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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
一章 ご寵愛の理由
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19.コサージュとラペルピン

 婚約式が終わってから、わたくしはラヴァル夫人の妃教育を受けながらも、アレクサンテリ陛下にお願いして、皇宮の仕立て職人さんたちにコサージュの作り方を習うことになった。

 アレクサンテリ陛下は仕立て職人さんをわたくしの部屋に呼ぶつもりだったようだが、教えてもらうのだ、わたくしは自ら出向くべきだと主張した。


「わたくしが習うのですから、わたくしが出向くのが当然です」

「レイシーを皇帝宮の外に出すのは心配だな。もうわたしと婚約して妃であるのだから、仕立て職人を呼び着けても全く構わないのだよ?」

「妃である前にわたくしも職人です。対等に職人として扱ってほしいのです!」


 珍しくわたくしが主張を曲げないと分かると、アレクサンテリ陛下はわたくしの思うようにさせてくれた。

 それでも、皇帝宮の仕立て職人さんの作業室で、皇帝宮から出ることは許されなかった。


 花冠をコサージュに作り直す方法を習いに行く日、わたくしはディアン子爵家から持ってきた服を着ていた。皇帝宮で仕立ててもらった服はとても着心地がいいし、美しいのだが、作業をするのには向かない。

 汚れるかもしれないのでディアン子爵家から持ってきた服を着て、髪も結んでいると、とても地味で使用人たちと変わらない雰囲気になってしまった。


 仕立て職人さんたちの作業室に行くと、わたくしに視線が集まる。


「レイシー・ディアンです。皆様の一員として、身分に関係なく接してくださると幸いです」

「妃殿下にお教えするだなんて恐れ多いです」

「身分に関係なくなど接せられません」

「いえ、教えを乞うのはわたくしの方です。どうかよろしくお願いいたします」


 深く頭を下げると、仕立て職人さんたちはみんな跪いてしまった。立つように促して、持ってきた花冠を見せる。

 白とピンク色の混じった花を見て、仕立て職人さんたちが話し合っている。


「コサージュを作られると聞いていますが、この量でしたら、余ってしまいます」

「そうですね。余った分を何かに使えますか?」

「髪飾りも作るのはどうでしょう?」

「それはいいですね。教えてください」


 花冠の土台から造花を外すことから始めて、バラバラになった花をもう一度組み合わせていく。

 数輪の花を合わせてコサージュの土台に乗せると、後ろにピンを付けていく。

 残った花を髪飾りにしても、花はまだ余っていた。


「これを何かに使えないでしょうか?」

「立派な花ですからね。でも白だと使う場所が限られてきますね」

「小さなブーケを作って部屋に飾るのはどうでしょう?」

「ブーケですか」


 それも悪くないのだが、せっかくなのだから使えるものにしたい。

 わたくしが悩んでいると、一人の仕立て職人さんがおずおずと発言した。


「皇帝陛下のラペルピンにするのはどうでしょう?」


 皇帝陛下のジャケットにはフラワーホールが開いている。そこにこの花を一輪飾ればわたくしとお揃いになるではないか。


「アレクサンテリ陛下は受け取ってくださるでしょうか」

「妃殿下のことを大変ご寵愛されていると聞いています。喜ばれると思いますよ」


 お揃いなど恐れ多いかもしれないが、作ってみたくて、わたくしは白い花とピンクの花を合わせてラペルピンを作った。普段は宝石のついた装飾品を身に着けていらっしゃるアレクサンテリ陛下にこんなものをお渡しするのは気が引けるが、お揃いということに自分が思ったより浮かれていることに気付く。


 作業を終えて、午後は着替えてラヴァル夫人の妃教育を受けた。


「全て使用人に任せる方もおられますが、ご自分のお誕生日のお茶会のメニューは自分で考えられる妃殿下もおられます」

「わたくしは、どのようにすればいいでしょう?」

「レイシー殿下の思うようになさってください。メニューを考えるつもりがないのであれば、使用人に任せても構いません。ご自分でメニューを考えるのであれば、わたくしが補佐いたします」


