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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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57.セシルのいた村の視察

 セシルの生まれ育った村に行くときに、レイシーはわたしに黒い衣装を誂えて渡してくれた。これはセシルを悼むためのものだろう。


「ありがとう、レイシー」

「わたくしも黒いドレスを用意しました」


 共に初めて愛した相手を悼んでくれるひとがいる。それがわたしの今愛している妻だということがなによりも幸せだった。

 汽車で二日、馬車で半日かけてセシルのいた村に辿り着く。

 今回はその地の領主が一緒だった。

 領主はセシルのいた村に工場を作るために共に来てくれているのだ。


 セシルのいた村に工場を作る立案書に関しては、様々な困難もあったが、何とか議会を通った。皇帝として国民の暮らしがよくなるようにという願いを込めたものでもあったし、皇后であるレイシーが発案者としたのもよかったのかもしれない。

 レイシーにはディアン伯爵家出身で、ディアン伯爵領の工場の発案者であるという前評判があった。皇后としての発案に、反対するものもいなかったわけではないが、全員無事に黙らせることができた。


 新婚なのに喪服ともいえる黒い衣装を着たわたしとレイシーに領主は驚いていたようだったが、特にそれに関しては何も言わず、村外れにある広い土地に連れていってくれた。


「恐れながら皇帝陛下、こちらにご希望の工場を建てることになります」

「どれくらいの期間で出来上がりそうか?」

「半年ほどはかかると思います。それから設備を整えて、ひとを雇い入れて、工場が指導するまでには一年はかかるのではないでしょうか」


 設計図を見せながら説明する領主に、わたしは念を押す。


「寮の設備は抜かりなく整えるように。男性寮も女性寮も、労働者が住み心地のいい場所を心掛けよ」

「心得ました」


 領主は自分たちの儲けを一番に考えて、労働者の生活を劣悪にしかねないから、釘を刺しておいた。

 設計図を見ているレイシーが気になったのか口を挟んでくる。


「男性寮と女性寮が隣り合っていたらいけません。女性と男性がどちらも安全に暮らせるように、寮の場所は離して、寮の周りには柵を建てて、警備もしっかりと行うようにさせてください」

「心得ました、皇后陛下」


 レイシーに指摘されて、すぐに領主が代案を口にする。


「工場を挟んで男性寮と女性寮を作るのはどうでしょう? 寮から工場には雨の日でも濡れずに行ける通路を作らせます」

「それならばいいと思います」


 これでレイシーの懸念する問題は解決した。


「よく気付いたね、レイシー」

「学園の寮も、女子寮と男子寮は離されて作られていました。女性は被害者になりたくないでしょうし、男性は妙な疑いを持たれたくないでしょう。どちらも安心して暮らせるようにするのが一番かと思いました」

「わたしは寮に入ったことがないから気が付かなかった」


 ディアン伯爵家でも工場の寮は学園のものを参考にしたと言っていたし、レイシーも立地を見てすぐに学園の寮を思い浮かべたのだろう。レイシーが学園で学んできたことは、工場づくりに生かされていた。


 視察を終えると、領主に別れを告げて、セシルの両親の食堂に行った。

 今回はドアを叩くのに手は震えなかった。

 おじさんもおばさんもわたしを恨んでいないし、憎んでいないと分かっているからだ。


 おじさんとおばさんは出てきてくれて、わたしを見ると「ガーネくん」と思わずといった様子で呼んでくれた。


「新聞で拝見しました。皇帝陛下、皇后陛下、結婚おめでとうございます」

「あんなに小さかった皇帝陛下がご結婚なさるだなんて、胸がいっぱいです」


 おじさんとおばさんにも、わたしは考えていることがあった。

 おじさんとおばさんは村で儲からない小さな食堂を営んでいる。このままだったら老後に面倒を見てくれる子どももいないし、生活は苦しくなっていく一方だろう。

 それくらいならば、しっかりと稼げる場所で働いて、老後の資金を貯めて老後はゆっくりと過ごしてほしい。


「半年もすれば村外れに工場と寮が建ち、そこでひとが働き出す。あなたたちに、寮の食堂の仕事をお願いしたいと言ったら困るか?」

「いいのですか?」

「そのような重大なお役目、わたしたちでいいのですか?」


 わたしはおじさんとおばさんに、工場の寮での食堂の仕事を斡旋した。

 村の小さな食堂で働くよりもずっと儲かるし、金品をお礼だとして渡してもおじさんとおばさんは受け取らない。なにより、金品をこの村で持っていると知られるとおじさんとおばさんの身が危ない。

