51.わたしが見る悪夢
レイシーと出会う前、何度も見ていた夢があった。
セシルといたころには護衛が殺されて、セシルとおじさんとおばさんも殺される夢をよく見て、泣きながらセシルに縋ったのだが、セシルが死んでからはもっとひどかった。
目の前でセシルが殺される。
それをわたしは止めることができない。
何歳になってもわたしは夢の中で六歳の姿に戻っていて、自分に覆い被さって庇うセシルを助けることができなかった。
「おねえちゃん! おねえちゃん!」
セシルの体に剣が刺さって心臓を貫く。
大量にあふれる血がわたしの体を濡らしていく。
「死なないで! おねえちゃん!」
泣いても喚いても、セシルは死んでしまう。
絶対に助けることなどできない。
目を覚ましてもわたしは泣くこともできず、全身びっしょりと冷や汗をかいて震えていた。
セシルを死なせたのはわたしだと思うと、泣くこともできなかった。
レイシーの存在を知ってから、その悪夢を見ることは少なくなったが、久しぶりに見た悪夢にわたしは起きてから両手で顔を覆っていた。
もうわたしは泣くことができるようになっていたので、自然と涙が出ているのが分かる。
涙を拭いて顔を洗っても、セシルの夢が忘れられない。
わたしはセシルの死に顔を知らない。
ショックすぎて見られていないし、覚えてもいないのだ。
覚えているのはセシルの体から飛び散った血がわたしにかかったこと。セシルの体温が失われて行ったこと。
生誕祭の翌日、朝食の場でレイシーがわたしに問いかけてきた。
「アレク様が寝る前にわたくしの額に口付けてくださるのは、セシルがしていたおまじないですか?」
「覚えているの?」
「夢で見ました。セシルは怖い夢を見ないように、ガーネくんの額に口付けていました」
「わたしもレイシーが怖い夢を見ないようにおまじないをしたつもりだったよ」
昨夜レイシーに額に口付けたのに気付いていたのだ。レイシーはセシルの記憶をしっかりと覚えていた。
微笑んで答えると、レイシーが痛ましそうに眉を顰める。
「わたくしも、今日からアレク様におまじないをしてさしあげます」
「本当に? 嬉しいな」
「アレク様は、セシルが死んだ後、悪夢を見たのではないですか?」
あぁ、レイシーには分かるのだと思った。
わたしは何度もセシルが死んでしまう夢を見ていた。
今日も見たし、これからも見るだろう。
レイシーと出会うまでは頻繁に見ていたが、出会ってからは回数は少なくなった。それでもセシルが死んでいく夢は一生見るに違いなかった。
「何度もセシルが死んでしまう場面を見たよ。わたしがどれだけ成長しても、夢の中では無力な六歳の子どもで、セシルを助けることはできなかった」
「アレク様……」
「わたしは今ならばレイシーを助けることができる。レイシー、わたしに守られてほしい。全ての地位と力を使って、わたしはレイシーを守るから」
「わたくしも、アレク様をお守りできるように頑張ります」
レイシーはわたしの心を救うようなことを言ってくれる。
レイシーと結婚すれば、レイシーと一緒に眠るようになる。そうすればセシルの死の恐怖にうなされる悪夢は見なくなるのかもしれない。
「アレク様がもう怖い夢にうなされないように、わたくしがおそばにいます」
「レイシー、ありがとう。レイシーのことを知ってから、悪夢はほとんど見なくなったんだ。レイシーと暮らすようになって、悪夢は全然見ていないよ」
「アレク様がもう悪夢を見ないように、わたくしはずっとおそばにいます。わたくし、絶対にアレク様より先に死にません。アレク様を見送ってから、アレク様を追いかけます。先に逝って待っていてくださいね」
レイシーを安心させるように少し強がったが、レイシーにはお見通しなのだろう。
以前も言ってくれたことを繰り返してわたしを安心させようとしている。
年齢的にレイシーの方が十歳年下だし、男性は平均寿命が女性より短いから、順当にいけばレイシーの方がわたしより長生きしてくれるだろう。
レイシーの誓いがわたしにとっては何よりも心強い。
「前にもそう誓ってくれたね」
