52.レイシーとの結婚式
セシルと村の夏祭りに行ったことが懐かしくて、レイシーと帝都の花祭りに行ったり、母である皇后からお茶会に招かれたりしながら、わたしとレイシーは穏やかな生活を送っていた。
わたしはお茶の時間には執務を抜けてレイシーに会いに行っていたし、夕食までには帰るようにしていた。
結婚式の三日前、ディアン伯爵家からディアン伯爵夫妻とソフィアが来ていた。
これからレイシーと結婚をするのでディアン伯爵家のものとは家族になる。
そのためにレイシーの家族と交友を持とうとわたしはお茶会を開いてディアン伯爵家の家族を招いた。
「ついに妃殿下が結婚だなんて、信じれらませんね」
「一年前までは、皇帝陛下と出会ってもいなかったのに」
ディアン伯爵夫妻は知らないが、わたしはレイシーを学園に入学したころから知っている。
求婚も満を持してのものだったと伝えると、ソフィアはどこまでも冷静だった。
「妃殿下が学園で成績が優秀ということが皇宮にまで知られていたのでしょう。妃殿下はずっと首席でしたからね」
「レイシーの噂は聞いていたよ」
「わたくしは運命など信じていませんが、シリル様がわたくしの見た目ではなくて、学園の成績やディアン家の後継者として努力していることを知っていて求婚してきたと知ったとき、心が動いたものです。皇帝陛下も妃殿下のそういうところに心惹かれたのではないですか?」
「そこもレイシーの魅力的なところだと思っているよ」
ソフィアの言うことが正解ではないが、レイシーが成績優秀だということは調べていたので、それも魅力だったと伝える。
レイシーが成績優秀だったおかげで、普通ならば婚約してから何年もかけて行う妃教育も、一年で終わらせてしまった。
学ぶことに意欲的で、新しいことも躊躇わず吸収していこうとする姿勢がいいのだろう。
そのことを口にすれば、レイシーが本音を漏らす。
「わたくしも最初は正直、皇帝陛下に選ばれたので拒否できない、政略結婚は貴族の義務だから仕方がないと思っていました。アレクサンテリ陛下は皇帝宮に来たわたくしのしたいことを一切反対しなかった。それどころか、何でもしていいと次は何をするかまで提示してくださったのです」
わたしからの求婚は、レイシーにとっては最初は拒むことができない貴族の義務だったと伝えてくれた。
そう考えられていても仕方がないし、わたしは婚約してからレイシーと愛を育もうと思っていた。
「わたくしも、シリル様との結婚は貴族の義務であり、仕方のないものかと思っています」
「ソフィアもこれから変わるかもしれません」
「変われるでしょうか」
ソフィアの不安そうな声に、レイシーが続ける。
「アレクサンテリ陛下が、婚約式の衣装を作らせてくれたとき、わたくしは自分で作っていいのだと驚きました。最高級のシルクにレースやフリルも準備してくれて、本当に嬉しかったのです。結婚式の衣装のときには、花冠まで作らせてくれると仰いました。わたくしはずっと自分の結婚式の衣装は自分で作るのが夢でした。皇帝陛下の妃となるのだからそんなことはできるはずがないと諦めていたのに、アレクサンテリ陛下は認めてくださった」
ソフィアを安心させるためかもしれないし、両親に自分が今幸せであることを伝えるためかもしれない。
結婚前にレイシーの本音が聞けることをわたしは嬉しく思う。
「わたくしは心からアレクサンテリ陛下を愛しています。わたくしのことを認め、一人の人間として尊重してくださるアレクサンテリ陛下と結婚できることが本当に幸せです」
レイシーの言葉に、ディアン伯爵夫妻もソフィアも目頭を押さえていた。
結婚式当日、わたしは先に大広間に入っていた。
レイシーはディアン伯爵に伴われて来ることになっている。
レイシーが会場に入ってきた瞬間、わたしは目を奪われた。
もうレイシーとの結婚を阻むものはいない。
わたしが全て黙らせてきた。
今日、レイシーはわたしの正式な皇后になる。
純白のシルクに銀糸で刺繍を入れたドレスと手袋、白い薔薇に淡い赤と紫の薔薇を加えた花冠、裾に刺繍の入った透ける美しい織りのヴェール。
