2.アレクサンテリ陛下の嫉妬
アレクサンテリ陛下の側近といえば、小さなころからご一緒だったのだろうか。
わたくしはユリウス様に聞きたくてそわそわしていた。
「レイシーの好きなキッシュがあるよ。かぼちゃのプリンも好きだよね。モンブランは?」
「アレクサンテリ陛下、わたくし、自分で取れます」
「遠慮をしないで」
わたくしの好きなものをアレクサンテリ陛下がお皿に取り分けてくださる。キッシュもかぼちゃのプリンもモンブランも大好きだが、アレクサンテリ陛下にしてもらっていると思うと恥ずかしくなる。
頬を染めるわたくしに、ユリウス様はいい笑顔を見せている。
「『アレクサンテリ陛下』ですか。いい響きですね。わたしも呼ばせてもらいたいものです」
「遠慮する」
「皇帝陛下はレイシー殿下のことが大事で堪らないようですね。普段はお茶の時間すら休憩しないのに、レイシー殿下と婚約されてから、レイシー殿下とお茶をするために執務をものすごい勢いで終わらせて、皇帝宮に戻っていらっしゃいますからね」
「余計なことを言うな、ユリウス」
「いいえ、言わせていただきます。皇帝陛下は働きすぎなのですよ。わたしたちも仕事ができるのですから、ある程度は任せてくださっていいのに。レイシー殿下も言ってやってください。『皇帝陛下と一緒に過ごす時間がもっと欲しいので、執務を他のものに振り分けてください』と」
慇懃だが遠慮のない口調で言うユリウス様に、わたくしはアレクサンテリ陛下を見上げた。わたくしの横に座ってわたくしの世話を焼いているアレクサンテリ陛下は、わたくしと目が合うとユリウス様に向けるうんざりとした表情を一転させて笑顔にした。
「レイシー、気にしないで食べていいからね」
「アレクサンテリ陛下はそんなにお忙しいのですか?」
「全ての仕事を自分でなさろうとしてしまうのです。確かに皇帝陛下でしかできない執務もたくさんあります。ですが、他のものに振り分けていい仕事もあるのです」
「ユリウス!」
「わたくしは、アレクサンテリ陛下に無理をしてほしくないと思っています」
わたくしが意見を口に出すと、アレクサンテリ陛下の眉が下がる。それでも、知ってしまったからにはわたくしは不敬かもしれないけれど、口出しせずにはいられなかった。
「アレクサンテリ陛下が全ての執務をこなしていたら、アレクサンテリ陛下が御病気をなさったり、休みたいと思ったときに、皇帝宮の執務が滞ります。仕事をできるものに振り分けるのは、皇宮の執務を滞りなく行うためには、大切なことだと思います」
全てのことをアレクサンテリ陛下がやってしまったら、その仕事に関して把握しているのはアレクサンテリ陛下しかいなくなってしまう。そうなると、アレクサンテリ陛下が抜けたときに、誰もその仕事を肩代わりすることができない。
通常から仕事を振り分けておけば、アレクサンテリ陛下が抜けることになっても、皇帝陛下以外が判断できない仕事以外は滞りなく執務が進められる。
貴族の学園で学んできたが、仕事を振り分けることは最初は引継ぎなどが面倒で、自分でしてしまった方が楽に感じられるものだが、長期の領地経営を考えれば、自分に何かあったときの保険となるので大事なことだった。
わたくしが意見すると、ユリウス様が拍手している。
ため息をついてアレクサンテリ陛下がわたくしの肩を抱き寄せる。
「わたしの妃はどうしてこんなにも聡明なのだろう。そんな風に言われてしまうと、従うしかなくなってしまうではないか」
「アレクサンテリ陛下がわたくしに従うなど恐れ多いです」
「レイシーの言っていることは正しい。わたしが一人で背負いすぎていたのだ」
納得してくださったようでよかったが、わたくしは言い過ぎたかもしれないとアレクサンテリ陛下に謝った。
「差し出がましい口を聞きました」
「いや、レイシーに皇后の素質があると実感させられた。やはりレイシーは素晴らしい」
手放しで褒められてわたくしが戸惑っていると、ユリウス様が咳払いをする。そうだった、わたくしはアレクサンテリ陛下に肩を抱かれているのだ。二人掛けのソファに二人で座っている時点で距離が近いと思っていたが、皇太后陛下とユリウス様の前で肩を抱かれるのはさすがに恥ずかしい。
そっとアレクサンテリ陛下の腕を抜け出すと、アレクサンテリ陛下は残念そうな表情になる。
「さすがはレイシー殿下ですね、わたくしたちが十年間皇帝陛下に言い続けていたことが、やっと叶えられそうです」
「妃殿下は頼りになります。皇帝陛下が妃殿下を皇后陛下に望むのも分かります」
皇太后陛下にもユリウス様にも絶賛されてわたくしは照れてしまった。
赤くなる頬を押さえていると、アレクサンテリ陛下が柘榴の瞳で鋭くユリウス様を睨み付ける。
