25.ソフィアの来訪
妹のソフィアは帝都の貴族の学園に通っている。
ディアン子爵家は貧乏貴族なのでタウンハウスや別邸がないので、ソフィアは学園の寮に入っている。
貴族の学園の寮から皇宮まではそれほど遠くない。
ソフィアからわたくしの元を訪ねてきたいという手紙が来たのは、お誕生日のお茶会の翌日だった。
お誕生日のお茶会の後にアレクサンテリ陛下の部屋に呼ばれて、わたくしはアレクサンテリ陛下と口付けをしてしまった。
妃候補であるし、妃になれば当然子どもを期待される立場になる。結婚して夫婦になればそういうこともあるのだから覚悟はしていたはずだが、触れるだけの口付けでわたくしはものすごく動揺してしまった。
葡萄酒に酔っていたとはいえ、醜態を見せてしまったと恥ずかしくて、アレクサンテリ陛下と顔を合わせるのが怖かったが、同じ皇帝宮に住んでいるので顔を合わせないわけにはいかない。
何よりも、わたくしはソフィアの手紙をアレクサンテリ陛下に見せなければいけなかった。
朝食の席でアレクサンテリ陛下の唇を見てしまうと、顔が熱くなって耳まで真っ赤になってしまう気がするのだが、なんとか落ち着いてわたくしはアレクサンテリ陛下にソフィアの手紙のことを話した。
「妹のソフィアがわたくしに会いたがっているのですがよろしいでしょうか?」
「レイシーの妹ならば、わたしにとっても義妹になる。お茶の時間にでも、わたしも同席していいかな?」
「アレクサンテリ陛下が同席なさるのですか!?」
「なにか問題が?」
思わず大きな声を出してしまったが、ソフィアはアレクサンテリ陛下に対していい印象を持っていないように感じられていた。わたくしが騙されてアレクサンテリ陛下の仮初めの妃にされていると思い込んでいるのだ。
そういえば、本当はどうなのだろう。
「アレクサンテリ陛下、わたくしは、アレクサンテリ陛下が想う方と結ばれないので、代わりに結婚の圧から逃れるために結婚という形をとった仮初めの妃なのだと思っておりましたが……」
「そんなことは絶対にない。わたしの妃はレイシーだけで、レイシーだけを生涯大切にしていくとわたしは誓っている」
「わたくしは、アレクサンテリ陛下の本当の妃ですか?」
「もちろんそのつもりだ。唯一の妃だ」
その言葉を少し前ならば信じられなかったかもしれないが、昨日のお茶会の席で、テラスに二人だけで出てアレクサンテリ陛下に抱き締められたとき、アレクサンテリ陛下は泣いていた。あの涙が何よりも雄弁にわたくしへの気持ちを語っていた。
「ソフィアは誤解しているのです。アレクサンテリ陛下が、わたくしのことを弄ぶのではないかと」
「そんなことはない。ソフィアに直接そのことを伝えたい。お茶会には同席するので、今週末にソフィアを皇帝宮に呼ぼう」
「皇帝宮に入れていいのですか?」
「ソフィアはレイシーの妹だ。わたしにとっても義妹となる。家族として受け入れよう」
特別に皇帝宮にまでソフィアを招いてくださるというアレクサンテリ陛下に、わたくしは感謝しつつ、部屋に戻ってソフィアに手紙を書いた。
手紙はすぐにソフィアに届けられたようだった。
その週末、皇宮から学園の寮まで迎えの馬車が出されて、ソフィアが皇帝宮にやってきた。皇帝宮に来るのに相応しいドレスを着ているソフィアを見ると、わたくしがアレクサンテリ陛下の婚約者となる代わりに、ディアン子爵家に援助がされているのだと分かって安心する。
皇帝宮のお茶室に来ると、ソフィアはわたくしに抱き着いてきた。
「お姉様、お誕生日おめでとうございます。残念ながらお誕生日のお茶会には招待されなかったので当日祝えなかったのですが、お姉様が十九歳になられたこと、お祝いいたします」
「ありがとうございます、ソフィア。アレクサンテリ陛下が来られます」
「アレクサンテリ陛下が!?」
「お茶会にぜひ同席したいということでした」
執務が長引いているのか、少し遅れてやってきたアレクサンテリ陛下は、今日も完璧なまでに美しかった。眩しいくらいの麗しいお顔を眺めていると、ソフィアがアレクサンテリ陛下にご挨拶する。
「本日はお招き下さりありがとうございます。姉の誕生日を祝いたかったので、お茶会を開いていただけてとても嬉しいです」
言外に、お誕生日のお茶会に参加できなくて不満でした、と言っているようなソフィアに、アレクサンテリ陛下は寛容に微笑んでいる。
