー殿下、落ち着いて聞いてください」

「は、はい」

「皇帝陛下はレイシー殿下と結婚するまでは体の関係は持たないと公言されております」

「え? そ、そうなのですか?」

「レイシー殿下にプレッシャーがかかることのないように、しっかりと周囲に示されておりますので、それを覆すことはないでしょう」


 そうだったのか。

 わたくしはそれを知らなかったが、アレクサンテリ陛下はきっちりと結婚するまでは清い身でいることを認めてくださるということだ。

 緊張していたので少し安心するわたくしに、ラヴァル夫人が付け加える。


「それはそうとして、皇帝陛下も健康な成人男性です。レイシー殿下にご興味はおありだと思います」

「はい」

「万が一、呼ばれたときのために、下着とパジャマも相応しいものを用意しておくのは間違いではありません」


 建前上結婚まで関係を持たないとしていても、旅行中にそういう雰囲気になることもあるかもしれないということだ。

 清楚な新品の下着とパジャマを、わたくしは旅行荷物に入れることにした。


 皇帝宮で過ごすときには、動きやすく楽なワンピースを着ているが、これもディアン子爵家で着ていたものとは生地からして全く違う。上質な生地をたっぷりと使ってあって、デザインも洗練されている。

 最初は立派すぎてこれを日常的に着るのは気が引けたものだ。

 着てみると体にぴったりと合って、動きやすいし快適であることには間違いない。

 上質な生地を使っているので着心地もとてもいい。


 お気に入りのワンピースも日数分入れて、わたくしは荷造りを終えた。


 ディアン子爵家にはアレクサンテリ陛下が招待の手紙を書いてくれているはずである。皇帝陛下からの招待なので、断ることはできないが、わたくしに会えるので家族は喜んできてくれるだろう。

 日にちはソフィアに合わせて学園が休みの日にするようにお願いしてある。


「レイシー殿下、こちらはわたくしからのプレゼントです」


 ラヴァル夫人が持って来てくれたのは、レースの日傘だった。わたくしは普段中庭で家庭菜園の世話をするときに帽子を被っているが、それは優雅なものではなかった。


「まだ日差しが強いので、日焼けをなさいませんようにお気を付けください」

「ありがとうございます、ラヴァル夫人」

「皇帝陛下がレイシー殿下に日よけの帽子を贈りたいと仰っていたのですが、湖の近くは風が強いことがあります。わたくしが日傘を選ばせていただきました」


 アレクサンテリ陛下はラヴァル夫人にわたくしのことをよく相談しているようだった。

 わたくしのことは全て報告されているのかもしれないが、報告されて困るようなことはないので、わたくしは気にしていなかった。


「今後ともアレクサンテリ陛下の相談に乗ってくださいませ」

「もちろんです、レイシー殿下」


 わたくしがお願いすると、ラヴァル夫人は微笑んで一礼した。

読んでいただきありがとうございました。

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