「何度でも何度でも言います。アレク様のおそばに生涯いて、アレク様を見送ることを誓います」
セシルのようにわたしを置いて行かないと誓ってくれるレイシーに、わたしは胸が痛くなるほど感動していた。
ディアン伯爵家が再興している証として、ディアン伯爵家のタウンハウスが建てられたお祝いのお茶会に、わたしとレイシーは参加した。
ディアン伯爵家はこの国でも重要な家であると示すと共に、ディアン伯爵家のぬいぐるみと人形の工場のことも聞いておきたかった。
「妃殿下、ディアン伯爵領には新しく工場が建ちました。男性寮も女性寮も完備しています」
「人形とぬいぐるみの事業は順調ですか?」
「はい。注文が殺到して、さばききれないくらいです」
嬉しそうに報告するソフィアに、レイシーが四つの封筒を渡していた。
「ソフィアにはこれを持ってきました」
「これはなんですか?」
「わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式までは極秘にしておいてくださいね。わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式の衣装の人形とぬいぐるみ用の型紙です」
「先にいただいていていいのですか?」
「わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式に合わせて売り出すといいでしょう。きっとよく売れると思います」
皇帝と皇后の結婚衣装を着せたぬいぐるみや人形を売るというのは、いい戦略だと思う。レイシーはそれをディアン伯爵家が速やかに行えるように、先に型紙を渡しておくのだ。
皇帝と皇后の結婚衣装は当日までは明かされない極秘ではあるので、情報の取り扱いには気を付けなければいけないが、先に型紙を渡しておけば、ディアン伯爵家は結婚式後に即注文を受けて人形やぬいぐるみの衣装を作ることができる。
「絶対に極秘に致します。ありがとうございます、妃殿下」
「ディアン伯爵家を、そして、働くひとたちを、もっと豊かにしてください」
ソフィアが頭を下げると、レイシーは妃候補としてしっかりと対応していた。
ソフィアとシリルと話して二人が離れていくと、レイシーがぽつりと呟いた。
「わたくしが婚約している間は、アレクサンテリ陛下もお声がけもされませんでしたね」
「婚約している相手に求婚して無理やり奪うような皇帝だとは思われたくなかった」
「そうなのですね」
「何より、無理やりに奪えばレイシーの元婚約者から手切れ金を支払わせられそうだったからね。あのような相手に国庫から金を払うつもりはなかった」
レイシーの元婚約者に手切れ金を払うつもりは全くなかった。
それよりも、元婚約者はレイシーを自分で手放すように仕向けた。
元婚約者は自分が手放したレイシーの価値を全く分かっていないだろう。レイシーがいたからこそディアン伯爵家は伯爵家となれて、レイシーがいたからこそこの国は皇帝の独裁を疑われず守られた。
「レナン殿から婚約破棄を言い渡されて、わたくしは喜んでいたのですよ」
「わたしも喜んでいたよ」
「婚約破棄を言い渡されたような女と結婚したい相手はもういないだろうし、独身でディアン家の領地に引きこもって、事業を起こして、スローライフを送ろうと思っていました」
レイシーも元婚約者に婚約破棄を言い渡されたとき喜んでいたようだ。
独身でディアン家の領地を治め、そこで生きていこうと考えていたレイシー。
その人生を狂わせた自覚はあるから、どういわれるかと思っていたが、レイシーは頬を染めてわたしに言ってくれた。
「アレクサンテリ陛下の妃となれることが、今はどれほど嬉しいか」
「レイシー、わたしもレイシーがわたしの妃となってくれることが嬉しいよ」
レイシーはわたしのことをこんなにも幸福にしてくれる。
わたしはレイシーが愛しくて肩を抱けば、恥ずかしがって胸を押されてしまった。
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