 ラヴァル夫人の言葉に、わたくしは約一か月後に迫っているわたくしのお誕生日のお茶会のことを考える。婚約したので妃候補としてのわたくしの地位もしっかりと固まってきているはずだ。ここで妃候補としての実力を見せるときなのかもしれない。


「ラヴァル夫人、教えていただけますか?」

「喜んで」


 ラヴァル夫人の助けを借りて、わたくしはお誕生日のお茶会のメニューを自分で考えることにした。

 季節の食材や調理方法などを習いつつ、ラヴァル夫人とメニューを考えていると、ディアン子爵家でのことを思い出す。ディアン子爵家は裕福ではなかったので、使用人も少なかった。わたくしはソフィアとお母様と一緒に自分でお茶菓子を作ることもよくあった。


「わたくしが作るというのはいけませんか?」

「レイシー殿下が直々にお茶菓子を作るのですか?」

「はい。ディアン子爵家ではときどき作っていました。簡単なマフィンやパイやタルトくらいなら作れます」


 わたくしの申し出に、ラヴァル夫人は少し考えていたようだった。


「一品だけでしたら、レイシー殿下が作っても構わないかもしれません」

「よろしいのですか?」

「レイシー殿下の望みはできるだけ叶えるようにと皇帝陛下から言われています」

「ありがとうございます」


 難しいものは作るのに時間がかかってしまうし、日持ちのするものだったら数日前から作っておけばいいので、数も揃えられるということで、ラヴァル夫人と話し合って、わたくしは一口サイズのマフィンを作ることにした。


「アレクサンテリ陛下は本当にわたくしのことを考えてくださっているのですね」

「それは当然です。レイシー殿下は皇帝陛下が唯一結婚を考えられた尊いお方なのです」


 その理由はよく分からないが、わたくしはアレクサンテリ陛下にご寵愛されていることになっているし、アレクサンテリ陛下もわたくしのことを大切にする、大事にすると再三言ってくださっている。


 愛し合う夫婦にはなれないかもしれないが、わたくしたちはお互いを尊重し合える夫婦にはなれるのではないだろうか。

 アレクサンテリ陛下と対等になることは無理だが、アレクサンテリ陛下がわたくしを大切にしてくれるように、わたくしもアレクサンテリ陛下のことをできる限り大切にしようと考えていた。


 夕食のときにアレクサンテリ陛下とご一緒できたので、わたくしは作ったラペルピンを箱に入れたものをアレクサンテリ陛下に差し出した。


「今日は仕立て職人さんたちと作業をさせていただいてありがとうございました。アレクサンテリ陛下にもお花をラペルピンにしました。身につけなくても構わないので、受け取っていただけると嬉しいです」

「レイシーの花冠の花をわたしのラペルピンに? 見てもいいだろうか?」

「はい、ご覧になってください」


 わたくしが促すとアレクサンテリ陛下は箱を開けて造花で作られたラペルピンを眺めていた。


「ありがとう。レイシーとお揃いだなんてとても嬉しい。レイシーの誕生日のお茶会には必ずつけよう。レイシーもコサージュを身に着けてほしい」

「皆様の前で、よろしいのですか?」

「レイシーとお揃いにできるだなんてとても嬉しいよ」


 目元が朱鷺色に染まっているので、アレクサンテリ陛下が本当に喜んでいるのがよく分かる。わたくしはちょっと恥ずかしかったが、アレクサンテリ陛下とお揃いにできるという事実が嬉しくもあった。

 頬が熱くなって、心拍数が上がるのはどうしてだろう。

 アレクサンテリ陛下のお顔が美しすぎるからかもしれない。


 美人は三日で飽きるという言葉もあるのだが、アレクサンテリ陛下の美しさはいつ見てもまばゆいほどだった。

 わたくしは美人ではないが、三日たてば慣れるという言葉もあるので、アレクサンテリ陛下がわたくしの顔に慣れてくださっているといいといいと思っていた。

読んでいただきありがとうございました。

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