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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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55.セシルのいた村に工場を

 ディアン伯爵領から帰って、わたしはレイシーに報告していた。


「二週間後にまた休暇が取れそうだ。そのときには、セシルのいた村に行こう」

「セシルの両親やセシルのお墓に、報告しなければいけませんね」

「あの村の活性化事業も考えているのだ。領主と話し合って、進めていきたいと思っている」

「あの村にも、寮のついた工場や畑ができるということですか?」


 ディアン伯爵領で寮付きの工場を見て以来、わたしはずっと考えていた。

 セシルの生まれ育った村を豊かにしたい。

 そのためにわたしができることがあるのではないかと。

 思い付いたのはディアン伯爵領で見たような工場をセシルの生まれ育った村にも作ることだった。


「最初は村に作るのは難しいかもしれないが、近くの町から作っていきたいと思っている。最終的には村にも寮のついた働く場所を提供したい」


 わたしの提案にレイシーが身を乗り出して言ってくる。


「造花がいいかもしれません」

「造花か」

「服は仕立て職人に頼んだり、古着を買ったりすることができますが、造花は技術や道具がいるので、まだ単価が高く、貴族だけのものになっています。工場ができて大量生産ができるようになれば、庶民にも手の届く価格になるでしょう」

「ルドミラ夫人も、テレーザも造花を欲しがっていたな。貴族にも売れるだろう」


 ディアン伯爵領とは別の事業を考えていたが、造花というのは悪くないかもしれない。

 テレーザも叔母のルドミラもレイシーの作った造花に興味を持っていた。


「結婚式には女性はブーケを持ちますが、男性はブートニアといって胸にブーケとお揃いの花を飾ります。それにラペルピンにも造花は使えます。女性だけではなくて、男性の需要も見込めるのではないでしょうか?」

「そういえば、レイシーはわたしの結婚衣装にもブートニアを作ってくれていたね」

「ディアン伯爵領の工場と提携させるのもいいでしょう。ディアン伯爵領の工場では人形やぬいぐるみ、その衣装は作れますが、造花は作っていませんでした」

「そういえばそうだったね。レイシーの結婚衣装には花冠が必要なのに」

「そうです。そういう人形やぬいぐるみ用の小物を作れば、ディアン伯爵領の工場と提携できます」


 レイシーの口からは次々とアイデアがわいてくる。

 ディアン伯爵家の後継者は本当ならばレイシーだった。そうなるときのためにレイシーが勉強をして、備えていたのが今発揮されているのだろう。


「レイシーの案はとてもいいものだと思う。早速明日からの会議にかけてみようと思う」


 できればセシルの生まれ育った村に工場を建築したい。

 わたしはそのことを会議にかけるつもりだった。


 執務に出てわたしが始めにしたことは、ディアン伯爵領での工場の視察の報告書を作ることだった。報告書にはディアン伯爵から聞いていた利益もきっちりと数字として示しておく。

 工場での分業体制、寮の在り方、女性の労働者の働きぶり、そこで出た利益を纏めて報告書にして、それと共にセシルの生まれ育った村に造花の工場を建築する立案もする。

 皇帝として一地域だけに着目するのは不自然だったので、ここから他の地域にも工場建築を進めていきたいということも付け加える。


 わたしの報告書と立案書は会議を通るだろうか。

 どうにかして通さなければいけない。


 報告書と立案書が出来上がると、お茶の時間が近付いていた。

 わたしは報告書と立案書を議会に提出するようにユリウスに命じて、皇帝宮に戻っていた。

 お茶室に行けば、レイシーも呼ばれてお茶室に来る。


「レイシー、明日からは少し忙しくなるかもしれない」

「旅行中の執務が溜まっていそうですよね」

「それもあるが、出発までに造花工場の事業をしっかりと決めておきたい。現地に行ったら、工場を建てる場所の視察までして帰りたいからね」


 二週間後の出発までに立案書を議会に通さなければいけない。

 そのための根回しが必要だった。


「セシルは喜ぶでしょうね」

「セシルは村を出て働きたがっていたからね」

「あのままずっとガーネくんと一緒に過ごせていたら、セシルはガーネくんを村の学校に通わせて、卒業したら二人で町に出ようと考えていたんですよ」

「それは本当か? その話は聞いたことがない」


 レイシーの口から知らなかったセシルの情報が出てわたしは驚く。

 セシルはあのままあの村から出してもらえないのだと思っていた。しかし、セシルは諦めることなく、わたしが十二歳になったら一緒に村を出て町で働こうと考えてくれていた。


「セシル一人だと両親に反対されるから、学校を卒業して十二歳になったガーネくんが一緒だったら反対されないのではないかと思っていたようです。女性の一人暮らしが危険なら、ガーネくんと一緒に暮らして、ガーネくんも町で仕事を見つけたらいいと」


 レイシーからその話を聞くと目の奥が熱くなって涙が出てきそうになる。

 セシルはわたしとの未来を考えてくれていた。

 そのことが何よりも嬉しい。


「セシルの未来にわたしはいたんだね。そのことを聞けて嬉しい」


 ソファに座ったままレイシーを抱き締めると、レイシーはわたしの頬を撫でてくれる。わたしの目には涙が滲んでいたことだろう。

 わたしが「ガーネ」と呼ばれていた六歳のころ、わたしはセシルとの結婚を真剣に考えていた。セシルは年の差とわたしが小さいことを理由にそれを真剣に受け止めてくれていなかったように思っていた。

