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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
一章 ご寵愛の理由
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28.アレクサンテリ陛下からの告白

 家庭菜園でナスに実がなり始めていた。秋のナスは美味しいのだ。

 ジャガイモも順調に育っているし、キュウリも添え木をしたらそこに蔦が伸びてよく育っている。

 満足しながら中庭で一仕事終えたわたくしは、手を洗って着替えて朝食の席についていた。

 家庭菜園の世話は、早朝に行う。春や秋はいいのだが、夏場は暑くなるので、早朝に行うのがくせになってしまった。

 ジャガイモは小ぶりのものができたら泥を落として皮ごと揚げて食べてもいいだろう。

 収穫を楽しみにしながら、鼻歌を歌って食堂に行くと、アレクサンテリ陛下も仕度を終えてちょうど食堂に着いたところだった。


「レイシー、どうぞ」

「ありがとうございます」


 食堂の戸を開けてくれるアレクサンテリ陛下にお礼を言って食堂に入って、アレクサンテリ陛下が座った後でわたくしも椅子に座る。

 運ばれてくる朝食は、厚切りのハムとベーコンにオムレツにパンとスープとサラダで、デザートに果物もついている。


「レイシーの今日の予定は?」

「午前中からラヴァル夫人が来られますので、妃教育を受けます。午後も妃教育の予定です」

「お茶の時間に間に合うように帰ってくる。お茶を一緒にしよう」

「執務はいいのですか?」

「最近は執務がはかどって、時間に余裕ができてきた。ある程度の執務はお茶の後に自室でしてもいいのだ」

「それでは、お待ちしております」


 今日はアレクサンテリ陛下とお茶がご一緒できそうだ。

 幸せな気分になっていると、ふとわたくしの中に疑問がわいてきた。


 アレクサンテリ陛下は、今まで一度もわたくしに「好き」とか「愛している」とかいう言葉を口にしたことがない。そういうことは口に出さないでも察するのが貴族なのかもしれないが、言われていないと不安になるのがわたくしだ。


 セシルのことは初恋だと言っていたし、想っていたと言っているので、好きだったのだろう。

 でも、わたくしのことはどうなのだろう。

 わたくしはセシルの記憶を夢で見て知っているけれど、セシルというわけではない。


「アレクサンテリ陛下は、わたくしのことはどう思っていらっしゃるのですか?」


 思わず口を突いて出ていた疑問に、アレクサンテリ陛下が答える。


「大切に思っているよ」

「そうではなくて……」

「レイシーのことはこの世で一番大事だ。レイシーがいないとわたしはもう生きていけない」

「嬉しいのですが、その、アレクサンテリ陛下のお気持ちを知りたいのです」

「これでは伝わらないかな?」


 やはり皇帝陛下ともなると「好き」とか「愛している」とか口に出さないものなのかもしれない。

 返事をしなかったわたくしに、アレクサンテリ陛下はさらに言葉を重ねる。


「レイシーの存在はわたしに必要だ。生涯共にいたいと思っている。レイシーにはこの気持ちが通じていないのかな?」

「通じていないわけではないです。嬉しいです」


 でも、シンプルに「好き」とか「愛している」とかの言葉が欲しいのは確かだった。

 少し拗ねてしまったわたくしに、アレクサンテリ陛下は戸惑っている様子だったが朝食が終わってしまったので執務に行かなければいけなくなった。


「レイシー、機嫌を直してほしい。またお茶の時間に帰ってくるよ。そのときには、『おかえりなさい』と迎えてほしい」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 子どもっぽい考えを振り払ってアレクサンテリ陛下を送り出したつもりだったが、わたくしはどうしても心にかかったもやを払えなかった。

 今日は午前中から妃教育なのでラヴァル夫人がやってくる。

 ラヴァル夫人の話を聞きながら、つい、ため息が漏れてしまうわたくしに、ラヴァル夫人は気付いたようだった。


「レイシー殿下は今日は何かございましたか? もしかして、マリッジブルーというものでしょうか?」


 マリッジブルーとは結婚するひとが、結婚前に不安になってしまうことをさすらしい。そうではないのだが、この話はしてもいいのかと迷ってしまう。

 それでも、相談できる相手はいないので、ラヴァル夫人に聞いてみる。


「高貴なお方は、結婚相手に対しても、『好き』とか『愛している』とか言わないものなのでしょうか?」

「それは実体験ですか、レイシー殿下?」

「い、いえ、気になっただけです」


 誤魔化したつもりだが、ラヴァル夫人には気付かれている気がする。


「そうですね、そういう言葉を軽々しく口にしないことはありますが、自分の気持ちを伝えるためには愛情を示す言葉は高貴な方であろうとも必須であると思います」

「わたくしの方から言った方がいいのでしょうか?」

「レイシー殿下が口にされたら皇帝陛下はとてもお喜びになるとは思いますが……皇帝陛下は、レイシー殿下をこんなにもご寵愛されているのに、『好き』も『愛している』もまだ言っておられないのですか?」