「レイシーの妹君を歓迎するよ。レイシーは本当に素晴らしい妃で、教育係のラヴァル夫人もその優秀さをいつも褒めている」
「姉は学園でもずっと首席でしたからね」
「それだけでなく、皇帝宮では仕立て職人と共に作業室で縫物をしたり、中庭で野菜を育てたりして、使用人たちにも慕われているよ」
「姉はとても謙虚で使用人にも優しいですからね」
普通に会話しているように聞こえるのに、アレクサンテリ陛下とソフィアの間では、バチバチと雷を落とし合っているような気配がする。
二人の仲をどうにかしないとと、わたくしは口を開いた。
「アレクサンテリ陛下は、わたくしの刺繍の腕をとても評価してくださっているのです。わたくしが学園に入学して帝都に来たときに、初めて売ったハンカチを買ってくださって、そのときからわたくしのことを気にかけてくださっていたのです」
「え、十二歳のお姉様を気にかけていたのですか?」
あ、なんかまずいことを言ってしまった気がする。
これでは二十二歳のアレクサンテリ陛下が十二歳だったわたくしを見初めたような言い方になってしまった。
「正確には、初めてお会いしたのはデビュタントです。十五歳のときです」
「十五歳のお姉様を、二十五歳の皇帝陛下が……」
あ、これもまずかったかもしれない。
アレクサンテリ陛下が若い女性が大好きなような言い方になってしまった。
「皇帝陛下は、年端も行かない女性がお好きなのですか?」
「年齢は関係ない。レイシーのことは運命だと思っているだけだ。それにレイシーはもう十九歳だよ」
「その十九歳のお誕生日にわたくしは呼ばれなかったのですけれどね」
「ソフィア、言い方というものがあるでしょう。アレクサンテリ陛下に対して不敬ですよ」
わたくしがソフィアを注意すると、アレクサンテリ陛下が笑いながら言った。
「気にしなくてもいいよ、レイシー。レイシーの妹だと思えば少しも不快ではない。レイシーはわたしの妃なのだからね」
「お姉様は皇帝陛下の妃殿下になられる前から、わたくしの姉ですよ」
「ソフィア!」
どうしてソフィアはこんなにもアレクサンテリ陛下に対抗してしまうのだろう。
わたくしがため息をついていると、ソフィアがアレクサンテリ陛下を睨み付けた。
「どうしてお姉様なのですか? 皇帝陛下を慕う方はどれだけでもいたはずです」
「姉を取られたような気分になっているのかもしれないが、すまないが、わたしにはレイシーが必要なのだ。レイシーはわたしの生きる希望。わたしの光りなのだ」
「その理由を伺いたいです」
「言っても信じてもらえないと思うが、最初はレイシーをわたしの初恋のひとと重ねていた。今は、レイシーを知ってレイシーがそばにいないとわたしは生きていけないと思っている」
生まれ変わりだとか、前世の話だとか、突拍子のないことは口にしないで、アレクサンテリ陛下はソフィアにも分かるように説明した。ソフィアがわたくしとアレクサンテリ陛下を見比べる。
「お姉様の左手の薬指の指輪と皇帝陛下の左手の薬指の指輪、お揃いなのですね」
「これはレイシーのために作らせた指ぬきで、正確には指輪ではないのだよ」
「分かりました。皇帝陛下は本気でお姉様を想っているのですね?」
「それは間違いない」
「それでしたら、わたくしが何か言えることはありません」
やっと納得してくれたソフィアにわたくしは胸を撫で下ろす。
ソフィアとアレクサンテリ陛下は和解したようだった。
「お姉様、妃殿下として誰かに苛められたら、いつでもディアン子爵家に帰ってきていいのですよ」
「そのようなことがないように、わたしが必ず守る」
「お姉様、大好きです」
「ソフィア、ありがとうございます」
お茶会が終わって帰る馬車に乗るソフィアをわたくしは見送った。
その後で、隣に立つアレクサンテリ陛下に聞いてみる。
「わたくしよりソフィアの方が美しいと思うのですが、ソフィアに心惹かれませんでしたか?」
「え? レイシーとソフィアを比べるつもりはないが、レイシーはこの世で一番美しいと思っているよ」
甘い言葉を囁かれてしまった。
アレクサンテリ陛下にわたくしは一生勝てないのかもしれない。
いつか、アレクサンテリ陛下はわたくしに言ってくれるだろうか。
「好き」とか「愛している」とかの愛の言葉を。
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