 レイシーの言葉から、セシルの未来にわたしがいたことを知ることができた。レイシーが言ってくれなければ一生知ることはなかっただろう。


「死んでしまうというのは罪深いことなのですね」


 死んでしまったものの気持ちはどうやっても知ることができない。

 レイシーがセシルの夢を見ていて、セシルの記憶があったからこそ、わたしはセシルの死後もセシルの気持ちを知ることができた。

 レイシーにはいなくなってほしくはない。


「レイシーは生きていてくれ」

「はい、アレク様」


 レイシーに縋るように言えば、レイシーははっきりと答えてくれた。


 その日から執務が忙しくなって、わたしはお茶の時間に抜けることもできなくなった。

 セシルの生まれ育った村に工場を建築するという立案書を、この二週間で通してしまわなければいけない。

 二週間後にセシルのいた村に行くときには、工場の建築場所の視察までできれば済ませておきたい。皇帝という地位にあるのでわたしはセシルのいた村に簡単にいくことはできなくなっていた。


 何か言いたそうにしているレイシーに気付いて、わたしは自分ではお茶の時間を一緒に過ごせないので、レイシーに言ってみた。


「今日もお茶の時間は戻れそうにない。すまないね、レイシー」

「いいえ、お気になさらずに、執務頑張ってください」

「そうだ。お茶の時間にラヴァル夫人を呼ぶのはどうかな?」


 妃教育で結婚式までは毎日皇帝宮に通って来ていたラヴァル夫人。彼女にならばレイシーも考えていることを相談できるのではないだろうか。

 わたしの考えは正しかったようで、レイシーの表情が明るくなった。


「ラヴァル夫人をお茶に呼んでみますわ」

「楽しんで」


 レイシーに声をかけると、慌ただしくわたしは皇宮本殿の執務室に向かった。

 ユリウスから報告が入る。


「国境の村を領地とする領主からは『歓迎いたします』という返事をもらっています。問題は議会ですが、ディアン伯爵領での工場の報告書を添えて立案書を出したところ、賛成派が多く、問題なく進められそうです」

「反対派もいるのか?」

「女性の社会進出をよく思わないものや、国境の村に工場を建てるということに疑問を持っているものはいます」

「あの地域は特に貧しく、女性の地位が低い。女性の地位向上を目指す目的ではいけないか?」

「逆ですね。女性の地位が向上すれば、これまで無償で手に入っていた女性の労働力を奪われるという意見のものも多くいます」


 女性の社会進出を広げたいという考えはなかなか受け入れられないところもあった。

 そういうときには、ディアン伯爵から聞いた実質的な利益を示すのが大事だ。


「ディアン伯爵領では女性の社会進出により、明らかに利益が上がっている。貧しい地域ほど豊かになりたいと願っているものだ。この利益の数字を具体的に提示して、説得を試みてくれ」

「心得ました」


 ユリウスが一礼して書類作りに取り掛かると、シリルもわたしに声をかけてくる。


「造花といえば、女性向けの産業になってくる気がするのですが」

「わたしはラペルピンを身に着けている。男性向けにはラペルピンや、男性が結婚式に身に着けるブートニアなどの生産も行えばいい」

「なるほど。男性の需要も見込めるわけですね」


 シリルに答えていると、テオが発言する。


「職人の募集は男性も行うのですか? 男性が造花を作るというのはあまり想像できませんが」

「それが偏見にまみれているというのだ。男性のお針子もいるように、男性の造花職人もいてもいい。給料がしっかりと払われれば、男性でも喜んで技術を身に着けて働くだろう」


 問題は給料なのだ。

 女性は基本的に働きに出ることが少ないし、働きに出ても給料が低い。


「ディアン伯爵領では男女の賃金の差はなかった。代わりに、男性がもらうだけの賃金を女性ももらっていた」


 女性と賃金の差がないということは文句も出るかもしれないが、やっている仕事は同じなのである。当然賃金も同じだった。


「自分の家庭を守れるだけの賃金があれば男性も文句なく働くのですね」

「その通りだ、テオ」


 セシルのいた村には仕事が少なかった。

 セシルも自分の作ったものを半日かけて町まで売りに行っていた。

 自分たちの住んでいる村で働けるし、他の場所からも労働者が集まってくるとなれば、村は活気づくだろう。それがわたしの目的だった。


「あの村の造花作りを、ディアン伯爵領でのぬいぐるみや人形作りと提携させるのだ。そうすれば、人形やぬいぐるみの花冠やブーケ、ブートニアも作成できる」


 ディアン伯爵領では造花の事業は立ち上げられていないので、わたしとレイシーの結婚衣装を着せたぬいぐるみや人形の発売はできても、花冠やブーケやブートニアまでは再現できていないだろう。

 それを再現できるとしたら、更に注文が入ってくるだろう。

 ディアン伯爵領も、国境の村も提携することで潤うようになる。


 これがセシルの望んだ未来ではないのかとわたしは思っていた。

読んでいただきありがとうございました。

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