「あ!? わたくしのことではなくて、あの、ち、違います。間違えました」

「いまさら取り繕わなくてもいいのですよ。皇帝陛下は、情緒が成長しているようで幼いところもおありだから」


 ため息をつくラヴァル夫人に、わたくしはうっかりと全部話してしまったと反省した。アレクサンテリ陛下が「好き」や「愛している」と言ってくれないことをラヴァル夫人にばらしてしまった。


 ラヴァル夫人はなにか便箋に書いて、封筒に入れて、侍女に託した。


「これを皇帝陛下にお届けしてください。レイシー殿下に関する重要事項だと伝えれば、すぐに対応してくださるはずです」


 一礼して侍女が出て行くのに、わたくしは反省しつつその背中を見送った。

 その後はラヴァル夫人の妃教育を受けて、昼食もご一緒して、アレクサンテリ陛下がお茶の時間には帰ってくるのでラヴァル夫人はその時間までには帰って行った。

 お茶の時間にお茶室で待っていると、アレクサンテリ陛下が息を切らして入ってくる。


「アレクサンテリ陛下、おかえりなさいませ」

「ただいま、レイシー」


 アレクサンテリ陛下の大きな体に抱き締められて、わたくしは驚いてしまう。ただいまのハグなのだろうが、こんなことはこれまでされたことがなかったので胸がどきどきした。

 そっと離れてソファに座ったアレクサンテリ陛下に、わたくしもソファに座る。

 食事のときも、ソファに座るときも、アレクサンテリ陛下は向かい側ではなくわたくしの横に座ることを好む。

 顔を見るのに横を見上げなければいけないのだが、アレクサンテリ陛下はわたくしを見下ろしていつもは穏やかに微笑んでいる。しかし、今日は真剣な表情をしていた。


「アレクサンテリ陛下?」


 テーブルの上にお茶菓子と軽食が並べられて、紅茶がカップに注がれて、侍女が部屋の隅に離れていくと、アレクサンテリ陛下はわたくしの手を握った。

 真剣な柘榴色の眼差しがわたくしを見据える。


「レイシー、好きだ」

「は、はい!」


 不意打ちのように発せられた告白に、わたくしは心臓が口から飛び出るかと思うくらい驚いてしまった。アレクサンテリ陛下はわたくしの手を両手包んで、額に持って行く。祈るような姿勢でアレクサンテリ陛下が続ける。


「レイシーのことを愛している。レイシーだけをずっと愛し続ける」

「アレクサンテリ陛下、わたくしもお慕いしております」

「レイシー、これまでわたしはレイシーに『好き』も『愛している』も言ったつもりだった。でも言えていなかったようだ。レイシーを不安な気持ちにさせてすまなかった」

「言ったつもりだったのですか?」

「もうレイシーにはわたしの気持ちは通じているものだとばかり思っていた。ラヴァル夫人から手紙をもらって、執務中に関わらずすぐにでも皇帝宮に戻ってこようと思った。それはできなかったが、執務を大急ぎで終わらせて戻ってきた」


 わたくしはアレクサンテリ陛下から愛されていた。

 わたくしも、アレクサンテリ陛下のことを愛している。


 最初は突然求婚してきて恐れ多いと思ったし、わたくしの自由が奪われると絶望もした。アレクサンテリ陛下のお気持ちが分からなくて、白い結婚を求められているのではないかとも思ったし、仮初めの側妃か妾妃にされるのではないかとも思った。

 しかし、アレクサンテリ陛下はずっとわたくしに誠実で、真摯に接してくださった。


 何より、わたくしが夢で見ていたかわいいガーネくんがアレクサンテリ陛下だったと分かったとき、アレクサンテリ陛下がわたくしの肩に顔を埋めて流した涙が、アレクサンテリ陛下のお心を何よりも雄弁に語っていた。


「アレクサンテリ陛下、愛しています」


 ただの側妃か妾妃に過ぎないのに、愛されていることが嬉しいし、アレクサンテリ陛下を愛してしまった。

 わたくしが告げると、アレクサンテリ陛下はわたくしの指先に口付けて美しいかんばせを花が咲きこぼれるように微笑ませた。


読んでいただきありがとうございました。

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