あまりにレイシーが美しすぎて、わたしは胸がいっぱいになる。
内から輝くように美しいレイシーは、今日は特に美しくて眩いほどだった。
ディアン伯爵がレイシーの背中を押して壇上に上げる。玉座に座っていたわたしは、立ち上がってレイシーの横に並んだ。
「わたし、アレクサンテリ・ルクセリオンは、レイシー・ディアンを皇后とし、生涯愛し、敬い、共に生きていくことを誓う」
「わたくし、レイシー・ディアンは、アレクサンテリ・ルクセリオン陛下を夫とし、生涯愛し、敬い、共に生きていくことを誓います」
わたしが先に誓いの言葉を言い、レイシーがそれに続く。
叔父のカイエタンが婚姻届けを持って前に来た。
それにサインをすると、レイシーも震える手でサインをしていた。
「ここに、皇帝陛下と新しい皇后陛下の結婚が認められました。皇帝陛下と皇后陛下に末永い栄光を!」
叔父の宣言に、参列する貴族や属国の王族や要人、他国の王族たちから、「皇帝陛下、万歳! 皇后陛下、万歳!」と声が上がった。
皇后となったレイシーに手を差し出すと、レイシーがわたしの手に手を重ねてくる。
壊れ物を扱うようにそっとレイシーをエスコートして、わたしは披露宴会場へと移動した。
披露宴から夜会まで、慌ただしく過ぎる。
披露宴のテーブルの上には、わたしたちの結婚衣装を着せたぬいぐるみを置いておいたので、貴族たちがそれに興味を示していた。
わたしの従妹であるテレーザは特にそれが顕著だった。
レイシーにドレスを作ってほしいというのをわたしが却下すると、ぬいぐるみを手に取って、目を輝かせている。
「いいです。わたくし、ディアン伯爵家の皇帝陛下と皇后陛下の結婚式の衣装を着たぬいぐるみセットをお父様に買ってもらいます」
「もう売り出しているのか?」
「まだですが、予約を受け付けるとディアン伯爵家のソフィア嬢が言っていました。わたくしも予約しないと」
「わたしも欲しいな」
「皇帝陛下は皇后陛下に作ってもらっているではないですか」
レイシーが作ったものと、ディアン伯爵家で作られたものは違うので、ディアン伯爵家で作られたものも欲しいと口にしてしまうと、テレーザが笑っていた。
夜会では玉座の横に据えられた椅子が変わっていた。
玉座と同じくらい立派なものになっている。しかも玉座とぴったりとくっつけられている。
それは皇后のための椅子だった。
「その椅子は皇后のための椅子なのだ。レイシーのための椅子だ」
「わたくしのための椅子……」
「一生わたしの隣にいてほしい。愛している、レイシー」
「わたくしも愛しています、アレクサンテリ陛下」
レイシーに囁きかけると、レイシーも応えてくれる。
セシルが殺されてしまった時点で、わたしは結婚は一生しないだろうと思っていた。
真紅の目を持つ代々の皇帝は生涯に一人の人間しか愛さない。
わたしもセシルしか求めていなかったし、セシルだけを想って残りの人生を生きていくのだろうと思っていた。
二十二歳のとき、レイシーが刺繍したハンカチを見るまでは。
レイシーのハンカチはセシルと同じ青い蔦模様で玉留めを表にしてデザイン的に星のようにするのも同じだった。
最初はセシルが生きていたのかと思ったが、そうではないことを知っても、レイシーがセシルと関係あると直感して、デビュタントの日にレイシー本人を見て、声を聞いて、確信した。
レイシーのことを知ってからデビュタントまで三年待ち、学園の卒業までまた三年待った。
それでも、セシルを失ってからの十二年に比べれば希望があっただけわたしは待つことができた。
「レイシー、わたしと結婚してくれてありがとう」
「わたくしもアレクサンテリ陛下の妻になれて嬉しいです。ありがとうございます」
最初は結婚を愛のないものと思っていたレイシーとも愛し合うことができた。
わたしはレイシーを今すぐにでも抱き締めたい衝動と戦っていた。
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