47.わたしの生誕祭の衣装作り
皇帝宮に帰るまでに三日近くの時間が必要だった。
皇宮とセシルのいた村は本当に離れていたのだと実感しつつ、汽車に乗り、皇帝宮に戻った。
皇帝宮でわたしとレイシーはセシルの買ってきた積み木やセシルの作ったぬいぐるみや服をじっくりと見た。
「この刺繍、この玉留め、わたくしが夢で見たものと全く同じです」
「レイシーの刺繍したハンカチを見て、わたしはすぐにセシルと結び付いた。セシルが生きているのではないかと希望も持った」
「セシルは死んでいたのですが」
「それでもレイシーと出会えた」
刺繍を見ながらレイシーは思うことがあったようだ。
わたしも懐かしい刺繍を見てセシルのことを思い出していた。
セシルを思うたびに罪悪感で痛んだ胸も、今は痛みよりも懐かしさや愛おしさが強い。
セシルの作ったぬいぐるみも、レイシーの作ったものとよく似ていた。
六歳のときに着ていた服を見て、わたしはそれを広げ、体に当ててみる。
小さすぎて片腕も入る気がしない。
「こんなに小さかったのか。セシルに結婚したいと言っても本気にされないわけだな」
しみじみと言えば、レイシーが明るく笑う。
「こんな小さなガーネくんが、アレクサンテリ陛下になるだなんて、信じられませんよ。わたくしがアレクサンテリ陛下がガーネくんだと全く気付かなかったのも分かるでしょう?」
「そう言われればその通りだと思う。こんなに小さかったわたしが、こんなに大きくなるとはセシルも思っていなかっただろうね」
「大きく育って、セシルは嬉しかったかもしれませんが」
「セシルは嬉しいと思ってくれるかな?」
「かわいいガーネくんが大きく健康に育ってくれていれば、きっと嬉しいと思いますよ」
酔っぱらったレイシーは、「ガーネ」は大きくなっても小さくて、小さくてかわいい女の子を一生懸命ダンスに誘うのだと言っていたが、あれがセシルの感想ならば、見上げるほどに大きくなったわたしをセシルはどう思うのだろう。
レイシーはわたしと「ガーネ」が結び付いていなかった様子だが、レイシーはセシルは今のわたしを見て喜んでくれると言っている。
「かわいげがないと思われないかな?」
「それは、保証できません」
「やはり、セシルはかわいいわたしが好きだったのか。どうしてこんなに育ってしまったのだろう」
かわいげがないと思われてしまうと考えるとショックで自分の大きく逞しい体を見降ろすが、レイシーは違うことを考えていたようだ。
「アレクサンテリ陛下はまだセシルのことが好きですか? 結婚したいと思っていますか?」
真剣に問いかけられて、セシルの刺繍した青い蔦模様を指で撫でながら答える。
「セシルが生きていれば、きっと結婚を申し込んだと思う。でも、わたしはセシルは死んでいることを知っている。今は、セシルへの気持ちは整理できていて、わたしが愛しているのはレイシーだけだよ」
これが正直なわたしの感想だった。
セシルが生きていれば間違いなく結婚を申し込んだだろう。年の差など問題ない。セシルがセシルであればいい。
だが、わたしはセシルが死んでいることを知っている。
セシルはもうこの世にはいない。
セシルが死んで、セシルの記憶を夢に見るレイシーが生まれて、レイシーと出会って、わたしはレイシーを愛するようになった。
わたしが今愛しているのはレイシーであり、セシルへの恋心は過去のものになっていた。
レイシーが華奢な両腕を広げて抱き着いてくる。レイシーに積極的に抱き締められるのは初めてで、わたしは嬉しく思いながらレイシーの背中に腕を回して抱き締め返す。
「あの、屈んでください」
「レイシー?」
「わたくしから、口付けてもいいですか?」
わたしから口付けたことはあるけれども、レイシーから口付けられたことはない。
同意を得るレイシーに、わたしは微笑んで屈んだ。
「光栄だね、レイシー」
屈んだ私の唇に、レイシーが背伸びをしてそっと唇を重ねる。触れるだけのその口付けが甘美に感じられて、わたしはレイシーを強く抱き締める。初めて口付けたときよりもレイシーへの気持ちが募っていて、心臓が早鐘のように打っているのを感じる。
