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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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45.セシルのいた村へ

 きっかけは、レイシーの言葉だった。


「アレクサンテリ陛下はセシルのことをどれくらい覚えているのですか?」


 レイシーからはっきりとセシルのことを聞かれたのはこれが初めてかもしれない。

 思い出しながら、わたしはレイシーに話す。


「六歳のころの記憶だが、セシルと出会ってからのことは忘れたことがない。セシルがわたしに買ってくれた積み木も、作ってくれた服やぬいぐるみも、置いてきてしまったことを後悔している」

「着ていた服は残っているのですよね。わたくしが見せてもらいましたから」

「セシルの血で汚れてしまったが、あの服は大事に取ってある。それ以外のものは持ち帰る暇もなく、わたしは叔父上の派遣した兵士たちに保護されてしまった」


 レイシーの中のセシルの記憶は、セシルが殺されてしまったところで終わっているのだろう。レイシーが知りたがったのは、その先だった。


「セシルはガーネくんを庇って死んでしまったのですが、セシルの両親がどうなったか、アレクサンテリ陛下は知っていますか?」

「セシルの両親は、その日は食堂に行っていて無事だったのを確認しているよ。クーデターを起こした属国の兵士たちが狙っていたのはわたしだけだったからね」


 セシルの両親が無事だったのをわたしは知っている。

 わたしを助けに来た兵士たちからもわたしからもセシルを引き離し、泣きながら出ていくように言っていた。

 おじさん、おばさんと慕っていたセシルの両親は、セシルを失ったことでわたしを恨んでいるのではないだろうか。


「アレクサンテリ陛下、わたくし、セシルの家やお墓を訪ねてみたいのですが」


 レイシーの申し出にわたしは密かに悩んでいた。

 セシルがわたしを庇って殺されてしまったことに関しての罪悪感はまだ消えていない。

 おじさんとおばさんも、わたしを許すはずがないと分かっている。

 それでも、わたしはセシルのお墓参りに行きたかった。

 いっそ、おじさんとおばさんに責められて、軽蔑されれば、わたしの罪悪感も自分の中で認められるのではないかと思ってしまう。娘を失ったおじさんとおばさんは、わたしを責める権利があった。


「わたしも六歳で皇宮に戻されてから、一度もセシルの墓参りをしたことがないのだ。できることならば、セシルの墓参りをしたいと思っていた」


 許されることなど望んでいない。許されるはずがないと思っている。

 ただ懐かしいあの村に行って、レイシーと共にセシルの墓参りをしたい。

 そうすれば、セシルのことを完全に過去にできる気がしたのだ。


「わたくしは、わたくしの中にあるセシルの記憶が、実際に生きていたセシルのものだったのか確かめたいのです」

「分かった、レイシー、日程を調整する」

「行きましょう、アレクサンテリ陛下」

「行こう、レイシー」


 レイシーと話をしてから、わたしは日程の調整に入った。

 セシルの住んでいた国境の村まで汽車を使って二日、それから馬車に乗り換えて半日はかかるのだ。

 最初にわたしは叔父であり宰相であるカイエタンにその話をした。


「レイシーと共に国境の村に行きたいのです」

「どうして急に?」

「わたしが六歳のときに母上と叔父上はわたしを皇宮から逃がしてくださった。護衛が殺されて逃げた先で、わたしを保護して守ってくれた家族がいます。命を懸けてわたしを守ってくれた相手に、結婚の報告をしに行きたいのです」


 六歳でわたしが皇宮に連れ戻されたとき、どれだけ酷い状況だったか叔父は知っていた。

 セシルの作ってくれた血塗れの服を脱ぐことを嫌がって、眠りもせず、食事もとらず、泣くこともしない、感情と表情を失った六歳のわたしを、叔父はとても心配してくれていた。

 なんとか母がわたしを着替えさせて、食事を口まで運んで食べさせ、眠らせることに成功したが、わたしはセシルの作ってくれた服を手放すことができず、七歳のときまでずっと持ち歩いていた。