 それくらいならば、おじさんとおばさんが給料のいい場所で心置きなく働けて、老後の資金を貯めていけるようにした方がいいだろう。


「あなたたちにお願いしたいのだ」

「光栄なことです」

「ありがとうございます、皇帝陛下」


 おじさんとおばさんに感謝されて、わたしはおじさんとおばさんの老後も安心だろうと胸を撫で下ろしていた。

 おじさんとおばさんと別れると、レイシーと一緒にセシルのお墓に行く。

 花を用意していたので、わたしはセシルの墓に花を手向けた。


「セシル、あなたに救われたおかげで、わたしは生き延びた。生き延びて、成長して、愛する相手と巡り合った。本当にありがとう。セシルのことは一生忘れない。わたしは、セシルのことが大好きだったよ」


 わたしの中で過去になったセシル。

 愛していた記憶も、一緒に過ごした記憶も、一生忘れないが、セシルのことはわたしは過去にできていた。


「もう怖い夢は見ない。レイシーが一緒にいてくれるんだ」


 セシルが殺される夢ももう見ないだろう。

 見たとしても、レイシーがそばにいてくれる。

 怖いことは何もないのだと思えるようになった。


 祈りを捧げるわたしの隣で、レイシーも祈りを捧げていた。


「セシル、わたくしの大切な方を守ってくださってありがとうございました。わたくしの中にあなたの思いが生きているのかどうかは分かりません。ですが、わたくしはアレク様と共に幸せに生きていきます。あなたが願ったような社会に、この国を変えていくことを誓います。どうか安らかに眠ってください」


 レイシーの言葉に、思わずレイシーの手を包み込むように握り締める。レイシーもわたしの手を握り返してくれた。


 墓参りを終えて村に中心に戻ると、露店が立ち並んでいた。

 夏祭りだとわたしはすぐに分かった。

 レイシーも分かったようだ。


「アレク様、夏祭りですよ」

「そうだ、夏祭りだ。懐かしいな」


 六歳のころに食べた串焼きの肉も、飴をかけた果物もあったが、護衛が止めるので食べることはできなかった。


「皇帝陛下、皇后陛下、恐れながら、ここで売っているものは安全が確認できませんので」

「そうだな。困らせるつもりはない。懐かしくて見ているだけだ」


 皇帝と皇后という立場は不自由ではあったが、仕方がない。

 懐かしいものは口にできなかったが、レイシーがわたしを見上げて言う。


「日が落ちないうちに帰りましょう」

「お月様が追い掛けて来ないように?」

「お月様は見守ってくれるんですよ」


 「ガーネ」とセシルの記憶をたどりながら、わたしたちは帰路に着いた。


 皇宮に帰ると、わたしに報告が入ってきた。

 執務室でユリウスからわたしはその報告を受けた。


「国境の村の領主は、工場建築に着手したようです」

「出来上がるまでどれくらいかかる?」

「建築と工場内の設備をそろえるのに半年、労働者を集めるのに半年はかかるでしょう。工場が正式に稼働するのは一年後くらいになるかと思われます」


 それが領主の試算と変わらなかったので、わたしは領主が嘘を言っていなかったことを確認して満足して頷く。


「あの地の領主には黒い噂があります」

「詳しく聞かせろ」

「内密に領民に重税を課しているとか。工場もその餌食になりかねません」


 しっかりと調べてくれたユリウスに感謝しつつ、わたしは伝える。


「領主の情報をもっと集めろ。証拠が揃ったら、もっと領民のことを考える領主にすげかえるのだ」


 セシルのいた村の工場のためならば、領主の不正を暴くのも苦ではない。


「これを機に、他の領地の税も適切であるかをしっかりと調べろ。国中を改革していくつもりだ」


 これからわたしにできることは、国をよりよい方向に導くことだ。それがわたしの皇帝としての座を守る。

 わたしの皇帝としての座が安泰ならば、レイシーの皇后としての座も安泰だろう。


 レイシーとの未来のために、わたしは何でもするつもりだった。


読んでいただきありがとうございました。

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