「愛しています、アレクサンテリ陛下」
「わたしも愛しているよ、レイシー」
レイシーの告白に、わたしも愛していると返した。
離れがたかったがレイシーを開放すると、わたしは自分の手の上に「ガーネ」だったころに使って遊んでいた積み木を乗せる。「ガーネ」だったころは十分な大きさだと思っていたのに、それは妙に小さく感じられた。
妊娠や出産は危険なものだと理解している。
レイシーにそんな危険は犯してほしくないと思っているのに、わたしの口は勝手に言葉を紡いでいた。
「わたしたちに子どもが生まれたら、この積み木で遊ばせようか?」
「この積み木は木の端切れで作ってもらった、一番安いものですよ!?」
「わたしにとってはセシルからもらったかけがえのないものだ。わたしに子どもが生まれたら使わせたいと思うよ」
「アレクサンテリ陛下がそう仰るなら」
レイシーを大事にしたいという思いと同時に、わたしはレイシーとの間に子どもが欲しいとも思っている。
それを自覚した瞬間だった。
夫婦となるのだからレイシーは当然後継者となる子どもを求められるだろう。
子どもはいらない、求めないと思いつつ、わたしはレイシーとの子どもを心のどこかで求めてしまっている。
レイシーを失う危険は冒したくないのに、わたしはなにを考えているのだろうか。
自分が理解できなくて、わたしは胸中で苦悩していた。
春が近付いて来ている。
春にはわたしの誕生日がある。
わたしの誕生日は皇帝の生誕祭として国中で祝われることになっていた。
そのときの衣装をレイシーは作ってくれるだろうか。
作ってくれるのならば作ってほしい。
レイシーが望むのならば、レイシーとわたしの衣装を作ることを了承するという旨を、ラヴァル夫人から伝えてもらうようにわたしは手紙を書いていた。
わたしの生誕祭まではまだ二か月はある。
縫うのが早いレイシーならば余裕を持って衣装を仕上げられるだろう。
皇后候補として認められるようになるレイシーが作った衣装をわたしとレイシーが着る。
そのことがこの国を変えるかもしれない。
お針子など平民のする大したことない仕事だという認識が改められて、ディアン伯爵家の領地の工場の賃金も上がる可能性がある。
レイシーがすることには一つ一つに非常に意味がある。
それをわたしは再確認していた。
レイシーはわたしと自分の衣装を作ることを喜んで引き受けてくれた様子だった。
デザインを決めるのに頭を悩ませていたが、それは作業室にいる仕立て職人に補佐してもらうように促す。
わたしは皇帝の色である白を着なければいけない。
この国の技術では純白が一番作りにくいので、白が一番高貴な色とされていた。
皇帝は代々真紅の目をしているので、白に赤を合わせるのがこれまでの風習だが、レイシーには白を基調としていればそれ以外は何でもいいと伝えてあった。
「アレクサンテリ陛下、わたくしが素晴らしい衣装を作りますからね!」
レイシーは気合を入れている様子だった。
仮縫いのときには、型紙用の布で作った仮縫い衣装をわたしは試着した。その仮縫いの衣装を実際に着てみて調節して、ばらして型紙として使うのだと聞いている。
「どこか窮屈なところや、余っているところはありませんか?」
「どうかな? レイシーから見て、おかしいところはない?」
「ないとおもうのですが。アレクサンテリ陛下、ゆっくりと腕を回してみてください」
「こうかな?」
腕を回したり、ゆっくり歩いたりしてみて、問題がないことを確かめると、レイシーは安心したように微笑んだ。
「素晴らしい衣装ができそうだね。わたしの一生の思い出になりそうだ」
「これからも何度でもアレクサンテリ陛下の衣装を作ります。一生の思い出なんて言わないでください」
これから何度でもわたしの衣装を作ってくれる。
レイシーの言葉が嬉しくて、わたしは微笑みを浮かべた。
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