 泣きもしない、笑いもしない、感情も表情もなくなったわたしに、母も叔父もできる限りのことはしてくれたが、わたしはセシルを殺された喪失感で、生きながらに死んでいるような状態だった。


 それが今、セシルと向き合おうとしているのだ。

 叔父もそれを察してくれたようだった。


「皇帝陛下のお望みのままに。どうか、気を付けて行ってきてください。長旅になるでしょうから、護衛にテオをお連れください。執務はわたしたちが担います」


 クーデターで父が暗殺されて、わたしが成人するまで皇帝代理として執務にあたってくれていた叔父は、わたしの状態もよく知っていたので、納得して送り出してくれた。


 冬も終わろうとしているころに、わたしはレイシーと共に国境の村に向かって出発した。

 国境の村はとても貧しく小さいので、わたしとレイシーが泊まれるような宿がない。国境の村の近くの町に泊まって、国境の村までは馬車で向かうことに決めた。


 汽車も皇帝である私のための特別車両で、レイシーとわたしは個室席に乗り、特別車両には護衛が配置された。

 朝に汽車に乗って、夜には汽車から降りて、あらかじめ決めてある宿に泊まる。

 その町で最高級の宿ではあったが、皇宮とは比べ物にならなかった。

 それでも、レイシーと一緒ならば何もつらいことはなかった。


 翌日は朝食を食べて、また汽車に乗る。

 汽車の中で昼食を食べて、夜になってやっと辿り着いたのが国境の村に近いこの国で一番端の汽車の駅だった。

 駅のある町で一晩を過ごし、わたしとレイシーは馬車で国境の村を目指す。

 国境の村までは半日以上かかった。

 道は舗装されておらず、この地の領主が手配した最高級の馬車でも、土を踏み固めただけの道は狭く、酷く揺れてレイシーが疲れないか心配だった。


「アレクサンテリ陛下、お疲れではありませんか? 昨日はよく眠れましたか?」

「なんとか眠れたよ。セシルの両親に会うと思うと緊張してくるね」

「アレクサンテリ陛下がお会いになるセシルの両親の方が緊張していると思います」


 レイシーに気遣われてしまって、わたしは笑顔を見せたが、セシルの両親であるおじさんとおばさんにどんな対応をされるかは気にかかっていた。

 恨まれているだろう。憎まれているだろう。

 わたしのせいでおじさんとおばさんは、最愛の一人娘を失ったのだ。


 セシルを失ったことでわたしも傷付いたが、おじさんとおばさんはそれどころではなかっただろうと思われる。

 罵られても、拒絶されても仕方がないとは理解していた。


 何より、レイシーの胸中が複雑であることもわたしは想像できていた。

 レイシーはセシルの記憶を持っているが、おじさんとおばさんにとってレイシーは全く知らない貴族のご令嬢なのだ。セシルの記憶を持っていると言われても信じられるはずがない。


「セシルの両親はレイシーがセシルの記憶を持っていると言っても信じられないだろうから、わたしが結婚することになったので、セシルの墓に妻となる人物を紹介したいとでも言うよ」

「すみません。よろしくお願いします」


 おじさんとおばさんはわたしと話すことを許容できるかどうかは分からないが、レイシーを安心させるために微笑んでおく。

 村が近付くにつれて、わたしの心も重くなってきた。

 セシルの死ともう一度向き合わなくてはいけない。


 皇帝が来るとお触れが出ているのか、夕方に村についたときには、道を歩いているものたちはみな跪いていた。


 皇帝という身分がおじさんとおばさんの憎しみや苦しみを遠ざける要因にはなりはしない。


 おじさんとおばさんのどんな感情でも受け止める。

 皇帝ではなく、アレクサンテリ・ルクセリオンでもなく、ただの「ガーネ」として、おじさんとおばさんと向き合う。

 覚悟を持って、わたしは記憶にある村の食堂に向かって行った。


読んでいただきありがとうございました。

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