「レイシーのことをそのように見るな。減る」
「見られたくらいでは減りません」
「レイシー、ユリウスは独身なのだ。レイシーには一番近付けたくなかった」
「わたくしはアレクサンテリ陛下以外を想うことはありません」
つい口を突いて出てしまったが、皇太后陛下とユリウス様の前でアレクサンテリ陛下に盛大に告白してしまったことに気付いて、ますます頬が熱くなってくるわたくしに、皇太后陛下もユリウス様も微笑んでいる。
「皇帝陛下とレイシー殿下は仲睦まじいことで」
「安心なさってください。結婚を待ってもらっているだけで、わたしには愛しい婚約者がいます。妃殿下に心を奪われるようなことはありません」
温かく見守られている気がするが、わたくしは居心地が悪くて、話題を変えることにした。
「ユリウス様は、何歳のころからアレクサンテリ陛下のおそばにいたのですか?」
「五歳のときに、七歳の皇帝陛下の遊び相手に選ばれました。皇帝陛下とは従兄弟同士なので、幼いころから交流がありましたが、六歳のときに皇帝陛下は前皇帝陛下を失われて、逃げ延びた先で助けてくれた大切な方も亡くなったということで、とても落ち込んでおられました」
七歳のアレクサンテリ陛下は、カイエタン宰相閣下が当時は皇帝陛下代理だったはずだが、お父上の前皇帝陛下とセシルを失った悲しみから立ち直れていなかったのだろう。
そのことを考えると胸が痛くなる。
「皇帝陛下とは共に学んだ学友でもあります。他にシリル・ロセル殿とテオ・グランディ殿も皇帝陛下が幼いときからの遊び相手で、今は側近になっています」
「他にもおられるのですね」
「シリル殿は侯爵家嫡男、グランディ殿は侯爵家次男で、二人とも皇宮で皇帝陛下と共に執務を行っています」
アレクサンテリ陛下には三人の側近がいて、その方々と共に執務を行っているようだ。
「これまでは皇帝陛下がお一人で仕事をこなすことが多かったのですが、これからはわたしたちにも振り分けてくださるでしょう。妃殿下が皇帝陛下に進言してくださったおかげです」
子爵家出身のわたくしが、アレクサンテリ陛下の皇后になるだなんて恐れ多いと思う気持ちがあったのは確かだが、公爵家のユリウス様はわたくしを認めてくださっているようだ。
「レイシー、ユリウスとばかり話していないで、わたしと話してくれないのかな?」
「すみません、アレクサンテリ陛下。アレクサンテリ陛下の小さいころのことを聞きたかったので」
「それはわたしに直接聞けばよくないかな?」
「ご本人が思っていることと、周囲が見てきたことは違いますからね」
あくまでもアレクサンテリ陛下のことが知りたいのだと強調するわたくしに、アレクサンテリ陛下は納得できないご様子だった。
「皇帝陛下はとても優秀で、なんでもこなせましたが、趣味もなく、楽しみというものを持ったことがないお方でした。それが、二十二歳のときに急に刺繍の収集を始められまして」
「ユリウス、余計なことは言わなくていい」
アレクサンテリ陛下はユリウス様の話を遮ったが、わたくしはその続きを知っているような気がする。
アレクサンテリ陛下が集めていたのはわたくしが刺繍したハンカチや布だ。
そういえば、全部買い取っていたというから、ハンカチは使っているにしろ、他の布はどうしたのだろう。明らかに女性用の布もあったはずだ。
「アレクサンテリ陛下、買い集めていて布はどうされたのですか?」
「大切にしまってある」
「え? 使っていないのですか?」
「レイシーの刺繍した布を、誰かに与えることはできなかった。わたしが身に着けられるものは加工させたが、それ以外のものはしまってある」
そうだったのか。
確かに男性用には使いにくい布もたくさんあったはずだ。
「その布、わたくしに加工させてくださいませんか?」
「何を作ってくれるのかな?」
「アレクサンテリ陛下が使えるような大小の袋に仕立てます。袋だったら、柄などを気にしなくてもいいでしょう」
「それは嬉しいな。レイシーの刺繍を持ち歩けるのだね」
わたくしの提案にアレクサンテリ陛下は喜んでくださった。
ユリウス様からもっとアレクサンテリ陛下のお話を聞きたかったが、今日はこのくらいにしておいた方がいいようだ。
わたくしがアレクサンテリ陛下を見上げると、アレクサンテリ陛下はわたくしの手を取って立ち上がった。
「母上、ユリウス、今日はこれで失礼します」
「またお茶を致しましょうね、レイシー殿下」
「本日はご一緒できて光栄でした、妃殿下」
皇太后陛下とユリウス様に挨拶をされて、わたくしはサンルームを出てアレクサンテリ陛下と共に皇帝宮に戻った。
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